本編 ~『一生愛すると誓う』~
セレフィーナが捕らえられてから、月日が過ぎた頃。あれほど騒がしく、陰謀と緊張が入り混じっていた日々が嘘のように、屋敷には穏やかな時間が流れている。
季節は移ろい、庭が赤に染まった紅葉で彩られている。風が吹くたびに音を立て、舞い落ちた葉が砂利道を転がっていく。
「穏やかですね~」
「何もない日も悪くないね」
ローズとユリウスは談話室のテーブルを挟み、並んで椅子に腰かけていた。
テーブルの中央には、焼きたての栗のタルトが香ばしい香りを放っている。表面には艶やかなシロップが塗られ、切り分けられた断面からは栗の実がぎっしりと顔を覗かせていた。
「季節を感じられていいですね」
ローズはフォークを手に取り、ひと口分を口へ運ぶ。ホクホクとした栗の食感と、バターの香り豊かなタルト生地が舌の上で溶けていく。
「特にこの栗が絶品ですね。どこで仕入れたのでしょうか……」
「その栗なら君に贈られたものだそうだよ」
「私の?」
「なんでも治療のお礼だそうだ」
カップに紅茶を注ぎながら、ユリウスが口にする。
聖女として認定されたローズは、怪我人や病人の治療を続けていた。領内だけでなく、他国からも治療に人が訪れるほどの盛況さだ。
おかげで彼女の名声は日に日に高まり、聖女ローズの名は世界中に轟くようになっていた。
名声が増すにつれ、少しでも恩を返そうと報酬を差し出す義理堅い者も後を絶たなかった
だがローズは金や宝石といった類は一貫して受け取らなかった。
その姿勢を知った患者たちは、代わりに食材や焼き菓子、珍しい茶葉などを差し入れるようになった。
栗もそのひとつで、治療した農夫が、秋の実りの中でも一番出来のいいものを選び、籠いっぱいに詰めて届けてくれたのだ。
ローズは農夫に感謝しながら、もうひと口タルトを味わう。甘みの奥に、人々の優しさがしっかりと溶け込んでいるように思えた。
「感謝といえば、ギース様からも手紙が届きましたね」
「ローズのおかげで更生できたと、感謝していたね」
ユリウスは頷きながら、机の端に置かれた封筒に目をやる。王家の紋章が刻まれた封蝋はすでに割られ、中の羊皮紙には丁寧な筆致で近況が綴られている。
あの騒動の後、ギースはすっかり大人しくなった。
弱みを握られている以上、彼にできることは限られている。だが、むしろ制約があるからこそ、彼を吹っ切れさせたのかもしれない。
今では国王を支える政務に深く関わり、外交や内政の現場で経験を積んでいるそうだ。手紙には、初めて任された案件の苦労や達成感が、熱量をもって書かれていた。
「弟が元気になったようで嬉しいよ」
ユリウスの声にもどこか安心が滲む。
王宮内では「頼れる第二王子」としての評価を高めているそうで、次期国王はユリウスこそが相応しいと、彼自身が口にしているそうだ。
もはや再び敵になることはないだろう。
血が繋がっていなくとも、兄弟として仲良く生きていける。二人はそう確信を抱くようになっていた。
「心を入れ替えたといえば……君の元婚約者のレオンは、公爵家に戻ったそうだね」
「勘当が許されたそうですからね」
ローズは頷いて遠い目をする。
レオンは魔術を失い、辺境領もローズに奪われたことで、実家を追放されてしまった。
だが、その後、彼は父に頭を下げて、実家の公爵家へと帰った。
今では次期領主の弟に、朝から晩までこき使われているらしく、文書の整理、視察の随行、雑務の山に汗を流していると聞く。
かつての公爵家嫡男の威光は失ったが、本人もそれを「浮気した自分への罰」だと素直に受け入れているそうだ。
ローズは小さく息をつきながら、ふっと口元を緩める。
(今の反省した彼ならば、きっと私との婚約を破棄しなかったでしょうね)
