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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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あなたのお命、貰います(一)

 指摘があったため、一部修正しました。


 その日、多助と龍はのんびりと町中を歩いていた。既に夜はふけ、人通りもまばらである。

 二人そろって何をしていたのかと言うと……表稼業を持たない龍が、暇潰しがてら多助の按摩の手伝いをしていたのである。多助としても、龍のような強面がそばにいるのは有り難い話だ。大抵の揉め事は、事前に避けることが出来る。


「なあ多助さんよう、俺は前から不思議に思ってたんだが……何だって、こんなにあくせく働くんだよ? ついこの前、十両も懐に入ったばかりだろうが。しばらくは、按摩で小銭稼ぐ必要なんかないだろうに」

 その龍の言葉に、多助は口元を歪める。

「あのね、龍さん……あっしらみたいな人間は、信用できるのは銭だけですよ。稼げるうちに稼いでおかないと。いつ何時、町方に追われることになるか分からないんですぜ。いざ江戸を離れるとなったら、それなりの金は要りますよ」

「まあ、それもそうだなあ……」

 龍は言葉を濁した。

 その時、何やら笛の鳴り響く音がする。さらに前の方から、大勢の人間の足音と声が聞こえてきた。恐らくは捕物であろう……一瞬にして、二人の表情が堅くなる。

 やがて前方の、四間ほど離れた十字路に町方たちが現れた。だが町方たちは二人を無視し、さっさと前の道を走り去って行く。

 ほっとした表情になる二人。

「多助さん、そこにうどんの屋台が出てるぜ。食っていくかい?」

 龍の言葉に、多助は頷いた。そして、額の汗を手で拭う。


「なあ親父、今のは何だったんだ? 何が起きたんだよ?」

 龍がうどんをすすりながら尋ねると、屋台の主人は顔をしかめた。

「いやあ、あれは……近頃、江戸を荒らしてる鬼面党ですよ」

「鬼面党? 何だそいつらは?」

「へえ、何でも三月ほど前から江戸を荒らし回っている盗賊らしいんでさあ。押し込みが専門らしいんですがね……ご丁寧にも、押し入った家には、鬼面党参上と書かれた書き置きと鬼の面を残して去って行くって話でさあ。しかも、押し入った家の者は女子供まで皆殺しにするとか……あれは本物の外道ですよ」

「へえ、最近はそんな奴らがいるのか……」

 龍は首を傾げる。その時――

「なあ親父、俺にもうどんくれよ」

 そう言いながら、姿を現した者がいた。同心の中村左内だ。左内はいかにも面倒くさそうな表情で、龍の隣に陣取り、うどんが来るのを待っている。

 龍の表情が、僅かに歪んだ。下を向き、無言のままうどんをすする。

 そんな龍の肩を、いきなり左内が叩いてきた。いかにも親しげな、まるで友人同士の態度のようであるが……二人の間には、接点も面識も無い。会ったのも、今日が初めてである。

「まあ、そんなに急がなくてもいいだろうが……お前、いい体してるな。仕事は何をやってるんだ?」

 妙に馴れ馴れしい態度で話しかける左内。

「え? あ、いや……」

 答えに窮し、口ごもる龍……すると、多助がさりげなく助け船を出した。

「おや、その声は同心の中村さんじゃございませんか……この龍さんは、あっしの手伝いをしてもらっているんでさあ」

「へえ……お前、龍ってのか。ずいぶん強そうだな。うちの岩蔵とも、勝負できそうだ」

 左内はそう言いながら、龍をじろじろと眺める。一方、龍はきまり悪そうな表情だ。

 すると、またしても多助が横から口を出した。

「そうなんですよ……あっしみたいなめくらは、龍さんのような人に横にいてもらった方がありがたいんでさあ。それより旦那、こんな所でうどん食ってていいんですかい……捕物なんですよね?」

 多助の言葉に、今度は左内の方が顔をしかめた。

「けっ……余計なお世話だよ。捕物なんざ、俺の知ったことかい」

 言いながら、左内はうどんをすする。多助は苦笑した。

「いいんですかい、そんなことを言ってて」

「いいんだよ。どうせ俺は昼行灯さ。関係ねえんだよ……」

 左内の言葉に、屋台の親父がくすりと笑う。一方、龍は困ったような表情を浮かべつつ、うどんを一気に食べ終えた。そして立ち上がる。

「多助さん、そろそろ行こうぜ。夜もふけてきたしな……」

 龍の言葉に、多助は頷いた。

「それもそうだ。ちょいと待ってくれ。すぐに食っちまうから」


 二人は連れ立って夜道を歩く。不意に、龍が口を開いた。

「多助さん、あの同心と知り合いなのか?」

「まあ、知り合いってほどでもないですがね、たまに道で会って話をする程度でさあ。まあ、やる気の無い男でしてね……けちな悪党をゆすっては、袖の下を集めるのを生き甲斐にしてるような奴ですね」

