三話 黒膜化
魔獣具について三人で分析します。
探るといった感じなので、遠回りで解りにくいかも知れません。
なのであとがきに簡単なまとめを入れときました。
水塊は一気に地面へと落下した。
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アクアは二人から少し離れた場所で、グレンの上着を絞っていた。
ずぶ濡れの青年は腰が抜けて動けないのか、修行場の地面にへたり込みながら。
「混乱してて気づけなかったけど、さっきの黒炎には見覚えがあるっすね」
逆手重装を魔獣具にした。その事後報告を受けたときに、ガンセキは本人から大まかな話は聞いていた。
「目視できるほどの闇魔力か。しかし人間がそれをまとっても、普通に考えれば身体強化は発動しないと思うが」
「これは俺の予想なんすけど、魔物具は魔法陣の内容が違うだけで、身体強化系の宝玉具だと思います」
光の魔力が宝玉を通り、魔法陣と重なることで、沢山の魔力をまとえるように補助をする。
闇の魔力が宝玉を通り、魔法陣と重なることで、光魔力からなる身体強化に魔物の特徴を上乗せする。
「魔獣具と魔物具は似ていますが、恐らく根本はまったくの別物です。すでに繋がりは失っていても、魔力には太陽の意思が込められており、それが人内魔法の源なんじゃないっすかね」
会話相手が寒そうにしていたため、ガンセキは手に持っていた布を渡し。
「力の源が闇の存在だとしても、魔力を操作しているのは魔犬ということか」
受け取った布で頭を拭き終えると、グレンは逆手重装を眺めながら。
「今までは極化の補助をしてくれてましたが、あいつからしてみれば強化魔法のほうが得意分野です」
逆手重装。魔獣具は使い手に闇魔力をまとわせることで、魔物内魔法によりグレンの身体を強化していた。
ガンセキは先ほどの現象を思いだしながら。
「お前から聞いた話だと、たしか魔犬は腕だけでなく、全身が黒く燃えていたはずだ」
燃えていたのは逆手重装だけであり、それ以外は黒い膜状となって全身へと広がっていた。
「爪はたしかに便利なんすけど、黒腕を完成させるだけなら、そんな手間をかける必要はありません」
先ほどの戦いで、魔犬の爪はあまり使われていない。恐らく逆手重装は、グレンから直に魔力を奪ったのだと考えられる。
「それに燃えてみえる量をまとい続けるには、最低でも高位上級と同等の魔力が必要になります。俺には人並みしかないので、魔犬のような芸当は無理ですね。まあそれを抜きにしても、大量にまとうこと自体できませんが」
「黒炎で高位上級なら、膜状の闇魔力は下級といったところか。並位魔法から奪える量では無理があるぞ」
戦闘時にガンセキがいなければ、黒腕を完成させるのは難しい。
「敵の属性が土か水ならまだ良い。爪が通用しない炎や雷の場合は、隙をみて味方の魔法を引き裂く必要があるか」
たとえ繋がりは失っていたとしても、魔力には闇の意思が残っている。
「黒魔法に魔犬爪を使うのは、たぶん控えたほうが良いっすね。闇の魔力を食らい続けると、魔獣具としての機能を失うか、呪いが強まる危険があります」
犬系統はともかく、それ以外の種から闇魔力を奪うのは、魔犬への負担が大きくなる。
「魔獣は己の本能に逆らってまで、人間の味方をしている。この考えに辿り着いちまったせいで、あの爺さんは職人であることを捨てました」
ガンセキはその予想に腕を組むと。
「狂気のログか。俺には彼との面識はないが、信憑性は高いな」
情報の提供者は魔獣具の名工である。責任者もそれを無視できるほど、魔物を憎んではいなかった。
会話はそこで途切れたが、上着を絞り終えたアクアが二人に近づくと。
「これからどうするのさ。逆手重装の発動条件が解ったんだから、もう修行はお開きで良いのかい。ならボクとしては、セレスちゃんの様子を見に行きたいんだけどな」
グレンは腰に気合を入れて立ち上がり、アクアから上着を受け取ると。
「悪いけどよ、もうちっと付き合ってくれ。黒膜化について調べたい」
相変わらずな名前の付けかたに、ガンセキは苦笑いを浮かべると。
「魔法に爪を向けろば魔力を奪い、生物を引き裂けば黒膜化が始まる。まずは逆手重装に半分まで魔力を食わせてみてくれ」
そう言ったガンセキは地面に片手を添え、グレンの目前に大地の壁を召喚した。
青年は壁を引き裂きながら、アクアに笑顔を向けて。
「本当に申し訳ない。この場で俺が頼ることのできる相手は、清く正しく美しい貴方しかいません」
