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奴は大変な置き土産を残していきました(闇討ちの相談)

「“オットマー・ボイムラー”」


 僕の告げたその名を口に出して、ベルナデット嬢は難しい顔をして「……う~む」と、男前に胸の前でむんずと腕を組んで一節唸った。

 お陰ですぐ目の前で豊満な胸が強調されて、男子としては目の毒――目の保養かな?――となってしまったわけなのだが、当人は気にした風もなく沈思黙考したままである。

 ヘタレと言われても、紳士としてあまり凝視するわけにはいかないので、さりげなく背後にいるエレナを振り返って見る僕。


 と――。

「ベルナデットお嬢様、淑女としてそのような粗雑な振る舞いはいかがなものかと……」

 お付きのメイドとして看過できないと踏んだのか、いままで沈黙を守っていた赤毛のメイドが渋い顔で苦言を呈した。

 相手が女主人であってもきちんと言うべき筋は通す。さすがは辺境伯家のメイドだけのことはある。


 ちなみに公爵家(うち)のダバダバなメイド(エレナ)は、対抗意識を燃やしてか無言で自分の双丘を持ち上げ、何やらアピールしている。

 ……おかしいな。うちの方が家格が高い筈なのに、メイドの質というか方向性が根本的に間違っている気がひしひしとしてきた。


 窘められたそのベルナデット嬢はと言えば、

「別に誰が見てるわけでもないからいいじゃない」

 ルージュの引かれた唇を尖らせて、軽く肩を竦めて受け流すのみである。

 いや、僕が見てるんですけど!? もしかして男としてカウントされてない?


「てゆーかさ、面倒臭い元婚約者は死んだも同然。関係は白紙に戻ったわけだから独身を謳歌しないと損よ。あと、ここにいるのは身内みたいなものだし……ねえロラン様?」

「身内というか、“一味”と言った方がしっくりくる関係だと思いますけど?」


 当然のような口調で同意を求められ、思わず正直な感想を口に出した。


「あら、いいわね。『ロラン様とその一味』。その気になれば世界征服でもできそうよね」

「それでもです。そうでなくてもベルナデットお嬢様はガサツな山出しの田舎者と、社交界で陰口を叩かれ私たちお付きの者が何度口惜しい思いをしたことか……」


 冗談を口に出して(冗談だよね?)快活に笑うベルナデット嬢を懇々と諭す赤毛のメイド。彼女もいろいろと苦労しているみたいだ。


「そんな見る目がない連中は勝手に囀らせておきゃいいのよ。あたしはあたしなんだし、実際山出しのガサツな田舎者なのは確かなんだしさ」

「はあ……。ロラン公子様もどうかお嬢様に言ってやってくださいまし。せめてもう少し淑女としての自覚を持っていただかないと、せっかくの花の盛りだというのに、どちらの貴公子にも敬遠されますと」


 いくら言っても柳に風のベルナデット嬢に見切りをつけて、なぜか僕の方へとお鉢を回してきた。


「そうでしょうか? 女性としての自覚がないとか、そんなことはないと思いますよ。実際、本日付けていらっしゃるルージュは『オービニエ』の最新のものですよね? パールの色が良くお似合いですよ。そもそも一度に五十本程度しか限定生産しない超高級ブランド『オービニエ』をきちんと使いこなせる御令嬢は、社交界でもそうそういらっしゃらないですから」

「「!!!」」


 その途端、目を丸くするベルナデット嬢とメイドの女性。


「聞いた!? やっぱりできる殿方は見る目が違うわね! さすがはロラン様、他の節穴貴公子とは見る目が違うわねっ」


 喜色満面、快哉を叫びながら椅子から転げ落ちそうなほど身を捻って、背後のメイドに同意を求めるベルナデット嬢と、なぜか心底安堵した表情で僕に向かって深々と頭を下げるメイドさん。


