十一話 経験値不足
長距離一点放射を発射するのは崖上などが理想だが、そうそう良い場所は見つからない。しかし山中ということもあり、高い位置を確保するのは可能である。
空に向けて一点放射を放つさい、木があると枝などが邪魔なため、野原を探したり前もって排除しておく必要があった。
魔法陣に乗るのは二人。
宝玉具を首からさげた土使いは、片手を魔法陣に添えながら。
「毎回こんだけ金を使わせてくれんなら、もっと犠牲者は減るんですがね」
「それが、あの四人の価値だ」
明火長は宝玉具の砲口を空に向けていた。
塗料に宝玉の粉を混ぜたほうが効果は高いが、流石にそれをすると費用が膨れあがるため、今回は線の上に土の宝玉を置いていた。
本来だと赤い宝玉も必要なのだが、明火長の宝玉具が火属性であり、それに練りこまれたもので代用している。
落下型の一点炎放射。
この魔法は飛距離を伸ばすだけでなく、土の領域も通常より広く展開できなければ、あまり意味がない。
「かなり大きな群れだ。今回は五連で発射する」
土使いが魔力をまとうと、それに宝玉具が反応した。
「秒読み、始めてください」
明火長はその言葉にうなずくと、十から一つずつ落としていく。土使いはそれまでに、狙いを一点に絞る。
周囲の木を何本か切り倒していても、そこはまだ薄暗い。
長い棒状の宝玉具を左の脇に挟み固定する。
やがて発射口に火が灯り、徐々に辺りを強く照らしていく。その輝きはとても美しいが、魔を引き寄せるものであった。
「三・二・一」
零は数えられず、次の瞬間には一筋の光が空に伸びていく。
矢よりも少し遅いとのことだが、実際に見ると充分に回避可能な速度といえる。
「再度秒読み。三から、二・一」
現在魔法陣は連射の能力が発動しているものの、飛炎や電撃に比べると間隔はあいていた。
次々と発射される一点放射。
火元は明るくて派手だが、空に伸びる光は地味である。雷撃と違い音もなければ、天を焦がそうという気概も薄い。
五発目を打ち終えると、右手の指先が動く。
《能力切り替え》
土の領域と一点放射を合体させ、落下型一点放射という魔法に変化させる。
土使いは自分の領域で炎放射の行方を探る。
「最初の一発は失敗ですね」
明火長が自分の魔法として維持できるのは、発射してからの二十から三十秒の間だけであり、それが過ぎれば操作はできない。
「速度のほうは?」
土使いは目をつぶり、頭を左右に振る。
「少し欲張り過ぎたか」
魔法陣に描かれた古代文字。その内容が甘ければ、無理をするとこうなる。
「やはり三連射が限界ですね。引き寄せられる力が働いてません」
グレンが黒膜化を発動させたとき、空中から地面への突撃はかなりの速度であった。
彼女の護衛を任されていたオッサンは、杖を担ぎながらわざとらしい溜息をつく。
「ちょっと、失敗とかやめてくんない」
発射を終えても、明火長の得物は未だに燃えていた。
「若い娘のお尻なら喜んで拭くけどさ、オバサンのケツなんて拭きたかないよ」
彼とともに護衛をしていた若い娘は、その発言に軽蔑の視線をあびせていた。
「偉そうに。こちとら実戦なんて久しぶりだっつうの」
フエゴはやれやれと杖で肩を叩きながら、明火長に背中を向けて。
「は~い、皆さーん。オバサンの尻をふくよ~」
木々の奥から、カサカサと不気味な音がなっていた。
切り倒された木の幹に、六本足の小さな物体が乗る。どこから湧いたのかは不明だが、長距離一点放射を放つと、五回に一度はなぜか現れる。
オッサンは近くのお姉さんに微笑むと。
「毒の有無は」
「私らは清水を使うけど、おっさんには不要だと思います」
睨まれたフエゴは涙目になるが、相手は舌をだしてそっぽを向く。
「いいもん、おいちゃん使うもん」
清水を一口飲むと、戦闘態勢に入る。
文句を言いたくなる気持ちは理解できる。だが明火長にあのような口を叩ける者は少ない。
「オバサン、悪いけどもう限界。こいつら片付けたらさ、そろそろ移動しよう」
彼らの足もとには、すでに無数の死骸が転がっていた。
明火長は空を見上げ。
「まあどちらにせよ、暗闇を歩くことになる」
