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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女と、彼ら。

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こんな帰還とただいまの言葉4

おかげ様で、「すみっこ」3巻が発売となりました!


ここのあたりから書籍版となろう版に違いが出てきます。

合わせてよろしくお願いいたします。

今回は。閑話っぽいお話になりました。




 フローライド王国マゼンタ領、王立魔法研究所。


 荒野と呼ばれる危険で不毛な土地を背にしたこの辺境の施設は、ふだん必要最低限の人の行き来しかない。

 道は整備されているのだが、なにしろ荒野から出てきた魔獣がたまにうろつくような物騒な場所である。しかも道の先には研究所しかなく、そこで行き止まりである。国の研究機関ではあるが、こんな国の端っこまでわざわざ訪ねてくるような物好きもほとんどいない。


 そんなわけで、ほかに分かれ道も何もない街道をぱかぽこと進んでくる馬車があれば、それはこの研究所を目指しているとしか考えられない。


 研究所のいちばん高い窓から望遠鏡を構えた男が、望遠鏡をのぞき込んだままで叫ぶ。


「荷馬車一台を確認! 色と大きさから、カンタカのものだと思われる」


「おお、本当か!」


 男の報告を聞いたほかの者たちが沸き立つ。

 ちなみに、彼らは一様に灰色の外套(マント)を身にまとっていた。

 頭にすっぽりとフードを被りてるてる坊主姿である。研究所内では珍しくもなんともない格好だが、狭い部屋の中でそんな灰色の人々がひしめき合っているのは、傍目にはものすごく胡散臭い。

 単に引きこもりの夜型人間には昼間の日差しが眩しすぎるだけなのだが。


 別の男が窓から身体を乗り出して、件の荷馬車を見る。


「むう。肉眼ではまだゴマ粒ほどにも見えないというのに。すごいな貴殿の望遠鏡は」

「ふふふ。いいだろう。ラクランから取り寄せた最新式だ」

「なに⁉ ということはまさか、最近入ってくるようになったという機械大国製の―――」


「ちょっと」


 あさっての方向に話が弾みだした男たちの頭をすぱんとはたいたのは、同じような外套を羽織った女性である。こちらはまだ日差しに耐性があるのか、フードを外して男たちをにらみつけていた。


「ムダ話しないでよ。それで、馬車には誰が乗ってるの?」

「……幌のかかった馬車の内部まで見えるわけがないだろう」

「はあ。なによ。使えないわね」

「うぐぐ。なんて理不尽な物言いだ」


 ぎりぎりと歯ぎしりをする望遠鏡の持ち主をそっちのけで、男たちの背後にいた女性たちが話しはじめる。


「カンタカの定期便は明日よね」

「ということは、あれは臨時。()()()()()が乗っている可能性が高いわ」

「メイとリアンたちが帰って来てから五日でしょ。もうそろそろのはずなのよ」


「あっ!」


 望遠鏡をのぞいていた男が、また声を上げた。


「もう、いちいちうるさ―――」


「馬車の上空、赤い有翼種を発見! あれは間違いなくドラゴンだ!」


「赤いドラゴン!」


 男の言葉に、周囲がわっと歓声を上げた。


「それはもう確定!」

「ルビィが迎えに出てるんだわ!」


 灰色の集団は「帰ってきた!」と騒ぎながら階段を転げるように駆け下りていった。

 なお、日頃の運動不足がたたり、うち数名はほんとうに転がって下りたらしい。




     ☆   ☆   ☆




「おかえりなさいー!」


「た、ただいまー」


 出迎えてくれた人数の多さに、木乃香はびっくりした。研究所に在籍している者の半数以上はこの場にいるのではないだろか。


 ここ辺境の魔法研究所は基本的に個人か少人数で研究する者が多く、他人に合わせるのが苦手、つまりものすごくマイペースか社交性皆無の引きこもりも多い。集まれと言ったところで、これだけの人数が集まるのは非常に珍しいのだ。

 シェーナ・メイズとクセナ・リアン、それからサヴィアの魔法使いたち数名が先に出発していたので、彼らを通じて木乃香たちも近々こちらに来るということは知らせてあった。

しかしなにしろ道に不慣れな者も同行する馬車旅である。日にちはともかく細かい到着時間までは言っていないし、木乃香たちだって断定はできなかったというのに。


 なぜこんなに集まったのだろう。

 しかも。


 木乃香を研究対象として追いかけ回していた“流れ者”研究の魔法使いたちと、“オーカの使役魔獣を愛でる会”のメンバー。寄ると触るとケンカばかりしていたこの両者が大人しく(?)並んで木乃香を出迎えているではないか。


