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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
春よ来い
202/209

六話 滝拠点設営

山道を進むこと、およそ三十分。片側の斜面は急になっていき、やがて水の流れる音も大きくなり、沢も目で確認できるようになる。


ここまでの戦闘は勇者一行の知る限りでは九回ほど。兵士たちの活躍もあり、四人が身構える事態はなかった。


沢側には落下防止のためと思われる、真新しい木製の柵。


今から刻亀との戦いだとわかっていても、アクアはあえて(はしゃ)ぐ。


「うわぁ やっぱ気持ちいいね、ここ」


「すごいねぇ!」


落下していく水は飛沫となって、皆を涼しくさせていた。セレスは柵につかまって、滝を肌で感じる。



見るのは二度目であるが、朝という空気のお陰が、心の中がすっきりと洗われる気がしていた。


トントは煙草の煙を吐くと。


「この時間だと、雪も残ってんな」


「吸い殻はちゃんともって帰りなさいよ、清めの効果に影響したらたまらん」


この地には毒を持った魔物もいる。沢の源泉は清めの水となっているのだろう。


「ほんと、自然の摂理ってのは良くできんのよ」


沢の水は清めの効果が薄まっているものの、毒を持つ種が一定の範囲から出れないように役立っている。



これまで歩いてきた彼らは、いつの間にか動きを止めていた。滝が見えるこの場所は、これまでの道と違い広い。


コガラシの上官である小隊長は、魔獣と戦う八名を見て。


「ここに拠点を築かせてもらいますんで」


彼の言葉に続くのは、イザクの所属する小隊の長。


「事前に通られていることもあり、すでに存じているとは思うが、本来の山道はあちらの方角になる」


指さす方向には道もなく、一見すると木や草しかない。この山道が使われていたのは、何百年も昔だった。


「んでっ 俺らが進むのは、あっちか」


グレンの目からも頼りないが、それは道だと判別できる。ここを進めば、刻亀へとたどり着く。


「設営にちっと時間が要りますんで、一行さま方は飯でもとってください」


ここで休憩となる。事前に皆が知っていたのだろう。胃痛に悩まされていたガンセキも、滝のお陰かどうやら症状が和らいだらしく。


「あまり食欲はないんだが、なにか入れといた方が良いか」


拠点の設営に平行して、彼らは食事の準備に取り掛かる。


・・

・・


お粥というのは食べやすいぶん、ガンセキのような状態の者には適している。


「私の熾した火の中に、器ごとその白い液体を入れてちょうだい」


「気持ち悪りいな、食欲失せるだろうが」


トントは文句を言いながらも、クエルポの火に粥を突っ込む。


「良ければこちらのも頼みたいんですが、大丈夫でしょうか?」


オカマは頬を赤く染めると、ぎこちない笑顔を作り。


「当然よ、一緒に戦う仲間だもの。でもごめんなさいね、一人ずつしかできないの」


足形の炎は焼く対象を決めることができるので、器の中身だけを温めるという芸当も可能ではあるが、実はかなりの技術を必要とする。


クエルポはトントの粥を取り出すと、ガンセキから器を受け取って、自分の火にかける。


「おい、まだ温まってねえだろ」


「良いじゃない。私はこのお粥を温めたいの、今すぐこの手で、この温もりでっ!」


フエゴは冷めた粥をすでに食べ始めていた。


「不味くなるから、やめた方が良いんじゃない」


「なによっ! 暖かい方が美味しいに決まってるでしょ!」


しょっちゅう喧嘩する二人からして、自分のぶんは温めてもらえないと解っていたのだろう。



お粥は食べやすいが、咀嚼の必要が少ないため、消化にはあまり良くない。


グレンも温めることなく、すでに食事を始めていた。逆手重装をしたままなので、少し食べにくそうにしながら。


