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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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三話 感謝と謝罪

大犬魔が荷馬車へ迫ったとき、隊長代理が勇者たちに送った指示は、そのまま魔虫の進行を喰い止めること。


しかしセレスはそれを無視し、一人で先人の道へと向った。その問題は当初、単独行動に走った勇者へと向けられる。


だが少しすると、裏で彼女を操っていた人物の存在が明るみにでた。あろうことか案内人のゼドが、セレスを危険に晒したのである。


『指揮権が任されているのは、オジサンじゃなくてわたしです。だからなにを言われても、従わないでほしいの』


無断で行動しなければ、中央もそれに合わせることができた。


その点をセレスは注意されたが、ほかにはお咎めもなく、今は荷馬車の左側を護っていた。だがグレンと共に中央へ戻ってきたゼドは、現在も隊長代理のお叱りを受けている。


もし勇者の案内人ではなく、彼が兵士側の人間だとすれば、この程度ではすまないだろう。


ガンセキはもう一体の単独を始末したのち、なにかあったことを知り、中央へと足を運んでいた。


いつもはゼドの味方である責任者も、今回ばかりは怒りを表しているようであった。



魔虫の群れはすでに壊滅しているため、アクアとセレスを含めた四名は、敵の生き残りがいないかを警戒していた。


青の護衛は辺りを見渡しながら、そばに立っているセレスへ意識を向けると。


「また無茶したみたいだけどさ、大丈夫かな」


満足に清水を使えない状況で、グレンは魔虫たちを引きつけた。本人に大きな傷はないが、毒により嘔吐したとのこと。


だがセレスは自分の行動に反省していたようで、友の言葉に返答できないでいた。



これまで勇者と戦っていた炎使いは、グレンたちの増援へと向かい、今は再びセレスのもとへもどっていた。


「まさかあれほどの魔虫を一か所に集めるとは、自分も予想しておりませんでした」


グレンが戦っていた場所は、木々の間隔が狭かったため、一本を燃やせば瞬く間に広まってしまう。


そんな薄暗い森中に、不気味な敵が蠢いていた。


炎使いは身体を震わせながら。


「自分にも余裕がありませんでした。フィエル殿に守っていただけなければ、恐らく魔虫に殺されていたかと」


無我夢中で魔法を使った彼は、敵ごとグレンを焼き払ってしまった。


「容赦なく炎を放射していたのに、赤の護衛殿には火傷ひとつない」


信念旗の実行部隊は、今の彼と同じ気持だったのだろうか。



ゼドは土の領域を使えるため、炎使いをフィエナのもとまで案内していた。全ての魔虫を殺したのち、二人はグレンへと足を進めたが、同属性である彼は動けなかった。


まとった魔力が目視できるほどの量となれば、他者の炎すら遮断できる。そこまで気づくことができなければ、あとに残るのは人外への畏れだけ。


炎使いは軍より支給された、両腕の手袋を眺めながら。


「それなりの実戦経験を重ねたことで、自分は少し奢っていたようです」


先ほどの出会いを思い浮かべながら、セレスは火の属性兵に言葉を送る。


「まずは周りを見てください。一緒に戦ってくれる人たちが、きっと近くにいるはずですから」


そう言うと勇者は友に頭をさげ。


「私は私の望む勇者になるから、間違ったときは反対して」


アクアはセレスを見あげると、今日一番の笑顔で。


「ボクは勇者なんて望まない。セレスちゃんのままが良いよ」


勇者はその思いを受け、セレスとして返事をする。


「グレンちゃん、心配だね」


この分隊がデマドに到着したとき、勇者は組合所でお手伝いをした。


「でも今は……荷馬車を守らないきゃダメだもん」


剣がなければ戦えない。


食事がなければ生きれない。


まったく役には立たなかったが、彼らがどんな気持ちで物資を管理していたのか、それだけはセレスにも伝わっていた。


アクアはうなずくと、魔物具の能力を発動させる。


・・

・・


中央の荷馬車。


隊長代理と責任者はゼドを見下ろし、近くにはピリカとフィエルが立っている。


オジサンはうずくまりながら、反省の言葉を面々に伝える。


「怖くて独断に走ったことを、申し訳なく思うだす」


代理補佐は視線だけをゼドに向けると。


「怯えてた人間が単独を察知するだけでなく、そこまで冷静に勇者様を操れるのかしら」


「どうせ逃げたって、魔虫に殺されるだけだす。それなら生き残るために自分は動く」


