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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
151/209

八話 晴れのち闇

夜が明けてすぐに小隊長たちは出発したが、力馬ルートの者たちは少しその時間を遅らせた。


移動時の感覚。


中継地あたりと比べれば、たしかに仕掛けてくる魔物は多い。だが命を捨ててまで、群れを壊滅させてまでといった相手は少なかった。


何者かが縄張りに侵入すれば。


・命がけで住処を守る。


・とりあえず攻撃をしかける。


・様子を見て、居座るようであれば許さない。


このような感じで魔物によって反応は様々。


先行の役目は縄張りの見極めであり、命がけといった相手であれば、彼らが前もって始末しておく必要がある。



太陽が天高く昇るころ。


力馬の通る道は、道というほどのものではなく、むき出しの地面が一筋に伸びているだけ。


周囲の木々は風に揺れ、膝下ほどの草は緑もあれば白もあり、名も知らぬ花が所々で咲いていた。


山中というわりには平坦な場所も多く、苦労は今のところ少ないが、大軍が通れる道ではなかった。


・・

・・


朱火は二手にわかれていた。


班長は先行。


明火長は援護。


土の領域により、ペルデルたちの居場所は薄っすらと確認できていたが、それは目印でしかない。


先行隊に向けて直進するなど、物理的に不可能であった。



五六という数字の書かれた細長い布。先行している商会員が、それを枝や草などに縛りつけていた。


今回の作戦でこの道を通ったのは、メモリアたちが五六回目という意味である。


次に利用するときの邪魔にならないよう、見つけるたびに外さなくてはいけない。



セレスは遠くを指さすと。


「あれって黄色だよ、赤じゃないのかな?」


「六十年前の物が未だに残っているとはな」


ボロボロの黄色い布から、番号を確認するのはもう難しい。


アクアは魔物具で周囲を警戒しながら。


「なんかさ、静かな場所だよね」


そこまで大きな声ではなかったが、一行が会話をやめると、この世界は自然だけに包まれる。




赤い布を追った先。過去に人が手を加えたのか、そこは木が少なく、太陽の光で満ちていた。


残っているものもあれば、すでに朽ちている建物も存在する。


草に埋もれ、(つる)(おお)われた集落の跡地。



昼だというのに。


「なんかボク、ここ怖いよ」


「うん……ちょっと不気味」


今日は天気がよく、とても暖かいのだけれど、セレスはなぜか心が安定しない。



メモリアは足を止め、草を食べている力馬を眺めたのち、部下を走らせフィエルを呼ぶ。


軽鎧の一部パーツを外しているため、鎖帷子(くさりかたびら)の大部分が外気に触れていた。


「もし疲れていなければ、このまま進ませて欲しいの」


責任者は辺りを見渡して。


「安全そうな空間ですが、少し嫌な予感がします」


いつもより、ツチの存在が遠い。


呼ばれたフィエルは、地面に手を添えると。


「領域は展開できるけど、なんか違うわね」


ボルガは土を一摘み、口に含む。


「ここは闇が勝ってんだなぁ」


メモリアは自分の部下を走らせ、コガラシや一般補佐に対し、警戒を強めるよう指示を送る。



責任者は思う。


魔法の才能も、修行のやり方も自分のほうがずっと上だが、この男には何かがある。


小さな声で。


「グレン。いや、アクアか」


安心と居場所。


恵まれた体格。


魔物具との完全な同化。


ツチに愛された属性使い。



そしてもう一つ。


赤の護衛から得た情報があった。


『そういえばさ、グレンちゃんと一緒の分隊に、すごいデッカイのいたじゃない』


『ああ……やっぱそうか。なんか、デカそうな名前だな』


本人は気づいていない。または知らないようだが、恐らく彼には繋がりがある。


この男は、あの団体との交渉に使える。


レンガ軍はそれを知った上で、ボルガと勇者一行を接触させたのだろうか。


「たぶんよぉ、ヒノキが関係してんだな。ここは闇が管理してんだ」


刻亀の領域に関係なく、こういった場所は各地に確認されている。


しかし見分けるのはガンセキでも難しい。


