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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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九話 雪の降る山・祈願所防衛

天候の変化に気づき一度集合するが、ゼドは未だ戻る気配がない。グレンが連れてくると言いだしたが、そんな余裕はないとフィエルが却下する。


そもそも敵は目前まで迫っていた。赤の護衛を救出するために戦っているのだから、本人を危険に晒しては本末転倒だった。


土の領域で探ればわかる。ゼドはすでに囲まれていた。


・・

・・


前もって草が刈られていたのは幸いだった。篝火は倒され、囲い壁の一部と土を燃やしていた。魔物は目玉を剥きだしにしたまま、牙の隙間からは涎がつたい、舌はだらんと垂れ下がる。


「クソっ! こいつら逃げたんじゃねえのかよ!」


一人壁の下で戦うグレンは、戦意を失ったはずの犬を蹴り飛ばす。前足が変な方向に曲がっても、這いずりながら噛みつこうとしてきた。


試さなくてもわかる。もう魔犬の縄張りは通用しない。



次々と現れる魔物にボルガは石を投げていたが、グレンは荒い口調で。


「そんなんじゃ駄目だっ! フィエルさんはまだか!」


「今つくってくれてんだ、とりあえずこいつで我慢すんだな!」


放った石は命中するが、怯むことなく人を狙ってきていた。


這いよる犬の頭部を踏み砕くが、頭上から小さな鳥型の魔物が急降下し、グレンに向けて特攻を仕掛けてきた。間一髪、逆手重装でクチバシを防ぐが、寸前に電撃を放たれていた。


