九話 迷いは断てない
勇者と青の護衛がもどり、しばらくすると一団は動きだす。
集落跡からは、一刻も早く抜けだす必要があった。
離れた場所からこちらに意識を向けている魔物。
中距離の攻撃を仕掛け、すぐさま逃げる魔物。
空から降ってきた炎に怯え、戦意を喪失した魔物。
明確な敵意のもと、殺意を抱き接近してくる魔物。
様々な魔物の相手をしながらであったが、ガンセキたちの予想よりも移動は速かった。
今いる場所は集落跡とは違い、木々の枝により太陽の光が遮られている。それでもここにはあの嫌な感じはない。
セレスは口をあけながら。
「ふへ~ お馬さんってすごいね~」
崖というほどではないが、それなりの急斜面。
人間は張られたロープを利用しているが、木の根っこなどを足場にしながら、馬は器用に下っていた。
「力馬も凄いけどさ、たぶんあの人が上手なんだよ」
アクアが指さした先には、手綱を握って力馬を操る者。
「馬装具か。量産できる玉具ではないから、それなりの値段はするだろうな」
人工で造れる宝玉だとしても、職人の技術料は安くない。
そもそも五万というのは濁宝玉だけの価値であり、採石場などからの輸送費は含まれていない。
心増水は魔王の領域では一つ三万程度だが、それをレンガで購入するとなれば、恐らく費用は倍以上である。
「あんな重そうなの背負って、お馬さんはたいへんだあ~」
こういった喋り方を、最近はグレンの前でしないようにしていた。
清水は樽ではなく、個々で使う容器に注がれており、それが革制の袋に詰められている。
感心しているセレスに、ガンセキは笑いながら。
「単体でも荷馬車を動かせるような動物だからな」
「馬車だと満足に動けないしさ、力馬からすればこっちのほうがまだ良いのかな。足もとの草とか、思うように食べれないんじゃないかい」
普段おとなしい生物でも、ストレスにより暴れることがある。
「魔物に襲われたときだって、私だったら繋がれたままのほうが怖いもん」
ここにはいない仲間の声が聴こえる。
『お前が馬車に繋がれてるとこ、俺としては是非みてみたい』
実に言いそうな内容である。
「なんかさ、ムカついてきたよ」
「うん……私も」
ガンセキは苦笑いを浮かべながらも、土の領域を展開させる。
・・
・・
勇者一行が会話をしていると、高い位置からメモリアが。
「もうすぐ一点放射の射程外だから、そうなる前にこの先で休憩するの」
進行が速いといっても山中であるため、平地に比べれば遅い。魔法陣を数か所に描いたとしても、それを使うのは明火長だけなのだから、こうなることは予定されていた。
「じゃあ、セレスちゃんとはしばらくお別れだね」
ちょっと寂しそうなアクアに微笑むと。
「本当はもうすこし合体魔法の練習したいんだけど、コガラシさんからも学びたいこと沢山あるから」
分隊や小隊は月に数度の鍛錬が義務となっている。
セレスも中継地では許可を得て、分隊員との鍛錬になんどか参加させてもらっていた。
責任者は案内人を見つめ。
「剣士としてはゼドさんよりも信用できる。だがこの言葉、そのまま受け取っては駄目なのかも知れんな」
土使いはツチとの繋がり。
水使いはミズとの繋がり。
雷使いはイカズチとの繋がり。
「もしかするとコガラシさんやゼドさんは、剣の神さまと繋がっているのかな?」
殺気という自他の心を操る技術。
ゼドより【も】ではなく、ゼドより【は】という意味であれば、コガラシも危険であることに違いはない。
「それにさ、もしかしたら」
アクアはその先を声にはださない。彼は協力者の可能性もあるのだから、警戒するに越したことはない。
・・
・・
昨日のように座ったりせず、コガラシは立ったまま休憩をしていた。
それでもどこか上の空。彼の部下たちも気は抜けているようだが、怠けながらも身体は勝手に警戒を続けているようだ。
「真面目にやらないと、また怒られちゃいますよ」
「あっしは分隊長としちゃ欠陥が多いんで、そのぶん部下たちに頑張ってもらいやす」
良く尻拭いされているが、本人もその自覚はあるらしい。
「剣士はあくまでも剣士でしてね、決して将ではありやせん」
中継地を発つとき、グレンが言っていた。俺は情報を得るために、自分の足で動いていると。