相手の頭部に向けて、隊長代理は息をつく。


「迫ってくる単独に対しては、こちらでも二名の属性兵が備えてたの。オジサンが余計なことをしたせいで、どんな事態が起こったかわかってるの」


ガンセキは荷車のほうへ意識を向けながら。


「コガラシさんが間に合わなければ、俺たちは勇者を失っていたかも知れないのですよ」


完全に裏目となった自分の行動に、ゼドは首と背中だけを丸め。


「本当に面目ない」


いつもの口調を捨ててまで、四人に謝るゼドに、責任者は視線をそらすと。


「俺が理由を聞いても、あなたには答えるつもりがない。ですがそれは、勇者を危険に晒してまで、実行する価値はあったのですか」


はたから見ればセレスを殺そうとしたようなもの。だがもしそうだとすれば、このような見え透いた茶番を、暗殺者がするとは思えない。



ゼドはなにも返事をせず、頭をさげたまま動かない。助けをだしたのは、以外にも商人であった。


「この件はまた後ほどにいたしましょう。群れを壊滅させたからには、いつまでも同じ場所に留まるのは、損しかございません」


その提案に分隊長代理はうなずくと、ゼドを立たせたのち。


「まずは刃物をよこしてもらうの。当分は監視させてもらいますから、今度は戦闘があっても逃げちゃダメ」


力なく承諾すると、男は懐に入れていたナイフを取りだす。だがそれには鞘がなかった。


ゼドは剥きだしの刃をつかみながら、柄の部分を相手に向ける。たったそれだけの何気ない行動に、隊長代理は目を丸くすると。


「なんで、こんなことしたの」


いくども同じ質問を繰り返したが、今までとは口調が違う。


ゼドは苦笑いを浮かべると。


「もう懲りごりだす」


思わず出てしまった本心に、男は相手から視線をそらし。


「ほんと……こんな自分が情けない」


その意味を理解できなかったが、隊長代理はゼドからナイフを受け取ったのち。


「次はないの。もうこんなことしちゃダメだよ」


注意はしたものの、彼女はオジサンへの認識を改めることにした。



ピリカの言うとおり、この場に留まるのは危険であるため、隊長代理は各自に指示をだす。


「コガラシさんが負傷しちゃったから、責任者さまには先行隊をお願いしたいの」


「自分では力不足ですが、セレスの一件もありますので、謹んでお受けいたします」


そもそもゼドに依頼をしたのはガンセキである。



フィエルは一歩前にでると。


「群れの探知に失敗したことを謝らせて。あとそれだけじゃなく、単独にも気づくのが遅れたわ」


軽く頭をさげた女性に、ガンセキは丁寧な口調で。


「こちらこそグレンが迷惑をかけたようで。自分もこの場をかりて、感謝させてもらいます」


責任者の発言にぎこちなく笑を返すと、フィエナは姿勢を整えたのち。


「隊長代理がよろしければ、アタシは護衛殿のようすを見てから、自分の位置にもどらせてもらいます」


「先ほどの失敗を認識できているのなら、わたしから言うことはなにもないよ。それと同じ隊長補佐なんだから、メモリアでもいいの」


だがフィエルは顔を左右にふると。


「気の緩みにつながることは避けたいので」


先ほどグレンに素を見せてしまったことすら、彼女は失態と考えていた。


それでも代理補佐は微笑むと。


「今度お酒に付き合っていただけるのなら、そのときはメモリアって呼ばせて」


フィエルはもともと堅物ではなく、ただ恩人に同調しているだけである。そのため些細なきっかけで、この考えは無視されることが多い。



そこには穏やかな時間が流れていた。


ゼドは居心地が悪いのか、両手を地面に添える。


ピリカは黙ったまま、男の背中を見つめていた。


・・

・・


十分ほど前。


グレンが中央に辿りつくと、すぐに救護兵の治療を受けることになった。


どうやら両目の調子が思わしくないようで、清水で濡らした布をそこに当て、上から包帯を巻きつけられる。


そのあとは全身の傷を手当され、今は勇者一行の荷物に混ざっていた。少なくとも明日までは、包帯を外してはいけないとのこと。


本当は代理補佐のもとに戻りたいが、なにも見えないのだから、自分で歩くことすら満足にできない。


現在はボルガも不在であり、今はどこかで別のことでもしているのだろう。



まぶたを開ければ、その冷たさが目を刺激する。


空を見上げても、映るのは光が透けた白一色。



グレンは暇だった。


楽な姿勢をつくろうと、力を抜いた瞬間に、薬草の痛みが全身へ染みていく。


「あぁ……なさけねえな」


そのように嘆いたときであった。自分の乗っている荷車がわずかに沈む。


「ちっと失礼いたしやすぜ」


