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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女と、彼ら。

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あんな彼女とそこの彼女・10




「妹が世話になったようで、礼を言う。……それに、疑ってすまなかった」


 少女の兄だという男は、そう言って丁寧に木乃香に頭を下げた。


 わざわざ取ってくれた外套のフードの下は、太陽の光に当たるとわずかに茶色っぽくなる、なんだか懐かしくなるような黒髪と黒眼である。

 派手さはないが整った顔立ちに、外套の上からでもそれなりに鍛えていると分かる身のこなしと均整の取れた体つき。

 こんな偉丈夫からこんな風に穏やかに礼儀正しくされれば、大抵の女性は顔を赤らめると思う。

 もっとも、先ほど情け容赦なく殺気をぶつけられた木乃香は、赤くなるどころか引いた血の気もなかなか戻って来ないのだが。

 妹も、それはもう十人中十人が認める美少女だが、こちらは髪や瞳の色が薄く、それもあってか浮世離れして儚げな印象である。

 似てない兄妹だな。というのが木乃香の感想だ。

 兄と一緒に小さく頭を下げた少女が彼の外套の端をきゅっと握っているところをみると、仲は良さそうだが。


「……いいえ、たまたまですから。大した事なくて良かったです」


 ちょっと来るのが遅いような気がするが、保護者が見つかって良かった。

 魔法力の暴走が治まったら、さてそれからどうしようと途方に暮れていた木乃香は、ほっと息を吐きだした。




 新たな乱入者に最初に我に返ったのは、木乃香たちが場所を借りていた露店の持ち主だった。


「おいおいおい、人の店を荒らすんじゃねえよ!」


 先に変な獣が入ってきて飛び上がっていた店主だが、店を荒らされたとあっては黙っているわけにはいかない。

 ここは領都の端。現在は警備兵たちが頻繁に見回りそこそこ安全な場所になってはいるが、もともとあまり治安がよろしくない地区である。この場所で店を開く昔からの常連には、多少の事件や揉め事など日常茶飯事だ。

 つまり、相手が人間なら慣れたものである。


「あんたらその子の連れか? 変なやつらに追いかけられてるところを守ってやってたのがそこのねーちゃんだっていうのに、そんな言い方ねえだろ!」


 店主が怒鳴り返したところで、ちょうどロレンが「今度は何事ですかー!?」と戻ってきた。

 警備隊を呼びに行ってくれ、次に動けない木乃香たちに代わって警備隊と一緒に最寄りの詰所まで魔法使い(変質者)たちを連行し事情を説明してきた彼は、新しく現れたこの二人組にもほぼ同じ説明をしてくれた。

 さらに、なぜか先に店の中に侵入してきた獣型の使役魔獣までが、「こっちの言い分が正しい」と言わんばかりに木乃香たちのすぐそばにふわりと座り込んだので、ようやく彼らは納得したらしかった。

 ちなみにこの獣、少女の兄と名乗ったほうではない男の使役魔獣とのことだ。

 相変わらず物音ひとつ出していないのだが、召喚主とは意志の疎通ができているらしく、「何だって?」と呟いたかと思えば信じられないような目つきで木乃香を凝視してきていた。


