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閉じ込めていた想いも


 物心ついた頃にはもう、流羽はおれの傍にいた。


 隣に住む幼馴染の女の子。家族ぐるみで仲が良く、兄弟のように近い距離で過ごしてた。


 流羽に特別な感情を抱く事はなかった。初恋も、初めての彼女も別の子だ。流羽は小さくて、鈍臭くて、子どもっぽい。中学生になっても流羽に対する感想はその程度で、だからこそ気安く接していられたのだと思う。

 おれは流羽の事を、女の子だと意識していなかった。


 中1の夏。クラスで一番可愛い子から告白されて、付き合い始めた。流羽に報告すると、自分の事のように喜んでくれた。嬉しくて毎日彼女と過ごすようになって、そんな中、なぜか朔太だけが険しい顔をしておれを睨んでいた。


「どういうつもりなんだよ、圭一」


 さっぱり意味が分からない。

 問い詰めると、どうやら朔太が勘違いをしていることが分かった。

 おれと流羽が、付き合っていると思っていたらしい。


「おれと流羽はただの幼馴染だよ。お互い、そんなつもり全くないから」

「そうだったのか……。俺はてっきり、2人が付き合っているものだと思っていたよ」

 

 知らなかった。どうやらおれと流羽は、小学校では公認カップル扱いをされていたらしい。修学旅行も校外学習も、なにかある度に流羽と同じ班にされてばかりいたのは、周囲が気を利かせていたせいだった。


 付き合うどころか、おれ、流羽の事女の子だと思ってないんだけど。

 呆れた様子のおれを見て、朔太がホッとしたような表情を浮かべた。


「俺、ほんとはずっと、流羽のこといいなと思ってたんだ」


 朔太が、ビックリするような事を告げる。


「あんな子どもっぽいやつが良いの? 色気の欠片もないけど、あいつ」

「色気のあるタイプじゃないけどさ。なんか……可愛いんだよな」

「ふーん」

「圭一の彼女だと思っていたから、ずっと諦めていたけど……関係ないなら、俺がアタックしてもいいんだよな?」

「……別に、おれに聞かなくても。そんなの朔太の好きにすればいいだろ」

「だな、お前彼女いるもんな」


 言葉の通り、次の日から朔太は流羽に構うようになった。

 流羽も満更ではないのか、嬉しそうに朔太と喋っている。

 

 そんな2人の姿を見かけては、なぜだかイラっとした。

 自分のお気に入りのおもちゃを、取られたような気分。



 付き合っていた彼女とは、3ヵ月ほどで別れていた。

 最初は楽しかったけど、段々、一緒にいる事が窮屈になってきた。他の子と喋っていると怒り出すし、一緒にいても、おれに理想ばかり求めやがる。

 そんな人だとは思わなかった、なんて言われて、腹が立ってサクッと切った。じゃあどんなヤツだと思っていたんだよ。こいつは、おれをなんだと思ってたんだ。


 別れてから、また流羽と過ごすようになった。

 朔太には睨まれたけど無視しておいた。

 流羽の側は、相変わらず居心地が良いままだった。


 ほとぼりが冷めた頃、再びおれは彼女を作り出した。告ってきた子の中から一番、良さそうな子を選んでみる。でもやっぱり合わなくて、すぐに別れて、流羽の側に戻って。その繰り返し。


 自分でも呆れるほど彼女達とは続かなかった。一番酷いのだと、その日のうちに別れたことがある。もじもじしながら告白してきて、可愛い子だと思っていたのに、帰り道に家まで送って欲しいとねだられた。


 お前とおれ、家の方向、全然違くね?


 そりゃ、これが夜道とかならおれだって断らない。しかしそれは暑い暑い夏の日で、燦々と照りつける太陽がまだまだ眩しいような時間帯だ。

 冗談じゃない。早く帰って、エアコンの効いた部屋でアイス食いたい。そっこー断ったらサイテーと罵られた。誰だコイツ、さっき恥じらいながら告ってきた子と別人なんだけど。

 

「サイテーな奴と付き合うの、やめとけば」


 自分でもゾッとする程冷たい声が出た。後ろでキィキィと甲高い声が聞こえてきたけど、無視して家に帰る。正確に言うと、鞄だけ部屋に放り込んで、隣の家に涼みに行った。


「こんな所でアイス食べてないで、送ってあげればよかったのに」

「やだ。めんどい」

「もー……なんでその子と付き合おうと思ったのよ」


 流羽の言葉にドキリとする。

 

 なぜってそりゃ、向こうが告ってきたからで。

 今は誰とも付き合っていないし。ちょっと可愛く見えたし。女の子に興味はあるし。断る理由も特にないかなっていう、その程度の理由。

 

