表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
154/209

十一話 経験値不足

長距離一点放射を発射するのは崖上などが理想だが、そうそう良い場所は見つからない。しかし山中ということもあり、高い位置を確保するのは可能である。


空に向けて一点放射を放つさい、木があると枝などが邪魔なため、野原を探したり前もって排除しておく必要があった。


魔法陣に乗るのは二人。


宝玉具を首からさげた土使いは、片手を魔法陣に添えながら。


「毎回こんだけ金を使わせてくれんなら、もっと犠牲者は減るんですがね」


「それが、あの四人の価値だ」


明火長は宝玉具の砲口を空に向けていた。


塗料に宝玉の粉を混ぜたほうが効果は高いが、流石にそれをすると費用が膨れあがるため、今回は線の上に土の宝玉を置いていた。


本来だと赤い宝玉も必要なのだが、明火長の宝玉具が火属性であり、それに練りこまれたもので代用している。



落下型の一点炎放射。


この魔法は飛距離を伸ばすだけでなく、土の領域も通常より広く展開できなければ、あまり意味がない。


「かなり大きな群れだ。今回は五連で発射する」


土使いが魔力をまとうと、それに宝玉具が反応した。


「秒読み、始めてください」


明火長はその言葉にうなずくと、十から一つずつ落としていく。土使いはそれまでに、狙いを一点に絞る。



周囲の木を何本か切り倒していても、そこはまだ薄暗い。


長い棒状の宝玉具を左の脇に挟み固定する。


やがて発射口に火が灯り、徐々に辺りを強く照らしていく。その輝きはとても美しいが、魔を引き寄せるものであった。


「三・二・一」


零は数えられず、次の瞬間には一筋の光が空に伸びていく。


矢よりも少し遅いとのことだが、実際に見ると充分に回避可能な速度といえる。


「再度秒読み。三から、二・一」


現在魔法陣は連射の能力が発動しているものの、飛炎や電撃に比べると間隔(かんかく)はあいていた。


次々と発射される一点放射。


火元は明るくて派手だが、空に伸びる光は地味である。雷撃と違い音もなければ、天を焦がそうという気概も薄い。



五発目を打ち終えると、右手の指先が動く。


《能力切り替え》


土の領域と一点放射を合体させ、落下型一点放射という魔法に変化させる。


土使いは自分の領域で炎放射の行方を探る。


「最初の一発は失敗ですね」


明火長が自分の魔法として維持できるのは、発射してからの二十から三十秒の間だけであり、それが過ぎれば操作はできない。


「速度のほうは?」


土使いは目をつぶり、頭を左右に振る。


「少し欲張り過ぎたか」


魔法陣に描かれた古代文字。その内容が甘ければ、無理をするとこうなる。


「やはり三連射が限界ですね。引き寄せられる力が働いてません」


グレンが黒膜化を発動させたとき、空中から地面への突撃はかなりの速度であった。




彼女の護衛を任されていたオッサンは、杖を担ぎながらわざとらしい溜息をつく。


「ちょっと、失敗とかやめてくんない」


発射を終えても、明火長の得物は未だに燃えていた。


「若い()のお尻なら喜んで拭くけどさ、オバサンのケツなんて拭きたかないよ」


彼とともに護衛をしていた若い(むすめ)は、その発言に軽蔑の視線をあびせていた。


「偉そうに。こちとら実戦なんて久しぶりだっつうの」


フエゴはやれやれと杖で肩を叩きながら、明火長に背中を向けて。


「は~い、皆さーん。オバサンの尻をふくよ~」


木々の奥から、カサカサと不気味な音がなっていた。



切り倒された木の幹に、六本足の小さな物体が乗る。どこから()いたのかは不明だが、長距離一点放射を放つと、五回に一度はなぜか現れる。


オッサンは近くのお姉さんに微笑むと。


「毒の有無は」


「私らは清水を使うけど、おっさんには不要だと思います」


睨まれたフエゴは涙目になるが、相手は舌をだしてそっぽを向く。


「いいもん、おいちゃん使うもん」


清水を一口飲むと、戦闘態勢に入る。


文句を言いたくなる気持ちは理解できる。だが明火長にあのような口を叩ける者は少ない。


「オバサン、悪いけどもう限界。こいつら片付けたらさ、そろそろ移動しよう」


彼らの足もとには、すでに無数の死骸が転がっていた。


明火長は空を見上げ。