「……なんか、仲良いですね」

「良くない!」


 異口同音。複数から同じタイミングで言い返されて、木乃香は「はあ」と曖昧にうなずいた。息もぴったりである。

 魔法使いのひとりが不服そうに言った。


「ミアゼ・オーカが来ると聞いて、ラクランから取り寄せた望遠鏡を最上階に設置して数日間、交代で昼夜街道を見張っていたのだが」


「……あの、ここは研究所じゃなくて砦だったんですか?」


 ひそひそと呟いて、そして我々は敵襲なのかと少しだけ身構えたのは、木乃香たちに同行してきたサヴィア王国軍の魔法使いである。

 まあ、現時点でサヴィアがフローライドの敵かと言われればそうなのだが。


 この魔法研究所の所長であるラディアル・ガイルとサヴィア王国軍の上層部が、ここでサヴィアの王女を秘密裏に保護すると決めた。

 それを了承している魔法研究所の住人たちだ。少なくとも表立ってサヴィアを敵だと指さすような者はいない。

 というか、自分たちの研究に悪い影響がなければ別にどうでもいい、というのが彼ら辺境の研究者たちである。

 そして、王女の付き添いという名目ではあるが、“魔法大国”の魔法技術に触れる機会を与えられたサヴィアの魔法使いたちも、出来ることなら彼らと仲良くやりたいと思っているのだ。

 問題を起こすなと言い含められてもいる。


「気にしないほうがいいよ。たぶんあの人たち暇なだけだから」


 少し表情が硬くなったサヴィアの人々に、顔見知りでもあるクセナ・リアンが「ほっといても大丈夫だよ」と説明した。

 最新式の望遠鏡に触るのが楽しいだけなのだ、たぶん。


「誤解をさせたのなら申し訳ない。貴殿らのことは歓迎している。同じ魔法使い同士、貴殿らとは存分に語り合いたいと思っているのだ」


「……嫌ならイヤって言ってもいいと思うわよ」


 同じく出迎えに出ていたシェーナ・メイズが、呟く。


 先ほどまで望遠鏡をのぞいていた“魔法使い”が、“愛でる会”のメンバーたちを指さして言った。


「そこの者たちは、この望遠鏡が役に立つのか、ちゃんと見えているのかとさんざん怪しむわ、ミアゼ・オーカたちはまだ来ないのかと筋違いの文句をぶつけてくるわ。頻繁にやって来ては我々の邪魔をしていたのだ!」


「望遠鏡そのものに夢中になって、盛り上がってしょっちゅう脱線してたじゃない、あんたたち」


 仲良く(?)横に並んでいた者たちが、今度は向かい合ってにらみ合う。


「必要な議論だ」

「ムダ話にしか聞こえなかったわね」

「はっ、これだから専門外は」

「自分だって望遠鏡の専門じゃないでしょ」

「リアンのところのルビィちゃんのほうが役に立ってたじゃない」

「うぐぐ。そ、そういうお前たちは―――」


「きゅう」


 言い争いの合間に、小さな小さな鳴き声が聞こえた。


 静かな場所でもぼうっとしていると聞き逃しそうなほどの小さな声だったにも関わらず、両者はばっとその音源―――木乃香の外套の襟元を凝視する。


「ご、ゴローちゃん」

「きぅー」


 おこらないでーとでも訴えているのか。薄ピンクのハムスターは急に向けられた複数の視線にも逃げることなく、ふるふるとひげを震わせてそこに居た。


「ま、間違いない。五番目の使役魔獣ゴローだな」

「ああ……ホンモノのゴローちゃん……」


 いつの間にか黒い子犬や白い子猫も召喚主の足元から姿を現わすと、彼らは眉間にしわを寄せて凝視したり頬を赤らめてうっとり眺めたり、感極まって泣き出す者までいた。もうケンカなどしている場合ではない。


「な、何がどうなっているんですか、この騒ぎは」

「うーん、みんなオーカが王都に行って以来だものねえ。サブロー以外は」

「おれたちが先に帰ってきてから、みんなそわそわしてたからな」

「ぴっぴぃ」


 研究所のテンションにちょっと不安そうな顔つきをするサヴィア側に、シェーナ・メイズとクセナ・リアンが苦笑いで答える。黄色い小鳥がクセナの肩に止まって、そうなんですーと言いたげに囀った。


「ねえオーカオーカ、イチローちゃんは?」


「ああ、いっちゃんなら―――」


 きょろきょろと見回している“愛でる会”メンバーに、木乃香が下りてきた馬車を指し示す。

 まさにその一郎が、ちょうど馬車の中からひょっこりと顔を出したところだった。


「あ……っ」


 てんてんと跳ねるように馬車から降りた子供姿の使役魔獣はくるりと後ろを振り返り、馬車の中に向かってにぱっと笑う。そしておいでおいでと手招きをした。


馬車の中に向かって。


 一郎だけではない。いつの間にか馬車の屋根には赤いドラゴン(ルビィ)が止まっていて、下に鼻面を押しつけては「くあくあ」と何か話しかけている。


「……?」


 馬車にまだ何かがいるらしい。使役魔獣の召喚主以外で、使役魔獣たちが気にかける何かが。


 木乃香の使役魔獣たちがあまりに人懐こいので忘れそうになるが、使役魔獣というのは本来召喚主以外には懐かない。むしろ威嚇、警戒は当たり前、中には問答無用で攻撃してくるような危険生物だっている。

