表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
186/209

九話 死ぬよりマシ


油玉。不気味な液体は煮込む必要があるため、室内では行えない。


グレンは全ての工程をこれまで一人でやってきたが、今は役割の分担など、効率化する方法を模索している。


用意された制作所の一室。


「今までは液体を注入って感じでしたが、量産型は泥をつめるわけだから、ちっとコツが必要なんすよね」


「ええ、ですが慣れろばそこまで難しくもありません」


二人が行っているのは油玉の最終工程。伝えた本人よりも、イザクのほうが手際が良い。


「しかし中身がこう泥状になってますと、以前の物より乾くのも速いのでは?」


「確かに。今までのは作ってからけっこう長いこと持ちましたけど、こっちは保存に優れてないかも知れないっすね」


泥団子とは成分が違うとしても、永遠に保存できるものはないのだから、いつかは終りがくる。


グレンは辺りを見渡す。


「やっぱ、量産型の話は急だったみたいですね」


頭を掻きむしりながら、グレンが用意したメモを見返す者。量を間違え、やり直しだと肩を落とす者。


製作の難度は変わらないが、分量などが違ってくれば、手順も別のものとなる。


「作業効率は今の所悪いですが、ニ・三日もたてば皆慣れるかと」


沢山の人が、油玉の制作に関わっていた。


「こうやって頑張って作っても、予定してる量じゃ、たぶん足りねえな」


「使い切るのは一瞬というやつですね」


長年共に戦った自分の剣を見て。


「作る側としますと、少し虚しい気がしますね」


「そりゃそうっすよ。特にこいつは道具ですし、減りも激しいです」


この二人は本来、戦う側の人間だった。


「最初のうちは特に無駄玉も多いっすよ。残りを数える余裕もありませんでしたし」


比較的に扱いが楽なこの道具にも、ちゃんと熟練というものはあった。


「俺らから説明しても、それを信用する奴なんていません。要は自分で使って、頭と身体で覚えてくんです」


グレンの考えでは一体の単独につき、三発も命中させれば充分な効果が期待できるが、不慣れな者は何発も余分に投げるだろう。


「ちゃんと成果がでろば良いんですが」


「イザクさん……肩身狭くなってますよね?」


メモリアの不満は、これまでグレンも何度か耳にしていた。


「気にしないでください。それにそういったものを、貴方の耳に入れてしまう時点で、彼女も兵士としての自覚が薄い」


世の中これで、中々難しい。


「注意するのもイザクさんの仕事だと思いますが、この件に関しては見逃してください」


「いえ、これも僕の責任ですね」


事実、メモリアには役職以上の負担を背負わせている。


作業の手を止めて、グレンは謝ろうとしたが、イザクがそれを許さなかった。


「非が自分にあったとしても、謝ってはいけない時があります」


傭兵時代。周りになんど非難されようと、自分の剣を捨てなかった。


「結局のところ、結果が良ければ一応はなんとかなります」


それが独り善がりだとしても。


「ですがどれほど優秀なトップも、いつかは引退しますし、いつかは死にます。本当の意味で長続きさせるには、別の方法を探さないといけません」


たとえ永遠の命を手に入れたとしても、疲労は蓄積するのだから、歳を重ねるほど時代の流れに合わせるのは難しい。



イザクは黙々と作業を続ける。


「僕はこれまで剣を頼りに生きて来ましたが、これといった師もいませんので、我流というやつです」


殺気の技術も独自に習得したものであり、止めてくれる相手もいなかった。


才能だけで考えれば、ゼドよりも上なのだろう。


「もっとも、誰かに受け継いで欲しいという気持ちもありませんが。長続きさせる積りもありません」


自分の剣は、自分の代で終わらせる。積み重ねてきたこの技術、誰にも渡したくはない。



優しいだけの、無責任な笑顔で。


「兵士にしても同じです。こんな人間よりも、彼女のほうが上に立つ者として向いています」


人々のために自分の剣を使うには、後戻りができないほどに、不純物が混ざってしまった。


「無駄話が過ぎましたね。作業を進めましょう」


二人の会話が終わるのを待っていたのか、作業員がグレンに近づく。彼の手には製作法の書かれたメモが握られていた。


