思い浮かべながら
土曜のプランが謎なまま、金曜日がやってきた。
圭に詰め寄ると、『トップシークレット』とだけ返された。そんな、秘密にするような事じゃないと思うんだけど……。
デートの内容は、出来ればサプライズにしないで欲しい。
圭よ、行き先によって服装って、変わるんだよ?
今日こそは、問い詰めてやる!
意気込んでいたら、圭からのメッセージが入ってきた。
『今日、2限終わるの遅くなりそうだから、昼そっち行けない。ごめん、1人で食べてて』
え~~!
なんか、肩透かしな気分。携帯の画面を恨めし気に見つめ、ポチポチと返事を打つ。
『分かった。ところで、明日はどこ行くの?』
『10時に駅で待ち合わせしようか』
『了解。で、電車乗ってどこ行くの?』
『じゃあ、また明日』
圭は、何も語るつもりがないようだ。
ようし、聞きに行ってやろう……
理系棟に乗り込んでやる。圭は嫌がるけれど、知るもんか。あっちの食堂でゆっくりランチを食べながら、圭が来るのを待ち構えてやろうっと。
2限の講義を終えた後、わたしは急いで理系棟に足を運んだ。
ホールから棟内1階の端にある食堂へ向かおうとして、見覚えのある顔が2つ、視界に入る。
黒い髪とホワイトの髪。圭とカイさんだ。廊下の窓際で、並んで話をしている。
あれ、遅くなるって言ってたのに。
なんだ、早く終わったのかぁ……
「ルウちゃんとは3ヵ月だけなんだって?」
声を掛けようとして2人に近づいて、足がピタリと止まった。とっさに、曲がり角の陰に身を隠す。
不機嫌そうな圭に、カイさんが鋭い視線を投げかけていた。
「圭、お前なにやってんだよ。本命のコにちゃんと行くんじゃなかったのかよ」
―――本命の、子?
「分かってるよ」
「じゃあどうして、あんな回りくどい事してんだよ。ルウちゃんだって可哀相だろ?」
「こっちにも色々事情があるんだよ……」
どくん どくん
心臓が、音を立てている。
あぁやっぱり、圭には、ちゃんといるんだ。
続けたい子が。
黙りこくった圭に舌打ちをし、カイさんが食堂へと消えて行った。
圭は動かず、食堂とは反対の方をじっと見つめている。わたしも動けなくて、じっと陰に隠れたまま、ドキドキする心臓の音を聞いていた。
「圭くん!」
重い空気を破るかのように、ふわりとした声がした。
こないだの子だ。
栗色の髪がふわりと揺れている。圭に笑いかけながら、側へ駆け寄っていく。
「紗結」
固い表情を緩め、圭も彼女に近寄った。
「ごめん、講義終わるの少し遅れちゃった」
「いや、おれも今来たとこだから」
え、この子と待ち合わせしてたの……?
「じゃあ、食堂行こうか」
「うん」
食堂へ歩いていく。2人の姿が消えて、ようやくわたしは魔法が解けた。足が動くようになって、理系棟から弾かれるように外へ出た。
どういうこと、圭。
あの子と食べる為に、わたしに嘘をついたの……?
