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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女と、彼ら。

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あんな彼女とそこの彼女・9

あけましておめでとうございます。

拙作を読んで下さった皆様に、今年一年のご健康とご多幸をお祈り申し上げます!





 魔法力を暴走させてしまう要因は、大きく分けて二つある。


 ひとつは、まだ年齢が低い場合。自分の魔法力の大きさを把握しきれておらず、魔法を使うのにも慣れていないので、扱いきれなくなってしまう。

 そしてもうひとつは、怪我や病気といった身体の不調、あるいは精神状態が不安定になることで、魔法力の制御が難しくなった場合。これは老若男女を問わず、いつでも陥る可能性がある。

 少女の場合は、両方の原因が考えられる。

 が、決め手は明らかに過度の精神的な負担だ。

 灰色マントを着た怪しげな男たちに追いかけられるなど、若い娘さんにしてみれば恐怖以外の何物でもないだろう。


 木乃香が知っているのだ。魔法使いなら誰だって知っているはずの事。

 にもかかわらず、この男たちは何をやってくれてんだという苛立ちをありったけ込めて、木乃香は怒鳴った。


「あんな細い路地にか弱い女の子を追い込んで、どうする気だったのよこの変質者!」と。


 いっしゅんの静寂。

 それとともに、周囲の視線とざわめきが男たちに集中した。


「え、か弱い? いや……ひっ」


 三人のうちの誰かが何か口走ったが、再び目の前で三郎に炎を吐かれて悲鳴に変わる。


「へ、変質者っ? いいいいや違う、違うぞ!」


 別の男が、慌てて顔の前で手を振った。

 変質者呼ばわりに動揺するだけ、まだ話が通じる人たちかもしれない。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、木乃香は大きな声で続けた。わざと周りの人々にも聞こえるように。


「どうせ、ろくなあいさつも説明もしないで同意もなく一方的に追いかけ回したんでしょう。それを世間では変質者っていうのよ」


 この騒ぎに、通りかかった人々も何事かと足を止めた。

 互いにひそひそと話し合う者もいれば、魔法使いたちを冷ややかに見つめる者もいる。

 またか、という声も聞こえてきたので、残念ながら、王都でも地方都市でも魔法使いの傍若無人なふるまいに苦い思いをしている一般人はそれなりにいるようだった。


「わ、われわれは、ただそのお方の魔法を……っ」

「魔法ね……」


 やっぱりそれかと木乃香は眉根を寄せた。

 こんな街中で後先考えずに追いかけ回すくらいだ。それだけでもこの少女の魔法力が特殊であることが分かる。


「お前は知らないだろう。その方が、世にも稀な――」

「ええ知りません」


 放って置いたら滔々と語り出しそうな魔法使いの言葉をぶっつりと早々に遮る。

 これは無駄に長くなるやつである。とある魔法研究所でこの手の魔法使い(変質者)に慣れている木乃香は、大人しく彼らの言い分を聞いてやる気はなかった。

 そんな余裕もない。

 

「あなた方の事情なんてわたしは知らないけど。知りたいとも思わないけど」


 魔法力がある者なら、暴走は誰でも起こり得ることだ。

 だが制御できなくなったとき、被害が大きいのは魔法力を多く持った者のほうだ。少女のように。

 少女のいまの状態は、いつ暴発するかもわからない爆弾と同じだった。

 木乃香は、そんな彼女を抱え込む腕に力を込めた。


「この子の様子を見て、よくそんな事が言えるわね。自分たちが魔法を見て満足できればそれでいいと? この子や周囲の皆さんの迷惑は知ったこっちゃないと」

「い、いやそんな事は……」

「もちろん、目的を果たした()()()のことは考えての行動でしょうね?」

「………」


 答えられない魔法使いたちに「おいふざけるな」と別方向から声を上げたのは、近くの露店の店主だろうか。

 魔法と聞いて少し遠巻きにしているが、灰色の男たちを見る周囲の人々の目は非常に冷ややかだ。ここは現在のジラノスで唯一市場が開かれている貴重な場所だというのに、そこで何をしてくれているのだと。