闇が支配する地で、休憩や野営をするのは危険だった。



この男なら気づいていたのだろうが、いつだって事後報告。


「今、長距離一点放射が発射されただす。落下地点を予想して、そこから魔物の位置を探ったほうが良いんじゃないだすか?」


魔法には魔力が宿るため、土の領域に反応する。


ゼドという人物は信用されてないが、彼の索敵能力は皆が知っていた。



力馬周辺の土使いは、即座に領域を展開させる。


最初に声を発したのは、一般兵の低位土使い。


「進行方向から二時。距離は大まか三百。おそらく単独……数は不明」


コガラシに指示を伝えにいった兵士が、息を切らせながら戻ってくる。


「一般分隊長より。指示があれば、迎撃に向かう。なければ二分……一分は待つとのこと」


意外にも、今回は勝手に魔物へと走ることはなかった。



締めるときと、緩めるとき。



フィエルは自分の持ち場を指差すと。


「群れが動きました」


「そっちは貴方に任せるの。単独はコガラシさんにお願いする」


属性分隊長は責任者を見て。


「消火作業をお願いしたい」


一行の情報を守るのは重要だが、刻亀討伐をする上で、やはり協力は必要である。


「お気になさらず」


実戦で使わなければ、本番で使えない。


二人はすでに手を合わせ、互いの魔力を混ぜあわせていた。



合流した川は窪地に溜まり、やがて湖となる。


時間経過でゆっくり抜けていくが、この想像した湖が混合魔力の貯蔵量。


丸まった背中の男を、メモリアはじっと睨みつけ。


「こういう風に順序を整えてくれるなら、私だって文句は言わない」


責任者はメモリアに頭をさげ。


「彼を案内人に押したのは自分です」


後悔はない。


「今でも案内人は彼しかいないと、自分は信じております」


勇者を第一に考えて行動してくれる者。


「すごく迷惑な人だけど、彼の索敵に助けられているのは事実なの」


聞こえているのかいないのか、ゼドは無言で周囲を探る。


・・

・・


一分後。


メモリアからの指示はない。コガラシは二振りの片手剣を鞘から払い。


「あっしの好きにさせていただきやす」


単独を迎え撃つのは一般兵。


属性兵の二名をこの場に残し、突破された場合の壁とする。



低位火・低位土・魔力なし。


走りだした分隊長に三人がついて行く。


膝下の草を蹴り払いながら、コガラシは背後の部下たちに。


「敵さんが一体とは限りやせんので、あんたはここで領域を展開」


土の一般兵はその場で立ち止まると、地面に両腕を叩きつけ。


「魔力量から察するに。恐らく、(イタチ)かと思われます!」


これができるということは、土の領域が得意という証拠。



雌なら魔法、雄なら魔力まとい。


コガラシは目を血走らせながらも、その情報を聞いていた。


後ろの二人に叫ぶ。


「この草で、姿が見えにくいでしょう。あっしが前にでやす!」


部下は速度を落とす。



戦うことが大好きだが、その点を師に怒られたことはない。


『もっと勝ち負けに(こだわ)りゃ、おめえも良い剣士……兵士になれんだがねぇ』


戦うことができれば、彼はそれで満足してしまう。


「お師匠。あっしは」


コガラシは飛び跳ねると、身体を横に回転させて剣を振る。先程まで彼がいた場所の草が、スパっと切断されていた。


氷の爪。


一瞬姿を確認したが、すぐさま敵は草に身を隠す。


分隊長は着地すると振り向いて。


「背中を斬りやした、赤が目印でさあ!」


二人はすでに動いていた。


氷魔鼬が隠れた方向に兵士が火を放つ。相手は魔力をまとっているのだから、大した効果もないだろう。


低位炎使いは火を消すと。


「いませんっ!」


魔力なしの兵士が、片手剣で焼けあと近くの草を狩る。


その刃を避け、飛び跳ねた影。


「こりゃまたようこそ」


瞳孔のひらいた笑い顔。


コガラシの片手剣が胴体を両断する寸前。水分が集まり凍ったことで、刃が(さまた)げられる。


だが、その剣は打撃優先であったため、イタチは氷ごと地面に叩きつけられた。



魔力なしは片手剣を逆手に持つと、一歩で飛び跳ね着地と同時、地面に肉ごと突き刺した。


兵士の中でただ一人、鎧も鎖帷子もまとわぬ者。


コガラシは心の底から嬉しそうな声で。


「お見事」


