表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/46

カウントを告げるの


 理工学部の圭は、授業が5限まである日が多い。


 文学部に所属するわたしは、1限からの日が多い代わりに、5限までの日は週に1度だけだ。大抵が4限までに終えるので、時間には余裕がある。だから、週に2度は平日にバイトだって入れている。


 今日は4限目が、教授の都合で突然の休講となった。当日の朝に休みますと言って、批難されるどころか歓迎されるだなんて、大学の先生とはおかしなものだとつくづく思う。もっと言えば遅刻しても学生達には喜ばれる訳で、こんな職種をわたしは他に見た事がない。


 3限で講義を終えたわたしは、明るいうちに大学を後にした。バイトの予定もなく暇だったので、一人電車に乗り、郊外にあるホームセンターへと足を運ぶ。

 圭んちに、ちょっとした置き土産でも買って行こう。


 キッチン用品のコーナーをうろうろしていると、知り合いに声を掛けられた。


「るーちゃん!」

「冬くん」


 冬くんが大きく手を振って、わたしの側に駆け寄ってきた。

 ミルクティー色の髪が跳ねる。可愛い子犬みたい。


「珍しいねー、るーちゃんとこんな所で会うとは思わなかったよ」

「暇だったから、久し振りに来てみたの。わたしも冬くんに会うとは思わなかったな」


 フライパンや鍋類の並ぶ中、冬くんが一番上の段にある品物をじっと見つめだした。背伸びをして手に取ろうとして、諦めたようだ。反対側に置いてあった踏み台を移動し、その上に乗った。


「もっと背、欲しいなー。るーちゃんのカレシぐらいあれば、全然違ったんだろなぁ」


 いつも陽気な冬くんが、珍しく沈んだ顔をした。


 冬くんは小柄だ。わたしより少し高い程度なので、男の子にしてはかなり低い方なのだろうと思う。気にしているようで、たまに溜め息をついている。


 背が低い所も可愛いと思うけど……そんな事を言うと更にガックリされそうで、本人に伝えたことは無い。控室でみぃ子に喋った事ならあるけど。


「中華料理にでもチャレンジするの?」


 冬くんはせいろを手に取っていた。シューマイでも作るのかな?


「ああ、それもいいんだけど、蒸し料理でもしてみようと思ってさ。野菜や肉をこのせいろで蒸して、さっぱり食べるのも良いかなって」

「いいねそれ。ヘルシーで健康にも良さそう」


 冬くんは調理系の専門学校に通っている。料理が好きで色々と詳しく、わたしもたまにアドバイスを貰っている。どこかの誰かさんとは大違いだ。


「るーちゃんは、……雪平?」


 雪平鍋とフライパンの入るカゴを見て、冬くんが不思議そうな顔をした。

 そりゃそうだ。フライパンはまだしも、雪平鍋なんて頻繁に買い替えるものじゃないからね。


「彼氏の家に、置いていってやろうと思って」

「雪平すらないの? カレ、自炊しないんだね」

「ぜーんぜん。放っとくと飲み物すら直飲みレベルだよ」

「そんなヤツに渡しても、使っては貰えないんじゃない?」

「うん、たぶん」


 わたしが使うんです。


 レポートで忙しくしている圭を見て、思った。圭んちでご飯作った方がいいかもって。そうしたら、一緒に過ごしながら圭も課題が進むんじゃないかな。わたしがバイトでいない、火曜や木曜の分の作り置きも出来るしね。


 ただ一番のネックは、あの家に何もないことで……だからといってわたしの家から毎回持ち込むのも大変なので、もういっそ、揃えてやろうと思ったのだ。


 両手鍋にお玉・菜箸をカゴに追加し、ふふふと不敵な笑みが漏れる。これで一通り、調理グッズが揃ったぞ……



「るーちゃん、それ重そうだね。オレ持つよ」


 買い物を済ませた後、冬くんと一緒に最寄り駅に向かう。ホームセンターを出てすぐに、冬くんが手を差し出してきた。


 びっくりして、目をパチパチとさせる。


 荷物は、一つ一つは大した重量ではないけれど、積もり積もって結構な重みとなっていた。


 そりゃ、持ってもらえるなら正直有り難いけどさ。でも冬くんって華奢だし、圭と違って力もなさそうだし。

 こんなの持たせるの、可哀相だよね……。


「いいよ。冬くんも荷物持ってるし、これ結構重いから無理しない方がいいよ」

「だーいじょうぶだって!」


 笑いながらサラッと荷物をひったくる。なんか、手際よくない?