「はい。これならば安心です。ロラン様、どうぞ末永くベルナデットお嬢様をよろしくお願いいたします」


 何やら不穏な流れに思わず待ったをかける僕。

「……あの~~ォ。何かドサクサ紛れに恋人扱いされてませんか?」

「ところで、単純な疑問なのですが、どうしてロラン様は『オービニエ』のルージュの色など知ってたの?」

女装(ロレーナ)の時に使って、まだ持ってい」「ま、それはそれとしましてっ!!」

 余計なことを暴露しそうになったエレナの言葉を遮って、僕は強引に話題を変えた。


「ええ、問題なのはオットマーです。まあ、本物はとっくに始末されていて、名乗っているのは偽物の方なのはわかっています」


 とっくに遁走したのかと思っていた奴が、態々僕を名指しで宣戦布告してきた。

 復讐なのか、或いは他に何らかの思惑があるのかは不明だけれど、どうやってか事件解決の裏に僕らの暗躍があったことを知って、首謀者である『ロレーナ(ぼく)』に呼び出しを掛けてきた……といったところかな?

 や、もしかするとフィルマンが斬られたのは、僕に絡んだとんだトバッチリなのかも知れない。


「――ロラン様、もしかしてですが、今回の件についてフィルマンに対して自責の念など抱いてるんじゃないでしょうね?」


 僕の忸怩たる思いを察してか、ベルナデット嬢がジト目で呆れたような口調でそう問い質す。


「それは……」

 図星を突かれて言葉に詰まる僕の狼狽えようを見て、ベルナデット嬢とエレナが同時に溜息をついた。


「いつもこんななの?」

「だいたいそうですね」


 腕組みを解いて片手で頬杖を突きながら呆れたように僕の背後に視線で問い掛けるベルナデット嬢に対して、エレナは淡々と首肯するのだった。

 ベルナデット嬢の御令嬢らしからぬ態度に、わざとらしく咳払いをする赤毛のメイドさん。


「貴女も大変ね」

「いえ、それほどでも」


 なぜか僕の頭越しに阿吽の呼吸で意気投合するふたり。なんだろう、この疎外感は……。

 何度目かの咳払いでようやく姿勢を正したベルナデット嬢は、真っ直ぐに僕の目を真正面から見据えて、

ロラン様(あなた)は考え過ぎ。殿方の悪い癖よね。自分が万能だとでも考えてるのかしら?」

「――うっ、でもまったくの無関係というわけでは……」

「無関係よっ」

 僕の愁眉の元をバッサリと切って捨てるベルナデット嬢。エレナも同感という風に頷いている。


ダイヤモンド鉱山町ストロベリーフィールズを中心に悪事をなしていた連中を、領主家が正当な権限で裁いた。トンズラこいた悪党がフィルマンをぶった斬った。――ほら、論理的に破綻しているわ。全然関係ないじゃない」

 それが癖なのか、いちいち指折り数えてあげつらう。

「確かに暴力的な手段を行使したことは認めるけど、それは法の元に正当な権利として執行したことだし、その事前段階で何度もあの町には領主家に従うように通告を出していたにも拘らず、領税の虚偽の申告や不当な労働、犯罪行為などなど……制裁されるだけの悪事を働いていた。文句があるなら公けの場で直接言えばいいのよ。根拠のない暴力で清算しようするなんて、要するにただの憂さ晴らしじゃない。いちいちそんなことまで責任持てるわけないでしょう」


 確かにベルナデット嬢の言っていることは正しいんだけれど、そうそう人情としては簡単に割り切れないんだよねえ。

 てか、それはそれとして、ホント心底フィルマンのことはどーでもいいと思っていたんだなあ、ベルナデット嬢。

 さっきも多少でも執着があれば(愛でも憎しみでも)、「私のことを何か言っていませんでしたか?」と聞くところだろうけど、まるっきりの無関心でもうとっくに清算の終わった過去の事にしてる気がする。

 うちのルネやエディット嬢もそうだけど、僕の周りの御令嬢方は、とにかく割り切りが早くて精神的にタフそのものだ。


「ふん、女などというものは所詮は自分のことしか考えない、他人の幸福を願うことなど考えもつかない。浅ましい利己主義者(エゴイスト)ばかりだ。クリステル嬢という唯一絶対の例外を除いて、な」

 最近、とみに増えてきたエドワード第一王子の女性蔑視の発言が脳裏に木霊する。

 ここに第一王子がいれば嬉々として持論を展開したことだろう。


 もっともルネなどは、「女には他人を気遣えるような余裕や強さや自由がないのですから当然ですわ。それとも、自分の幸福を捨てても見も知らぬ他人を労わる聖女になれと? 冗談ではありませんわ。そもそもクリステル嬢が赤の他人のためにスプーンの一本でも融通したなど聞いたこともございませんが?」と、鼻で嗤っていたけれど。


