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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章

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〈19〉愚かなのは

 盗賊たちに四方を囲まれた幌馬車は、ゆっくりと歩むようにウヴァロまでの道のりを進む。

 途中、何人かが幌の中を覗き込み、リィアはびくりと肩を跳ね上げたのだが、他の三人はまるで動じずに木箱の片隅で瞑目していた。そのうちの誰かは寝ているのではないかと思うほどに静かだった。

 そう遠くもない目的地だ。馬車はほどなくして止まり、スピネルの穏やかだけれどよく通る声が幌の中に届く。


「着いたようですよ」


 その一声で、三人はそれぞれにまぶたを開いた。薄暗い幌の中、ルナスのぺリドットの色をした瞳がひと際輝いて感じられる。

 デュークとアルバがうなずくと、ルナスもうなずく。そうして、まず一番初めに荷台から降りたのはアルバだった。荷台の後ろから軽やかに降りると、大きく伸びをする。そんな彼を押しのけて、デュークが続いた。


 すると、そこでざわめきが起こる。

 二人は簡素な服装ではあるけれど、鍛えられた体付きはその上からでもわかるのだ。一般人とは異なるものを二人に感じ取ったのだろう。そのざわめきは明らかに警戒の色を滲ませていた。

 不穏なものを察し、リィアはすぐに二人の後に続いた。


 少年の扮装をしているリィアは実年齢よりも幼く見えたことだろう。ウヴァロの人々の視線が突き刺さる。その荒んだ目付きが恐ろしくはあったけれど、子供のようなリィアの出現に、ほんの少し場の空気が変わった。


 リィアが目の当たりにしたウヴァロの風景は、舗装などされていない、むき出しの地面に舞う砂埃と、吹けば飛ぶような木造の家々。建築物と呼ぶには粗末なものばかりだった。

 それから、痩せ細った家畜と暗い目の子供たち。衛生的とは言いがたい臭気がそこはかとなく立ち込める。


 いくら噂を耳にして来ようとも、こうして直面した時の衝撃は和らいだりしない。同じ人間として産まれながらも、格差は存在する。この、沸き起こる感情はなんであろうか。

 同情か、憐憫か、それとも忌憚か。

 リィアはキュッと心臓が収縮する痛みに胸を押さえた。


 そして、最後に――。


 音もなく乾いた大地に足を下ろしたルナスに、一同の視線が集中する。

 どれだけ質素な装いであろうとも、その存在はこの場において奇異であった。否応なしに人目を惹き付ける美貌と、その凛とした佇まいは、やんごとない身の上を語っている。


 堂々と正面を見据える彼に、身分を隠す気があるのかどうかという気になった。このウヴァロに王太子であるルナスの顔を知る者などいないのだろうけれど。


 すぅっとルナスが息を吸う瞬間に、ざわめきは止んだ。

 ルナスは、普段のような優しげな響きではなく、張りのある声で晴れ渡った空の下、こう告げた。


「これから、このウヴァロにとって今後を左右する話をさせてもらう。けれどその前に――今回だけではなく、幾度かアガート公道を通過する商人たちから積荷を奪い、損害を与えたこと。まずはそれを認めてもらおう」

「はぁ?」


 ひと際大きな声を出したのは頭領の男だった。

 それでも、ルナスは表情を変えない。更に強い口調で問いかける。


「いかがか?」


 そうしていると、無機質な人形のようだった。ぞくりと鳥肌が立つほどに綺麗な――。

 頭領は笑う。


「お前ら、軍の人間だろう? ようやく重たい腰を上げたってことか」


 ウヴァロの住人たちが不安げな声を上げる。頭領は、そのすべてを背負っていた。

 挑むような目付きでルナスに吼える。


「認めろだと? 食うに困ってやりましたとでも言えばいいのか? 俺たちはお前ら軍人にとっては軍馬よりも価値のない存在だろう? 俺たちに食料を回すゆとりがあれば、馬に食わせた方がマシだってな。なあ、そうだろう? あぁ!?」


 凄む声にリィアは怯んでいる自分を感じた。そのギラギラした目にはこちらの言葉など通じないのではないかと。


「国の政策が十分でなく、民に苦しい思いをさせている。そのことは事実だ」


 ルナスの言葉に、デュークもアルバもスピネルも口を挟まない。ただ、成り行きを見守る。

 頭領は次第に苛立ちをあらわにした。


「当たり前だ!! 軍事軍事と税を無駄にして、挙句が敗戦、賠償金だ? 君主が愚かなくせに、民に愚かだなんて言えるのか!? 生きるに手段なんか選んでられるか! 奪わなけりゃ生きられない世の中になったんだよ!!」


 痛々しい、悲痛な叫びだ。

 けれど、これは紛れもなく民の声。

 荒んだ心はぶつかり合い、こうして国を傾けて行くのだろうか。


 リィアには、この感情の終着点が見えなかった。どのように収束することができると言うのだろうか。

 城においても軽んじられているルナスに、そんなことができるとは思えなかった。

 それでも、がなり声にも動じず、ルナスは静かに口を開く。


「奪わなければ生きられないなら、まずはその悪循環を断ち切らねばならない。だからこそ、少し落ち着いて私の話を聴いてもらえるだろうか」


 ハラハラとしながら立ち尽くしていたリィアは、荒くれ相手にも礼節を尽くそうとするルナスに更なる不安を覚えた。丁寧に頼んだからと言って、話を聞いてくれるわけではない。

 それくらい、リィアにもわかる。なのに、ルナスはその姿勢を崩さなかった。


 ルナスは理想主義者なのだ。

 綺麗事で解決しようとする。それがまかり通る状況ではないのだと、気付きもしない。


 デュークたちもそんな主を諌めない。

 一体、一番愚かなのは誰なのか――。

 頭領は不意に笑った。薄暗い、笑みだった。


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