どんな思惑と蒼黒の瞳・6
お知らせ。
タイトルを変更いたしました。長くなっています(笑)
『こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ』
そしてなんとなんと、このお話が上記のタイトルでアース・スタールナ様より書籍化の予定です。
これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!
目が覚めた木乃香が最初に目にしたのは、丸い天井だった。
ちょうど丸の中心あたりに二本の支柱があり、そこから細い木製の棒が放射状に何本も組まれている。上には丈夫そうな、くすんだ白色の布が張ってあった。
いつか写真や映像で見た、遊牧民の移動式住居のようなテントである。
そう、たぶんテントだ。どう考えてもしばらく滞在していた宿の客室ではない。
……自分でここに来た覚えは、ない。
そして、自分の置かれた状況がさっぱり分からない。
そしてそれをちゃんと考えようという気も、まだ湧いてこなかった。
目は開けたもののいまだ頭は痛いし重いし、身体もだるくてあまり動けない。
しばらく、というかかなり寝ていた自覚はあるので、だるいのはむしろ寝過ぎによる症状だと思われる。
しばらく、ただぼんやりと丸い天井を見つめていた木乃香だったが、その視界に白いものがふよんと入り込んできた。
天井の、褪せたようなごわごわした白ではない。雪のような白さと見るからにつやっとしてふわっとした質感を持ったそれをなんとなく目で追いかけていると、今度は青くて丸い一対が至近距離で自分を見つめていることに気がついた。
「にゃああー」
ほらーちゃんと目覚ましてー。
そんな感じに少し強めに鳴かれ、さらに前足でふにっと頬を押される。
使役魔獣四号である、四郎だった。この子猫姿の使役魔獣は、休みの日などに彼女が寝過ごすとこうやってゆるく起こしに来るのだ。
それで起きれば良し。起きなくても、とくに急ぐ必要がない場合は一緒になって寝床で丸くなったり、主を放ってどこかにお散歩に出かけていったりするのが常だった。
しかし、このときの四郎はなかなか諦めなかった。
木乃香がぼけーっと動かないものだから、今度は彼女の腹の上に飛び乗った。
そして毛布の上から腹だの胸だのの上をふみふみ歩き回っては「にゃあ」と鳴く。
子猫のようなサイズの使役魔獣である。上に乗られたところであまり重くも苦しくも感じない。感じないが、急かされているのは分かる。
はやく起きた方がいいのかもしれない。
「うう……」
しかし。起きようと思ってからが、これまた大変だった。
身体がぎしぎしと音を立てそうなほどに強張っている。寝返りをうって横を向くだけで重労働である。
かなり寝ていたとは思うのだが、いったいどれだけ寝っぱなしだったのだろうか。
呻きながらもゆっくり身体を横向きにして。
上体を起こそうと、力の入らない腕になんとか力を入れようとしたとき。
木乃香は、ようやく目の前――つまり彼女が寝ていた寝台の傍で、彼女をじっと見守っている者たちが居たことに気がついた。
まずは、赤いふわふわの髪の、彼女の使役魔獣第一号。
人型の使役魔獣は、もみじのようなちんまりとした手とふっくら丸い顎を寝台の上に乗せて、赤く丸い瞳を見開いて主の様子をじっと眺めていた。
目が合うとほっとしたように、今にも泣き出しそうに眉尻をしゅんと下げる。
それから同じく使役魔獣の薄ピンクのハムスター。こちらも、少し情けないような声で「きゅう」と力なく鳴く。
さらに下、黒い子犬が忙しなく振っているらしい短めの尻尾がぴこぴこと見え隠れしていた。
通常であれば、木乃香にぴっとりと張り付いてくるのが彼女の使役魔獣たちである。
彼らの寂しがっているような、心配するような気配は目が覚める前から感じていた。しかし現在、三体の使役魔獣たちが張り付いているのは、別の人物。
クセひとつない銀髪に薄いすみれ色瞳を持つ、美少女だった。
少女は、椅子ではなく床に直接座り込んでいるらしい。
寝台にすがりつく一郎にすがりつくようにして腕を回し。華奢な肩の上にぽてっと薄ピンクのハムスターを乗せ。そして不安げな黒犬をうろうろと纏わり付かせた少女もまた、神妙な顔つきで木乃香をじっと見つめていた。
回らない頭で、木乃香はいっしゅん「何か新しいの召喚したっけ」と考えた。
すぐに内心で「あーいやいやそんな馬鹿な」と自分で突っ込みを入れたが。