誰かが台車に乗ってきたのだと気づき、グレンは手探りで隙間をつくろうとする。


「気にしねえでくだせえ。赤殿が考えているより、ここは広いですぜ」


青年は上手に返事もできず、両膝を抱えたまま動かない。


相手はそんなグレンに微笑むと。


「おなじ怪我人どうし、仲良くいたしましょうや」


赤の護衛は頭をかきながら。


「分隊長さんっすか?」


「一般を加えねえといけやせんぜ。それを抜かしちまうと、ここに座ってんのは、あの可愛い子ちゃんってことになりやす」


あんたが真っ先に怪我してどうするんだ。今のグレンならこれくらい言えそうだが、セレスとゼドのことを知っているため、ここは別の行動をとる。


「うちのバカ勇者が世話になったそうで」


そんな不器用な発言に、コガラシはヘッヘと笑いながら。


「逆に赤殿は大活躍だったそうで」


嫌味な言葉に聞こえるが、そこには悪意が込められていない。グレンは鼻で笑ったのち。


「ちゃんと許可はとりましたよ」


一般兵は関心した口ぶりで。


「あの堅物をよくもまあ。そんで結果を残せたのなら、旦那もさぞ喜んだんじゃねえですかい」


グレンが魔虫の多くを引きつけたからこそ、怪我人は二名だけですんだ。もしゼドが余計なことをしなければ、もっと良い結果が残せたかも知れない。


「そう簡単に褒めちゃくれませんよ。見ての通り、このざまですからね」


今日の戦いが、これで終わりとは限らない。


「少なくとも俺は、明日まで戦闘に参加できません」


「べつに良いじゃありやせんか。気づけているんなら、次に活かしやしょう」


そう言うとコガラシは、グレンの肩を優しく叩く。だが捻くれている青年は、苦笑いを返すことしかできない。


「彼女は良い子でごぜえあすから、ちっとの言葉で吸収してくれやす。案内人には申し訳ねえが、あっしは勇者さまよりも、イザクの旦那や赤殿と関わりてえ」


グレンはゼドの本心に気づき、納得した表情で白い空を見上げると。


「俺はもう教えを受けているんで、あとは自分なりに解釈するだけです」


今は考えている段階で、まだ答えはでていない。


「先生はいても、あいつには剣を教えてくれる相手がいませんでした」


責任者は誰よりも、ゼドを信頼していた。その案内人が任せた相手なら、グレンもコガラシを信じられる。


「もしあんたに剣の誇りってのがあるのなら、できれば俺からも頼みたい」


「教えるもなにも、まだまだ未熟者でさあ。あっしの経験なんて、べつに大したことありやせん」


地面を踏みしめる音が、二人に少しずつ近づいていた。それは荷台に乗ることなく。


「戦場でかなり鍛えられたみたいだけど、彼に勇者様の師なんて務まらないわ。それに剣の腕だけなら、隊長のほうが優れています」


メモリアではなく、イザクを指しているのだと思われる。


「すぐに剣を駄目にするから、予備がなくなるって代理が困ってたわよ」


左剣は修復が必要であり、右剣はすでに死んでいるとのこと。


「そりゃあいけやせんな。あっしは代理殿に謝ったら、自分の持ち場にもどりやす」


フィエルが現れたことで、コガラシの空気が尖っていた。


「赤殿はゆっくり休んでくだせえ」


視界が塞がれているため、グレンにも実際のところはわからない。だが恐らくコガラシは、代理補佐には見向きもせず、その場を離れたのだと思われる。


フィエルは息をつくと。


「いったい誰なのよ、あいつ。昔は自分のこと、俺って言ってたのよ」


ここまでくれば二人が知り合いであり、仲が悪いのだと気づけたが、グレンはそこに触れることもせず。


「実際に見たことはないけど、両手持ちで損傷すんのは仕方ねえっすよ。それに魔力がないとすれば、宝玉だって使えませんし」


このように敬語らしきものを使っていたが、先ほどは戦闘が始まった瞬間に、グレンは口が悪くなっていた。



コガラシの肩をもった青年に、フィエルは少し口調を強めながら。


「どんなに腕が立とうと、持ち運べる数には限界があるの」


しかも今の積荷は食料が主となっている。


「そもそも物資に手をつける時点で駄目なのよ」


前回の経験を生かし、今回は少し多めに用意していたが、それでも置ける場所には限りがある。


「一振りでも充分に戦えるのなら、二剣流は封印すべきじゃないの」


同じ魔力まといでも、彼とクロの戦い方は真逆である。その両方を進めるのは、やはり楽ではない。



自分とアクアの仲が悪いように、兵士どうしでもそういう感情はあるのかと、グレンはまた一つお利口になる。


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