未来のための
「いいお天気。晴れてよかったね」
「ん? ああ、うん」
空を見上げると、雲一つないクリアな青空が広がっている。今日は秋晴れの良いお天気で、吹く風も冷ややかではあるものの、まろやかな空気が心地よい。
約束の土曜日がやってきた。
圭と2人で楽しむ遊園地。一日の締めは勿論、夕日を背景にして乗る観覧車。わたしの憧れのデートを叶えるべく、今日はこの地にやってきた。
「電車の中も混んでるね。今日は人、多そうだなぁ」
「…………」
「ねえ、圭?」
「ん、ああ、そうだな」
電車で1時間とかからずこんな場所に着くなんて、都会って本当に遊び場に恵まれているとわたしは思う。遊園地なんて、それどころか水族館も動物園も、わたしにとってはそれらのどれもが、泊りがけの旅行の時に行くような施設だったのだ。
何もない田舎の町で、圭と出掛けた場所といえば、真っ先に思い浮かぶのが近所の小さな公園で。幼い頃は毎日のようにそこで圭と一緒に遊んでた。
川遊びもした。山登りだって一緒にした。桜が咲く頃は、おにぎりを持ってお花見にだって行ったっけ。
お祭りにも一緒に出掛けたな。迷子になると困るからって、わたしの保護者気取りで手を引いてくれたっけ。あの頃は、圭も小学生の子供だったのに。そう思うと、なんだか可笑しくなってくる。
圭と、遊園地。
一緒に行った事のない場所に、わたしは行ってみたかった。観覧車の窓から、2人で夕日を眺めてみたかった。
圭と一緒の遊園地。楽しみ、なんだけど……
「昨日、また夜更かしでもしたの? 眠そうだけど」
「いや。0時頃にベッドには入ったよ」
「そう? それにしてはなんか、ぼんやりしてない?」
「気のせいだろ」
気のせいかな。
なんか、圭の様子がおかしいんだけど。
話しかけてもどこか上の空で、ぼんやりしているように見える。
ほんとにすぐ寝たのかなぁ。
見上げると、圭もわたしの視線を感じたようだ。目が合って、珍しくぷいと顔を逸らされた。いつもは優しげに微笑んでくれるのに、どうしたんだろう。
まるで、中学時代の圭みたい。
「それより中入ろう。流羽、何乗りたい?」
「じゃあ早速……」
「まさか、もう観覧車!?」
「ううん、コーヒーカップ乗りたいなって」
「ああ……だよな。ああいうの、一番に乗るようなもんじゃないよな」
どうしたんだろう。妙に動揺してるんだけど。
まさか高い所が苦手とか……まさかね。
コーヒーカップを終えると、圭が頭上を通るレールを指さした。
「流羽、ジェットコースターとか乗りたい?」
「ううん、パス! わたし、ああいうのはダメなんだ。圭が乗りたいならベンチで待ってるよ」
「いや、おれはいい。じゃあミラーハウスでも入る?」
「うん!」
遊園地の定番と言えばジェットコースターだ。恐らく一番人気で、今日も既に行列が出来ている。
でもわたしは苦手なんだよね。落ちる瞬間の、あのふわりと浮く感覚が気持ち悪くて、ダメ。
振っておきながら、圭もコースター類に興味はないようだ。素通りしてハウス系のゾーンへと移動する。
鏡で出来た迷路の中は、意外と脱出が難しかった。迷いに迷い、最終的には圭に案内され、ようやく外の世界へ戻ってこれた。
「面白かった! 外に出られないんじゃないかとヒヤヒヤしちゃったよ」
「流羽、ミラーに騙されまくってたな」
「あんなの、わたしじゃなくても騙されちゃうよ。歩き回って少し疲れたし、次はゆっくりした乗り物に乗りたいな……」
ちらりと周囲を見回すと、すかさず圭がわたしの手を引いた。
「あ、流羽。メリーゴーランドなんてどう? 空いてるから並ばずに乗れそうだよ」
「メリーゴーランドかぁ。うん、それもいいね」
今日の圭は、なんか変。
圭の事だから、「おれはどこでもいいから、流羽の好きなとこ行きなよ」なんて丸投げしてくるかと思ってたのに、次々と行き先の提案してくるんだけど……。
もしかして、前にわたしが言った事気にしてるのかな。デートでは彼氏がプランを立てるべき、なんて思い込んでるんじゃないよね。まさか!?