「まあどちらにせよ、暗闇を歩くことになる」


魔法陣による援護をする場合は、メモリアたちとは別のルートを通ることになる。そうなれば先行隊の助けは得られないため、自分たちの足だけで進まなくてはいけない。


闇が深くなれば合流を諦め、ここにいる者たちだけで朝を待つことになるだろう。




拠点をどこにするか。


目的の単独が生息する周辺には、どのような魔物がいるのか。


毒の有無や強さの把握。


移動経路の確認。


地図の制作。


こういった情報だけでも、ギルドはそれなりの値段で買ってくれる。


一ノ朱と同等の実力者がいなければ、こういった下準備は難しい。


・・

・・


商会員と班長は、二人仲良く地面に落っこちていた物体を眺めていた。


「これは……やばいな」


今日は暖かな陽気だが、もっと寒ければ湯気なども確認できたかも知れない。


額に流れ落ちた汗は、疲労からくるものではない。


「本来は引き返すべきですが、すでに物資は近くまで来ております」


ペルデルはうなずくと、魔物具使いを呼び。


「氷魔熊が近くにいる。こっちに戻ってくる必要はない、悪いけど頼めるか」


女は顔をしかめ。


「単独行動ですか」


生物により糞には多少の違いがあるため、ある程度の予想はできる。


足あとなどにより向かった方角を探りたいが、草が邪魔でなかなか難しい。


それでも草が若干倒れ、なんとなくこっちを通ったのではという推測は可能だった。


土の領域や魔物具で探ってはいるが。


「気配はありませんね」


痕跡はないかと辺りを探っていたが、商会員は頼りない口調で。


「もともと隠れるのが上手い魔物です」


こういうとき、ゼドの存在は重要である。



ペルデルは団員たちを見わたし、彼女と同行する者を考える。


ふと、赤の護衛が目に止まった。それに気づき、苦笑いを浮かべると。


「ちっと無理だ」


魔力まといだけでなく、身体能力そのものが優れている彼だが、明らかに周りよりも疲労が濃い。



強力な魔物の痕跡を確認したり、土砂崩れの危険があれば引き返す。


集落あとのような場所に気づけば、それを知らせるために布などに文字を残す。


好戦的な魔物がいれば、こちらから先に仕掛ける。


先行するということは、それだけ厄介事も増えるのだろう。運動量は間違いなく、メモリアたちよりも多い。


「その人について行くだけで、戦う余力は残せねえ」


ニノ朱では戦う技術だけでなく、自然の中で生き抜くための訓練が重要視されていた。


グレンも勇者の村周辺を走り回っていたが、自然を歩く技術は朱火よりもずっと劣る。そもそも目的は魔物狩りだけであったため、基本夜は自分の家で眠っていた。


食料が尽きれば、彼らは魔物を食べる。



オルクのこともあり、魔法陣について調べるためにも、本当は明火長に同行したかった。しかしその移動はこちらより厳しいと聞かされ、グレンは断念したのである。


「まあ仕方ないですよ。素人にしては充分すぎるくらいだ」


最近までニノ朱だった者も、赤の護衛ほどではないが疲れがみられる。



ペルデルは数名を力馬のもとへ向かわせ、移動を再開させた。


周りが動き始めたなか、グレンは肩で息をしながら、魔物の糞を見下ろしていた。


「弟よ、久しいな」


兄は自分と弟には凄く優しいという偉大な設定。


グレンは偉い人には歯向かうけど、部下を大切にする格好良い設定。


弟は偉い人が大好きだけど、部下には辛く当たるというお茶目な設定。



赤の護衛はその場にしゃがみ込むと、魔物の糞を片手に持ち、指でこねくり回す。


「うむ、これは良い物だ」


彼のうんこ好きは、大切な過去の想い出が発端である。


「あんたなにやってんだ」


「いや、その」


班長はグレンを立たせると、低位水使いを呼び。


「休憩したいのはわかりますが、俺らに同行するのを望んだのはあんただろ」


「……すんません」


手を洗うと、水使いに礼を言って、班長の背中について行く。


靴や手を置く位置。班長のそれを真似ながら進んでいく。


疲れにくい呼吸法は、すでに身体に染み込んでいた。


「朱火の連中には及ばないと思ってたけど、あの人はまじですげえ」


グレンの視線の先には、共に清水を運んだ商会員。


年齢も体力も魔力まといも、どれだって自分の方が優れているのは間違いない。


「俺やあんたとは年季が違うんだよ」


