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伝説の歌姫とその娘(才能は無関係)

時間が取れないので短めです。

 失神令嬢(オデット嬢)との遭遇とその後の医務室でのアレコレ。

 アドリエンヌ嬢とルシール嬢による、オデット嬢の恋愛事情に絡んだ恫喝(どうかつ)

 いきなり態度が豹変したエドワード第一王子による、誰にも知られないようにジェレミー第二王子を見舞えという無理難題。

 そして、いきなり伏線もなしに現れた、ミネラ公国からの留学生でなおかつクリステル嬢と縁が深いという、胡散臭いことこの上ないガブリエル(イケメン)


 ほんの一時間か二時間ほどの短い間に、よくもまあこれだけ連続して怒涛の展開があったものだよ。

 ()(つま)んで話しただけでも、お茶のお代わりを五杯ほど飲み干し、ついでに夕食や御嬢様方のお色直しも挟んで四時間が経過していた。


 湯浴み……とまではいかないものの(なお、貴族の湯浴みというのは専用の肌着を着て、カーテンで仕切られたバスタブに立ったままメイドたちがお湯を流して体を洗うことを意味する)、『洗浄』の魔術を使える使用人による全身の浄化と疲労回復のあるジーノ特製の飲み物のお陰で、八割がた普段の調子を取り戻したらしいルネとエディット嬢たち。

 羽扇子越しに話をするということもなくなり――ルネ曰く、「まさに“隔靴掻痒(かくかそうよう)”ですわね」とのこと――じっくりと腰を落ち着けて、引き続き応接室での会議となった。


「それにしても、敵国からきた中性的な白皙の美青年とは素敵……いえ、どう考えても怪しげですわね」


 深刻な表情からのルネの(割と本音が駄々漏れの)感想に全員が一斉に同意の頷きで返す。


「ちなみにですが、お義兄様と比べてどちらが美人ですの?」

 それから一転して、鼻息荒く目を輝かせて壁際に待機していたシビルさんに尋ねた。


「それは勿論ロラン様です。私は帰る際にやや遠目に見ただけですが、ロラン様を百点とすれば……まあ八十二点といったところですね。ちなみにエドワード殿下は六十八点といったところです」

 また微妙にコメントし辛い評価を下すシビルさん。


「「「「ほ~~~~~~っ」」」」

 

 一方、ルネたちはそれなりに感心した表情で一斉に感嘆の声を放った。

 

「……なかなかですわね、エディット様」

「ええルネ様。学園に行くのが楽しみですこと」


 呑気な会話を交わすルネとエディット嬢のふたり。

 僕の話に興味を持ってもらったのはいいのだけれど、興味の視点が非常に偏っているような気がするんだけれど……?