 何をする気だったのかと。


「そ、そうは言っても……でもこの機会を逃せば次にいつ―――」


 彼らは、分が悪いと肌で感じてはいるのだろう。

 それでも未練がましくもごもごと返されて、木乃香はいらいらとため息を吐く。


 よく見れば、彼ら自身だけでなく彼らの灰色のマントもかなりくたびれていた。

 埃っぽい上に、丈夫なものであるにも関わらずまだ新しい綻びがあったり焦げついていたりする箇所もある。が、その割にひどい外傷はない。

 追われながらも、おそらく少女はたくさん我慢していたのだ。

 本気で魔法を使えば簡単に排除できるだろうに。それよりも周囲に迷惑をかけないよう、追手である男たちにさえひどい怪我を負わせないようにと。

 魔法力を暴走させる一歩手前まで。


「こんな若い子が周りに気を遣っているのに。あなたたちは何なの」


 まだ十代の半ばほどと思われる少女がこれだけ健気に頑張っているのに。

 自分たちの都合で後先考えずに突撃するいい歳した大人たちの、なんと情けないことか。


「世間一般の、常識の話をしましょうか。理由がなんであれ、こんな可愛い子を一方的に追いかけ回すってどうなのよ。あなた方は、間違いなく女子供の敵です!」


 というか、魔法使いにだって研究の為なら女子供を追いかけ回して良いなどという常識はないはずだ。

 使役魔獣たちが肩の上で、それぞれ「ぴっ」「きぅ」と賛同するように短く鳴いた。周囲の人々もうんうんと大きく頷く。

 なまじ件の少女が華奢で儚げでかなり精神的に参っている様子なものだから、事情がよく飲み込めていない通りすがりの人々も、とくに女性たちの眼差しが非常に厳しかった。




 駆けつけた警備兵たちは魔法使いではなかった。

 が、対魔法使い用の、魔法の発動を防ぐ捕縛道具をちゃんと持ってきていた。

 体力のない魔法使いたちにそれを付けてしまえば、その辺の窃盗犯より無力である。多少抵抗していたものの、捕縛道具を付けられた後は大人しく連行されていった。

 それでもしばらくは未練がましく、あるいは少しだけ何かを期待するようにちらちらと振り返ったりしていたが、三郎が再び火の玉で威嚇すると、それもなくなった。




 そして。

 残る問題は、少女だ。


「あの人達は行っちゃったから。もう大丈夫だよ?」


 少女の背中をぽんぽんと叩いてみる。

 しかし、彼女は身体を小さく丸めてふるふると首を横に振るばかり。

 最初は少女の腕を捕まえていた木乃香だが、いつの間にか少女の方が彼女の服を握りしめ逆に縋りつかれているような格好になっていた。


 近くの露店の主が「ここで休んでいきな」とテントの端を貸してくれたので、通行人の邪魔になることなく、石畳の冷たさに耐える必要もなく、彼女たちは座り込んでいる。騒ぎを聞いていた人々が「大丈夫かい?」と声をかけたりもしてくれる。

 木乃香は感謝の言葉や笑顔を返しているが、少女はそれどころではないようだ。

 周囲の音も、木乃香の言葉さえも、彼女の耳には入っていないのかもしれない。

 少女の身体は、ずっと強張ったまま。

 木乃香の外套をぎゅっと握りしめる手は、すっかり血の気を失っている。

 そのくせ熱が籠った身体は熱いままで、苦し気な浅い呼吸を繰り返していた。


 やがて。

 少女の口から、かすれた弱音がこぼれ落ちた。


「こわ、こわ……い」


 この子は、以前にも魔法力を暴走させたことがあるのかもしれない。それこそ館ひとつを吹き飛ばすくらいの威力で。

 彼女の怯え様と今も漏れ続けている彼女の魔法力の量を考えれば、じゅうぶんあり得る話だった。

 だからこそ早く抑えよう、落ち着こうと思うあまり、逆に焦って上手くいかないのかもしれなかった。


「こわい……」

「……うん。怖いね」


 ぱち、ぱちんと目の前で青い火花が飛ぶ。

 木乃香は、ただ少女の頭や背中を優しく撫で続けた。


「む、無理……できな……っ」

「……うん。そうだね。でもよく頑張ってるよ」


 ぴく。と少女が身じろぎした。

 潤んだ菫色の瞳で、そろりと上目遣いに見つめて来る。

 しっとりと濡れる長いまつ毛は銀色。雪のように白い肌は、泣いたせいか熱のためか目元と頬が赤く痛々しく染まっていた。

 ……あらためて見ると、本当にものすごく可愛い子だ。

 こんな状況だというのにちょっと見とれそうになりながらも、木乃香は意識してにっこり笑った。


「あなたは、頑張ったよ」


 ぱりっと火花が散った。


「で、でも……」

「うん」


 責任感の強い子なのだろう。

 あるいは、褒められ慣れていないのだろうか。彼女は「抑えなきゃ」とうわ言のように呟いた。

 自分で抑えられるならそのほうが良い。だから、木乃香も最初は「抑えて」と言ったのだが、逆効果だったかもしれないと少し反省する。

 しかし。彼女が落ち着くまでいつまでも市場の片隅にうずくまっているわけにはいかないし、長引けば少女の身体にも良くないと思う。


 なので、木乃香は諦めた。

 腹をくくったというべきか。

 少女が自力で落ち着かせることができないのなら、木乃香がやるしかない。


 師ラディアル・ガイルによれば。

 魔法力が暴走しそうになったら、無理に抑えずにいっそ暴走させてしまったほうが、余分な魔法力が抜けて手っ取り早くスッキリ出来るのだという。抜けすぎて魔法力不足で気を失ったりする場合もあるが、それでも治まりはする。