黒膜化には生物へ爪を向ける必要があった。
「さっきは珍しく反省してたくせに。ガンさんにお願いすれば良いじゃないか」
「お前は馬鹿か。この人にそんな可哀想なことできるか」
ガンセキは後ろを向くと、気づかれないように笑っていた。あまりにも酷い扱いに、アクアは唾を吐いて応える。
拒絶されたグレンは悲しそうに肩を落とし。
「嫌なら仕方ねえか。まあ……ようは生物を引き裂けば良いんだよな」
十数秒が経過すると、逆手重装は肘までが黒色に染まっていた。
青年は爪を自身の右腕にそっと当て。
「精神になんらかの影響があるかも知れませんので、その対策をしてから実行します」
呼吸法により心の操作をすると、責任者の許可を待つ。
「お前の感覚にこちらが合わせる、好きなときに始めろ」
「もしこの状態で成功すれば、制限時間は短縮されるかも知れないけど、黒腕完成という発動条件は消えますね」
黒膜化への恐怖はある。
それでもグレンは息を吐くと、意を決して自分の前腕を浅く切った。
しばらくすると傷口から少量の血が滲んでくる。しかし逆手重装に変化は見られない。
「もっと深くいかないと駄目なんすかね」
ガンセキはグレンの右腕を見つめながら。
「これ以上の傷となれば、あとに響くだろう」
実戦ではそのまま戦う必要があるため、自傷は程々にしなくてはいけない。
「まずは黒腕を完成させてから、もう一度やってみてくれ」
ガンセキの指示を受け、グレンは再び大地壁に魔犬の爪を向ける。やがて逆手重装は黒色に染まり、その先端が普段よりも鈍く光る。
「もしこれで黒膜化が起これば、さっきのは何らかの理由により発動しただけで、本来の条件を満たしてなかったことになりますね」
黒手に必要な量しか奪わなかった魔犬が、先ほどはグレンから相応の魔力を奪い、無理やり黒膜を発動させたことになる。
ガンセキは頷くと、グレンの前方を指差し。
「黒膜化に成功したときは、頃合いをみて岩の壁を召喚する。魔犬の爪を使わずに壊してみせろ」
赤の護衛が拳打で壁を破壊するには、姿勢を整えたのち、ある程度の助走が必要となる。
しかし頑強壁とまではいかなくとも、責任者の岩壁も熟練は高い。走撃打や本気の拳打ならば可能だが、発動後の隙が大きいため、本来なら迂回するのが妥当である。
「上手く発動すればの話ですがね。まあ、期待はしないで見てて下さい」
赤の護衛は呼吸法により集中力を高めると、自分に暗示をかけて、心の奥底に潜む欲望を縛る。
下準備を終えた青年は、魔犬の爪で右前腕を傷つけた。
爪が肌をなぞったのは一瞬であったため、そこに血は付着していなかった。
グレンは無言で逆手重装を見つめていた。
しばらくすると黒く濁った指先に、醜い炎が小さく灯る。呼吸法に全ての意識を向けることで、這いでてくる恐怖をなんとか誤魔化す。
青の護衛は小さな声で。
「これがボクたちに無断で、君が求めたもの」
弱いから望んだ力。
すでに黒炎は左腕を包み込んでおり、現在は膜となって右肩を染めようと蠢いている。
青年は闇魔力から視線を逸らす。変化していく自分の姿を眺めているだけで、気が狂いそうになっていた。
意識を外に向けた瞬間だった。徐々に広がっていた闇魔力は、その速度を少しだけ上げる。
胴体は完全な闇一色となり、今は右足の膝まで伸びていた。
右腕はすでに、上腕まで侵食が進んでいる。
ガンセキにより岩の壁が召喚されたため、グレンは後ろに下がり距離をとろうとした。そのとき逆手重装に異変が起こる。
まるで移動を妨げるかのように、左腕が重くなっていた。そこだけでなく闇魔力が侵食しているヶ所も、普段より地面に引き寄せられている。
グレンはその場から動くことを諦める。無理をすれば歩けるが、壁への攻撃ができなくなってしまう。
岩壁は倒れることもなく、未だ彼の目前に立っていた。
青年は右足を前に踏み込むと、岩の壁に利腕の拳を向ける。
姿勢は不安定。体重移動にも不満が残る。腕の重さに対応できず、狙った場所からも外れてしまう。
しかしグレンが攻撃の意思を示した瞬間であった。身体の重さはそのままだが、地面へ吸い寄せられるような縛りが弱まる。
拳打が命中したのは下側であり、そのせいで岩の壁は足場を失い、グレンに向けて倒れてきた。
赤の護衛はとっさの判断で腰を捻りながら、突き出していた右手を後方に下げる。
腰と右肘を動かした反動で、彼の左足は一歩前へ進んでいた。その衝撃を殺さないようにして、迫ってくる岩の壁に左掌打を当てる。