分隊長になってから、勝つことの楽しさを少しは覚えた。


・・

・・


現在。フィエルが受け持つのは、コガラシ分隊の一般兵二人。


デマドや中継地での合同訓練だけでなく、これまでの輸送任務で彼女はすでに知っている。

コガラシの分隊は一人ひとりが強い。


並の単独であれば属性兵を呼ばず、そのまま彼らが受け持っていたのは、レンガにいた頃から有名な話であった。



レンガにてグレンが牛魔と戦ったとき、イザク分隊の面々はデニムたちと協力していた。


「来たわ。ボルガさん、準備は良いですか?」


デカブツは牛魔双角を地面に突き刺し、両腕を草に埋めていた。


「おれはいつでも大丈夫だ」


後方の三名が中央に合流したのち、そこからボルガと炎使いが、フィエルの援護に回されていた。


彼女はデニム分隊に所属していたのだから、イザク分隊と協力した経験は何度もある。



こちらに向けて走ってくるのは五体の豚。


もともと集落であるからして、視界もひらけており、足場も悪くはない。



氷魔豚。


両肩・両前足・胸・頭。これらの部位が、冷たい皮膚に覆われた魔物。


オスは牙が氷で強化され、メスは顔面が厚く凍っている。


だが岩猪ほど皮膚魔法は優れておらず、全身が氷で守られているわけではない。



フィエルは敵との距離を測り。


「火をお願い」


氷の皮膚は防御魔法であるからして、そう簡単にはいかないが、炎放射は鉄を熱し氷を溶かす。



中岩の上には一般兵が立っていた。


フィエルは腕を上げると。


「3・2・1」


手が振り下ろされると同時に炎が止む。


視界がひらけた低位雷使いは、豚の背中に向けて電撃を放つ。


セレスのような連射とはいかない。三発のうち一発は氷に弾かれたが、二発は上手いこと命中し、電撃が流れた豚は痺れて転倒する。


「壁をお願いします」


ボルガの召喚した頑強壁に、二体の豚が衝突した。炎放射で顔面の氷が溶けていたせいもあり、動きは完全に止まる。


しかし彼が召喚した壁は一つであった。残る二体がそのままフィエルたちに迫る。



攻撃と防御。


岩の小剣と岩の壁。



一体は岩の針壁で死んだが、後ろを走っていた個体は停止していた。


フィエルは少し進むと、自分の壁に片手をそえる。



デマドからの輸送にて、珍しい調和型の土使いがいると知り、一人の修行好きが針壁について教えていた。


「居場所と安心……引き寄せられる」


神よ、自分の剣をあなたの一部に捧げたい。


停止した豚の足もと。大地に向けて壁から突きでた小剣が放たれ、それが刺さって魔物は死んだ。



頑強壁に激突した豚が二体。


痺れの残る豚が一体。


二名の一般兵は即座に走りだし、残った魔物を殺しに向かう。



壁が土に帰ったことで、二体の豚が近づいてきた低位雷使いに気づく。その隙をつき、背後からもう一人が斬りかかる。


挟み撃ち。


電撃をくらい、続けざまに残る一体も斬られて死んだ。



接近戦であれば、恐らく属性兵よりも上だろう。


レンガの兵士なのだから、それくらいはフィエルも知っている。


「魔力まとい」


彼らを育てた分隊長は魔力を持たない。その事実を把握している兵士は、意外と少なかった。



最後の一体は、二足の牛魔がひき殺した。


・・

・・


現在一団のいる集落跡から、それなりに離れた場所。


小さな岩を熱した剣で切断し、石版を何枚か造りだす。少しくらい表面が荒くとも、描くぶんには問題ない。


明火長の宝玉具に込められた能力。



魔力をまとわせれば一点放射。


魔力を送れば飛距離を伸ばす。



しかしこの魔法、そのままだと一直線に発射されるだけであった。


明火長が空に向けて一点放射を放つ。土使いが領域で意識を集中させた場所に、彼女の炎は引き寄せられる。



土使いが石版に片手をそえ、もう片方を地面につける。土の領域と一点放射を繋げることで、魔法陣により一種の合体魔法として成立させた。


この能力は現状だと、宝玉具では成功していない。



闇が管理する集落跡も、内と外からでは領域による見え方は異なる。それでも土の領域が上手くなければ、この魔法は成り立たない。


そもそも長距離一点放射は目立つため、魔法陣を魔物から守る必要があった。


・・

・・


アクアは空を指さし。


「あれかな?」