「何だそりゃ……たちの悪い同心だな。そんな奴とは、関わりたくねえもんだ」

 思わず顔をしかめる龍。すると、多助は笑みを浮かべた。

「ま、昼行灯ってあだ名でもわかる通り、仕事の出来ない同心ですから。放っといても、大した害は無いでしょう。まあ、悪さしてる所を見られたら、金をせびってくるぐらいでしょうかね」

 そう言いながら、多助は杖を突き歩いて行く。

 その時、龍は違和感を覚えた。杖を突きながら歩いている多助の姿は、どこか妙な点がある……具体的にどこが変、という訳ではない。しかし、不自然なものを感じたのだ。龍は首を傾げながら、一緒に歩いていった。


 ・・・


「お前ら、今日も上手くいったな」

 とある廃屋に集まっている、六人の黒装束の男たち……中でも、ひときわ背が高く冷酷そうな顔つきをした男が、他の者たちに言った。すると、全員が笑みを浮かべて頷く。

 この男の名は参次といい、江戸を騒がせている盗賊集団である鬼面党の頭である。

 その手下は全員、人を殺すことなど何とも思わぬ男たちだ。事実、これまで押し入った家では……女子供を問わず全員を殺している。それが彼らの掟なのだ。


「お頭、次は一体どうなさるんで?」

 手下の一人が尋ねると、参次は今夜の戦利品を見つめながら口を開いた。

「そうだな……しばらくは大人しくしていろ。あと一月したら、江戸で最後の大仕事だ……それが終わったら、みんなで上方に行くとしようや。くれぐれも、馬鹿な真似はすんなよ」




 翌日、龍はいつものように我流の拳法の稽古をしていた。

 かつて、龍は盗みを働き島に流されたが……そこで彼は、琉球から漂着してきた男に出会う。その男から、琉球に古くから伝わる素手の武術を習ったのだ。厳しい島での生活の中、自らの身を守るために、龍はその武術を必死で学び修得した。さらに、その習い覚えた武術に独自の工夫を加え、我流の拳法を作り上げたのだ。

 もっとも当初は、あくまで身を守るためのものだった。島には、やくざ者や人殺しが大勢住んでいる。油断していれば、いつ殺られるか分からない。そんな場所で生活する以上、強くならなくては生きていけなかったのだ。

 しかし皮肉なことに……かつて自らを守るために身に付けた技を、今では人を殺すために用いている。


 やがて稽古を終えて、長屋に向かい歩いていた龍。今日もまた、特にすることもない。

 龍は今のところ、表の仕事をしようという気はなかった。島帰りの人間にとって、江戸は住みやすいとは言えない。島帰りだと知れたとたんに、周囲の態度は一変する。仕事を辞めさせられることも珍しくはない。いちいち面倒なことに巻き込まれたくはなかった。

 せめて職人にでもなり、独り立ちしていれば話は別だが……どこかに勤めるとなると、島帰りの烙印は付いて回るのだ。


「もし……龍さんじゃないですかい?」

 不意に声をかけてきた者がいた。龍は怪訝な表情で振り返る。

 だが、その表情が凍りついた。

「おめえは……」

「お久しぶりですね、龍さん。あっしのこと、覚えてますかい?」

 言いながら、目の前で頭を下げた男……それは、島で一緒だった仙一という名の若者であった。

 龍の表情が、にわかに明るくなる。


 そして龍と仙一は、上手蕎麦に入った。以蔵はちらりと二人を見たが、何も言わずに対応する。

「お前が、まさか江戸にいるとはな……」

 しみじむとした口調で言いながら、酒を飲む龍。この仙一という若者は、龍よりも年下だ。島に送られて来た当時は、青白い顔で震えながら辺りを見回していた。 無愛想で口は悪いが面倒見のいい龍は、そんな仙一に島の暮らしのいろはを教え込んだのである。もっとも、半年ほど経った後に龍は島を出ることとなったのだが。