勝手に動いて、後でガンセキに怒られるかも知れない。
それでも彼女はどうしても知りたかった。
自分の大切な人について。
セレスは剣士に問う。
「コガラシさんは殺気で敵の居場所とかわかるんですか」
「話しだけは聞いてやすが、あれは自分に跳ね返ってきやすんで」
師匠から教わっていない。
「殺気ってのは感じとるだけじゃいけやせん。ある程度は研げるようにならねえと、相手によっちゃ一方的に殺られちまう」
幻覚の刃。
「研げるようになるまで、どれくらい必要ですか」
才能も関係してくるため、正確な年数は解らない。
「餓鬼んころからの鍛錬で、たしか十年から二十年。でもってそいつを敵へ放つにゃ、追加で数年は必要でさあ」
ゼドは優れた刀の使い手であったが、長い歴史から見れば、彼の先を歩む剣豪は何名も存在する。
夜の幕開けという時代。
その地の優勢が光かどうかで、闇の結界は効果に差がでる。単独の魔族が現れたということは、そこに魔獣が出現したと考えても大げさではない。
魔法を使えない人類が化物と戦える手札は、今よりもずっと少なかった。殺気を学ぶ者も、当時は沢山いたはずである。
「研げるようになったところで、それが有効なのは殺気の技術を持つ者だけ。習得から会得に対して、割にあいやせんよね」
ほかに時間を使ったほうが、ずっと有意義である。
セレスは自分の片手剣を眺めながら。
「それじゃあなんで、ゼドさんやイザクさんって人は、殺気を学んだのかな?」
探知といった面から見れば、殺気というのはとても便利である。しかし戦う力として考えれば、現状だとあまり意味がない。
「昨日あっしはね、初めてゼドさんとお話できやした。そんで、気づいたことがありやす」
それは誇り。
「価値観が凝り固まっていやす。自覚はあるんでしょうが、簡単に手放せねえから、あの人達は取り残されているんでさあ」
コガラシにだって、師から受け継いだものはある。
「剣は迷いなんて断っちゃくれやせん」
それが司るものはただ一つ。
生を貫き、絆を断つ。
コガラシは懐刀を右手に持つと、その柄を強く握りしめ。
「こいつは所詮、ただの殺す物でごぜえやす」
剣をつくる職人は、ツルギの得物に少しでも近づけるため、心血を注いできた。
コガラシの生まれた国が辿りついた一つの形。それが、この世界の刀である。
「殺気ってのはたぶん、ツルギの力でさあ」
セレスが驚くのも無理はない。
「魔法なんですか?」
剣士は首を左右に振り。
「ツルギはもういやせん。それに死の力を身につけた者は、大概が愚かな人生を歩むそうでして」
自分に囚われ友を殺め、恋するものを断ち切った。
コガラシは自分の片手剣を、左腕でさすりながら。
「まあそんな技術関係なく、こいつを好んでる時点で、あっしもどうなるか知ったもんじゃねえ」
この世界の剣士とは、愚かな神に魅せられた愚か者。
ゼドが勇者とコガラシを接触させた理由。
「勇者さまは勇者で良いんでさあ。変なもんになる必要はありやせん」
自分は自分だから、自分らしくありたい。
だけど、私は勇者なのだから。
「剣士でも、コガラシさんは兵士なんだから、もっと真面目に仕事しなきゃだめだもん」
分隊長は手の平を見つめ。
「斬りたい渇望、勝ちたい欲望、戦いたい願望。まあ個人差はあるんですがね、これがあっしらの特徴でして」
セレスにはどれも良くわからない。
「押さえ続けんのは、心にも身体にもよろしくありやせん」
荷馬車に繋がれた力馬と、荷を背負う力馬。
「赤殿は普段すげえ真面目ですが、たまに変なことするでしょ。あっしはね、それが大切だと思うんでさあ」
良い子はとても良いことである。
「実際に馬鹿だとしても、馬鹿の素振りだとしても、どっちでも構いやせん」
発散方法は人それぞれ。
「泣きわめいて発散できんなら」
因果応報。そう簡単でないことは、コガラシにも解っている。
「あっしとしてはまた、剣を握ってもらいてえ」
勝つことを望まないのは別に良い。
最後の戦い、弟子の断末魔に気づかされた。
それは誇り。
草原に剣を捨てるくらいなら、牛魔にひき殺されたほうが良い。
魔力まといなど、剣に対する冒涜だ。
