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シンデレラ


 圭が、腕を組んでわたしを睨んでいる。

 なぜか怒っているようだ。


 うつむいて通り過ぎようとして、腕を掴まれた。


流羽(るう)……女子会はどうしたんだよ」

「明日学校だから、やっぱり止めようって話になった」

「じゃあ、おれを呼べばいいだろ。なんで1人で歩いてんだよ」

「そのまま帰った方が早いと思って……」


 顔があげられない。


「………昨日はちゃんと、タクシー使って帰ってきたんだろな」

「…………」


 メッセージだとあんなにスラスラ出てきた嘘が、どこからも出て来ない。

 やっぱり直接喋るとダメだな。


「てか、迎えに行くって言ったんだから、呼べばよかったんだよ」

「圭も、忙しいと、おもって……」

「迎えに行く余裕くらいはあるから」


 低くて重い、声。

 やっぱり怒っているように感じる。どことなく、苛ついているようにも感じる。


「てかさ。ほんとにバイトだったの―――?」

「それは、ほんと!」


 じゃあ何が嘘なんだよ、って突っ込まれそうで、慌てて本当の事を告げた。


「みぃ子に、昨日の昼と代わってくれって頼まれたの。だから、さっきまで本当にバイトだったよ」

「………春川さん? おかしなこと言うね、流羽。春川さんも含めて3人で、女子会するとか言ってたのに?」


 しまった……!


 冷たい圭の声に、反射的に伏せていた顔を上げた。

 むっつりとした顔をしていると思っていたのに、圭は無表情でわたしを見下ろしていた。


「昨日の昼、空いてたのか。そんなの聞いてない」

「ごめん。言ってなかった」

「今日が駄目なら、昨日来れば良かったのに」


 なに、言ってるの?


 昨日の昼間はサユさんと、一緒にいたじゃない。わたしが行っても、困るだけだったんじゃ……


「急に決まったの。昨日の朝、突然みぃ子から電話が来たから……ごめん、圭」


 視線を鞄にずらす。キーケースを取り出した。

 ドアに鍵を差し込む。カチャリと音がして、扉を少し開けた。

 

「上がってく? 寒かったでしょ。あったかいお茶出すよ?」

「いい。帰る。明日は1限からだし」

「そう」


 玄関前で言い合う声が、近所に聞こえてしまいそうで圭を誘ってみた。まだ話をするつもりなのかと思いきや、意外とあっさり断られてしまった。


「じゃあ、おやすみ」


 右手で扉を大きく開ける。

 軽く振り返ると、至近距離に圭がいた。ぎょっとしていると、左手を掴まれてしまった。

 もう片方の手のひらが、わたしの頬を包み込む。


「圭……っ」


 目の前に圭の顔が伸びてきた。整った口元が開いていく。びくりと身体を揺らせていると、噛みつくようなキスがやってきた。

 知らない。こんなキス、わたしは知らない。


「………ん…」


 わたしの唇が圭の口に飲み込まれていく。

 さっきまでの冷ややかな様子はどこへ行ったのか、今の圭はひどく熱持っていた。動きも、呼吸音も、触れる部分も、伝わる圭のすべてが熱い。

 


 ―――どうして?


 どうしてそんなに、わたしに腹を立ててるの?

 わたしが嘘をついたから? 

 ………そんなの。圭だって同じなのにね。


 

 むせ返るような、長い長いキス。


 苛立ちをぶつけるかのような激しいキスは、まだ圭の気が済まないのか、一向に終わる気配がない。誰かが来たらどうする気なんだろう……やっぱり部屋に上げるべきだったな、と密かに思う。



 圭の匂いが鼻腔をくすぐる。大好きな人の匂いに、わたしは抵抗なんて出来やしない。だんだんと頭がぼんやりして、なにも考えられなくなってくる。左手を掴んでいた筈の圭の手は、いつしかわたしの腰に回されていた。

 

 右手から力が抜けていく。わたしの背後で、扉の閉まる派手な音がした。




 ◆ ◇



 

 時間がそれなりに経過したせいか、はたまた昨夜のキスで思考が停止したのか、月曜に圭と会ってもわたしはわりあい平静でいられた。 

 圭も普段と変わらなかった。別れたいと言われる事もなかった。


 自分から3ヵ月と言い出した手前、約束は守るべきだと考えているのだろうか。そういえば、圭は意外と律儀だったっけ……


 次から次へと彼女を作っていたとはいえ、複数の同時進行はしていなかった。彼女のいる間は、わたしの部屋にだって来なかった位だし……。


 …………。


 でも、今ちょっと同時進行、してない? 


 って、不思議な事はないかぁ。

 わたしは彼女って言っても、練習の彼女だから数に入ってないかもなぁ………。



 髪に指を絡めながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。教室の窓からは理系棟が目に入る。わたしは、講義も上の空で、じっと圭のいる方向を見つめていた。






 その日の講義を全て終え、わたしは大学を後にした。門を出て、お互いの家の分岐点まで辿り着き、足が止まる。


 今日は、圭のうち、行くの?


 

 気持ちが少しつっかえて、空を見上げてため息を一つ、吐いた。ゆるゆると首を左右に揺らす。


 行くよ。だってもう、残りちょっとだもん。


 クリスマスを迎える頃には冬休みがやって来る。実家への帰省もあるし、年内といってもあの部屋を訪れる機会は、あと2週程度で終わりを告げるのだ。

 今のわたしに出来る事は、悔いが残らないように圭と楽しむ事だけ。だから、せめて、あと少し……圭にご飯、作っていよう。


 どうせなら、圭の好きなもの作りたいな。

 メッセージを入れてみた。授業中だけど、返事来るかな?

 

 圭の家に向かって歩いていく。部屋の前まで来たところで、返事が返ってきた。


『今日はあるから、作らなくていいよ』

 

 ――――え?


 カバンから合鍵を取り出す。もどかしい気持ちでガチャガチャとノブを回した。中に入ると、コンロの上に土鍋が置かれていた。

 土鍋なんて、持ち込んだ記憶がない。


 どくりどくりと心臓が鳴る中、そろりと鍋の蓋を開けてみた。

 中には、美味しそうなおでんが詰まってる。


 サユさんが作ったこれを、圭と一緒に食べるのか――――


 眩暈がしそうになってくる。




「このおでん、わりかし美味いだろ?」

「う、うん…。これ、昨日作ったやつ?」

「そそ。さすがに昨日中には食べきれなくてさ」


 嬉しそうな顔をして、圭が大根を口に放り込んだ。

 サユさん作のおでんは、味がしっかり染みていて美味しかった。本当に美味しくて、胸がいっぱいになってきて、ちっとも喉を通らない。


 土曜の昼から、日曜の夜まで、ずうっと彼女と過ごしてたのかぁ……。



「……あれ、流羽。あんまり食べてない?」

「そ、そんなことないよ!」


 無理矢理にこりと笑顔を作り、コンニャクを口に詰め込んだ。何度も何度も咀嚼をして、やっとごくりと飲み込めた。

 圭の眉根が、ふいと寄った。

 でもそれはほんの一瞬で、すぐに表情を緩ませた後、なんでもない話をし始めた。


 洗い物くらいはしようと思い、立ち上がると、圭がわたしを優しく制止した。泣きたい気持ちで、わたしは再び腰をおろす。

 背中から流水の音が聞こえてきた。

 

  


 わたしが圭にしてあげられる事が、もうなんにもなくなった。




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