これまでの召喚も前後で周囲からいろいろと言われてきた彼女だが、さすがに召喚しておいて覚えていないということはないはずである。
しかしそれくらい件の少女は浮世離れして可愛かったし、使役魔獣たちと一緒にいる姿が妙にしっくりときていたのだ。
なんだろう。起きがけのこんな微笑ましい光景、何かのご褒美だろうか。
もしくはまだ夢でも見ているとか。
「にゃーうー」
猫型使役魔獣の冷ややかな突っ込みに、木乃香は我に返った。
そうだ。
目の前の少女には見覚えがある。というかこんな美少女、そう簡単に忘れてはいけない。
彼女とは以前に会っているではないか。ジラノスの北市場で。
「ええと……“ナナ”さん、だったかな」
喉がひりついて少しかすれていたが、思ったより声は出た。
少しだけほっとしていると、しかし目の前の少女は彼女を見つめたまま、ぐっと顔をしかめてしまった。
いや、しかめるというよりは歪める、だろうか。親に叱られた子供のようにくしゃっとしている。
さらには銀色のまつげに縁取られた薄いすみれ色の瞳がみるみるうちに潤んでくるものだから、木乃香は大いに慌てた。
「ご、ごめ、な、さ……」
「っ……」
薄紫の双眸から、ほろほろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
見覚えのない、よく分からない場所で、目が覚めたとたんに顔見知り程度の少女に泣かれた挙げ句、謝られた。
えええええ、なんで。どうしたらいいのコレは。
いったいわたしは何をしたの。いや、彼女が何かしたのか?
混乱して途方に暮れた木乃香より先に俊敏に動いたのが、彼女の使役魔獣たちである。
「だいじょーぶ。だいじょーぶ」
一郎がくるっと身体を反転させ、その小さな手で少女の銀色の頭をよしよしと撫でる。
厚手の絨毯が敷かれた床をうろついていた二郎は、彼女のそばに寄ってくるとすりすりと小さな黒い身体を擦りつけ。
肩の上に乗っていた五郎も、少女をなだめるように白い頬にふわふわとした薄ピンクの身体で寄り添う。
木乃香の上に乗っていた四郎さえ、素早く二郎と反対側の床に飛び降りてつやふわの身体を擦り付けながら「うにゃー」「なー」と彼女に何事かを訴えていた。
その鳴き声が「落ち着いてー」「抑えてー」という内容のものだったので、木乃香はやっと使役魔獣たちの行動が理解できた気がした。
以前に北市場で遭遇したときも、この少女はこんな表情をしていたように思う。
つまりはいまも情緒不安定。
その上で心配なのは、そこから来る魔法力の暴走の危険である。
「きゅう」
五郎が申し訳なさそうに、ただでさえ小さい体をよりいっそう縮こまらせている。
おそらく。今と同じようなことが、木乃香が寝ている間にも何度かあったのだろう。
目が覚めたとたんに少女に謝られたこと。そして使役魔獣たちの反応が妙に慣れていたことから、たぶん彼女の状態には自分も関わっているのだろうとも予想がつく。
寝ているだけで何をどう関わっていたのかは分からないが、それはともかくとして。
少女の魔法力の暴走が起きそうになるたびに、使役魔獣たちが宥めてきた。それでも無理なときは、周囲に影響が出ないよう周囲を壊さないよう、五郎が抑えていたのだろう。木乃香のなけなしの魔法力を使って。
主の魔法力を使わなければ主を守れない状況だった。五郎が悪いわけではない。
長く寝ていた気がしたのではない。ほんとうに、いつもより長く寝ていたのだ。
それは身体も動かないはずである。
木乃香はぎしぎし強張る腕を持ち上げて、少女の方へととにかく伸ばした。
そして、一郎を抱き込むようにして俯いてしまった少女の白い頬を、人差し指でぷにっと突いてみる。
ひゅっと音がするほどに息をのみ、薄いすみれ色の瞳が見開かれたところでついでに頬をむにっと軽くつまんでやれば、その双眸がきょとっと瞬いた。
痛くないように加減はしたので、何をされたのかも分かっていない様子だった。育ちが良さそうな少女だから、頬をこんな風につねられたことなど無いのかもしれない。
涙が止まったようなので、今度は一郎を抱きしめる腕を労るように撫でてにっこり笑ってみせる。
と。ゆるゆると、少しずつ、相手もぎこちないながらも笑い返してくれた。
……よし。とりあえず魔法力の暴走は一時回避。
魔法探知犬やほかの使役魔獣たちがほっと緊張を解いたのを確認しながら、木乃香も内心で息をつく。
しかし気を抜いたのもつかの間。
「うー」
黒犬が、唸り出した。