解らない所を丁寧に説明する。最初首を傾げていた作業員も、納得の表情を浮かべると、そそくさと持ち場に戻る。


「なんか、頭が混乱しますね」


あらかた詰め込みの作業が終わると、赤の護衛は(から)になった鍋を手に、外へと足を進める。


「すみません、僕もまだ完全に把握できていませんので。今日中にはなんとか」


周りは急ピッチで量産型の油玉を作っているが、グレンを含めた数人は今までと同じ物を。


「こっちは慣れてるだけあって、問題なければ数は用意できそうっすよ」


個人で使うぶんには、もう十分に足りている。


イザクは力強く頷きを返し。


「一つでも多く。三つ作れば、予定では単独一体分です」


「石投げや火投げが得意な人を、兵士側に挙げといてもらいませんとね」


電・雷撃は放つ。炎は放射。


肩を使って投げる。そういった技術を持っている者は、兵士側にもちゃんといる。


・・

・・


日暮れが近づくと、グレンは面々に別れを告げ、第二演習場に足を進めた。


一応護衛として、兵士が数名同行してくれることになった。


途中、自分たちの宿舎に寄り、逆手重装を装着しておく。その作業は一人で行ったため、結構な時間を使ったが、まだ約束の時間には余裕がある。


宿舎からは一人で目的地を目指す。




向かう先の空を見上げれば、山側に二筋の赤い線が走る。


「鳥か?」


ここから魔物は(うかが)えない。


今歩いているのは緩やかな上り坂だが、斜面を横に削って造られた道らしく、足場は悪い。滑り落ちないよう、杭と紐で造られた手すりもあるが、少しばかり心持たない。


敵は見えないが、一点放射が放たれた場所は良く見えた。


「すげえな」


木製の足場。魔法陣が描きやすいよう、加工された板が発射台に固定されている。


「試し打ちかねえ?」


グレンが通ったルートは予備だったらしく、途中から正規の道に繋がっていた。


使用許可をちゃんと取っているのか、そこは完全な貸し切り状態。


「遅いだすよ」


第二演習場。普段は滅多に使われないが、作戦当日は皆がそこに集結する。


人は少ないと聞いていたが、下手をすると魔物の一体くらいなら、隠れていていそうな場所だった。


「こんなとこで待たせて、怖かっただす」


狭い訳ではないが、寂れていた。


ゼドは片手で持てる長さの棒を抱かえていた。その先端には丸状の布。


「時間にゃ遅れてねえよ。それにここを指定したのはあんただろ」


足もとには、通常の長さの棒。


「なんすか、それ?」


「たんぽ槍だす」


一通りの武具は使えると、以前この男は言っていた。


「自分の技術じゃ当人には遠く及ばないだすし、ちゃんと使ってるとこ見たのも数度だすが、まあ役には立つと思うだす」


オルク。


「あの店主さんは、片手槍が得物ってことですか?」


ゲイル。


「まあ、高価な槍を使ってただすから、そうだと思う。ただ片手槍の技術は大したことないだすよ、たぶんグレン殿の体術でも十分に対応できるだす」


ゼドは当時の事を思い出しながら、構えをつくる。


「見よう見真似だすから、笑っちゃ駄目だすよ」


素人感がにじみ出て、本当に格好悪い。


「笑えねえよ」


相手は投槍とナイフだけで、ヒノキ周辺の魔物と渡り合うような化物だった。


グレンは念入りな準備を始めていた。今日は油玉の作業をしていたせいもあり、身体は本格的に強張っている。


各関節の動きを確かめ、可動域を整える。



ゼドの構えからはなんの違和感もなく、未熟さだけが(にじ)みでる。


「自分からは動かないだすから。ていうか、この構えはたぶん、動くことを考えてないだす」


拳心を頼りに形を作ってみたが、確かにこちらから攻める姿勢しか整えられなかった。


相手との距離は五m。相手の間合いには入ってないが、こちらからは懐に踏み込める。


拳士の心が、一気に攻めては駄目だと警告を発していた。


柄の部分を身体で隠していないため、間合いの読み間違いは多分ない。



靴底をこすりながら、少しずつ相手に近づく。


目の動きを追うが、何処を見ているのか解らない。


足腰、胴体に頭の位置。腕から指先に、踵から靴の先。


本当に困るのは、自分の周りの空気まで、ゼドは愛おしそうに見つめてくれる。



これ以上近づけない。そう思った次の瞬間、棒の先端が自分の左肩を狙ってくるが、ただの突きでそこまで速くもない。


左腕で槍を払いながら、右足を踏み込み、相手の横腹に掌底を放つ。