 “ナナ”と呼ばれている少女が見知らぬ灰色の男たちに絡まれたのは、露店を見ている内に兄たちと少し離れてしまった、その隙だったらしい。

 相手が魔法使いだったことにも驚いて、(自分の魔法で周囲に迷惑がかかるのが)怖くなり、よりによってひと気のない場所に逃げてしまった。

 その裏路地が迷路のようになっているとは知らずに。

 それも魔法使いたちの作戦だったのか、彼女が勝手に迷い込んだだけだけだったのか。気付いたときには連れともかなり引き離され、簡単に合流もできない状態だったようだ。


 この小道や路地裏の複雑さのおかげで細かい場所まで警備兵の目が届きにくく、結果として大通り周辺より治安が悪い。

 魔法云々は抜きにしても、こんなに可愛い少女がうっかり迷っていい場所ではないのだ。


 と。

 いうようなことを露店の店主やロレンに懇切丁寧に説明された少女の同行者たちは、神妙に頷いていた。

 ちなみに木乃香は、誰かに説教できるほどこの辺の事を知っているわけでは無いので、黙って聞いていた。


「われわれも、スプリルがいなければまだ路地裏をさまよっていただろうな」


 彼らが呟けば、獣型の使役魔獣がぱたんぱたんと優雅に尻尾を揺らした。

 この使役魔獣が“スプリル”らしい。

 しつけが行き届いた、とても賢い使役魔獣のようだ。三郎と五郎も気になるのか、じーっと大きな獣のほうを見ていた。

 ……あの尻尾、触ったらやっぱり怒られるだろうか。

 木乃香が余計なことに思考が逃げかけたその時。


「あの、お聞きしたいのですが」

「……はいっ」


 連れの片方の男、スプリルの召喚主が口を開いた。

 年齢は少女の兄だという人と同じくらいか少し上といったところだろうか。細面で、生真面目そうな顔をしていた。

 ふさふさの尻尾に気を取られていたのに気づいたのだろうか。内心で慌てていると、彼は使役魔獣の傍らにさっと膝をついた。

 スプリルの前。座りっぱなしだった木乃香の目の前に。


「……あの?」

「ナナリ……“ナナ”の魔法力をどうやって抑えたのですか? あなたも魔法使いですよね?」

「カルゼ」


 もう片方の男が窘めるように低く声を出したが、彼は止まらない。

 それどころかさらにずいっと膝を詰めて来る。


「あ、あの……」

「分かってくれます? 彼女ほどの魔法力の暴走となると、いや暴走しなくても、常日頃からなかなか制御ができないんです。何かいい対処法があるんだったら、ぜひ教えていただきたいのですが!」


 ちらりと少女を見る。

 配慮したのか少し小声だったが、聞こえてしまったらしい。彼女は恥ずかしそうに、少しばかり悔しそうに俯いて、兄の外套の陰に隠れてしまった。


「……おいカルゼ」

「それがあなたの魔法の能力ですか? それとも何か別のコツが?」

「お、抑えたと言われても……」


 木乃香は自分の外套――魔法使いの証であるそれを引っ張って見せた。


「わたしは見ての通りの下級魔法使いですから。そんな大した力は持ってませんよ」


 能天気そうに言ってみたが、相手の必死な目つきと距離の近さは変わらない。

 木乃香はうーん、と考える素振りをした。


「わたしに魔法を教えてくれた師匠が、いるんですが」

「はい」

「……魔法力を自分で制御できるようにする技術を身に着けるのも大事だが、精神的な安定も大事だ、というようなことを言ってたなあと思い出しまして」

「基本ですね」


 さあ先を話せもちろん先があるんですよね、と言いたげな強い視線にざくざく刺されながら、木乃香は続けた。


「と、とにかく……えーと、“ナナ”さんに落ち着いてもらおうと。それで」

「ぴぴぃ」

「きう」


 彼女の外套のフードに収まっていた黄色い小鳥がぱたたっと羽ばたいて彼女の頭の上に留まる。

 肩の上でじっとしていたハムスターは、少し薄ピンクの頭を上げ、つぶらな瞳で目の前の男を見つめた。


「……なんですかコレ」

「わたしの使役魔獣です」


 たいへん馴染みのある反応をもらって、木乃香はほっとして頷いた。

 言葉を失った男に、彼女はいつもの調子を取り戻して説明を続ける。


「ちょっとびっくりしたでしょう。そして可愛いでしょう。わたしの癒しです」

「ぴっぴぃ」

「きぅ」

「……はあ」


 こころなしか誇らしげに胸を張ったように見えた小さな使役魔獣たちに、同じ召喚魔法の使い手である男が首をひねった。


「この子たちに手伝ってもらって、彼女に落ち着いてもらって。それで、結果的に彼女が自分で魔法力を抑えてくれたと……そういう事だと思うんですが」

「……はあ」

「小さくて温かくて人懐こいので、たいへん心が落ち着きます。触ってみますか?」

「…………はあ。あ、いえ大丈夫です」


 分かったような分からないような、という顔つきで、彼はあいまいに頷いた。


 あんなにもふっとした鬣とふさっとした尻尾を持った癒し使役魔獣を持っているのだから、もっと共感してくれるかなと思ったのだが。

 むしろ後ろの少女のほうが触りたそうな顔つきで、ひら、と遠慮がちに手を振る。彼女に応えるように三郎が「ぴっぴっ」と囀り、五郎が少し顔を上げてひくひくと髭を動かしたので、彼女は頬を染めてはにかんだ。