 好きだから付き合うという、自発的な感情はどこにもなかった。



 それでもダメなおれは相変わらずの毎日で。彼女と付き合っては別れての繰り返し。

 そのうち、流羽に苛立たしいものを感じるようになっていた。


 おれ、結構モテるんだけど。

 流羽は、おれのこと何とも思ってないのな。


 そうだ。こいつは、おれに初めて彼女が出来た時も、一緒になって喜んでいた。その後も、何度おれが彼女を作っても平然としている。

 こいつにとって、おれに彼女が出来ようが、それはどうでもいいことなんじゃないか。それはつまり、こいつはおれの事が好きじゃない……


 また、イラっとした。



 ある日、いつものように流羽の部屋に行くと、珍しく流羽が制服のままベッドで眠ってた。

 そこ、おれの定位置なんだけど。

 起こそうとして近づくと、小さな唇が微かに揺れた。


「けい……」


 起きたのかと思ったけれど、相変わらず気持ちよさそうに眠っている。


 寝言か。おれの名前を、寝ながら呟いていただけか。

 流羽、おれの夢見てんの……?


 覗き込むと、ふわりと花のようないい匂いがした。

 心地のよいこの匂いをおれは知っている。ああ、これは、おれがいつもこの部屋で寛いでいる、このベッドの上と同じ匂いだ。


 白い肌に、上気した頬。むにゃむにゃと動く桜色の唇を見ているうちに、変な気分がして、吸い寄せられるようにそっと唇を重ねてた。


 ……気持ちいいな。


 甘い唇の感触と、それを勝手に奪った事に、おれは妙な興奮を感じていた。高揚感と背徳感に包まれ、心臓の音がドクドクと高い音を立てている。

 朔太の顔をふと思い浮かべ、得も言われぬ優越感が込み上げた。あんなに苛々していた何かが、スッと消えていく。柔らかさをもう一度感じたくなって、再び顔を近づけると、流羽が目を覚ましてしまった。


「……圭? なに、近いよ」

「ごめん」


 おれが顔を寄せすぎたせいか、流羽の顔が真っ赤になっている。寝起きの瞳は少し潤んで見えた。

 なんだよその顔。可愛いじゃん。


「起こして悪かったな、寝てたのに」

「どうしたの? いつも構わず起こしに来るくせに」

「う……ごめんてば」


 言葉に詰まるおれに、ふわりと流羽が笑いかける。

 なんだよその笑顔。今まで、お前そんな顔して笑ってたっけ?

 可愛いじゃないかよ、くそ。なんだよ、こんなの反則だろ。妙にドキドキしてきて、流羽から顔を逸らす。


『なんか……可愛いんだよな』


 朔太の言葉を思い出す。

 あいつはずっと、こんな流羽を知っていたのか。

 おれは。隣にいすぎて、なんにも見えていなかったのか。


 流羽のベッドに沈み込む。流羽の匂いが胸いっぱいに広がって来る。おれの定位置。おれはここが好きだった。流羽の匂いに包まれる、この場所が。


 ………おれ、もしかして、流羽が好き?


 肯定するとマズイ気がして、必死で疑惑を打ち消した。

 だって流羽だぞ。子どもっぽくて、チビで地味で、胸だってぺったんこだし……ないない、ありえない。おれが好きなのはもっとこう、大人っぽくて、華やかで、胸が大きくって……。


 流羽じゃない。これは絶対に違う。


 違うという事にしたくって、流羽に素っ気ない態度を取るようになった。ジロジロ見ているとまた、変な気を起こしそうで、視線を向けないようにした。彼女も作って、流羽の側から離れてみる。


 でもやっぱり、何かが違うのだ。彼女といても楽しくなくて、すぐに別れた。そうしておれは誘い込まれるように、流羽の部屋へと足を向ける。流羽のベッドに身体を沈めながら、流羽のお小言を耳にする。

 

 ああだめだ。笑ってしまう。あんなに否定したのに、なにやってんだろ。おれが好きなの、やっぱり、流羽なんじゃん。


 自覚した想いに、おれはとてつもなく困り果てた。だって、流羽はおれの事を何とも思っていないのだ。告っても、上手くなんて行くわけがない。


 おれは、女の子にやたらとモテた。彼女は何度もいたけれど、どの子も向こうから付き合って欲しいと言ってきた子ばかりだ。告ってきた子の中から、良さそうな子を選ぶだけ。この安直な彼女の作り方は、おれを臆病な奴に変えていた。


 傷つくことのない恋愛ばかりしていたおれは、失恋することに怯えていた。失敗して、この居心地の良い場所を失うのが怖くって。おれに気のない様子の流羽に、おれからは何も言えやしない。


 もう諦めようか。そう思っては彼女を作り、でもやっぱり流羽の側に居たくて別れて、その繰り返し。

 何度彼女を作っても流羽の態度は素っ気ない。嫉妬なんてしてくれない。おれの一方通行なのだとそのたびに思い知らされる。

 

 こんな関係が、中学の間ずっと続いていた。

 



 

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