読みは外れる。ゼドはグレンの左肩を狙っていなかった。


左腕は槍を払おうとしたが空を切る。この動作を失敗したことで、掌底へと運ぶ流れが崩れ、結果としてゼドの横腹を押すだけに終わる。


「体術は全身を使うぶん、一つ崩れるだけでこうなるだす」


ゼドは右腕で槍を握り、それをグレンの左側に伸ばしていた。脇腹にはグレンの腕が伸びた状態でついている。


「完全にこちらの読み勝ちだす」


片手槍を手放すと、伸び切ったグレンの腕に、ゼドは肘打ちを食らわせる。


とっさの判断で、グレンは右腕の関節を曲げ、衝撃を和らげようとした。


「そうしちゃうと、姿勢が前方に傾いちゃうんだす」


ゼドの左腕が、すくい上げるようにグレンの顎を持ち上げる。気づけば剣豪は相手の膝裏に右腕を回していた。



視界が暗転。対処もできず、背中が地面に触れた時点で、首筋にはナイフの刃が触れていた。


「槍は懐に入り込まれたら不利。そんなの、槍使いも承知してるだす」


「これがその対策っすか?」


彼らは接近されろば、迷いなく得物を放り、体術に持ち込む。


「刀も槍も離れていてこそ。つかみ合いになれば、これが一番便利だすね」


オルクと対峙したとき、最初に確認すべきは、何処に短剣を忍ばしているか。


ゼドはナイフを相手の首もとから外すと、立ち上がり。


「オルク殿の最大の特徴は握力だす。さっきの場合だと、顎を掴まれた時点で、骨も砕いてくるだすよ」


「掴まれたら終わりってことか……もしかして、利手は左っすか?」


グレンが立ち上がるのに手は貸さない。うなずきだけを返し。


「たぶんだすが、片手槍は魔法陣と一緒に使うための得物だす」


先ほど放った物ではなく、地面に転がっていた両手持ちの槍をゼドは拾う。


「あの人がこっちを使ってるの、自分は一度もみたことないだす。だけど一振り所持してたのは、ちゃんと確認してる」


「手入れはされてましたか?」


ゼドは顎を左右に振る。


「布に包まれてたから良くわからないだすが、年代物特有の匂いはしただすね」


木製。


剣豪は槍を構える。


「本当はもっと自分に合わせたいのだすが、教えるからにはちゃんと基礎でいくだす」


ぎこちなさは変わらないが、今度は土台がしっかりしていた。



グレンに肩を向けている。刃先は相手の目線。


次に柄を持ち上げる。刃先は地面。


シンプルな構えを見せたのち、何度か突きや払いなどの基本を実際にみせる。


「オルク殿の身体のつくりや動作からして、多分こっち系の槍術だと思うだす」


「とりあえず、学ばしてもらいます」


ゼドは今まで、真面目に教えを受けてくれる相手がいなかった。


「できれば、魔力まといや魔法は無しでお願いしたいだす」


了承の意思を動作で伝えると、グレンは再び姿勢を整える。



その後、完全に辺りが暗くなるまで、稽古は続いた。


・・

・・


身体の節々が痛む。服を脱げば、きっと何ヶ所か青くなっているだろう。


「とりあえず、こんな所だすね。一通りの動きは見せたから、後は相手を想像して鍛錬してくだす。でもこっちだけじゃなく、片手槍のほうも厄介だすからね」


魔法や陣と組み合わせてくる。


「ありがとうございました」


いつの間にか、敬語になっていた。


「じゃあ、帰るだす」


一方的にやられた訳ではなく、何発かゼドに拳を当てていた。


稽古が終わり痛みがでてきたのか、外に向けて歩きながら彼も身体をさする。


その場から動かないグレンに気づき、ゼドは振り返り。


「どうしたんだす?」


「……あの」


簡単な願いだが、喉で止まってしまう。


しばらく様子を観察して気づいたのだろう。


「自分は剣士だったけど実戦中心で、剣術としては邪道って言われたこともある」


相手の足を踏んだり、刀を手放して体術に持ち込むなど。


「特にここ数年は、ずっと身体を得物にしてきたから、下手すりゃ刀より(こな)れてるだす」


彼が殺した魔物の死体は、グレンも観察していた。


「今のあんたの戦い方も、(とど)めは得物で終わらせてる。だけどそこに持ち込んでるのは、殆どが体術っすよね


体術が中心になっているとしても、この男の本業は剣士。


「もしやるとしても、けっこう暗くなってきたから、そんなできないだすよ」


「真っ暗闇で魔物と戦ってましたよね」


グレンは体術使い。ここで拳士として手合わせをして負けるのは。


「まあ、なにごとも経験だすよね」