――そんなの。隠さなくても良かったのに。
わたしはちゃんと知っている。自分が、期間限定の練習台だって解ってる。だからあの子と食べたって、わたしは何も言わないのに。怒らないし、止めないし、咎めないのに。
だから。
嘘なんかつかなくても、良かったのに。
◆ ◇
くだらない事を考えているうちにいつの間にかわたしは眠りについていて、気がつけば土曜の朝になっていた。
結局、行き先は不明なままで、普段と似たような恰好をする。お気に入りのブラウス風ワンピース。足元だけは、動きやすいようにスニーカーを履いてみた。
レモンイエローの元気な色。
お天気は、靴のように爽やかな晴天だ。
今日は空気が温かい。
駅に向かうと、入り口の横で壁に背を預け、圭が遠くを眺めながら待っていた。
黒のコートに黒いズボンの黒髪の圭は、昼間もやっぱり真っ黒だ。ポケットに手を入れて佇んでいる様子は呆れるほどサマになっていて、思わず肩をすくめてしまう。
「おはよう、流羽」
わたしの姿に気が付き、圭が優しい笑顔をわたしに向けた。
昨日の笑顔と同じだな。
「圭、おはよっ!」
「切符、買っといたから。ほら」
「ありがとう」
差し出された切符を受け取り、ホームへ移動する。
繁華街のある方面とは逆方向だ。こっち側の電車に乗ると、市の中心地からは離れていく。
今日のデートは、どうやら観光地巡りみたい。
休日だけど、電車の中は人が多かった。地元の人だけでなく、余所からやってきた人も多いのだと思う。押しつぶされないよう、扉付近に陣取った。
すぐ側にある取っ手を掴む。下の方を握っていると、圭が上の方に手を掛け、わたしの背後に立ってくれた。
「お天気がいいせいか、人多いね」
「みんな外出るの好きだな」
駅を通過するにつれ人がどんどん増えていく。それでも揉みくちゃにされることはない。わたしの背中にはピッタリと圭がついていて、人波から守ってくれていた。
何事にもやる気がないようでいて、こういうとこは、そつが無いんだから……
「圭」
「なに、流羽。苦しい?」
背中があったかくて。口元が緩んでしまいそうになる。
「ううん、ありがと」
「……ん」
圭が近くて、心臓が少し騒がしい。
電車のガタゴトと揺れる音に紛れて、誰にも届いていないと思うけど。
「ここで降りよう」
圭に促されて降り立った場所は、デートスポットとして人気の観光地だった。可愛いお店も多く、女子受けの良い所だ。駅から外に出ると、周囲は女の子連れやカップルなどで賑わっていた。
ここ、有名だけど、来た事なかったんだよね。
楽しみだな……
「流羽、顔が緩んでる」
「へっ!? だって、一度、来てみたかったんだもん……」
くすりと笑って、圭が手を差し出した。
「人が多いから、迷子になるなよ」
引率の先生みたいな事を言われて。
同い年なのに、なぜか子供扱いされてるなぁ、なんて思いながら。わたしの顔はやっぱり緩んだままで、圭に再び笑われるのだった。
◆ ◇
スニーカーは正解だった。
観光地というのは、基本、歩く。この辺で一番人気の場所は、駅から少し離れたところにある竹林の並ぶ道で、わたしも圭に連れられてやってきた。
「風情のある道だね」
「流羽、好きそうだよな。こういうところ歩くの」
「うん、好き!」
歩くのは、好き。
夜の道も、賑やかなモールの中も、勿論こういった趣のある場所だって。何処だって、軽やかに歩くだけで、わたしをふわりとした気分に変えてくれるから。
「子どもみたいにはしゃいで歩くなってば、手離れるだろ」
「あ」
弾むように歩いていると、圭と手が離れてしまった。苦笑して、圭が再びわたしの手を取りにくる。
今度は、指が絡まった。これ、噂の恋人繋ぎってやつだ……。
チラリと隣を見上げたけれど、圭は平然な顔をして歩いている。
慣れてるなぁ。思わずドキッとしたの、わたしだけかぁ。
「圭、コート暑そうだね」
「ん……夜は、冷えるかと思って」
悔しくて、これ以上手に意識がいかないように、わたしは口を動かすことにした。
なんでもない会話にホッとして、2人でお喋りをしながらこういった所を歩くのもいいな、とわたしは密かに思うのだった。
道中に和風のカフェがあり、そこで早めの昼食にした。混まない内に済ませよう、なんて言われて、こくこくと首を縦に振る。
人が多い場所では、遅くなると列が出来る。だから早めの昼食は正解だ。
インドアの圭にしては、分かってるな……。
ランチの後は竹林を抜け、枯山水の有名な庭園を見て回った。
あちこちで、紅葉が色づき始めている。赤に緑が入り混じる目前の光景は、季節の移り変わる様子が感じられた。夏の名残がどんどんと姿を消し、秋が次第に深まろうとしている。
素敵な景色なのに、圭は少し申し訳なさそうな顔をした。
「紅葉、11月入ってからの方が綺麗だったな」
「これでも十分綺麗だよ」
「緑混じりだし……もっと真っ赤になった頃にまた、来ようか」
―――また、来ようか。
どくん、と心臓が跳ねる。
11月はまだ、わたしは圭の隣を歩いてる。
だから、約束だってしてもいい。
チラリと足元を見た。元気が出てきそうなレモンイエローの可愛い靴。
絡んだ指をぎゅっと握り返して、笑顔を浮かべて上を向いた。
「………うん!」
圭がわたしを見て、ふわりと笑いかけた。
舞台はどうみても京都の某所です。
流羽達は、阪急沿線上に住んでいるものと思われます。