壁の重さが左腕から全身へ伝わるが、闇魔力が彼の肉体を護る。
顔面を黒膜に覆われた彼の瞳は、充血により赤く染まっていたが、片目は闇に隠されていた。
掌打により岩の壁は二つに割れ、すでに土へと帰り始めている。壁の破壊には成功したが、グレンは姿勢を崩し後方に転倒してしまう。
しかしまだ岩壁の下側は残っていた。
責任者がハンマーで地面を叩いたことにより、それが一体の中級兵へと変化する。
盾をもった兵士の存在に気づくと、グレンは右足で地を蹴り、身体を宙に浮かす。その重さを支えていた右腕を軸として、腰を捻りながら左腕で姿勢を安定させ、兵士の膝下を狙って蹴り払う。
だがその攻撃は本人の予想を上回るほどに、速くて重い一撃だった。
グレンは敵との距離感を掴むのに失敗し、中級兵の足をとらえることができない。空振った左足は強い風を巻き起こすが、それで相手を転ばせるのは難しい。
蹴りはそのまま行き場を失い、グレンの身体は大きく揺さぶられ、軸にしていた右腕が地面から離れそうになる。
土との繋がりを失う瞬間に、青年は右手の指先で大地を弾く。
普通に考えれば、指の筋力で跳べる高さではない。
魔力とは、自然の摂理を狂わせるもの。
地面から解き放たれた瞬間に身体が軽くなり、闇の魔力がグレンの姿勢を安定させていた。
ガンセキは即座に石を造りだし、宙へと逃げた相手に投げる。
向かってくる石にグレンは気づかない。だが逆手重装が無理やり使い手を動かす。
頭の天辺から股下まで、一本の棒があるかのように、彼の身体にはぶれがない。
飛んでくる石へ合わせるように、グレンはゆっくりと真横に回転する。
動体視力は高められ、石は彼の胸前を通り過ぎていく。
石の流れに乗せて、グレンは右手でそれを掴む。
青年に掴まれても、石の動きは死なない。力の流れを身体の回転で操作して、グレンはガンセキへ投げ返す。
上空から迫ってきた石を、責任者は手に持ったハンマーで砕く。それには岩がまとわりついており、得物の強度を高めているのだと思われる。
グレンはガンセキの攻撃を凌ぎ切った。
しかし彼の真下には、天に盾を構えた中級兵が立っていた。
頭に誰かの意識が響く。
〔今の喜びを、魔力に混ぜて、それを大地へ〕
すでにグレンの姿勢は整えられていた。
その教えを実行した瞬間に、軽かった身体が急に重くなり、地面へ引き寄せられる。
修行場の土は少し濡れていたため、砂煙は舞っていない。しかしその頃には、彼の全身を覆っていた黒膜は消えていた。
中級兵はグレンの激突により、盾ごと身体を破壊され、今は土へと帰っている。
青年は四本の足で立っていたが、疲れ果てて横たわると。
「身体が……痛てぇ」
ガンセキは動かなくなったグレンを見つめながら、少し離れた場所に立っている少女へ向けて。
「どんな感じだ」
アクアは恐怖の混じった目で、グレンを睨みつけると。
「本人の魔力は奪えたけど、魔獣具への効果は薄いかな」
気づけば辺りには小雨が降っていた。極度の緊張と雨魔法により、赤の護衛は気絶したのだと思われる。
青の護衛はグレンから視線を反らすと、歯を噛み締めて。
「あんな動き……人じゃないよ」
「だがあれこそが、魔獣具なのかも知れん。魔犬の短所まで上乗せされていた」
闇が全身を覆うのに十数秒。そこから三十秒のあいだ、黒膜状態が維持されるのだと思われる。
ガンセキは今まで二人に黙っていたことを、アクアにだけはこの場で説明すると決めた。
「一対一に拘りがあり、強者との戦いを求め、壊れかけながら道を歩く者。所々に違いはあるかも知れんが、当てはまる点も多い」
魔犬の爪で傷を負わされたとき、彼が浮かべていた表情をアクアは思いだす。
「あのとき彼が謝った理由が解ったよ。傷つけたことじゃなくて、ボクを……」
それ以上の言葉をアクアは発しない。ガンセキは頷きを返し。
「恐らくグレンは道拳士だ」
「戦い関係のことを考えているとき、そう言えばいつも楽しそうだったよ」
そしてもう一つの予想をアクアに伝える。
「道拳士が壊れろば拳豪へと変化する。しかしグレンは炎使いだから、その行きつく先は」
ガンセキはこの予想をあまり認めたくない。なぜなら臆病者にとって、それは目標であり、幼い頃からの憧れだから。
「たしか道具使いだけじゃなくて、炎拳士とも呼ばれてたんだっけ」
「グレンがあの人を師匠と認めないのは、それと関係があるのかも知れんな」
個の力に執着する赤の護衛。