「周りは今ごろ、どうなってんすかね?」


塩漬けされた木の実と一緒に食べることで、唾液と混ざり消化を促す。


ガンセキは手が空いたこともあり、両手を地面につけ、土の領域を展開させる。


「詳しい情報が入ってないから、まだ何とも言えんが。内壁に魔物が侵入した気配はないな」


力馬も足元の草を食べ、今は一息ついている様子。


お粥を温めてもらう順番を待っている間、セレスとアクアは滝を眺めていた。



グレンは食べる動作を止めていた。それに気づいた明火長は咳払いを一つして。


「油玉が気になるのはわかるが、今は自分の役目に集中せんと、足元をすくわれますよ」


「グレンちゃん一人で作ったわけでもないんだから、そんな気負う必要ないんじゃない?」


ギゼルだけではない。イザクを含め、皆でそろえた油玉。


・・

・・


滝の音は聞こえるが、目視はできない位置。


山中ということもあり、足場の良し悪しは所々違うが、ここはかつて山道だった場所。


二人の属性兵と一体の牛魔。彼らが対峙する大きな猿は、先端が尖った氷を作りだす。


「お前ら、清めの水は飲んだな」


「あの猿はよぉ、自分の涎が他の生物に悪影響だって、わかってんだなぁ」


わかっているからこそ、猿は氷の切先に自分の涎を垂らしていた。


毒とは違うが、体液に含まれた微魔小物(細菌)により、わずかな傷でも危険だと判明している。


「おれは、自分の役目をこなすだけなんだなぁ」


双角の柄を両脇に挟むと、牛魔の構えをとる。足場はこの山中では、最高といって良い。


氷属性の兵士は盾を神に願うと、ボルガを守る位置につく。土使いは後方にさがり、領域を展開し周囲の警戒。



もとの筋力は人間の数倍。なおかつ魔力をまとっていた。


大猿は先の尖った氷の棒を投げつける。



それは分隊長の指示。


『正面から受けてはいけませんよ』


盾に角度をつけ、威力を斜めに流す。


『一度受けたら汚染されていると思ってください』


盾は受け流したらすぐ水に戻し、その場から一歩さがったのち、また新しく神に願う。



大猿は投げた方とは別の腕に、氷塊をつくりだしていた。唾液はつけずに、そのまま放る。


いつの間にか前に出ていた土使いが、岩の盾で防ぐ。普段はあまり使わない魔法のようで、これは氷塊と共に砕けてしまう。


岩の壁は相手との視界が塞がれる。



その頃には、ボルガのまとう空気は異様なものとなっていた。


敵の意識は、否応にもそちらに向けられる。


殺気の技術を不意打ちに使うのを嫌がる剣士は多い。だが彼には、そういった拘り(こだわり)がないようだ。


大きな猿の背後から、気配を消したまま接近する。


間合いに入っても、焦ることなく両手剣を構え、右上から左下へと。


斬る。


氷の皮膚はなかった。それでも猿の体毛は。


「浅いか」


思ったよりも手応えは薄い。



剣士に気づいた猿は、氷塊を投げ終わったばかりの左腕を、振り向きざまに背後へ動かす。


イザクの両手剣は、身体の左下に今はある。猿の足もとを狙い、右下へ向けて払う。


その際、剣士は左足を浮かせていた。あえて大振で払ったことにより、遠心力が生まれ、剣の重さに負けてイザクの身体も大きく動く。


猿の左手は空を切り、骨ごと両断された片足の影響で、地響きと共に仰向けで倒れる。



剣に振り回された姿勢を整えると、歯を食いしばって猿の顔面に振りおろす。


「終わりました」


両手剣を持ち上げ、清めの水を取り出すと、剣身にふりかける。


水使いの兵士を見て。


「もう少し綺麗にしたいので、お願いできますか?」


「相変わらず、見事なもんですね」


日は浅く、ここ最近は油玉にかかり切りではあったが、剣の実力に関しては皆が認めている。


「そのまえに、自分の足もと見てくだせぇ」


イザクの下半身は飛沫まみれになっていた。


「鎧でよかったですよ、恐らく中まではそこまで染みてないかと」