 可愛い。こちらもとても癒される。

 ついでに、成り行きを見守っていた露店の店主は「よかったよかった」とうんうん頷いており、護衛のロレンは美少女の笑顔に見惚れてぽかんと口を開けていた。


「………」


 やはり分かったような分からないような、という顔つきで、男は木乃香の使役魔獣たちと“ナナ”を交互に見比べては首をひねっていた。


 そのうち。

 複数の視線とひとりの凝視に耐えられなかったのか、五郎は木乃香の外套の内側に戻ってしまった。三郎も飽きたのかぱたぱたっと羽ばたいて飛んで行ってしまう。


「……あの鳥は?」

「鳥なので、お空の散歩が趣味なんです。あ、ちょっと炎も吐けます」

「………」


 何か、変なことを言っただろうか。

 考え過ぎて眉間にしわが寄りだした男を見ながら、木乃香は内心で首を傾げた。




「……ともかく。後日にでもあらためて礼をしたいのだが。あなたはこの辺りに住んでいるのか? それとも――」


 という彼らに対して、いえいえ本当にお気になさらず、とひたすら恐縮していた木乃香の横から「うちの宿のお客様ですよ」とさらっと答えてしまったのはロレンだ。


「あ、別にお礼を強要しているわけでは無く。どうせ警備隊に聞けばすぐ分かりますからね」

「そうなんですけど……」

「そういう皆様は、ほかにお連れの方はいらっしゃるんですか? ここでの宿はお決まりで?」


 つまり、彼は最後のこれが言いたかったらしい。

 身なりも立居振る舞いもそれなりに良い、いかにも着いたばかりですという様子の旅装の三人である。あわよくば新規宿泊客の獲得を、と思ったようだ。


 けっきょく彼らは北区の知人の家に滞在するとのことで、すぐその場で別れてしまった。

 北区の、もう少し大通り寄りのきれいな建物に入っていったと報告をくれたのは、お空の散歩から帰ってきた三郎である。



「いつもは客引きとかしないんですけどね。昨今、いろいろと厳しいですから」


 ロレンが苦笑いした。

 領都でも指折りの高級宿だというのに――いや高級宿だからなのか。ここしばらく木乃香しか宿泊客がいないのだから、確かに経営状態は厳しそうだ。

 護衛とはいえ、さすがは宿の従業員。

 ちらちらと少女のほうを気にしていたので、多少の下心もあったような気がするが。

 じーっと見つめていると、目をそらされた。


「ごほん。それで……そろそろ動けそうですか」


 ロレンの問いかけに、今度は木乃香が目をそらす。


「………う。もうちょっと、なんですが」




 ナナと呼ばれていた少女と、その連れ二人と別れてしばらく。

 木乃香は、いまだにさきほどの露店から動けずにいた。


 足がしびれてしまったのでと誤魔化して座ったまま話をして別れたのだが、実際のところは久々の魔法力の使い過ぎだ。

 手足が重く冷たく、強張っている。頭もくらくらする。立とうと思えば立てるが、その後また座り込んでしまう自信があった。


「きゅーう」


 懐から、魔法力を大量消費した原因である五郎が気遣わしげに見上げてくる。

 目をきつく閉じてめまいをやり過ごし、彼女は先ほどの出来事を振り返った。


 華奢で儚げな風情のあの子が抱えていた魔法力が、あんなに強大で暴力的なものだとはちょっと、いやかなり予想外だった。

 あんなモノを抱えていれば、そりゃ不安で怖くもなるだろう。属性に雷があったからか、魔法力が魔法として形になるまでがとにかく早い。五郎の特殊能力でどうにか周囲への被害は抑え込んだものの、音や光までは吸収しきれずに外に出てしまったものもあった。

 そして、特殊能力を発揮していたのは五郎だけではない。


 ぶつかって一緒に硬い石畳の上で転んだ木乃香と少女は、軽い打ち身や擦り傷をあちこちに作っていた。

 それを治していたのが三郎の治癒能力である。

 命に係わる怪我ではないが、痛いことは痛い。痛みが集中の妨げになることもあるし、自分の手のひらに血がにじんでいるのも気付かずに必死で縋り付いて来る少女の姿も痛々しくて、こっそり治したのだ。

 魔法使い(変質者)たちに向けて放った威嚇の炎などは大した事ないが、この治癒がまた魔法力を多く消費する。

 魔法吸収と、治癒。使役魔獣たちの特殊能力の中でもとくに魔法力を使うそれを同時に使った結果が、現在の魔法力の使い過ぎ状態だった。

 意識があってこうして喋れるだけましかもしれないが、やっぱりつらい。


「近くまで馬車に来てもらいましょうか。ついでに何か飲み物でも買ってきます」

「……すみません」

「いえいえ。今日は大変なことになりましたね」


 気遣いも出来る護衛兼案内係の後ろ姿を見送りながら、木乃香はため息をついた。

 ほんとうに。ちょっと市場に行きたいと思っただけなのに、どこをどう間違ってこんなことになったのだろう。


「……大変なことになった、かもしれない」


 あの少女の連れである魔法使いに説明したのは、嘘ではない。

 途中から少女が我に返って、それとともに魔法力の暴走が治まっていったから、木乃香は意識まで失わずにいられたのだ。

 ただ、あの魔法使いが望んでいた答えではないことは分かっている。

 納得していないだろうことも。


「誤魔化されて……くれないよねえ」


 頭がずきずきと痛むのは、魔法力不足のためか。

 あるいは別の理由でか。


 木乃香の呟きに、小さな使役魔獣たちはなにも応えなかった。








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― 新着の感想 ―
[良い点]  あけましておめでとうございます。 いよいよ大きく物語が動き始めましたね。木乃香と姫様の出会いがこんな感じだったんですかw 出会うべくして出会ったって感じですね。  これから二人がどんな出…
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