昔 ただ、人のため
魔力がなければ魔力がないで、戦う仕事を選ばなければ良いと、これまで沢山の人から言われてきた。
自分でもそう思う。少なくともこれまでの人生で、魔力なしだと馬鹿にされた記憶はない。
「イザク、下を向いて歩くんじゃねえ」
蒸し暑い。額から流れた汗が、頬をつたい地面に落ちる。
魔法も使えず、ろくに戦えない。だからせめて、荷物持ちを引き受けたものの、魔力をまとうことができない。
「すみません」
紐が両肩にくい込み、背中から倒れそうになる。
もっと役に立てると思っていた。でも現実は厳しいもので、この程度の労働すら満足にこなせない。
低位属性使いのように、薄くても魔力をまとえれば、もう少し重い荷でも背負えるのだろうか。
「本隊との距離が大分開いてんだ、もう少し速度を上げなきゃいかん」
勇者同盟にすら迷惑をかけている。
「俺らの仕事は魔物を寄せないことだ。解るよな」
「はい」
このままでは、僕の所為で傭兵としての役割を果たせない。
移動を開始して半日がすぎた。一日二日と時が流れるほど、両足が鎖に繋がれていく。
歯を食い縛り歩こうとするが、一歩が前に出てくれない。意識せずともできていた動作が、なぜこれほど難しく感じるのか。
「傭兵にだってな、お前にもできる役目はあるんだ。いつまでも変な意地をはってねえで、裏方に回れ」
計算はあまり得意ではないが、文字くらいなら書ける。
「……嫌です」
同盟員たちの視線が痛い。それでも僕は、ここにいたい。
討伐でも護衛でも駄目なんだ。
僕はここで、この剣を振るいたい。
「団長、置いていきましょう。こんな奴の我儘に付き合っていたら、俺らの評価が落ちちまう」
傭兵も一商売。信用を失えば成り立たない。
「お前がかわりに荷物を持ってやれ」
「こいつに戦いをまかせるなんて、正気ですか」
僕のせいで、団長の評価が落とされる。
「ただし条件がある」
団長は僕の剣を指さし。
「もう、その玩具を使うのは止めろ」
魔法の皮膚だけでなく、これまで魔者からも何度か攻撃を受けてきた。
「対策は立ててあります」
刃を丸め切れ味を殺してでも、打撃の効果を高めてある。
「お前の腕ならもう解ってんだろ。そいつじゃあ限界なんだよ」
違う。未熟なだけだ。
団長は剣を持つと、それを僕にかざす。
「あくまでも貸すだけだぞ。この戦いが一段落すれば、しばらくは俺らも休める」
内地に行けば、体格に合った物も売っているだろう。
「……嫌です」
兵士では刀という武具は使えないから、傭兵という職を選んだ。
「お前の要望を通したいなら、こっちの意見を聞き入れんのが筋ってもんだろ」
嫌だ。
貴方は僕に、捨てろと言うのか。
「条件を飲めないなら、お前を戦わせるわけにはいかねえな」
目の前には団長の両手剣。
「下手に未練を残しちゃいけねえな。こいつを使って良い、その玩具を壊せ」
気づけば、両手剣を受け取っていた。
団長は僕から刀を奪うと、刀身を空気に晒す。
「戦いたいんなら、意志を俺に示すんだ」
その両手剣は、刀よりも重かった。
「同じ剣でも、種類が違います」
いつの間にか汗が引き、背筋に冷たいものが走る。
「諦めろ。お前の剣術ってのは、もう時代遅れなんだよ」
「やるなら早くしろ、時間がないってさっきから言ってるだろ。そんくらいの荷物なら持ってやる」
彼なら背負いながらでも、充分に戦えるだろう。
僕はただ、自分の剣を、人々のために。
心ではそう思っているのに、何故か両手剣を鞘から抜いてしまう。
重い。
「どうした。早くしろ、戦いたいんだろ」
戦いたい。
そのためなら。
戦えるのなら
この程度の誇りなど
捨ててみせる
団長が壊しやすいよう、刀を固定する。
僕は両手剣を構え
雑念をかき消したのち
振り下ろす
なにかが壊れた音がした。