 ただしこの解消法は、暴走しても周囲に迷惑がかからない場所に居る場合のものだ。

 ここは密集した街の中。誰も居ない荒野のど真ん中ではないし、近くに大きな魔法にも耐えられるような設備を備えた施設もない。

 こんな場所で、スッキリするまで魔法力を発散して下さいとは言えない。

 普通は、言えない。


 ごろちゃんー、と木乃香は自分の使役魔獣第五号を呼んだ。


「きゅーう」


 呼ばれた薄ピンクのハムスターは、木乃香の肩から元気に返事をした。

 先ほどから居たのだが、自分のことで精一杯だった少女がソレに気が付いたのは今が初めてだ。

 少女は瞬きした。


「これは“五郎”。わたしの使役魔獣です」

「ゴロー……?」


 そう。木乃香には五郎がいた。

 魔法を含めたありとあらゆる攻撃を吸収しときに跳ね返す、常識破りの“お守り”が。


「この子が一緒にいてくれるから、安心して魔法使っていいよ」

「きゅ」

「え……」

「遠慮なく、どうぞ」


 話している間に、五郎は短い足を忙しなく動かして主の腕を伝って少女の肩に移る。

 使役魔獣と言われたソレは、小さな肩の上で、その肩の持ち主に「おじゃましますー」とでも言いたげにひくひくっと鼻先を震わせた。

 その小ささと頼りなさに、少女はびっくりした。

 簡単に払いのけられそうなそれを、払いのけるという考えさえ浮かばなかった。

 ソレはあまりに柔らかくてもふっとしていて、しかも人懐こくて、どう頑張っても害のあるモノには見えなかったからだ。


「え、え……」


 少女はびっくりした。

 そしてその拍子に、うっかり気を緩めてしまった。

 せっかく今の今まで抑えていた魔法力の大きな塊がすっと抜けていく感覚に、その後に予想される惨事に、思わず目をつぶる。


「きぅ」


 ―――が。何も起こらなかった。


 あのぱちっという音や青白い光すら出て来なかった。

 少女が恐る恐る目を開けたそこには、薄ピンクの小さな塊があるばかりだ。


「よし。その調子」

「きゅー」


 木乃香の指先で頭を撫でられた使役魔獣は、嬉し気に鳴いた。

 (あるじ)に褒められたからか、ぽかんとしている少女と目が合ったからか。五郎は大胆にもさらにほてほてと寄ってきて、もふっとした毛並みで少女の頬をくすぐる。


「……これだけ身体が熱いと、それだけで体力無くなっちゃうよねえ。この熱も取れるのかな」

「きぅ」

「ぴっぴぃ」

「あ、みっちゃんも手伝ってくれるの?」

「ぴぃ」


 いつの間にか、少女の反対側の肩にも黄色い小鳥がちょこんと止まっていた。

 ある意味、魔法力が暴走しかけていたときよりも混乱している少女には、すぐ近くでなされていた会話はほとんど耳に入ってこなかった。


 恐ろしく静かに抜けていく、内側で暴れていた魔法力。

 問答無用で引いていく熱と、軽くなる身体。


「……そろそろ、落ち着いたかな?」


 少女の顔をのぞき込みながら、木乃香が呟いたときだった。


 犬のような狼のようなライオンのような四本足の獣が、木乃香と少女の前に現れたのは。




 大型犬くらいの大きさの体に、犬や狼のような顔。ライオンに似た豊かなたてがみと太く力強い足。

 音もなく露店の商品台を軽々と飛び越えたソレは、大きな尻尾をふっさりと揺らしながら、悠然とテントの中に入って来た。


「わわわっ、なんだコレっ」


 露店の店主が飛び退いて声を上げる。

 この獣、大人しいということもあるが、それ以上に動作や息遣いにもほとんど音がしない。

 それでもこれだけ大きな獣にこんなに近づかれるまで気が付かないというのも不思議だった。

 これが急に()()()()()ものなのか、あるいは()()()()()()なのか。いずれにしろ。


「使役魔獣……?」


 見覚えのない生き物がこんな街中に現れたら、まあ十中八九は使役魔獣だ。

 とはいえ、三郎も五郎もソレに対して警戒していても敵意は向けていないので、急に襲いかかって来るような危ない獣ではないようだ。


 ……それなら。どうしてコレはここに居るのだろう。


「ナナ!」


 木乃香が内心で首をひねったところで、市場の人混みから鋭い声が飛んできた。


「……兄さま?」

「うん?」


 少女がそろそろと顔を上げたのと、旅装の二人組が露店の内側に飛び込んで来たのはほとんど同時だった。


「ご無事ですか!?」

「目的は何だ! 妹を、放………せ?」


 怒りと殺気まで帯びた声は、途中から困惑のそれに変わった。

 “妹”を拘束していると思っていた女性は、むしろ逆に胸倉をつかまれており。

 ふたり揃って、ぽかんと彼らを見上げてきたからだ。








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