カウントを告げるの
理工学部の圭は、授業が5限まである日が多い。
文学部に所属するわたしは、1限からの日が多い代わりに、5限までの日は週に1度だけだ。大抵が4限までに終えるので、時間には余裕がある。だから、週に2度は平日にバイトだって入れている。
今日は4限目が、教授の都合で突然の休講となった。当日の朝に休みますと言って、批難されるどころか歓迎されるだなんて、大学の先生とはおかしなものだとつくづく思う。もっと言えば遅刻しても学生達には喜ばれる訳で、こんな職種をわたしは他に見た事がない。
3限で講義を終えたわたしは、明るいうちに大学を後にした。バイトの予定もなく暇だったので、一人電車に乗り、郊外にあるホームセンターへと足を運ぶ。
圭んちに、ちょっとした置き土産でも買って行こう。
キッチン用品のコーナーをうろうろしていると、知り合いに声を掛けられた。
「るーちゃん!」
「冬くん」
冬くんが大きく手を振って、わたしの側に駆け寄ってきた。
ミルクティー色の髪が跳ねる。可愛い子犬みたい。
「珍しいねー、るーちゃんとこんな所で会うとは思わなかったよ」
「暇だったから、久し振りに来てみたの。わたしも冬くんに会うとは思わなかったな」
フライパンや鍋類の並ぶ中、冬くんが一番上の段にある品物をじっと見つめだした。背伸びをして手に取ろうとして、諦めたようだ。反対側に置いてあった踏み台を移動し、その上に乗った。
「もっと背、欲しいなー。るーちゃんのカレシぐらいあれば、全然違ったんだろなぁ」
いつも陽気な冬くんが、珍しく沈んだ顔をした。
冬くんは小柄だ。わたしより少し高い程度なので、男の子にしてはかなり低い方なのだろうと思う。気にしているようで、たまに溜め息をついている。
背が低い所も可愛いと思うけど……そんな事を言うと更にガックリされそうで、本人に伝えたことは無い。控室でみぃ子に喋った事ならあるけど。
「中華料理にでもチャレンジするの?」
冬くんはせいろを手に取っていた。シューマイでも作るのかな?
「ああ、それもいいんだけど、蒸し料理でもしてみようと思ってさ。野菜や肉をこのせいろで蒸して、さっぱり食べるのも良いかなって」
「いいねそれ。ヘルシーで健康にも良さそう」
冬くんは調理系の専門学校に通っている。料理が好きで色々と詳しく、わたしもたまにアドバイスを貰っている。どこかの誰かさんとは大違いだ。
「るーちゃんは、……雪平?」
雪平鍋とフライパンの入るカゴを見て、冬くんが不思議そうな顔をした。
そりゃそうだ。フライパンはまだしも、雪平鍋なんて頻繁に買い替えるものじゃないからね。
「彼氏の家に、置いていってやろうと思って」
「雪平すらないの? カレ、自炊しないんだね」
「ぜーんぜん。放っとくと飲み物すら直飲みレベルだよ」
「そんなヤツに渡しても、使っては貰えないんじゃない?」
「うん、たぶん」
わたしが使うんです。
レポートで忙しくしている圭を見て、思った。圭んちでご飯作った方がいいかもって。そうしたら、一緒に過ごしながら圭も課題が進むんじゃないかな。わたしがバイトでいない、火曜や木曜の分の作り置きも出来るしね。
ただ一番のネックは、あの家に何もないことで……だからといってわたしの家から毎回持ち込むのも大変なので、もういっそ、揃えてやろうと思ったのだ。
両手鍋にお玉・菜箸をカゴに追加し、ふふふと不敵な笑みが漏れる。これで一通り、調理グッズが揃ったぞ……
「るーちゃん、それ重そうだね。オレ持つよ」
買い物を済ませた後、冬くんと一緒に最寄り駅に向かう。ホームセンターを出てすぐに、冬くんが手を差し出してきた。
びっくりして、目をパチパチとさせる。
荷物は、一つ一つは大した重量ではないけれど、積もり積もって結構な重みとなっていた。
そりゃ、持ってもらえるなら正直有り難いけどさ。でも冬くんって華奢だし、圭と違って力もなさそうだし。
こんなの持たせるの、可哀相だよね……。
「いいよ。冬くんも荷物持ってるし、これ結構重いから無理しない方がいいよ」
「だーいじょうぶだって!」
笑いながらサラッと荷物をひったくる。なんか、手際よくない?