魔法陣による援護をする場合は、メモリアたちとは別のルートを通ることになる。そうなれば先行隊の助けは得られないため、自分たちの足だけで進まなくてはいけない。
闇が深くなれば合流を諦め、ここにいる者たちだけで朝を待つことになるだろう。
拠点をどこにするか。
目的の単独が生息する周辺には、どのような魔物がいるのか。
毒の有無や強さの把握。
移動経路の確認。
地図の制作。
こういった情報だけでも、ギルドはそれなりの値段で買ってくれる。
一ノ朱と同等の実力者がいなければ、こういった下準備は難しい。
・・
・・
商会員と班長は、二人仲良く地面に落っこちていた物体を眺めていた。
「これは……やばいな」
今日は暖かな陽気だが、もっと寒ければ湯気なども確認できたかも知れない。
額に流れ落ちた汗は、疲労からくるものではない。
「本来は引き返すべきですが、すでに物資は近くまで来ております」
ペルデルはうなずくと、魔物具使いを呼び。
「氷魔熊が近くにいる。こっちに戻ってくる必要はない、悪いけど頼めるか」
女は顔をしかめ。
「単独行動ですか」
生物により糞には多少の違いがあるため、ある程度の予想はできる。
足あとなどにより向かった方角を探りたいが、草が邪魔でなかなか難しい。
それでも草が若干倒れ、なんとなくこっちを通ったのではという推測は可能だった。
土の領域や魔物具で探ってはいるが。
「気配はありませんね」
痕跡はないかと辺りを探っていたが、商会員は頼りない口調で。
「もともと隠れるのが上手い魔物です」
こういうとき、ゼドの存在は重要である。
ペルデルは団員たちを見わたし、彼女と同行する者を考える。
ふと、赤の護衛が目に止まった。それに気づき、苦笑いを浮かべると。
「ちっと無理だ」
魔力まといだけでなく、身体能力そのものが優れている彼だが、明らかに周りよりも疲労が濃い。
強力な魔物の痕跡を確認したり、土砂崩れの危険があれば引き返す。
集落あとのような場所に気づけば、それを知らせるために布などに文字を残す。
好戦的な魔物がいれば、こちらから先に仕掛ける。
先行するということは、それだけ厄介事も増えるのだろう。運動量は間違いなく、メモリアたちよりも多い。
「その人について行くだけで、戦う余力は残せねえ」
ニノ朱では戦う技術だけでなく、自然の中で生き抜くための訓練が重要視されていた。
グレンも勇者の村周辺を走り回っていたが、自然を歩く技術は朱火よりもずっと劣る。そもそも目的は魔物狩りだけであったため、基本夜は自分の家で眠っていた。
食料が尽きれば、彼らは魔物を食べる。
オルクのこともあり、魔法陣について調べるためにも、本当は明火長に同行したかった。しかしその移動はこちらより厳しいと聞かされ、グレンは断念したのである。
「まあ仕方ないですよ。素人にしては充分すぎるくらいだ」
最近までニノ朱だった者も、赤の護衛ほどではないが疲れがみられる。
ペルデルは数名を力馬のもとへ向かわせ、移動を再開させた。
周りが動き始めたなか、グレンは肩で息をしながら、魔物の糞を見下ろしていた。
「弟よ、久しいな」
兄は自分と弟には凄く優しいという偉大な設定。
グレンは偉い人には歯向かうけど、部下を大切にする格好良い設定。
弟は偉い人が大好きだけど、部下には辛く当たるというお茶目な設定。
赤の護衛はその場にしゃがみ込むと、魔物の糞を片手に持ち、指でこねくり回す。
「うむ、これは良い物だ」
彼のうんこ好きは、大切な過去の想い出が発端である。
「あんたなにやってんだ」
「いや、その」
班長はグレンを立たせると、低位水使いを呼び。
「休憩したいのはわかりますが、俺らに同行するのを望んだのはあんただろ」
「……すんません」
手を洗うと、水使いに礼を言って、班長の背中について行く。
靴や手を置く位置。班長のそれを真似ながら進んでいく。
疲れにくい呼吸法は、すでに身体に染み込んでいた。
「朱火の連中には及ばないと思ってたけど、あの人はまじですげえ」
グレンの視線の先には、共に清水を運んだ商会員。
年齢も体力も魔力まといも、どれだって自分の方が優れているのは間違いない。