鳥は命中と共に死んだが、痺れと突撃の衝撃で、地面に倒れてしまう。


立ち上がる余裕はない。生き残った犬の魔法だけなら無視しても良いが、木の上から氷が投げつけられていた。


咄嗟に炎の壁で防ぐが、氷の大きさには違いがあったようで、溶かしきれずそのままグレンに降りかかる物もあった。


身体を起こし立とうとした瞬間に、犬が炎の壁を突き抜けて襲いかかる。グレンは背中を土で汚すことになったが、犬の顎を持ち上げてなんとか防ぐ。


目からは光を感じられず、垂れた涎が服を濡らす。


「やっと乾いたっつうに……なんてことしやがる!」


剛爪で腹を突きさすが、まだ犬は動きを止めない。魔力を一層にまとい、強化させた握力で顎を砕く。



猿は安全な木から下り、もたついていたグレンに接近する。死体を払いのけたころには、氷塊が夜空に浮んでいた。


重力の恐ろしさを、彼は黒膜化により理解している。時の流れは嫌味なほどにゆっくりであったが、身体の反応は間に合いそうにない。


せめて両腕を交差させ、少しでも魔力を多くまとったのち、目を閉ざす。両方の膝も持ち上げて、曲げようとした瞬間であった。


破壊音と共に、砕けた氷の破片が降り注ぐ。グレンは上半身を起こすと、壁上のボルガを睨みつけ。


「バカ野郎っ! 痛えじゃねえか!」


「そこは普通ありがとうなんだな!」


フィエルにより拳大の石が壁上に放られていた。デカブツはそれを拾い、グレンを狙った個体に投げる。


貫通とまではいかないが、頭に命中すると砕け散り、個体は地面に崩れた。立とうとするが、足をもつれさせ再び転倒する。


普通であれば再起不能のはずだが、伏せたまま金切り声を発していたため、グレンが蹴飛ばして黙らせた。



魔物に当たれば石は砕けることもあるが、足場は最近の雨により濡れており、外せば地面に浅く沈んで残ってしまう。


「フィエルさん、針壁は使えねえのか!」


壁を崩した場所にもう一度つくるというのは、決して楽なことではないが、そこまで難しい技術でもない。


目視できるかどうかは大切な要素であり、囲い壁を挟んで召喚するとなれば、本来相応の訓練を必要とする。


もっとも彼女もその訓練は積んでいたが、今回は習得したばかりの針壁だった。



グレンの無理な要望が聞こえたのか、壁の向こうから声が聞こえた。


「すぐに壊されるのが落ちでしょ!」


壁の外で戦っている者が、なんとか引きつけてはいる。しかし魔物の数はそれを凌駕し、四方を取り囲んでいた。


「あんたは裏側に回って、たぶん単独よ!」


言われて鼻を利かせれば、確かに何体かこちらに近づいているようだった。


「正面からもなんか来てるけど良いのか!」


「こっちはフエゴさんを呼べば対処できます!」


なぜこんな時に限って雪なんて降るのか。いや、もし昨夜だったらその時点で終わっていた。



ボルガは壁上から岩の壁を召喚すると。


「登ってくんだ、迷ってる時間なんてねぇぞ!」


「……クソっ!!」


今はフィエルの判断を信じるしかない。グレンは頑強壁の裏に回り込むと、鉄の柵扉に足をかける。


・・

・・


指示を受けフエゴが正面に回ったころには、すでに魔物が目視できる位置まで迫っていた。


一見は馬のようだが、その額には一本の角。



魔物によって走る速度は異なるため、土の領域からでも大まかな検討はできる。


オッサンは額の汗を拭うと。


「あれは溝の外側からでも入ってくるのよ」


一角大雷馬。


猪は数自体が少ない。今回の祈願所防衛において、熊に続いて危険視されていた単独だった。


フィエルは土の領域により、距離と射程を計算し。


「備えてっ」


内側に召喚していた頑強壁を土に帰すと、ボルガは囲い壁の足場に両腕を添える。


「来るわよ!」


一角大雷馬は額の角より雷撃を発射するが、頑強壁が見事に耐え抜く。だがそれは初手に過ぎなかった。


額から浮かびでた黒い文様は、徐々に全身へと広がり、やがて一角に雷が帯びる。


馬の魔物は不安定な足場をものともせず、溝の手前で飛び跳ねた。



広範囲に着火する場合は、なにか目印がある方が楽だった。例えば溝。


フィエルが掘った穴の底から、巨大な炎の壁が出現した。だがすでに跳ねたあとで、怯むことなく突き抜けてしまう。


ボルガとフエゴは左右に跳び、そのまま囲い壁の足場に伏せる。


通常の雷剣は触れると電気が流れるだけだが、この一角は違った。大雷馬魔は角で頑強壁という物質を破壊すると、勢いを落とすことなく夜空に舞った。


天雷剣のみが持つ能力を、この魔物は並位で実現させる。囲い壁の上部は破壊され、黒く焼け焦げた状態で電気が漂う。


フエゴの炎を通過したさい、大雷馬は視界を塞がれた。空中で視力を取り戻したとき、フィエルはすでに針壁の後ろで準備を終えていた。


切先は正面。


発射された小剣は着地した瞬間を貫いて、そのまま壁に突き刺さった。


フィエルは壁の維持も忘れ。


「……怖かった」


腰が抜けてしまい、お尻から崩れ落ちた。


・・

・・


囲い壁より、黒い影が雪の夜空に伸びた。一番上で動きが止まるが、それに反応して攻撃を飛ばしてくる魔物はいなかった。


この場はどうしても確実に一体を仕留めたい。ガンセキに禁止されていたが、燃え上がった次の瞬間には、逆手重装の形状が変化した。


急降下すれば、隻眼はいつものように赤い線となり、地面へと引き寄せられる。


豚は顔面だけでなく、鼻先から肩と前足までが燃えていた。かなり無理のある移動をしたようで、全身が傷だらけだった。