よろける事もなく、あっさりと冬くんは荷物を持っていた。なんだか意外……
「腕力ないって思ってたでしょ。あのね、るーちゃん知ってた? 料理人てのは、結構腕の力がいるんだよ?」
「そうなの?」
「一日中、重い鍋振り回してんだよ? 腕力や体力がないと出来ないよ。だからこんなの、全然平気っ」
「へぇ、冬くんて力持ちだったんだ。だったらお言葉に甘えて、駅まで運んで貰おうかな」
無邪気に笑う冬くんに、にこやかに笑ってお願いした。わたしの言葉に、冬くんは緩やかに首を振り、「ううん」と言葉を付け足した。
「だからるーちゃん、これ、カレシの家まで運んであげるよ!」
冬くんはにかっと笑って、わたしの荷物を目の高さに持ち上げた。
◆ ◇
圭の家の前まで来て、急にドキドキとしてきた。
一応チャイムを鳴らしてみたけれど、予想通り圭は出て来なかった。まだ大学にいる時間だから当然か。わたしはカバンからキーケースを漁り、銀色に輝く彼女専用アイテムを取り出した。
「冬くん、ここまで付き合ってくれて、ほんとにありがとね」
荷物を受け取ろうと腕を差し出すと、冬くんがにかっと笑った。
「どうせなら持って入るよ。ここまで来たら一緒だしね」
「え………」
圭の部屋に勝手に冬くんを入れるのは……それは駄目なんじゃないかな?
バレたら怒られそう……。
「中まで入ろうって訳じゃないよ。玄関先に置くくらいならいいでしょ?」
「あ、うん」
かな?
入り口の端にまとめて荷物を置いてもらう。荷物から手が離れて、冬くんが軽く息を漏らした。あんな事を言っていたけれど、やっぱり重労働だったんだ、となんだか申し訳ない気持ちになった。
「るーちゃん、これからどうするの?」
「スーパー寄ってく、冷蔵庫からっぽだから」
「ふぅん、オレも寄って行こうかな。初めて行くスーパーって、普段見かけないものが置いていたりして、ちょっとワクワクするよね」
「スーパーによってラインナップって、微妙に違うよね」
「うんうん!」
冬くんは、早速せいろを使うつもりのようだった。
かぼちゃとブロッコリー、鶏肉のささ身をカゴに放り込んでいる。ダイエット中の女子みたいなメニューで、思わず笑ってしまった。
今日は何にしようかな。
明日はバイトのある日だ。ミンチ肉が安いし、ハンバーグでも沢山作ってやろうかな。
カゴに放り込んだ肉をチラリと見て、冬くんがサラりと突っ込んだ。
「るーちゃん、カレシの分も作ってるの?」
「うん。1人分も2人分も一緒だから、ついでに作ってるの」
「頑張るね。いいなぁ、オレもたまには、誰かに作って欲しいなあ」
笑いながら言った後、冬くんの声のトーンが、少し低くなった。
「ねえ、いつから付き合ってるの?」
「一ヶ月くらい前から、かな」
「ふーん。るーちゃんに仲の良い幼馴染がいたなんて、オレ全然知らなかったなぁ」
幼馴染って……そこまで話回ってんの?
木乃ちゃん、みぃ子、ちょっと2人共喋りすぎ!
「るーちゃんは……そいつのこと、ずっと、好きだったの?」
さらに低い声で冬くんが呟いた。
どきりとする。横を向くと、冬くんがじっとわたしを見つめていた。
圭の事、わたしは……
どういって誤魔化そうか考えて、やめた。
「………うん。ずっと、好きだったんだ」
圭には、永遠に伝えられそうにないこの想いを、どこかで漏らしてみたかったのだと思う。
口に出すと少しだけ、心が軽くなったような気がした。
「そっか。良かったね」
「内緒ね。恥ずかしいから誰にも言わないで」
「言わないよー。オレとるーちゃんの秘密にしておいてあげる」
ありがとう、冬くん。
にかっと笑う冬くんを見て、わたしは少し、救われたような気がした。