「ああ……ですが、またイケメン絡みで関係するとなれば、クリステル嬢に対する他の御令嬢方からのやっかみが酷くなりそうですわね」


 エディット嬢の懸念に、ああ~っ、その問題もあったか! と遅ればせながら気付いた僕も頭を抱える。

 この分では見逃している問題点はまだまだありそうだ。


「というか、クリステル嬢のお母様が伝説の歌姫だったというのは意外ですわね」

 言葉通り意外な表情で小首を傾げるルネ。


「そんなに可笑しいかな?」


 思わずそう尋ねると、う~~ん……と、何やら心当たりを思い出しながら、

「何度か芸術関係の実技でご一緒した際の印象ですが。あの方って、あまりダンスも歌も楽器も得手とされていらっしゃらなかったような……?」

「左様ですわね。身も蓋もない言い方を申せば、率直に申してリズム感が壊滅的で、さらにビート感も取り返しがつかないレベルでした」


 したり顔で同意するエディット嬢。


「そうなの? えーと、つまり――」

「音痴というわけですね」


 思わず憚られたその単語を、エレナが素直に口に出した。


「その通りですわ。ダンスを踊ってもなぜか途中から『えんやこーらどっこいしょ』とか『あらよっこらしょ』とか、謎の掛け声でチグハグな踊りを踊り出しますし」

「あれは謎ですわ。お陰で周りのリズムも無茶苦茶になりましたし……」


 沈痛な表情で頷き合うふたり。 



「かといって運動が得意というわけでもないようですし」

「あの見た目に反して見事に運動神経が壊滅的な運痴ですものねえ。詐欺ですわ~」


 やれやれと首を横に振るエディット嬢に、何やら思い出してぼやくルネ。

 意図的に悪口を言っているわけではなく、ただ単に事実を並べているだけなのはよくわかる。

 よくわかるのだけれど、いつの間にかクリステル嬢に対する陰口と化していた。


(もしかしてこれが学園で囁かれているというクリステル嬢に対する誹謗中傷の正体……?)


「そういえば転入したての頃、学園内のそこかしこに出没していたのは、どうも方向音痴だったという噂がございましたわよね、ルネ様?」

「ああ、そうらしいですわね。『音痴』『運痴』『方向音痴』と、およそ勉強以外は『痴』がつくものを網羅していることから、別名『痴女』とも――」

「うん、それ以上はさすがに罵詈雑言になるのでやめようね!」


 いつの間にか主旨がどこかに行ってクリステル嬢の失態に対する暴露話になっていたので、慌てて僕は話を止めて軌道修正をした。


「――こほんっ。失礼いたしました、お義兄様。かような理由により、クリステル様のお母様がミネラ公国周辺では名の知れた歌姫であったというのが意外と申しましょうか」

「まあ、確かにいまの話を聞くと疑わしいけれど……?」


 そこらへんはどうなの? と、視線で〈影〉の頭目であるジーノに尋ねると、

「事実でございます。クリステル嬢の御母堂であるイーリス殿は、その美貌と歌声から市井(しせい)において『流浪の歌姫イーリス』と呼ばれ、知る人ぞ知る人物であったことまでは裏付けが取れております」

 打てば響く調子で即座に答えが返ってきた。


「知る人ぞ知る……つまりは、マイナーメジャーな有名人であったということですわね」

「平たく言えば、無名(マイナー)ということですわね」


 なるほどと感心したように頷いたエディット嬢に、ルネが身も蓋もない表現で辛辣にぶっちゃける。


「問題はクリステル様とそのガブリエルとやらの関わり合いが、当人の申告の通りなのかどうかですわね」


 疑わしい、と言わんばかりのルネの言葉に、ジーノが恐縮した風に腰を曲げた。


「……申し訳ございません。現在、調査中でございます。ただ、クリステル様母子が五年前にミネラ公国に滞在していたのは確認しております」


 まあ、さすがに他国の事で、なおかつ数年前に遡って調べるとなると時間がかかるのは仕方がないだろう。

 むしろそこまで絞り込んでいることに瞠目するべきである。


「でも、直接お会いしたロラン様は確実に怪しいと思ってらっしゃるんですよね? シビル隊長の印象はどうですか?」


 ふと思いついた表情で、シビルさんの隣に立っていたアンナが問いかけると、

「う~ん、あくまで遠目に見ての印象でしかないのだけれど……」

 そう口に出しながらも、どこか自信ありげな表情で答えるシビルさん。

「そもそもアレは男装した女だと思います。上手く化けてはいましたけれど、腰の動かし方が微妙に男性とは違っていました」


「――えっ、そうなの!?」


 思わずそう重ねて確認すると、(当たり前だけれど)「あくまで私の勘ですが」という曖昧な答えだった。


「むむむっ。もしかすると男装の麗人ですの!? ――って、素晴らしく良い考えが閃きましたわ! お義兄様が誰にもお義兄様ご本人だと知られずにジェレミー第二王子のいらっしゃる塔へ忍び込む方法が!!」


 何やらひとりで盛り上がっているルネ。

 だけどなんだろう、逆に僕は途轍もなく嫌な予感をヒシヒシと覚えるのだけれど……?


 それと同時に、どこかで歯車が別な歯車と噛み合ったような、非常に禍々しい音を奏でるのだった。

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