正式名称は長距離一点集中炎放射。


「ふへぇ~ すご~い、三本」


グレンがいれば何か言われそうな顔。



一点放射は貫通力が高いが、そのぶん燃え移る、燃え広がるといった効果は低い。それでも並位中級であれば、ここいらの木なら二・三本は軽く突き抜けるだろう。


炎という言葉を使っているが、この魔法は赤く細長い光。


赤い光が三本ということは、魔法陣には連射の能力もあるのだろう。


速度は基本だと弓矢より少し遅いくらいだが、これも魔法陣や宝玉具に影響される。




いくら燃え難いといっても、一点放射が原因で火事となれば、冗談ではすまされないため、消火の役目を彼女たちが引き受けていた。



力馬から少し離れ、一般の補佐より詳しい位置を聞くと、セレスたちは落下予想地点に向かう。


「今回は逃げてくれなかったね」


距離もあり、なおかつ相手は単独で速い。


どうやら魔物は一点放射を無視し、そのままコガラシたちに接触したとのこと。


「そういつも上手くはいかないよ」


ここいらの魔物は日中でも攻撃してくるが、命がけで戦ってくる相手は少ない。


動きの遅い単独や群れであれば、長距離一点放射を怖がり、そのまま引き返す魔物も多かった。


・・

・・


土の領域という魔法は人工物に反応しない。偶然だと思われるが、一点放射が着弾したのは建物の残骸であった。


セレスは一歩前にでると。


「私が消火するから、アクアは見張ってて」


なにごとも練習である。青の護衛は魔物具を見つめ。


「わかった。ボクも練習したいしさ」


正直、セレスはあまり魔物具が好きではない。それでも考えて決めたのなら、反対なんてできない。



すでに魔法ではなく、自然のそれになっているのだろう。炎はメラメラと木材の瓦礫を燃やしていた。


手をかざし、ぎこちなく空気中の水分を集める。


消火作業に時間をかけすぎれば、火は少しずつ大きくなってしまう。セレスに気づかれないよう、アクアは水の凝縮を手伝う。


水の塊を一度落下させるだけで鎮火させるのは難しい。いくどか繰り返し、炎は完全に消えてなくなる。



アクアは頭を片手でおさえながら。


「セレスちゃん、左手を湿らせといて」


どうしたのと聞き返したいところだが、先に自分の腕を濡らしておく。


「なんかさ、嫌な予感がする」


魔物具を使う彼女の勘は無視できない。


いや。そんなもの関係なく、アクアはもともと勘が鋭い。



片手剣を鞘から払った瞬間であった。生い茂る草の中から、炎放射が突然放たれた。


勇者の左腕を凍らせると、青の護衛はそこを盾に変化させた。体温の低下を感じとったセレスは、即座に氷の盾で炎を防ぎながら一歩さがる。


「アクアっ 火もと!」


セレスの指示を受け、炎放射の発射もとに向けて電撃を放つ。


魔物具による直感か。


「ごめん、外した」


それでも邪魔はできたようで、炎放射は消えていた。


アクアは一方を指さし。


「水を集めて、あとはボクがするから!」


すでに氷の盾は溶けていた。


左手をかざし、セレスは水を凝縮させる。アクアは弓を構えながら、すかさず小さな水塊を凍らせた。


落下と同時。草の中から影が飛び跳ね、別の場所に移動した。



逃げたイタチは氷の矢で捕縛されたが、炎で溶かそうと小さな口を精一杯ひらく。


セレスは電撃を連射させながら、そのまま敵へと接近し、片手剣で息の根を止める。


・・

・・


天雲雷雨や落下型の一点炎放射。


本来はこれらを合体魔法と呼ぶのだが、混合魔力によるこういった副産物のほうが、実は重要視されていた。


「また消火しなきゃ」


すでに炎魔鼬は死んでいるが、炎はまだ辺りを燃やしており、赤以外の色も混ざり始めていた。


「今度はボクもやるよ」


急いで火を消さなければ、煙が発生してしまう。


二人で水をつくり落下させていく。



慣れろば湖の貯蔵量も増えると思うが、現状だと先ほどの戦闘で半分くらいに減っていた。


互いの魔力を合わせるのは隙が大きいため、その作業をするには一度もどる必要がある。


「なんかさ、ボクここ嫌いだよ」


「……私も」


太陽に照らされ、とても暖かい場所なのに、身体のどこかが寒かった。


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