 木乃香の使役魔獣たちだって、誰彼構わず愛想を振りまいているわけではない。その上クセナの使役魔獣(ルビィ)にさえ懐かれているのだから、彼らとかなり仲の良い人物がそこにいるのだろうが、研究所の人々にはまったく思い当たるふしがない。


「うーん、“魔法使い”がいっぱいで、ちょっとびっくりしてるのかな……?」

「けっこう人見知りだしな」


 様子を見に行ったほうが良いかな、と木乃香とクセナたちが目を見合わせた時である。

 かたんと音がして、馬車から小柄な少女が姿を現わした。


「え……っ」


 誰かが思わず声を上げる。


 青みがかった銀色の髪、同じ色の睫に縁取られた薄紫の瞳、雪のように白い肌。

瞬きの間に溶けて消えてしまうんじゃないかと危ぶむほどに儚げな風情の少女が、そこにいた。


 俯いたままで馬車を降りた少女は、差し出された一郎の手をきゅっと握る。仲良く手を繋ぐ微笑ましい姉弟のような図で、木乃香たちのほうへ歩いてくる。


「だいじょうぶでしょ?」


 一郎の言葉に、こくりと頷く。

そして子供姿の使役魔獣につられるようにして、少女が初めて笑った。


 ふにゃりと、雪が溶けたような、気が抜けたようなその微笑みに、木乃香たちはほっと息をつき、そして研究所の人々は驚愕に息をのむ。


「お、オーカ……っ! あの子は………」


「ええはい、お師匠様から連絡が来てると思うんですけど、彼女はサヴィアの―――」

「ダメだってオーカ‼」


「え?」


 ナナリィゼ・シャル王女について説明しようとしたら、全力で怒鳴られた。

 まだ何も言っていない内からダメとは。何がダメなんだろうか。


「だから、彼女は―――」


 もう一度口を開いた木乃香は“愛でる会”メンバーのお姉さま方にがしっと肩を掴まれる。


「いつかやると思ってたけど、いやでもそれを楽しみにしてたのは確かなんだけど!」

「はい?」

「そろそろもう一体、かわいい子を作ってくれないかなあ、見たいなあとかこっちも思っちゃっててたけど!」

「うん?」

「可愛い、可愛いのよ! すごく可愛いの! でもオーカ、あれはダメよ⁉」

「あの……」


 たぶん何か勘違いされている。そう察した木乃香が口を開こうとしたのだが。


「あんなに可愛い子を作ったら犯罪者じゃなくても攫いたくなっちゃうでしょう⁉ さすがにあれは犯罪よ。犯罪を呼ぶわ。オーカにその気がないのは知ってるけど。せめて使役魔獣だって分かるように、イチローちゃんみたいに頭にツノとか獣の耳とか付けて……ってああ、それはそれでもっと可愛い。もっと危ない……っ」


「ええっ⁉ 違いますよ⁉」


 どうやら、あまりの可愛さにナナリィゼのことを木乃香の使役魔獣(つくりもの)だと思い込んだらしい。


全力で否定したにもかかわらず、“愛でる会”だけでなくほかの研究者たちまでしばらく疑いの眼をナナリィゼに向けていた。

 サヴィアの王女が来ることは、前もって知らされていたはずなのに。

 もちろん、使役魔獣の研究者たちによるこの疑惑についての勝手な検証や実験は、木乃香とその仲間たちがことごとく、徹底的に排除した。


 そもそも木乃香が研究所まで同行したのは、ナナリィゼの精神安定のためだけではない。研究者たちの暴走に釘を刺すためでもあるのだ。


 最初からそんなことがあったせいか、研究所のナナリィゼ王女への態度は、サヴィア王国の王女様に対する一般的なそれよりもずいぶんと砕けたものになった。

 しかし、ナナリィゼ王女本人も、彼女に付いてきたサヴィア側の魔法使いたちも、それについて文句を言うことはなかった。

ここは自分の国ではなく、自分たちは教えを請う側であると理解していたからだ。

 なにより、それでナナリィゼが楽しそうに過ごしているのだ。彼女の精神状態が安定しているのなら、それは臣下にとっても歓迎すべきことである。

 それはもう、切実に。


 木乃香の使役魔獣と言われて、満更でもなさそうに笑っているのはさすがにどうかと思うのだが。



書影です~

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] ナナリィゼは七(なな)番目の使役魔獣だったのか!!?・・・・・六番目は?欠番かな?
[一言] 書籍からこちらに来ました! いっちゃん達がかわいくて続刊を楽しみにしてましたが3巻で完結とのこと。でもあとがきに続きがあるとあり、とても喜んでいます。これからはweb版の更新を楽しみにしてお…
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