こんな帰還とただいまの言葉・1
このお話と次話は、本編の補足説明というか、閑話っぽいお話になります。
長くなったので、2話に分けています。
普通に動けるようになり。
そして魔法力も回復し、師ラディアル・ガイルから使役魔獣の“封印”を解いてもいいというお許しが出た、さらに数日後。
木乃香は、ジラノスの街を散策してみたいな、とふと考えた。
理由はまず、寝っぱなしだったので身体を動かしたほうが良いと思ったから。
それから、ジラノスにはしばらく滞在していたのに、けっきょくほとんど街中の様子を見ていないのがもったいないと思ってしまったから。
さらには、領主の館の窓から見た限りでも明らかに街が賑やかになっていて、気になってしょうがなかったから、である。
サヴィア王国の支配下となったことで、サヴィア側から物資が堂々と入ってくるようになり、閉まっていた一部の商店や市場が再開したのだ。
「……外出、ですか?」
見張りの兵士にじっと見られ、そしてちょっと眉をひそめられた。
ちなみに、領主の館を守っているのはサヴィア王国軍の兵士である。
現在のジラノスは、シルベル領の兵とサヴィア軍の兵士の両方が治安を守っていた。この前まで敵対していた、異なる制服を着た兵士が一緒になって巡回している様子はなんだか奇妙な光景だったが、新旧の上層部がうまく言ったのかサヴィアの根回しがとっくに済んでいたのか、大きな混乱や問題は出ていないようだった。
「外出の許可はもらっていますけど……」
時間はまだまだ明るいお昼過ぎ。
人が多く分かりやすい大通りを歩くつもりだし、兵士が増えたことでむしろ前より治安が良くなっているくらいだと聞いた。
サヴィア兵には木乃香の顔も目印のような白っぽい外套も、使役魔獣たちとその姿形だって知られている。
館にいるサヴィアの上層部はもちろん、あの超過保護なお師匠様からも渋々ながら外出を許してもらえたというのに、まだ何が。
不安げな木乃香に、兵士が「あ、いや、ええと」と慌てて手を振った。
「駄目というわけではなく……皆さんで行かれるのですか?」
兵士の視線は、木乃香ではなく彼女の周囲に向けられている。
「皆さん……ええ、はい」
「ぴっぴぃ」
「にゃー」
そうだよー、と続いて返事をしたのは、頭の上にちょこんと乗っている黄色い小鳥と、左腕にちょこんと抱かれている白い子猫である。
さらに、右手の先には赤髪の子鬼がしがみつき、足元には黒い子犬がまとわり付いている。外套の内ポケットにはハムスターが収まっていて、ときおり襟元から薄いピンク色のふわふわが見え隠れしていた。
……兵士が呆れるほど、かさばっているのは分かっている。
しかしどの使役魔獣も召喚主から離れようとしないのだ。仕方がない。
木乃香の魔法力の回復には、本人と周囲の予想以上の時間がかかった。
魔法力だけでなく体力もかなり消耗していたことに加え、長く枯渇に近い状態だったこともあって、体内の魔法力の容量そのものが増えていたようなのだ。
普通なら一日二日である程度は回復するところ、保護者様方が過保護を発揮して慎重になっていたこともあって、“封印”していた使役魔獣たちを出してもいいと許可が下りるのに三倍以上の日数がかかってしまった。
そして出したとたん、「おそーい!」とばかりに使役魔獣たちにしがみつかれ、そのまま離れなくなったというわけだ。
ここまでくっついているのは、以前“魔法使い”の認定試験のために一郎だけを残して王都へ行ってしまった時以来である。
あのときは、離れたがらない一郎にほかの四体もつられているような様子だったが、今回は五体が五体とも「ぜったい離れるもんか」という執念のようなものまで感じる。
木乃香も木乃香で、彼らが“封印”されている間はとても心細かったのだ。