魔族には軍の指揮を採る者もいるが、魔物と同じで単独行動を専門とする存在もいる。
それが魔法なのか、それとも玉具なのかは判明していない。魔族には闇の結界と呼ばれる力を有している者がおり、夜との完全な同化を可能とする。
弱い光では照らせない闇に紛れ、突然に現れて自軍を混乱の色に染める。
不意をついた化物は、時に深刻な被害を齎すこともあった。
単独の魔族は敵なかで暴れたのち、一定の時間で姿を隠し、何処かへ消える。
もしギゼルが闇の結界を見破ることができたとすれば。もし道を歩く者がその結界を見破れるのだとすれば。
「道を歩く者は魔法を使わない。この認識は間違っているのかも知れんな」
魔法を使えるのなら、そちらを求める者が大半を締めている。しかし中には些細な出来事を切欠として、一つのことに執着する属性使いもいる。
アクアはセレスを想いながら。
「きっとその人たちは真面目なんだよ。答えがなくても探しだそうとして、思い悩んで自分を見失っちゃうんだ」
グレンと道を歩く者が重なったことで、アクアの中で印象が少し変化していた。
「だからといって考えるのを放棄すれば、彼らの深層でなにかが狂い始める。そうやっているうちに、気づけば抜けだせない一本道に迷いこむ」
青の護衛はグレンを睨みつけ。
「その道を自分で望み、自分で決めたのなら、同情はできないよ。万が一それを誰かの所為にするのなら、ボクは彼を軽蔑する」
自分のために戦うことと、自分で決めて戦うことに、違いはあるのか。
セレスのためを拒絶して、自分のためと信じる彼の意思を。
「俺たちは受け入れるべきか、それとも否定するべきか」
青の護衛は空を見つめ、雨を止ませると。
「ボクたち三人は、一本道なんて歩いてないんだ」
最後の一滴が、アクアの頬におちる。
「今は答えをださない。そんな選択だって、間違いじゃないと思うな」
解らないときは、時の流れに身を任せる。
「ねえガンさん。まだセレスちゃんに事実は伝えないほうがいいよ」
ヒノキへ向かう同志を見送った日に、責任者が二人と交わした約束。
「ボクだって人のことは言えない。だけど彼が道拳士だなんて、しっかり見てれば解るんじゃないかな」
【黒膜化と魔犬の爪について】
・黒魔法から魔力を奪うのは恐らく可能だが、呪いが強まる危険があるため控えたほうがいい。
・魔犬の爪は魔法に向けろば魔力を奪い、生物を傷つければ黒膜が発動。
・黒腕を完成させなければ逆手重装は燃えないが、魔犬が直にグレンから魔力を奪い発動させる場合もある。
・並位魔法で黒腕を完成させるのは難しいため、戦闘時にガンセキが高位魔法を使う必要がある。もしくは予め戦闘前に黒腕を完成させておく。
・黒膜化中は移動が上手くできなくなるが、攻撃の意思を示した状態に限り束縛が緩和される。ただしグレンの間合いに敵が入っている必要がある。
・黒膜が全身を覆うまで十数秒かかり、その期間は地面から離れても、魔犬の身のこなしは発揮されない(三話内では確認されていない)
・身体が地面から離れた瞬間に、重力の鎖が弱まる。
・宙にいる状態でも、魔力に拳心を混ぜたものを地面へ向けることで、そこに引き寄せられる。
とりあえずこんな所だと思います。
闇の結界について。
もし玉具だった場合は、たぶん純宝玉なため、量産は難しいと考えられます。あと魔族側にも宝玉具の知識をもった連中がいることになります。
魔族その者が少ないため、単独はもっと少数だと思われます。
もし無制限だった場合、偵察とか暗殺とか、やりたい放題になってしまいますから、恐らく闇の結界には多くの制限があるのだと思われます。
・結界を張っていられる時間。
・一度結界を解いたあと、再び使えるようになるまでの時間。
・結界解除可能な場所と解除不可な場所があるかどうか。
・魔力の消費量。
・夜と同化しているため、結界を解かなければ攻撃不可。
・野外と室内の違い。建物内への侵入が可能かどうか。
こんな感じだと思います。魔法の中には天雷雲みたいに、発動させるのに時間がかかるのもありますので。
魔力の消費が多い場合は多用ができないので、残量を計算しながら戦わないと退路を失うことになります。
闇の結界は色々と制限を考えないと、勇魔戦争の力関係が崩れるので、もう少し練ってから本編に出すべきだったかも知れません。しかし重要な要素なので、早めにだすことにしました。
この世界の戦争で個の力が重要となっている理由の一つが、闇の結界となっています。
それでは次回もよろしくです。