心の中で呟いた言葉には、かつての不幸を笑い飛ばせる程度の余裕が滲んでいた。
「セレフィーナも心を入れ替えてくれると良いのですが……」
「看守の報告によると、更生にはまだ時間はかかりそうとのことだ」
「確か、お母様と同じ牢で暮らしているのですよね」
「みたいだね。でも仲は最悪とのことだ。なんでも責任を押し付けあっているらしいよ」
「あの二人らしいですね」
ローズは呆れたように目を伏せ、肩をすくめる。想像するだけで騒がしい牢内の光景が目に浮かんできた。
それから二人は、近頃の領地の様子や、最近届いた贈り物の話などの他愛もない話を続ける。
やがて、ローズの皿の上からタルトが消える。栗の甘さと、香ばしい生地の余韻を名残惜しむように紅茶を口に含んだところで、ユリウスがふと窓の外に目を向けた。
「よければ紅葉を見に行かないかい?」
「いいですね」
二人は立ち上がり、並んで廊下を歩き、庭へと続く扉を押し開ける。
外の空気はひんやりと澄み渡り、頬を優しく撫でる。
視線を上げれば、そこには燃えるような紅葉の景色が広がっている。
枝先からひらひらと舞い落ちる葉は、空気の流れに乗ってふわりと漂い、やがて地面へと辿り着く。
足元には、その葉たちが幾重にも降り積もり、歩くたびに音を立てる。そんな中、ユリウスは足を止め、隣のローズに微笑を向ける。
「見事な庭だね」
「庭師の皆さんが頑張ってくれますから」
穏やかな会話を交わしながら、二人は紅葉に彩られた小道をゆっくりと進む。
やがて、ユリウスが視線をある枝へと向ける。
そこには、ひときわ鮮やかな紅の葉が揺れていた。形は他の葉と変わらないが、葉脈の部分が淡く光を帯びており、ただの紅葉でないことが見て取れた。
「珍しいものがあるね」
「知っているのですか?」
「光紅葉という品種で、薬の材料にもなる貴重品さ」
「へぇ~、さすが博識ですね」
ローズの瞳が、光を宿した葉と同じくらいきらきらと輝く。ユリウスはふっと口元を緩め、葉から視線を外さぬままに口を開く。
「変わったものが好きだからね。ローズを好きなのも、きっとそのせいだ」
風が木々を揺らし、足元にひらりと落ち葉が舞う。ローズは瞬きをしてから、唇の端を僅かに上げる。
「……まるで愛の告白ですね」
「そのつもりなのだが」
その声音は穏やかでありながら、揺るぎない。ユリウスは懐へと手を差し入れ、小箱を取り出した。
深紅の葉の影に包まれるようにして、小箱を開くと、その中には、銀細工が施された指輪が収まっていた。
嵌められた宝石は深い輝きを放っており、ローズはその美しさに息を呑む。
「綺麗ですね……」
「なにしろ僕の愛の証だからね」
ユリウスの頬が赤く染まっていく。彼でも恥ずかしいとこうなるのかと、ローズはその新鮮さに笑みを零す。
「それで返事はどうかな?」
差し出された手は、軽く震えていた。
「もちろん決まっています」
ローズは彼の手を両手で包み込み、指輪を受け取る。そして、自らの薬指に通した。
「私で良ければ喜んで、お受けいたします」
「本当かい!」
「ただし不義理は許しませんよ。その場合、あなたの才能を慰謝料として頂きますから」
冗談めかしながらも、ローズの頬も紅潮している。
ユリウスは深く笑い、彼女の手を強く握り返す。
「そんなことはしないさ。君のことを一生愛すると神に誓うよ」
「私もです」
二人の手から温もりが伝わる。これから先も決して離れない。そう約束しているかのようだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
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