 そんなわけで自分と自分の領地・領民のことを第一に考えたベルナデット嬢が下した結論はしごく簡単なものだった。

 例によって指を立てて、

「実際問題、邪魔以外の何者でもないわ。第一に名目上はすでにオットマー・ボイムラーは、領主家に対する背任と犯罪行為で処刑されたことになってる。ここである意味本物である偽者がオットマーとして公然と名乗りを上げられると、我がラヴァンディエ辺境伯家の面子が丸潰れとなる……どころか、第二に下手をすれば犯罪組織の残党が息を吹き返す恐れもある」

「ですがベルナデットお嬢様。我が辺境伯家はその名の通り辺境区という補給もままならぬ僻地。急遽アエテルニタに動員させては悪目立ちし過ぎですし、時期的にもナイーブ過ぎて許可が下りないかと……」


 素早く懸念を口にするのは赤毛のメイドさんだ。

 確かに彼女の言う通り、本来が外様である辺境伯家が中央で活発な動きをするのは望ましくない。まして農民の反乱で国内が混乱した直後だけに、下手をすれば漁夫の利を狙った造反と捉えかねない。


「それに〈影〉を使うのも危険ですね。クヮリヤート(われわれ)が掴んでいるだけでも、ここ一週間で〈剣鬼〉(ソード・デビル)の居場所を探っていた密偵や暗部が、少なくとも二桁近く返り討ちにあっています。オットマーを始末するということは、〈剣鬼〉(ソード・デビル)を同時に相手するということですから」


 国内においては国の諜報部よりも遥かに信憑性が高いクヮリヤート一族。そのエレナ情報を前にして、ことさらに渋い顔で三本目の指を立てるベルナデット嬢。


「そう三番目の問題がまさにそれ。現在の王都の鬱積した民衆の不満は殺人鬼〈剣鬼〉(ソード・デビル)に対する不満と、先日の反乱に続いて後手に回っている貴族に対するやり場のない怒り……まあ、これも八つ当たり以外の何者でもないんだけどね。文句があるなら〈剣鬼〉(ソード・デビル)狩りでもしろってゆーのに、民衆なんてものは『貴族が悪い』『捕まえられない国が悪い』と、手近な行政に不満をぶつける……ここでその協力者であるオットマーの存在が判明すれば、ラヴァンディエ辺境伯家が元凶扱いされかねない」

 まったく忌々しいことにね、と誰に対してだかベルナデット嬢はそう吐き捨てるように付け加える。

「ということで、秘密裏に処分できるいまのうちに悪い芽を摘んでおかなければならないわけね。オットマーも〈剣鬼〉(ソード・デビル)も」


 とはいえそれが難しいのが悩ましいところだ。

 いくら人並みはずれて強いといっても所詮は小数。犠牲を厭わず派手な動きをしても良いのなら、こちらも数を揃えるなり、或いは剣の意味を為さない爆薬や毒物を使うなりして斃すことは可能だろうけれど、そこまで行けば秘密裏に処理したとは言えないだろう。

 まあ、エレナやジーノが総掛かりで闇討ちすれば、〈剣鬼〉(ソード・デビル)だろうがなんだろうが斃せるだろうけど、その場合にはこちらも相応の犠牲を覚悟しなければならない……それは避けたいし、フィルマンの助言と、ベルナデット嬢の理屈には反するけど、僕自身が責任を持って最後まで始末をつけたいという気持ちをどうしても拭いきれない。


「……そうなると、やっぱりご指名に応えるのが最善手かな。まあ、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とも言うからね」

 ルネならそう言うだろうなあ、と思いながら僕は一番手っ取り早くて確実な手段を口に出した。


「「「…………」」」

 その危険性を顧みてか、難しい表情で押し黙って再び胸の前で腕組みをするベルナデット嬢。今度は赤毛のメイドさんも苦言を口にせずに、うちのエレナともども沈黙を守るのだった。

次回の更新は2/8(木)頃を予定しています。

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