ラディアル・ガイルらが近くに居てくれたのは心強かったが、それはそれ。“封印”で眠っているような状態の彼らを何度も確認したりじっと眺めたりして過ごしていた。
なのでくっつかれるのはまったく嫌ではないし、むしろ嬉しいし、彼らのしたいようにさせている。
ただ。ここフローライド王国では、使役魔獣をずっと召喚したまま置いているような“魔法使い”は少ないし、しかもこんなに小さくて頼りにならなそうな見た目の使役魔獣を、街中でこれだけの数、ここまでくっつけて歩く“魔法使い”はいない。
たぶん、ほかの国にもいないと思う。
木乃香は街には出てみたいが、かといって目立ちたいわけではない。
せめて使役魔獣たち(と自分)がもう少し落ち着くまで外出はやめようかな、とも思い直したのだが。
「使用人さんからね、美味しい焼き菓子のお店が再開したって聞いたのよ」
シェーナ・メイズが、木乃香の横に並んでにこにこと言えば。
「家にお土産、持って帰りたいんだけどなあ」
なんか売ってるかな、とその後ろからクセナ・リアンが呟く。
街に出てみたい、と話したときに使役魔獣たちの次に付いていくと手を上げたのが、このふたりだ。
完全に観光気分である。
ちなみに、ラディアル・ガイルも付き添うと言い張っていたのだが、フローライドとサヴィアの両側から大多数の反対にあって断念した。
サヴィア王国軍占領下のジラノスにフローライドの“最上級魔法使い”が出歩くなど、悪目立ちするにも程があるのだ。
「サヴィアの後押しでフローライドの王位に就くつもりなら、堂々と出歩いてもらってかまわないのだが」
ユーグアルト・ウェガにそう言われてしまっては、そんなつもりは欠片も持たない彼は居残りするしかなかったのだ。
……そのユーグアルト・ウェガも、なぜかこの場に居た。
「ついでに兵士たちの配置について確認をしてくる。ラディアル・ガイルどのとカルゼ・ヘイズルが残るから、何かあったら彼らに言ってくれ」
「かっ、かしこまりましたっ」
落ち着いた、けれども通りの良い声に、兵士が慌てて返事をする。
相手は兵士の直属の上司であり、サヴィア王国軍第四軍の軍団長。現在はここジラノスの暫定的な統治者でもある。
それまでもだらけていたわけでは無いのだが、兵士は反り返るくらいに背筋を伸ばした。
そんな人こそ簡単に出歩いていいのか、と木乃香は思ったのだが。
「自分の身は自分で守れる。護衛代わりとでも思ってくれれば良い」
それとなく腰の魔法剣に触れながら、しれっと彼は言った。
そしてそんな彼に付いてきたのがもう一人のサヴィア王族、ナナリィゼ・シャルである。
兵士の返事とほとんど同時に、ナナリィゼが木乃香の左腕にぎゅっと抱きついた。
そこに抱えられていた四郎が「うにゃっ」とびっくりしたような、不満そうな鳴き声を上げて木乃香の肩に移動する。
「……ごめんなさい」
「にあー」
しゅんとしてナナリィゼが謝ると、白猫は別にいいよーと柔らかく鳴いた。
目の前でゆらんと揺れる尻尾に、安心したようにふにゃりと笑う。
サヴィア王国の王女にして屈指の魔法使いである彼女は、最初こそ木乃香への罪悪感だとか自分への苛立ちだとか、そのほかいろいろな葛藤から情緒も魔法力も不安定な状態が続いていた。
それが、木乃香やシェーナ・メイズと他愛のないおしゃべりをしている内に、自国の女性兵士などとも話せるようになった。復活した使役魔獣たちとも遊んだりして、少しずつ表情が柔らかくなってきたところだ。
木乃香の使役魔獣たちがいない間も、暴走しかける度にラディアル・ガイルがその力を抑え。シェーナが結界で防いでいたので、その安心感もあるのかもしれない。
そして意外だったのが、クセナ・リアンである。
「あの、おれは礼儀とか丁寧な言葉遣いとか分からないから、失礼だったら失礼だって言って欲しいんだけど」