 しかし、まさか仙一が江戸に来ているとは思ってもいなかった。

「いやあ、あの時はお世話になりました。龍さんには、いろいろ助けられましたね」

 そう言って、仙一は笑みを浮かべる。人の良さそうな顔だ。事実、島に送られた理由は姦通罪である。奉公先で、年上の女将に誘惑されたのだ……と本人は言っていたのだが、本当のところは不明である。


「ところで仙一、お前は今なにやってんだ?」

 龍は何気なく口にする。単なる世間話のつもりだった。しかし、仙一の表情がみるみるうちに曇っていった。

「え……いや、あの……まあ、色々と……」

 途端にしどろもどろになる仙一。

 龍は複雑な気分になった。ほとんどの島帰りの人間は、世間の冷たさに敗れて裏街道を歩むことになる。どうやら仙一も、その運命からは逃れられなかったらしい。この態度から察するに、裏の稼業をやっているのであろう。

 もっとも、自分も人のことは言えないが。

「まあ、いいやな……元気ならそれでいいんだ。そのうち、また飲もうぜ」


 仙一が引き上げた後、龍は浮かない表情で御猪口を口に運んでいた。上手く言えないが、妙な気分だ。何か嫌なことが起きそうな予感がする。

 龍は、まともな学問を修めてはいない。それどころか、字も読めない男だ。しかし、頭は悪くない。教わった琉球武術に独自の工夫を加えて我流の拳法を作り上げるなど、優れた面も持っているのだ。今回もまた、おかしな部分に気づいてはいた。しかし、それを上手く説明できない。

「龍さん、あの人は知り合いかい?」

 声をかけてきたのは以蔵だ。龍は頷いた。

「ああ。昔、島で一緒だった奴でな。偶然、そこで会ったんだよ」

「へえ。そうかい」

 言いながら、以蔵は後片付けをしている。

 龍はさりげなく辺りを見回した。どうやら、政吉はいないらしい。いつもの事ながら、不思議になる。主人がほとんど不在であるにも関わらず、店はやっていけているのだ。これはやはり、以蔵が有能であるからか。それとも、政吉が人知れず様々な努力をしているお陰なのだろうか。

「ところで以蔵、あれはちゃんと始末したのか?」

 龍は声を潜めて尋ねる。すると、以蔵は怪訝な顔をした。

「あれ? あれとは何のことだい?」

「あれだよ、あれ」

 言いながら、龍は煙管を吸うような仕草をして見せる。すると、以蔵はようやく合点がいったような表情をした。

「ああ、あれか。大丈夫だよ。心配しなくても、ちゃんと始末したからさ」

「そうか……いや、それならいいんだ」

 そう言うと、龍は御猪口を口に運んだ。

 前回の仕事で、龍は依頼を受けて阿片窟を潰した。その時、大量の阿片が残っていたのだ。しかし、龍はその始末を以蔵に任せて引き上げた。

 龍の中では、その事が密かに気になっていたのである。


「ところで龍さん、あんたは裏の事情に詳しいかい……例えば、阿片を売っている連中とか」

 不意に耳元に顔を近づけ、妙な事を尋ねて来た以蔵……龍は思わず、眉間に皺を寄せた。

「いや、知らないこともないが……何でそんなことを聞くんだ?」

 怪訝な表情で、逆に聞き返す龍。以蔵は答えようとして、口を開きかけたが――


「おう、でかいの……また会ったな」


 そう言いながら店に入って来たのは左内だ。左内は十手をちらつかせながら、すたすたと店の中に入って来る。

 その途端、龍の態度が変わった。露骨に不快そうな表情を浮かべる。

「以蔵、また来るぜ。政吉さんによろしく」

 そう言うと、龍は立ち上がる。そして金を置いて出て行こうとした。

 だが、左内がその腕を掴む。

「何だよ……そんなに嫌わないでくれや。ちょいと話でもしていかねえか」

「いや、あっしは忙しいんで……失礼します」

「へえ、そうかい。そいつぁ残念だな」

 左内は笑みを浮かべ、腕を離す。龍は無表情で頭を下げ、出ていった。

「何だ、えらく嫌われちまったな……まあ、いいや。ところで、そこの色男。主人の政吉は、いつ頃戻って来るんだ?」

 左内の目は、今度は以蔵に向けられた。以蔵はさりげなく顔を背け、その視線を外す。

「そうですね。いつ帰ってくるかは、ちょっと……」

「ほう。じゃあ、ちょいと待たせてもらおうか」

 そう言って、左内は腰を降ろした。






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