 よろける事もなく、あっさりと冬くんは荷物を持っていた。なんだか意外……


「腕力ないって思ってたでしょ。あのね、るーちゃん知ってた? 料理人てのは、結構腕の力がいるんだよ?」

「そうなの?」

「一日中、重い鍋振り回してんだよ? 腕力や体力がないと出来ないよ。だからこんなの、全然平気っ」

「へぇ、冬くんて力持ちだったんだ。だったらお言葉に甘えて、駅まで運んで貰おうかな」


 無邪気に笑う冬くんに、にこやかに笑ってお願いした。わたしの言葉に、冬くんは緩やかに首を振り、「ううん」と言葉を付け足した。

 

「だからるーちゃん、これ、カレシの家まで運んであげるよ!」


 冬くんはにかっと笑って、わたしの荷物を目の高さに持ち上げた。

 

 


 ◆ ◇




 圭の家の前まで来て、急にドキドキとしてきた。


 一応チャイムを鳴らしてみたけれど、予想通り圭は出て来なかった。まだ大学にいる時間だから当然か。わたしはカバンからキーケースを漁り、銀色に輝く彼女専用アイテムを取り出した。


「冬くん、ここまで付き合ってくれて、ほんとにありがとね」


 荷物を受け取ろうと腕を差し出すと、冬くんがにかっと笑った。


「どうせなら持って入るよ。ここまで来たら一緒だしね」

「え………」


 圭の部屋に勝手に冬くんを入れるのは……それは駄目なんじゃないかな?

 バレたら怒られそう……。


「中まで入ろうって訳じゃないよ。玄関先に置くくらいならいいでしょ?」

「あ、うん」


 かな?

 

 入り口の端にまとめて荷物を置いてもらう。荷物から手が離れて、冬くんが軽く息を漏らした。あんな事を言っていたけれど、やっぱり重労働だったんだ、となんだか申し訳ない気持ちになった。


「るーちゃん、これからどうするの?」

「スーパー寄ってく、冷蔵庫からっぽだから」

「ふぅん、オレも寄って行こうかな。初めて行くスーパーって、普段見かけないものが置いていたりして、ちょっとワクワクするよね」

「スーパーによってラインナップって、微妙に違うよね」

「うんうん!」

 

 冬くんは、早速せいろを使うつもりのようだった。

 かぼちゃとブロッコリー、鶏肉のささ身をカゴに放り込んでいる。ダイエット中の女子みたいなメニューで、思わず笑ってしまった。


 今日は何にしようかな。

 明日はバイトのある日だ。ミンチ肉が安いし、ハンバーグでも沢山作ってやろうかな。


 カゴに放り込んだ肉をチラリと見て、冬くんがサラりと突っ込んだ。


「るーちゃん、カレシの分も作ってるの?」

「うん。1人分も2人分も一緒だから、ついでに作ってるの」 

「頑張るね。いいなぁ、オレもたまには、誰かに作って欲しいなあ」


 笑いながら言った後、冬くんの声のトーンが、少し低くなった。


「ねえ、いつから付き合ってるの?」

「一ヶ月くらい前から、かな」

「ふーん。るーちゃんに仲の良い幼馴染がいたなんて、オレ全然知らなかったなぁ」


 幼馴染って……そこまで話回ってんの?

 木乃(この)ちゃん、みぃ子、ちょっと2人共喋りすぎ!


「るーちゃんは……そいつのこと、ずっと、好きだったの?」


 さらに低い声で冬くんが呟いた。

 どきりとする。横を向くと、冬くんがじっとわたしを見つめていた。


 圭の事、わたしは……


 どういって誤魔化そうか考えて、やめた。



「………うん。ずっと、好きだったんだ」


 圭には、永遠に伝えられそうにないこの想いを、どこかで漏らしてみたかったのだと思う。

 口に出すと少しだけ、心が軽くなったような気がした。


「そっか。良かったね」

「内緒ね。恥ずかしいから誰にも言わないで」

「言わないよー。オレとるーちゃんの秘密にしておいてあげる」


 ありがとう、冬くん。 

 

 

 にかっと笑う冬くんを見て、わたしは少し、救われたような気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