あの時は圭の、やる気のなさそうな言動にガッカリしただけで……まるでわたし一人が浮かれているようで、圭はそうでもないように思えて、それがなんだか寂しくて……。
わたしは圭と一緒に、ワクワクしたかっただけなんだよね。
「空いてるといえば、観覧車も待ち時間ほとんどないね」
「それより、シューティングゲームとか楽しそう。流羽、行こう!」
「ねえ、圭、圭!」
またもや強引にわたしの腕を引こうとした圭に、待ったをかける。
「疲れてきたし、お腹も空いてきたから、次はランチにしよ?」
「そうだな。そろそろ昼にするか」
「あっちのレストランが集まってるとこ、行こ! なにがいいかな?」
「おれはどこでもいいから、流羽が食べたい店選びなよ」
あれ?
優しげに笑って、圭がわたしの頭を撫でた。
ランチタイムは、わりかしいつもの圭だった。
◆ ◇
お昼ご飯を食べた後、シューティングのアトラクションを楽しんだ。
ライドに乗って移動しながら、レーザーガンで的を狙う。当たると得点が入り、得られた点数の合計によって最後にランクが付けられるのだ。それが意外と面白くて、しばらくそればかり回っていた。
「惜しいな、あと500点でSランクいけたのに」
「もう一回やる?」
「やろう! あいつら何度目だよって思われてそうだけどな」
笑いながら、圭も夢中になって楽しんでいた。
どことなくはしゃぐ圭の姿に、わたしも嬉しくなって頬が緩む。子どもの頃を思い出すようだ。ここで、こんな圭が見られるだなんて思わなかった。
正直、観覧車以外はそこまで期待していなかったんだけど……来てよかったな。
一緒に楽しめている事が、単純に嬉しい。
「よし、やっとS取れた!」
ようやく、目標の数値に辿り着けたようで、圭が顔を輝かせた。
キラキラした笑顔を向けられ、くらりときて目を逸らす。眩しすぎる…。
「凄いね、圭。わたし頑張ったけどBランクが限界だよ~!」
「今度は、流羽がS取るまでやる?」
「ううん、もうこの辺にしとく。腕疲れてきちゃった」
「そっか、じゃあ休憩しようか」
今度は優しく微笑んで、わたしの手を絡め取る。指と指が絡まっていて、どきりとした。
これ、恋人繋ぎだ。前回のデートの時もしたやつだ……。
ドキドキしながら、隣を歩く圭を見上げた。
わたしは真っ赤になったのに、圭は澄ました顔で歩いている。
なんだか悔しくなってきた。こうして指を絡めて繋ぐことも、圭にとっては特別な事なんかじゃないんだ。
遊園地だって、そう。わたしにとって特別な圭とのデートは、圭にとっては今までに何度も繰り返してきたような事で、決して特別なんかじゃない……
「圭って、デートの時、シューティングよく行くの?」
心に渦巻いた昏い感情が、ぽろりと外に零れ出た。
真顔になった圭を見て、慌てて言葉を取り繕う。
「あ、なんか上手だし、来慣れてるのかなって……」
「いや、遊園地なんて小学生の頃行ったきりだよ。デートでこういうとこ来るのは、これが初めてだな」
「え……そうなの?」
目をパチパチと瞬かせた。
頬に、ほんのりと紅が差す。沈んだ気持ちが一瞬でどこかに吹き飛んで、代わりに熱いものが胸の内からじわりと込み上げてきた。
「だから、すっごい久し振り」
「わたしも、久し振り……」
嘘みたい。
遊園地で楽しむ圭の姿は、わたしだけが知ってる圭なんだ……。
「シューティングはゲームでよくやるから、そこそこ慣れてるってだけ」
「そういえば昔、圭んちにゲームあったね。小学生の頃よく一緒に遊んでたっけ」
「ああ、流羽ともよくやったなぁ。あのゲームだけど今おれの部屋にあるよ。今度、久し振りに一緒にやってみる?」
「えぇ!? 実家から持ってきてたんだ……」
懐かしい昔話も。昔と変わらない優しい笑顔も。何もかもが今この瞬間だけは、わたしだけの圭のように感じられてしまって。
「年代物だけど、まだ遊べるよ」
「じゃあ、また一緒に、やろ」
絡めた手に少しだけ、力を込める。
この手がずっと、わたしだけのものになってしまえば良いのに。
どきりどきりと心臓の音が鳴っていて。
あの夜のように圭を抱きしめてしまいたくて。
わたしの腕の中に、圭を捕らえてしまいたいけれど、今はそれが叶わない。
ここが屋外で、人目がある事を恨めしく思いながら、せめてもと思いわたしは、ほんの少しだけ圭に寄り添って歩くのだった。




