本編 ~『互いに利用する二人』~
貴族の不正が暴露された。
それにより、王都は混乱の渦に包まれていた。
昼間から広場では民衆が噂話に花を咲かせ、貴族の屋敷に押し入る衛兵の姿がしばしば目撃されるようになっていた。
貴族たちの不正を陽の下に晒し、捕縛するようにと指示を出したのは、第一王子のユリウスだ。
彼は腐敗した貴族を粛清すべきだと主張し、それは自派閥でさえ例外とはしなかった。
不正が明らかになった者たちは次々と爵位を剥奪され、領地を没収され、王都を追われていく。
当然、民衆は彼を称賛した。
『第一王子様こそ真の正義だ』
『こんなに素晴らしい人格者は他にいない』
『次の王位に就くのは、ユリウス様で決まりだろう』
そんな声が、街のあちこちで聞こえてくる。
そんな状況の中、第二王子ギースの屋敷では、張り詰めた空気が流れていた。
ソファに沈み込んだギースは、手元の報告書を睨みながら、漆黒の髪をかき上げ、長い脚を組み直す。
鋭く整ったその顔立ちに、怒りが浮かぶ。
「……くだらん正義を振りかざしやがって」
本来、不正の暴露はユリウスの派閥を弱体化させるためのものだった。その際、ギースが描いていた筋書きでは、排除されるのは兄の取り巻きだけ。
自分の陣営が傷つくことなど、万に一つも想定していなかった。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
処罰された貴族たちの中には、ギースの腹心の名がいくつも含まれていた。財務を預かる男爵、情報網を握っていた伯爵、表には出てこないが裏で動いていた貴族たちまで一網打尽だ。
「くそっ!」
堪えきれず、ギースは手にしていた報告書の束を力任せに放り投げる。
紙が宙に舞い、散らばる音が部屋に響く。投げつけられた書類の束は、彼の足元に跪く少女の前に落ちた。
鮮やかな黄金の髪の持ち主は、聖女セレフィーナである。
彼女は視線だけでギースを見上げる。その瞳の奥に潜む感情は、敗北の悔しさではなく、確固たる野心だけだった。
「落ち着いてくださいまし、ギース様」
「これが落ち着いていられるかっ!」
「怒りで事態が好転するわけではありませんわ」
「うぐ、それはそうだが……」
諭すように伝えると、ギースの眉が吊り上がる。
だがすぐに肩を落として、溜息を吐く。
「貴様にもがっかりだ」
その声音は冷たい。失望の滲んだ表情で、セレフィーナを見下ろす。
「俺の役に立つと約束したが、結果は兄上の評価を高めただけ。貴様には過ぎた期待だったようだな」
「……まだ手はありますわ」
「ふん、どうせ浅はかな策であろう」
「聖女の私は教会と深い繋がりがありますわ。それを利用しますの」
教会と聞いて、ギースの瞳に僅かな期待が浮かぶ。聞くだけの価値はあると判断した彼は、わずかに前のめりになる。
「聞かせてみろ」
「ユリウス様は教会を支援していた貴族たちまで処罰していますわ。教会からすれば、資金源を奪われたも同然。怒りを抱えているはずですわ」
「つまり、教会勢力を引き入れるというわけか……」
「私は聖女ですから。交渉もスムーズに進むはずですわ」
「なるほどな……」
ギースはゆっくりと頷く。セレフィーナの提示した策に期待を感じたからこその反応だった。
「いいだろう。やってみせろ。もし貴様が教会を動かせるなら、今度こそ、利用価値があると認めてやろう」
「ギース様のためにも、必ず成功させてみせると約束しますわ」
セレフィーナは立ち上がると、一礼をしてから優雅に立ち去る。その影にギースは小さく呟く。
「ふん、俺のためにせいぜい頑張れ」
利用できる駒は多い方が良いとギースは笑う。だがセレフィーナも、彼と同じように背を向けながら口元を歪めるのだった。




