すべてのわたしを
流羽はおれを避けている。
そんな思いがおれにブレーキをかけ、流羽とは挨拶以上の交流が出来ないでいた。
もういい加減諦めよう。そう思って何度も彼女を作ったけれど、やっぱりすぐに別れてしまう。自分でも笑えるほど彼女達とは続かない。そりゃそうだ。おれは何人もの女の子と付き合ってきたけれど、結局誰一人として、本気で好きにはなれなかったのだから。
彼女達の事を、可愛いとは思っていた。一応は好みのタイプだから付き合う事にした訳で、だからいつも、今度こそ本気で好きになれると良いなと期待はしていた。
けれどどの子も、好意以上の感情を持つことが出来なかった。
上っ面の彼氏にしかなれないおれを見て、感じるものがあったのだと思う。女の子はそういう所が敏感な生き物で、皆が皆、判で押したように同じ事を言ってきた。
「圭一くん、私の事好きじゃないでしょ?」
この言葉が出てくると、もうその子とは終わりだ。だっておれは否定なんて出来やしない。そこそこなら好きなんだけど、なんて胸の内で言い訳がましく呟きながら、「ごめん」とだけ彼女に告げて、おしまい。
そんな中、1人だけ違う言葉を告げてきた子がいた。
「圭くん、好きな子いるんでしょ?」
表情が凍り付いて、呼吸が、止まる。
否定できず黙りこくったおれに、「がんばりなよ」と寂しそうに告げてくる。こんな振られ方は初めてだった。頬を叩かれた時よりも、おれの心に衝撃を与えた。
がんばりなよ……か。
「マジ!? 圭、お前好きな子いたの!?」
「カイ! 今の話聞いてたのかよ……!」
「聞いてたんじゃない、聞こえてきたんだ」
馬鹿にされると思っていたのに、カイからは意外と真面目な反応が返ってきた。
「好きな子いるならさ、女取っかえ引っかえしてないでその子にいけばいいじゃねーか」
「簡単に言うけどな……。おれ、避けられてんだよね。嫌われてんじゃないかな」
「そんな事気にしてどうすんだよ。好きの反対は無関心て言うんだぜ、嫌われてるなら上出来じゃねーか」
「今のおれ、上出来になんの……?」
カイの自信たっぷりな物言いに、くつくつと笑いが込み上げてきた。
流羽に避けられている。嫌われている。そんな風にずっと感じて諦めていたってのに。
なんだよそれ。おれ、諦める必要なかったの?
「上出来すぎて羨ましいよ俺は。本気で好きになれる相手なんて、欲しいからって簡単に手に入るものじゃないんだぜ」
カイの言う通りだ。
おれはずっと、流羽以外に好きになれる子を求めていた。けれどそれは叶うことが無くて……
「……カイ。おれ、頑張ってみようかな」
「そうしとけ。あー、俺も誰か本命現れねーかな……」
なんてタイミング。
2人に背中を押されたその日の夕方。5限目を終え図書室に向かうと、流羽がいた。
適当な口実をつけて流羽に誘いかける。おれの誘いに最初は戸惑っていたけれど、なんとか流羽はついて来てくれた。
思うほど嫌われてはいなかった?