水使いに軽く洗い流してもらい、清水をかけ、もう一度口に含んでおく。


綺麗になった両手剣を布で良く拭き、鞘にもどす。



イザクは周囲の気配を探り。


「とりあえず、もう大丈夫かと思うのですが」


土使いは地面から手を放し。


「はい、問題はないようです。補佐と合流しますか?」


「休憩もそろそろ終わる頃でしょうし、一度拠点へ向かおうと思います。皆さんはメモリアさんのもとへ行ってください」


ボルガは土の領域を使えないが、彼なりに勘を働かせていたのだろう。


「おれも分隊長と一緒に行くんだなぁ。単独行動すっと、小隊長や姐さんにまた怒られんだぁ」


「では、ボルガに護衛をお願いします。お二人も警戒しながら進んでください」


それから二・三言葉を交わすと、イザクとボルガは背を向けて歩き出す。



二人はその場にしばし留まる。


大猿の死骸をみて。


「すげえな」


その顔面は、見るも無残。



練ることができるのは序盤だけ。接近戦が長引けば、無我夢中で振り回すだけで精いっぱい。


イザクもそれは例外でないのかも知れない。



殺気でなくても、土の結界で存在を隠すことならできる。


「化け物だ」


わざわざ相手の背後で立ち止まり、構えを整えてから斬る。


・・

・・


イザクが滝近くの広場へ着いた頃には、一応の拠点が完成していた。


一般小隊長はボルガを見上げると。


「ちょうどよかった、あなたに頼もうと思ってたんだよ」


ここから先の道、力馬は進まない。黄土は何名かの人力で運ぶ必要があった。


「まあ馬でも行けないことはないんだが、そろそろこっちの状況もカフンに伝えたいんでね」


この拠点から第二演習場までを、情報兵が馬に乗って走ることになっていた。


隧道から滝までは、情報兵または魔物具使いが行き来するようで、兵士に混ざって団員も何名か確認できる。


「自分の分隊は黄土の護衛に回らせてもらう。それで問題はありませんか?」


直属の上司である、属性小隊長にも顔を向ける。


「正確には刻亀と戦う勇者・団長一行の護衛だ。隧道につくまで、大まかな判断は君に頼むぞ」


両小隊長は再度、互いに向かい合い。


「編成の最終確認を良いか」


隧道方面を受け持つ属性小隊長には、属性三個分隊と一般二個分隊が指揮下に入る。


滝の拠点を受け持つ一般小隊長には、属性二個分隊と一般三個分隊が指揮下に入る。



現在、赤火六十名の内、二十名が滝拠点に向かっており、彼らがカフンまでの守りにつく。


コガラシ一般分隊は、隧道方面の指揮下に入り、イザク分隊はそのままの配置となる。


以上のことから、現在カフンで待機している一般兵は二百ではなく、百五十の三個小隊となっている。


・・

・・


一通りのやり取りを済ませた分隊長は、部下の肩をたたき。


「ではボルガ、一度メモリアさんと合流しますので、護衛をお願いできますか?」


「わかったんだな」


食事を終えた赤の護衛がイザクの方を見ていた。


「良いんですか、なんも話さねぇで」


「ええ、任務中ですので」


だからこそ、相手も近づいてはこない。



かわりにイザクは力を込めてうなづく。


大丈夫、必ず油玉の出番はくる。今はただ、刻亀のことだけを考えてくださいと。


「僕も油玉より、自分の分隊を優先させないといけません」


「姐さんもその方が喜ぶんだなぁ」


二人はかつて山道だった茂みへと消えていく。



隧道までの一団の護衛。本当はメモリアの方が適任だったが、イザクが受け持つことになった。


サッカーの試合で上手いこと抜けだしたとき、キーパーが前に出て来たんだけど、ボールをふわっと浮かせてゴール決めることあるじゃないですか。


イザクが不意打ちでやったのは、そんな感じかな。どちらも素人の自分には、とてもじゃないけどできません。

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