そんな感じで、クセナのほうからナナリィゼに話しかけたらしい。
同じくらいの年齢で、同じ火の魔法を使う相手にお目にかかったことがなかった彼は、どうしても話がしてみたかったのだという。
見たことのないような美少女だから、とかが理由でないあたりクセナらしいといえばクセナらしい。
本人が言ったとおり、彼の態度は一国の王女に対するものではなかったと思う。
が、傍目にもできる限りで気を遣っているなという努力と、同じ魔法を使う者への純粋な興味と、尊敬のようなものは見えていた。
先のフローライドの“魔法使い”たちのちょっと粘着質な感じとも違う。もっと初々しくて清々しいものである。
最初はびっくりしていた王女も次第にぽつぽつと返事をするようになり、クセナのもともとの人懐こさと面倒見の良さもあって、いつの間にかすっかり仲良しになっていた。
ナナリィゼのほうも、その身分と魔法力のせいでこれまで同年代の友人がいなかったらしい。
今ではクセナの使役魔獣ルビィに乗って一緒に空まで飛んでいるくらいだった。
木乃香たち年長組は、それをちょっと微笑ましい気分で眺めているところだ。サヴィアの人々の中には、魔法力が穏やかで年相応な姫様を見て感極まって泣き出す者までいた。
―――そしてそんな王女様の側には、オオカミとライオンのもふもふ要素を集めて作ったような使役魔獣もいる。
「……スプリルちゃんも行くの?」
カルゼ・ヘイズルが残るのに? と聞けば「そうだよ」というように、使役魔獣がふっさりと尻尾を揺らす。
「まほうつかいの、いじ? っていってる」
スプリルの背中を撫でながら、一郎が言った。
子供姿の使役魔獣がこてんと首を傾げたので、木乃香も首を傾げる。
「いじ……?」
片言では“維持”なのか“意地”なのか、別の意味の“いじ”なのかは分からない。おそらく、言った一郎もよく分かっていないのだろう。
「ああー、自分に自信のある人ってそうよね」
シェーナが呆れたように、少し気の毒そうに呟いた。
同じ魔法使いとして、それから同じ召喚術の使い手として、張り合いたくなる気持ちは分からないでもない。
召喚主からどれだけ離れていても、召喚主の意識がなくても普通に姿を保ち、動く。
ナナリィゼ・シャル王女の災害級の魔法力をも抑える能力があり。
彼らは、カルゼの使役魔獣ともいつの間にか仲良くなっているのだ。
木乃香のすぐ側でくつろいだようにちょこんと伏せ、背中を撫でられて気持ちよさそうに目を細めているスプリルの姿に、カルゼは愕然とした。
見張りも兼ねて彼らに付いているようにと命じてはいたが、どう考えてもくっつき過ぎである。お前はいったい誰の使役魔獣なんだと突っ込みたくなるくらいの懐き具合であった。
「……べつに、張り合うことでもないと思うんだが」
ものすごい衝撃を受け、なんだアレはどうなっているんだと毎日頭を抱えている魔導部隊隊長どのを見ていたユーグアルトは、誰にも聞こえない程度の声でぼそりと呟いた。
木乃香の使役魔獣たちとカルゼの使役魔獣では、その存在理由が違うのだ。
そもそも比べるのが間違っている。
友好的な使役魔獣も非友好的な使役魔獣も、その特殊な能力も、それは個性だ。
役目に影響がなければべつに構わないのでは、とユーグアルトなどは思うのだが。
―――そんなこんなで、総勢五名と使役魔獣六体である。
使役魔獣だけでも単純に多くて目立つのに、なんだかそれ以上に目立ちそうな人々も居る。
誰も「行かない」とは言わないし、ためらいもしないのだ。
もうどうでもいいか、と思えてきた木乃香だった。
後から聞いたラディアル・ガイルが「おれがいてもいなくても目立ってるじゃねえか!」と憤慨していたが、それはまた別の話である。
まだ街に出てないのにこの文字数…(苦笑)