道中で脱落したのか、数は三体と少ない。



グレンは豚の脇を通り抜ける。数秒が経過すると、側面から血を噴きだし、そのまま地面を削りながら横に倒れた。


まだ二体残っていたが、すでに距離はひろがっていた。


魔犬の咆哮で周りの群れを威嚇すると、近場の木に飛び移り、左右の爪を使って器用によじ登る。



囲い壁の上で、一人震える男がいた。


電撃は威力が低いため、今は弓を使っているが、恐怖で狙いが定まらない。


「もう少しなんだ」


両親はすでにいない。故郷で所帯を持つことも拒み続けた。


「やっとここまで来たんだ、こんな所で」


大半を村に流され、僅かしか受け取れない金を、少しずつ蓄えてきた。


色んな物を削ってきたのに。


「俺はなにをやってるんだ」


何故こんなことを引き受けてしまった。


それでも自分が名乗りでなければ、あの馬鹿はまた無茶をする。



歯を食いしばり、矢を解き放つ。迫ってきた豚の頭部に命中したが、動きが止まる気配はない。


グレンの言葉を思いだすと、鼻から空気を吸い込み、口から吐く。


再び放った矢は突進してくる豚の目前に突き刺さった。


敵は坂を駆け上がってくる。地面に刺さった矢は、(やじり)をそのままに木と羽根の部分だけが上を向く。


豚は矢を踏んだ。まだ痛みの感覚はあったようで、少しだけ体勢を崩すが、持ち直して移動を続ける。


「くそっ!」


その後もなんどか放ったが、周りの群れが邪魔に入り、大きな的にすら当たらなかった。シンセロは弓を投げ捨てると、片膝をつけて手の平をかざす。


神に願い電撃を発射する。


「なんで」


自分が兵士として無能なことは解っている。


「当たらないんだっ!」


シンセロは自分を奮い立たせ、両方の靴底を足場につけると、左腕で手首を掴む。


豚は土手に前足を踏み入れた。ここまでの移動で体力を使い果たしたのか、前のめりに姿勢を崩すが、最後の力を振り絞って立て直す。


そのとき、ようやく魔法が命中した。


豚は倒れながら槍柵に突っ込み、その勢いのまま激突する。壁と顔面が接触すると、炎は大きくなって壁上まで燃え広がった。


横たわった豚の胴体には木の槍が刺さり、息を吐きだす度に血が土を汚す。



グレンは着地と同時に残る一体を殺害すると、曲がった膝を伸ばしながら斜面を蹴りあげた。


・・

・・


豚の炎に驚きその場に伏せていたが、赤の護衛を確認すると身体を起こす。


「やりました」


見上げた青年は人間離れした風貌だが、もう恐れは感じないようだった。


黒膜化の解除を待って、グレンは返事をする。


「今へばってちゃ、朝まで持ちませんよ」


「無理を言わないでください」


苦笑いを浮かべていたが、清々しい表情に偽りはない。


「立てますか?」


グレンは出入り口方面の様子を探るが、祈願所が邪魔になってここからは目視できない。


そもそも暗い。


「すみません。いや、有難うございます」


シンセロは差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと足場を踏みしめる。


「肩くらいなら貸しますが」


魔物具に関しては調子が良かったとしても。


「自分で歩けます。これ以上、無理させるわけにもいかないので」


まだ外には魔物も残っていたが、現状では壁の強度に頼るしかない。それに人が一定の距離を置くと、別種どうしで殺し合う姿も確認している。


一角大雷馬魔のこともあるため、グレンはうなずくと足早に階段へ歩きだした。






鼻が敵を察知する。


そちらを向けば、顎から下が血まみれの猿が立っていた。体長はボルガ一個分。



片腕を地面に叩きつけると、小岩をつくりだす。


最後の足掻きなのだろう。


大猿は魔力をまとい、囲い壁に岩を投げつけると、力尽きて倒れ込んだ。



小岩は壁の上部にあたり、揺れる。


グレンは向きを返して叫ぶ。


「シンセロさんっ!」


一般補佐は壁から落下した。


魔物たちはここぞとばかりに、落ちた人へと走りだす。


グレンは壁から飛び降り、シンセロを守る位置に立つ。


「おいっ!」


声をかけるが返事はない。


本人のもとに駆け寄る余裕はなかった。


放たれた電撃を炎の壁で防ぎ、それが消える前に突き破ると、先にいた魔物へ走撃打をあてる。加速が不十分であったが、仕留めるには充分な威力。


しかし強い一撃を放てば相応の隙が生じる。幸い噛みつかれたのは左腕だったから、横に倒れながら肘を打ちつける。


木材の混ざった瓦礫をどける音が耳に入った。


「大丈夫です」


返事があった。


グレンはすぐさま立ち上がり、逆手重装の色を確かめる。


「動けますか?」


残量にまだ余裕はあるが、ボルガに補充を頼んだ方が良いだろう。


前腕を魔犬の爪でなぞると、シンセロの方を振り向く。


「動けます……ですが」


「良かった、すぐ壁に上げますんで」


兵士はふらつきながらも立っていた。青い顔で苦笑いを浮かべると。


「もう戦闘には耐えられそうもありません」


鎖帷子がなければ、命に関わる傷を負っていたかも知れない。


「まさか、自分で作った柵にやられるとは思いませんでした」


右の脇腹に添えられた手は赤く染まり、血がポタポタと地面に落ちる。


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