オリンピック作戦 壱
ウィレニア大陸・・・南北に長く、左上と右下を鋭角としたゆがんだ平行四辺形のような形をしたこの大陸とその所属島嶼には数多くの国があれど、事実上2つの国家によってその広大な大地を二分されている。
その2つの国家とは、大陸のほぼ中央を走るウィニレノン山脈を境として、その東側を支配するアルティーア帝国、そして西側を統治するショーテーリア=サン帝国だ。
これら2つの大国はそれぞれ大陸の東西の領域、他国家を席巻し、いずれは大陸の統一を果たして東方世界の覇者とならんと互いに睨み合っていた。
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2月8日 アルティーア帝国 ヘムレイ湾
ヘムレイ湾とは平行四辺形の右上の鈍角にあたる場所に位置する、本州がすっぽり入る程の大きさを持つ、湾と呼ぶには少々広すぎる海である。
大陸をえぐるような形で存在し、そのため北部にヤワ半島と呼ばれる地形を生み出していた。
この湾を東に進むとセーレン王国に到達する。
この湾の沿岸にはアルティーア帝国の中枢とも言える大都市が集中している。
ヘムレイ湾南西部の沿岸にある帝国第二の都市にして海上貿易の中心 ノスペディ、北部ヤワ半島にある帝国第三の都市にして工業の中心 マックテーユ、そして西部、すなわち湾の一番奥側に位置する首都クステファイ。
3日前にシオンを出港した日米合同遊撃群は、ヘムレイ湾のほぼ中央、マックテーユから南に110kmほど離れた海上に停泊していた。彼らの目的は、防衛省立案の戦闘計画第5段階、マックテーユの占領だ。
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17:00 「あかぎ」 多目的区画
作戦決行に先立ち、幹部たちが集まり最終の作戦会議が開かれていた。
「まず、この都市を占領するにあたって一番の障害は工場地帯です」
ファントム偵察機が撮影した航空写真を示しながら飯島二佐が説明を行う。
「この工場群は帝国軍が使用する武器の生産を主目的として建設されたものであり、故に未使用の大砲や銃が大量に保管されています。これらを装備すれば一般の従業員でさえ、油断ならない兵士に変わり得る」
マックテーユは日本政府がこの戦争を誘発した最大の目的である「ウレスティーオ鉱山」から産出される鉄鉱石を用いた鉄産業で潤う街である。故に、兵士や軍艦に装備する鉄製の装備品や武器の多くがここで生産されていた。
「よって上陸に先立ち、ここに異世界における第2の空爆作戦を実施し、保有されている武器弾薬を工場群ごと破壊します。これによって帝国の武器製造能力は喪失します」
飯島は作戦の本筋を説明する。
「工場群は海岸の方に集中しています。正確には、この街のほぼ中央を走るエリオ河の下流域の両側に沿って広がるようにして存在しています。ウレスティーオ鉱山から運ばれて来る鉄鉱石は上流よりエリオ河を運河として運ばれ、完成した武器は船舶より各都市へ運搬されるため、工場群は港と河川下流域に隣接した形になっているのでしょう」
工場群がある程度市街地と分離する形で存在しているなら、以前のセーレン奇襲作戦の時のように、市街地に無用な被害を出さずに済む。飯島の説明に幹部たちは少し安心した表情を浮かべる。
「以前の大海蛇のように敵の潜水戦力となっている海獣が出る可能性はないのか?」
「あかぎ」砲雷長 中尾二佐が飯島に尋ねる。現代の潜水艦でも不可能な速度と機動力を兼ね備えた人間魚雷部隊にまたもや襲撃されたら非常にやっかいだ。
「それはありません。テマ殿の話では帝国が捕獲できた海獣はあれで全てだそうです」
その答えに幹部たちは再びほっとする。
「決行は明日の正午、『別動隊』の作戦開始から6時間遅れで決行します」
彼ら「本隊」とは別にもう1つ、「しまばら」から成る「別動隊」が明朝に遊撃群と別れ、首都クステファイへ向かっていた。
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同時刻 強襲揚陸艦「しまばら」 多目的区画