少し気を良くしたおれは、カイに勧めて貰ったバーに流羽を連れて行く。
お酒の力を借りて、もう一度親しい関係にまでは戻ってやる。取り合えず連絡先を交換して、送るついでに家の場所を把握して――――
なんて、方程式を組み立ててはいたけれど。
気付けば、流羽はテーブルの上に突っ伏していた。
正直、怪しい飲み方してるなとは思ってたんだよな……。
カクテルをジュースのような勢いで、ごくごく飲んでるし。こいつ意外と酒に強いのか? なんて疑問に思いながら黙って見てたけど……止めるべきだったかな。
流羽はあの日のように頬を上気させ、桜色の唇をむにゃむにゃと動かしながら、目だけはしっかりとおれを見つめている。
意識はあるみたいだな。
「流羽、送るよ。帰ろうか」
気だるげに頷く流羽の身体を持ち上げ、おれの肩に寄りかからせる。おぼつかない足取りの流羽に、家の場所を尋ねてみた。……が。
「わたしね~、大学の近くに住んでるんだ~」
「それは分かったから、道は? ここを右? それとも左?」
「だめ、圭にはないしょ~~!」
「言ってくれなきゃ送れないだろ。黙ってるならおれんち連れてくぞ」
ケラケラ笑いだして、ちっとも教えようとしない。
仕方がないので、酔い覚ましがてら近所の公園に行き、ベンチに流羽を座らせる。
「ほら」
水のペットボトルを、キャップだけ開けて流羽に渡す。
ごくりと一口飲んだ後、流羽がとろりとした瞳をおれに向けてきた。
ほぅ、と酒混じりの熱い息を吐いて、おれをじっと見つめている。流羽の潤んだ瞳と、水で濡れた唇を見ているうちに、それを引き寄せたい感情に駆られてしまった。
「なぁ、流羽。おれと、付き合って?」
気付けば口から、ポロリと本音が零れてた。
ちょ、いきなり何言ってんだよおれ。少しずつ距離を縮めるつもりだったのに……
「る、流羽も今、彼氏いないんだろ? 彼氏欲しくない?」
「欲しい……。誰でもいいから彼氏欲しい……」
「だったらほら、おれと……付き合ってよ……」
「えー、圭ぃ?」
焦るおれの首に、流羽の腕が伸びてくる。
「ずっと、わたしの側にいてくれる?」
おれの首筋に腕を絡め、ぎゅっと抱きつきながら、流羽がぼそりと囁いてきた。
我慢できなくなって、おれも流羽の背中に腕を回す。しがみつく様に抱きしめながら、祈るように言葉を続けた。
「ずっと、流羽の側にいたい……」
静寂な公園で、おれの心臓の音がやけにうるさく鳴り響く。
おれの肩に触れた流羽の顔が、ちいさく縦に動かされた。
「じゃあ、わたしと付き合って……」
涙が、零れそうになった。
ぐじぐじと悩んで諦めていたこの数年は、一体、なんだったのだろう。
あっさりと、流羽はおれの所にやってきた。
嬉しくて、頬にキスをして。さてこれからどうしてやろうかと思っていたら、そのまま流羽は眠ってしまった。
拍子抜けしながらも、取り敢えずおれの家に連れて帰る。
おれのベッドに流羽を寝かせて、おれも一緒に布団に入る。流羽を抱きしめて、その温もりに夢ではないのだと実感しながら、眠りについた。
そしておれは。
目が覚めて、幸せな夢を見ていたのだと思い知らされた。
この……綺麗さっぱり忘れてやがる!
素面に戻った流羽は、しっかり首を傾げてる。くそっ。
普段なら、ここで心折れて諦めている所だけど。
諦めるには昨夜の喜びが大きすぎて、どうしても手繰り寄せたくてたまらなくて。昨日のようにストレートに告白しようとして流羽を見て、言葉が出て来なくなった。
だって流羽が、青ざめた顔でおれを見ている。
この状況を拒絶している。
とてもじゃないけど、おれの想いを受け入れてくれそうな雰囲気じゃない……。
酔って覚えていないんだし、流羽から言い出したことにしてしまおうか。
重い雰囲気を打ち壊したくて、流羽をからかいながら、頭の中ではどうやって付き合う流れに持っていくかばかりを必死で考えていた。
口からはスラスラと、出鱈目な言葉があふれ出す。嘘の中に混ぜられた真実のせいか、流羽も驚きながら信じ込んでいるようだった。
そうしているうちに、不意に朔太の言葉を思い出す。
『朔くんは、本気だから付き合えない』
軽いノリに持っていった方が、オーケーして貰えるかもしれない……。
3ヵ月でいいからとか、アドバイスが欲しいだとか。言い訳じみたセリフに、何かが違うと分かってはいた。
けれど、もうなんでもいいから流羽を彼女にしたくって。おれは必至で食らいつき、勢いに任せ、半ば以上強引に、流羽の承諾を得にかかる。
理由なんてどうでもいい。取り敢えず彼女にしてしまおう。
好きになって貰うのは、後でいい。
誰でもいいから彼氏が欲しい、なんて言ってたしな。仲良くなってから、なんてのんびりした事言ってたら、他のヤツに持っていかれかねない……。
そうしておれは、取り敢えず3カ月の猶予を手に入れるのだった。