世間に自慢できる仕事ではなかったのかも知れない。


地位としては、ピリカよりもずっと低いのかも知れない。


「格好良いっすね。ああなりてえもんだ」


この場で一番頼れるのは、あの背中である。


うちの案内人とはえらい違いだ。などとは思ったが、決して口には出さない。


思っても、言ってはいけない。



班長はこちらを振り向くこともなく。


「なあ」


近くに上位の氷魔熊がいるのだから、警戒はしているのだろう。


「俺らに同行すんのは別に良いけど、他にすべきこととかなかったのか?」


本当は赤鉄の修行をする予定だった。


「刻亀討伐のためにも、勇者一行に好印象を持ってもらわねえと」


その戦いを考えるのが、グレンに与えられた役目である。


「ペルデルさんには是非とも、赤の護衛は素晴らしいと、お偉いさん方に伝えてもらいてえ」


「だからさ、相手に直接言っちゃ駄目だろ。せめてもっと遠回しに」


勇者一行の護衛。


分隊だとしても、相応の者たちをレンガ軍は用意したはずである。


では、火炎団はどうなのか。


この班は何度か輸送任務に失敗し、終いには前班長を失っている。



それでもグレンは、この班との関係を大切にしなくてはいけない。


「俺の実力はもう知ってますよね」


ガンセキは修行において、様々な閃きで会得までの時間を短くさせる。しかしそれは六年かかるものを、三年ほどに縮めるものであった。


壁や腕は並位にも同系統の魔法が存在する。


大地の兵は雨と同じく操作が難しい。


ガンセキは防御型であり、習得してからまだ一年も経っていない。上級兵に関しては探っている段階なため、習得したかどうかも怪しい。


同時に召喚できる数もまた、熟練に平行してくるため、まだまだ修行不足である


「まあ、その程度なんすよ」


ペルデルは警戒も忘れ、立ち止まるとグレンを見る。


「あんた……まさか」


「協力者が必要なんだ。なんでもいい、情報をくれ」


こんなもの、交渉でもなんでもない。相手に対して、見返りがないのだから。



班長が止まれば、自然とこの一団も動きを緩める。ペルデルは手を上げて周りに謝ると、再びグレンに背中を向ける。


「少なくともペルデルさんは、トントさんに不満があるようですし」


「また、厄介な役目を俺に望んでくれますね」


それでも班長は拒否することなく、話を続ける。


「あんたの望みを叶える場合、恐らく最大の障害は赤火長だ。絶対に邪魔をしてくる」


清水運びのさい、班長はグレンたちとの会話のなかで、赤火長への印象を変化させていた。


『嫌な奴って印象しかなかったけど、あの人なりに苦労も多いってことか』


火炎団には炎使いしか認めない。


ギルド運営の彼に対する扱い。


なぜトントがそのような立場にいるのか、ペルデルも今日まで考えていたのだろう。


「奴はその立場にありながら、一切の指揮を放棄しています」


赤火長がそんなだから、明火との連携も上手くとれず、実力が乏わなければ死ぬ。


「それでもなぜか発言力は高い。糞みたいな決まりを俺らに押し付けてくる」


腕に巻かれた布を、忌まわしげに睨みつけていた。


「こんな自然の中じゃ、その色は目立つっすね」


「俺らは普段外しているけど、今回は上からの命令で、見つかったら罰を受ける」


ペルデルには、どうしても理解できないことがある。


「明火からの依頼で、赤火が上位単独と戦うまでのあいだ、朱火がその手伝いをすることが何度かあった」


一番迷惑を被っているはずの六十人。トントの陰口を叩く団員も当然いた。


「赤火の連中は、命令に忠実だったりする」


その場に彼はいなかったのに、自分たちは布を外していたのに。赤火の四人はなぜか、真っ赤な布を身体の一部にしばりつけていた。


朱火は朱色の布。


赤火は赤色の布。


明火は黄色の布。



初代団員は黒い布。


グレンは礼を述べると、班長の背中に向けて。


「できれば、あんたの師匠についても教えてほしい」


一ノ朱火長。


「今は仕事中ですので、また今度にしてくれ」


そう言われれば従うしかないのだが、無言で相手を見つめ続ける。


居心地が悪いのだろうか、班長は溜息をつくと。


「誰がなんと言おうが、女です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