ここでは、マックテーユ占領と同日に行う特殊作戦についての最終会議が行われていた。
「これが偵察機により撮影された作戦目標の首都クステファイだ。人口70万、面積約55平方kmで、この都市に潜入するのが今回の作戦だ」
多目的区画に集められた日米の隊員たちを前にして、在日米軍第31海兵遠征部隊指揮官ジェフリー=カラマンリス大佐が、作戦の概要について説明する。
今回の上陸作戦を行うにあたって、米海兵隊に白羽の矢が立ったのは、大陸の民の顔立ちが元の世界の西洋人と同系統のものであるため、日本人である陸自隊員の潜入は、目立ってしまうという判断が下されたからであった。
「まず本日の深夜に『しまばら』が海上哨戒中のドラゴンを避けるため、南寄りに迂回しながら首都南端より南に20kmの無人の海岸沖に接岸。そしてAAV7によって作戦部隊の上陸を行う。
その後、AAV7で陸上を北方へ進み、適当な地点で一部の隊員が下車し歩兵に移行。スラムが存在する南側より首都へ侵入、指定された地点を確保する」
アルティーア帝国の首都クステファイは他国に攻め込まれるという事態がここ百数十年起こっていない。また首都を襲おうという愚かな盗賊団もまず存在しないため、帝国首都警備隊の陸上部隊は主に貴族皇族の居住域・所有地である中心部、及び北部に常在しており、貧民街である南部の警備は、治安の悪さを恐れて首都警備隊員が近づきたがらないこともあり、有事を除いてかなり手薄だった。故にここが侵入経路に選ばれたのだ。
「AAV7に残った上陸部隊の片割れは、首都の北西方向400m地点にある海抜60m程の丘へ移動。そちらで任務に就く」
ここまで説明したところで、カラマンリス大佐は質問の有無を尋ねた。
「分からないところは無いな?」
しばらく見渡して挙手する人間がいないことを確認すると、彼は隣に座っていた「しまばら」艦長 大崎淳也一等海佐/大佐に視線を振る。
「これにて最終会議を解散する。各自、今夜の作戦決行へ向け、ぬかりないように準備せよ」
大崎一佐の号令により多目的区画から隊員たちが退室し、各自の持ち場に戻った。
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23:03 首都南端より南に20km 無人の海岸
強襲揚陸艦「しまばら」は在日米軍第31海兵遠征部隊の隊員たちから成る作戦部隊を上陸させるために、首都南端より南に20kmの無人の海岸の沖合5kmまで接近していた。
その「しまばら」のウェルドッグ内では、1輌の水陸両用強襲輸送車7型《AAV7》が出撃の準備をしていた。その中では、15名の海兵隊員たちが作戦に必要な機材を持って待機している。
「ウェルドッグ注水開始!」
AAV7を発進させるために、ウェルドッグ内に海水が流入される。
その数十分後、海水の流入が終了すると艦尾門扉が開かれた。扉の開口部から見渡せる辺り一帯は、か細い月と星に照らされているだけの漆黒の海だ。
「AAV7発進!」
作戦部隊を乗せて、AAV7が帝国本土の海浜へ向けて出撃した。
「頼む・・・、無事に成功してくれよ」
艦橋より、艦から離れていく彼らの後ろ姿を見ながらカラマンリス大佐は作戦の成功と彼らの無事を祈る。
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0:43 首都南部辺縁区域
我々の世界の大都市がそうであるように、この世界の華やかな列強の首都にも当然暗部がある。それがここ、首都南部区域のスラム街だ。強盗、殺人、強姦等凶悪犯罪が日常的に発生し、他のエリアと比較して治安は数倍悪く、また、そういった犯罪に巻き込まれた犠牲者の死体が腐敗したまま放置されており、さらには性病の流行など衛生環境も劣悪で、他の区域の住民たちは、決してこの南部区域には近寄らない。
AAV7に乗り無人の海岸に上陸し、その後陸路を走り首都南端部に到着した15人の海兵隊員のうち8人がここで下車した。AAV7は彼らを残して首都の北西方向400m地点にある丘へ向かって行く。
「さてと、行きますか・・・」