「俺やあんたとは年季が違うんだよ」
世間に自慢できる仕事ではなかったのかも知れない。
地位としては、ピリカよりもずっと低いのかも知れない。
「格好良いっすね。ああなりてえもんだ」
この場で一番頼れるのは、あの背中である。
うちの案内人とはえらい違いだ。などとは思ったが、決して口には出さない。
思っても、言ってはいけない。
班長はこちらを振り向くこともなく。
「なあ」
近くに上位の氷魔熊がいるのだから、警戒はしているのだろう。
「俺らに同行すんのは別に良いけど、他にすべきこととかなかったのか?」
本当は赤鉄の修行をする予定だった。
「刻亀討伐のためにも、勇者一行に好印象を持ってもらわねえと」
その戦いを考えるのが、グレンに与えられた役目である。
「ペルデルさんには是非とも、赤の護衛は素晴らしいと、お偉いさん方に伝えてもらいてえ」
「だからさ、相手に直接言っちゃ駄目だろ。せめてもっと遠回しに」
勇者一行の護衛。
分隊だとしても、相応の者たちをレンガ軍は用意したはずである。
では、火炎団はどうなのか。
この班は何度か輸送任務に失敗し、終いには前班長を失っている。
それでもグレンは、この班との関係を大切にしなくてはいけない。
「俺の実力はもう知ってますよね」
ガンセキは修行において、様々な閃きで会得までの時間を短くさせる。しかしそれは六年かかるものを、三年ほどに縮めるものであった。
壁や腕は並位にも同系統の魔法が存在する。
大地の兵は雨と同じく操作が難しい。
ガンセキは防御型であり、習得してからまだ一年も経っていない。上級兵に関しては探っている段階なため、習得したかどうかも怪しい。
同時に召喚できる数もまた、熟練に平行してくるため、まだまだ修行不足である
「まあ、その程度なんすよ」
ペルデルは警戒も忘れ、立ち止まるとグレンを見る。
「あんた……まさか」
「協力者が必要なんだ。なんでもいい、情報をくれ」
こんなもの、交渉でもなんでもない。相手に対して、見返りがないのだから。
班長が止まれば、自然とこの一団も動きを緩める。ペルデルは手を上げて周りに謝ると、再びグレンに背中を向ける。
「少なくともペルデルさんは、トントさんに不満があるようですし」
「また、厄介な役目を俺に望んでくれますね」
それでも班長は拒否することなく、話を続ける。
「あんたの望みを叶える場合、恐らく最大の障害は赤火長だ。絶対に邪魔をしてくる」
清水運びのさい、班長はグレンたちとの会話のなかで、赤火長への印象を変化させていた。
『嫌な奴って印象しかなかったけど、あの人なりに苦労も多いってことか』
火炎団には炎使いしか認めない。
ギルド運営の彼に対する扱い。
なぜトントがそのような立場にいるのか、ペルデルも今日まで考えていたのだろう。
「奴はその立場にありながら、一切の指揮を放棄しています」
赤火長がそんなだから、明火との連携も上手くとれず、実力が乏わなければ死ぬ。
「それでもなぜか発言力は高い。糞みたいな決まりを俺らに押し付けてくる」
腕に巻かれた布を、忌まわしげに睨みつけていた。
「こんな自然の中じゃ、その色は目立つっすね」
「俺らは普段外しているけど、今回は上からの命令で、見つかったら罰を受ける」
ペルデルには、どうしても理解できないことがある。
「明火からの依頼で、赤火が上位単独と戦うまでのあいだ、朱火がその手伝いをすることが何度かあった」
一番迷惑を被っているはずの六十人。トントの陰口を叩く団員も当然いた。
「赤火の連中は、命令に忠実だったりする」
その場に彼はいなかったのに、自分たちは布を外していたのに。赤火の四人はなぜか、真っ赤な布を身体の一部にしばりつけていた。
朱火は朱色の布。
赤火は赤色の布。
明火は黄色の布。
初代団員は黒い布。
グレンは礼を述べると、班長の背中に向けて。
「できれば、あんたの師匠についても教えてほしい」
一ノ朱火長。
「今は仕事中ですので、また今度にしてくれ」
そう言われれば従うしかないのだが、無言で相手を見つめ続ける。
居心地が悪いのだろうか、班長は溜息をつくと。
「誰がなんと言おうが、女です」