覚悟を決める。


「よろしく頼んます」


拳士としての心。


今、()れている所為か、姿勢が上手くつかめない。


とりあえず万事に備え、足の位置を慎重に決める。重心はいつでも四方に動けるよう、浅く。



ゼドは脱力の姿勢。


綿や羽根のように軽く、鉛のように重く。



嫌な気配はあまり感じない。身体が動かないわけでも。


緊張も程よくしている。汗もかいているが不快感はない。



威圧の空気はない。それより、もっと。


包みこまれる。



守りに入るつもりが、気づけば吸い寄せられるように、グレンは相手に踏み込んでいた。


「足運びは重要だす」


跳びかかりながら、肘先でゼドの顔面を突く。


「グレン殿は自分の身体の構造を理解して、すごく上手に使うだす」


右腕からの肘突きは相手に払われたが、反動で腰が回る。片足が地面を踏みしめ軸が生まれ、そこから左腕が自然に動く。


グレンにしては珍しく、やや大ぶりの横殴り。ゼドは後ろに下がり、簡単に回避した。


空振った次の瞬間、グレンの左肩がゼドの方を向いていた。


「足運びで一番注目するべきは、膝の動きだす」


避けられることを想定した横殴りは、振り切った後に体当たりの姿勢を整える動作だった。



全て相手に読まれていた。


左肩の背中側をゼドが押した。


軸が狂い、背中を相手に晒す。追加で足を払えば、地面に転がる。


「グレン殿はすごく上手に身体を動かすぶん、ちょっと狂わせれば簡単に崩せるだす」


こうすれば払ってくる。


大ぶりにすれば、後ろに避けるだろう。


「戦いの組み立ても上手いだす」


何時もとは違う。


「でも、相手の骨格や筋肉、動きや流れとかを利用するのは、あんま上手くないだすね」


本当に悔しそうな苦笑いを浮かべながら、グレンは立ち上がると最初の位置にもどる。



体術使い。例えばギゼルや一の朱火長、または仮面の女に負けるなら、こういった反応にはならないだろう。


口内に入った土を地面に吐きだすと、拳士は再度姿勢を整える。


今度は攻撃に特化した構えだった。


しかし、気づけばゼドは接近し、右の拳がグレンの顔面に迫っていた。


《あんたは打撃はしない》


ゼドは投げ技や締め技が中心だった。


右手は目眩ましで、本命は左腕だと予想。実際にゼドはこちらの腰に手を回そうとしていたので、身体を捻って回避する。


顔面に迫っていた右手は襟元をつかもうとしてきたから、横に払って防ぐ。



今度はグレンが読み勝った。


肩でゼドを押し返し距離をとらせる。姿勢を整えられる前に、グレンは拳打を放つ。


「焦っただすね」


強い一撃のために、グレンは肩から前に出していた。そこにゼドの(てのひら)が触れていた。


《動かねえ》


力の流れが行き場を失う。動揺の隙に足腰の位置を直すと、ゼドはグレンの肩を押しこむ。


グレンは再び立ち上がり、また挑むために距離をあける。


両者は構えを整える。


・・

・・


数分後。もう、暗くてなにも見えない。


確かに相手の骨格や流れを利用する技術はないが、総合では大きな差はないはず。


「くそっ」


それでも、勝ちを掴めない。



なにかもう一工夫。


なにかもうひと押し。


「本当は圧倒的な実力差があるけど、あえてそういった戦い方してるんすか?」


「いや、自分これが全力だすよ」


場数。経験の差だろうか。


「たぶん自分のほうが、負けの臭いに敏感なんだすよ。負けるの悔しいだすし」


「俺だって今すげえ悔しいんですけど」


暗くて相手の顔が見えない。


「勝つのは嬉しいだす。本当に、このためだけに生きてただすし」


「ゼドさん、負けず嫌いなんすね」


得意気に笑った気がする。


「他にも色々やること抱えてる人には、そう簡単には負けないだすよ」


「あんただって、今はそうだろ」


足音が聞こえる。


「しょせんは外野だすよ。そのぶん気が楽になるだす」


どうやら、勝ち逃げする気らしい。


「負けるのは……本当に悔しいっすね」


「めちゃくちゃ悔しいだす」


月明かりに段々と目が慣れてきた。


「負けると、数日寝れなくなるだす」


相手の背中だけは、何故かよく見えない。


「それでも、悔しいって考えられるだけ、まだマシだすけどね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