大陸風の装束に身を包んだ首都南部特殊作戦班は、班長アルベルト=デイビス中尉に率いられ、危険な暗黒街へと踏み込む。
首都南部区域 スラム街内部
「か〜、くせっ!」
彼らが足を進めるスラム街には悪臭が立ちこめていた。隊員の1人が思わず文句を漏らす。また、大の男が8人で固まってこそこそと行動している様は、なにやら怪しいものを感じるのか、変装しているにもかかわらず、時々、街中の至る所にたむろしているチンピラたちに睨み付けられる。
「ああ!? 何見てんだ・・」
「やめろ、からむな」
チンピラの視線を不快に感じた隊員の1人が、彼らにガンを飛ばし返そうとしたのを、デイビス中尉が止める。今はそんな連中といざこざを起こしている場合ではない。
そして、25分ほど歩くと目標となる建造物に到着した。
「目標となる地点を確認。あれが“ウィルコック神殿”です。」
姿を現したのは、高さ80mほどの塔の形をした建物であった。
本来、宗教施設というものはその宗教に心を寄せる信徒たちの憩いや信仰の場。しかし、この神殿はその周辺にスラム街が形成されて以降、チンピラのたまり場となってしまっており、今やスラム街を牛耳るギャングの1つが拠点として使用している。
「さて、どのように侵入しますか?」
「とりあえず当初の予定で行こう。駄目ならば力ずくで奪い取るだけだ」
部下の質問にデイビス中尉は物騒な物言いで答えた。
正面の出入り口へ近づくと、見張りと思しきがらの悪そうな男が数人立っていた。
「おい、止まれ。ここがどこだか分かってんのか?」
おもむろに自分たちのアジトの正面玄関へと近づく海兵隊員を、見張りたちが阻む。デイビス中尉は落ち着いた様子で彼らに1枚の金貨を見せる。
「ここの主と話がしたい。会わせてくれたらもう1枚やろう」
「まじかよ!」
見張りの男たちはデイビスが示した金貨を受け取ると、意気揚々とした様子で神殿の中へ入っていった。
その後、頭の許しが出たのか、海兵隊員たちは神殿内部に通された。
ウィルコック神殿内部 礼拝堂
「ここにデフール金貨が20枚ある。これでこの塔の最上階と屋上を2週間貸して欲しい」
この神殿を根城に活動するギャングの一派、サルカス一味の首領サルカス=カルカリナスとギャングたちは、謎の一団が提示した額に驚きを隠せない。デイビスが取り出したのは、一味の構成員全員が1年間、何もしなくても食うに困らずに暮らせる程の金額だ。
「そりゃ・・・かまわねぇが、お前さんたち一体何者だ?」
平静を装いつつサルカスは海兵隊員の素性を尋ねる。
「詮索はよしてもらいたい。ただ、我々がここでの仕事を首尾良く終えられたら、金貨を追加でさらに10枚渡そう。その代わり・・・」
「分かった、分かった! お前らのことは口外しねぇし、仕事の邪魔もしねぇよ」
サルカスはデイビス中尉が説明するまでも無く、彼が言わんとしたことを悟る。
「分かってくれて助かるよ。ではこの金貨20枚は前金として受け取ってくれ」
サルカスは金貨が入った袋を受け取る。
「俺たちがこんな心配するのも何だが、こんなことで30デフールも貰っていいのかい? 何か裏があるんじゃねぇだろうな?」
これらの金貨は、この作戦の為に防衛省がミスタニア王国の金融局から購入していたアルティーア帝国の流通貨幣である。しかし、そんなことを知る由もないサルカスは、あまりにも上手すぎる話にちょっとした不安を感じていた。
「我々の仕事の邪魔をしなければ、こちらも君たちに危害を加えるようなことは一切しない。それは絶対に保証する」
デイビス中尉はきっぱりと答える。
「分かった。とりあえずその言葉を信じよう。仕事がちゃんと終わるといいな」
その後、彼の部下のギャングに塔の最上階まで案内された海兵隊員たちは、ここに首都南部における第一の潜伏拠点を設置した。
「ドンパチやらずに済んで良かったですね」
「ああ、これで大分作戦をスムーズに進められる」
デイビス中尉は、ギャングの首領たるサルカスが話の分かる人物であったことに、安堵していた。
そしてほぼ同時刻、彼らと別れAAV7に残っていた海兵隊員7名も、首都北西部特殊作戦班として、目的地である丘陵の頂上に、第二の潜伏拠点の設置を完了したのだった。