なんど踏み躙られようと、命がけで守ろうとした、たった一つの自信。
剣士として、絶対に望んではいけないこと。
すでに曲がり、捻れていた剣は、ついに折れた。
・・
・・
どうやら休憩は終わりらしい。分隊長の近くにいた兵士は、一方を指さして。
「進行方向から十時の方角。数は三十から四十。どうやら縄張りだったようです」
広範囲だったようで気づかなかった。
長居する者は許さないというのは、本当に厄介な群れである。
「先行として十五体がこちらに向っています」
情報を受けたコガラシは、自分の荷物から容器を取りだすと、セレスに放り投げる。
「本体に向けて、一点放射を確認しました」
それは先人の知恵。
「薄めた清水でさあ」
手に持った懐刀を勇者に見せながら。
「結末のせいで忘れられていやすが、タテは誰よりもツルギを想った神でして」
土の純宝玉具であるため、刃毀れなどの心配はないが、血と油による切れ味の低下は否めない。
「前もって剣を清めることで、盾の加護が宿りやす」
技術が必要だが、炎や雷を断てる。
コガラシの教えに従い、セレスは黄鋼に薄めた清水を流す。
メモリアの指示を待つのは、比較的に余裕があるときのみ。今回のような場合では、それぞれの持場で考えて動く。
「群れの一部でも結構数が多いんで、今回はあっしら一般兵が壁になりやす」
十名全員で動けるなら一般兵の方が良いのだが、今は自分を含めて四人しかいない。
「私は」
「中央に戻り、あっしからの提案を伝えてくだせえ」
属性兵二名では厳しいため、援軍の要請。
群れの本体は一点放射により、少しのあいだ動きは止めるかも知れないが、恐らく引かないだろう。
「強い力を持つ者は弱い群れに混ざるより、退路さえ確保できんなら、単体で動いたほうが全力をだせまさあ」
勇者一行の三人で、本体に対応する。
「わかりました、じゃあ私いきます」
コガラシの頷きを確認してから、セレスは走りだす。
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・・
四人はその時を待っていた。
すでに氷と土使いが二名と合流し、現在十五体と交戦中。
低位土使いは領域を展開させながら。
「来ます。数は七。意識は中央、恐らく力馬に向いています」
ゼドという探知の達人がいるからには、コガラシも本当は使いたくない。
だが彼は剣士である前に、信念旗の協力者である前に、レンガの兵士である。
「流れてきた敵さんが多いんで使いやす。領域に魔法は反応するんで、少しでも誤魔化すために低位を頼みやす」
土の領域だと属性までは掴めない。低位属性使いは片手剣を構えながら、残ったもう片方を敵がくる方向にかざす。
彼らは知っている。
これまでずっと、コガラシの剣術を見てきた者たちであった。
信念旗に関してはなにも言ってないが、風使いを狙う犯罪組織が存在するとは伝えてある。
「以前説明した通り、斬撃だけで打撃は乗りやせん」
魔力なしは呼吸を整え、できる限りの一振りを意識する。
低位土使いが立ち上がり、剣を構えた瞬間であった。木々の隙間を縫うように草が蠢く。
四足歩行の魔物。
上位個体は一角小雷魔。
それ以外は一角小電魔。
コガラシたちに迫る七体は、ほぼ同時に額の角から電撃を放つ。
草で見えにくいため、非常に厄介である。
王都にて量産される宝玉具の一種を、コガラシは前もって地面に三本打ち込んでいた。
元となった魔法陣には、恐らく罪人の衣類などを置いたのだろう。七発の電撃を三本の玉具が引き寄せた。
コガラシは懐刀の刃を空気にさらす。
緑鋼を確認した低位炎使いは、魔物に向けてなんどか火を放つ。
「木が多いんで、振り上げは細く」
神よ、皆と変化を。
風が吹く
振り上げられた四人の斬撃は、濃いみどりに変化する。
草が宙に舞う。
下級 一風
中級 皆風
上級 大風
飛び散った草が、地に触れると同時だった。二体が両断され、残る二体が傷を負う。
うすい緑の風がやむ。
懐刀を鞘に帰すと、片手剣を引き抜いて。
「お楽しみはここからでさあ」
コガラシは真っ先に走りだし、生き残った魔物に刃をかざす。
うちのボスはしょうがない奴だと、三人は笑いながら後を追った。




