そんな隣の王国事情・2
遅くなりましたスイマセン(汗)
今回は短いです。
サヴィア王国は、もともと大陸北東の貧しい小国だった。
気候が厳しく土地は肥沃とは言い難い。これといった産業があるわけでもなく、ほとんどの民は荒れ地に家畜を放って自給自足に近い暮らしをしていた。
例年よりも少し雨が降らなかっただけで、あるいは雨が多かっただけで。例年よりも寒い冬が、暑い夏が来ただけで。あっという間に生活が困窮し餓死者まで出る。
そんな現状を、先代国王フォガル・サーヴェント・サヴィアは何とかしようと考えた。
すなわち、他国を侵略して豊かな土地を自国の領地に加えたのだ。
国民の生活を安定したものにしたい。
国民を支えられる程、強く安定した国を作りたい。
きっかけはただ、それだけだったはずなのに。
もう少し、もう少しと欲を出さなければ。
「大陸の覇者になる」などという夢物語を、声高に叫ぶ愚か者が居なければ。
いっそ、欲に憑りつかれた先王がもう少し早く死んでくれたなら。
いまのサヴィア王国の憂いは無かっただろう。
少なくとも、絶対に手を出さなかったはずである。
北のオーソクレーズと、南のフローライド。この二国にだけは。
☆ ☆ ☆
「というわけで。今度はフローライドに行くことになった」
サヴィア王国王都ヴァリトール。
ここは、その端にある王国第四軍の詰所である。
軍団長を任されているユーグアルト・ウェガ・サヴィアの言葉に、集まった幹部たちは一様にため息をつく。
「………また、急なことですね」
「やっと帰ってきたのに、また遠征かよー」
訝し気な表情で低く呟いたのは、この場でいちばん大柄で、いちばんいかつい顔をした副官、バドル・ジェッド。
その横でばたっと机に突っ伏したのが同じく副官を務めるサフィアス・イオルで、こちらは対照的にすらりとした細身で柔和な顔立ちをしている。
「あれ。フローライドって確か第二軍が行ってて、そろそろ撤退してくる予定じゃなかったですか?」
首をひねったのは、魔導部隊を束ねているカルゼ・ヘイズル。他の者たちに比べてゆったりとしたチュニックを身に着けているが、それでも分かるほどひょろりと細い。背丈はバドルに次いで高いのだが、痩せた身体がよりいっそう強調されて見えるだけだった。
ちなみに。
軍団長のユーグアルトを含め、幹部たちの年齢は全員が三十にも満たない。
彼らだけではない。この軍に所属する兵士たちは、他の軍に比べて非常に若いのだ。
サヴィア王国軍“第四軍”とは、もともとそういった部署であった。
第一軍は王都ヴァリトールの守護。
第二軍、三軍は国境の防衛と領土の拡張、つまりは他国への侵略。
そして第四軍は、他の軍の補佐と若手の育成を主な役割としていた。王国軍に入ったほとんどの者が最初に入れられるのが、ここである。
とはいえ、それは設立当初の話だ。
先王が他国への侵攻を本格的に開始すると、戦況に応じてそれぞれの軍の役割も柔軟に変化した。
また戦が長引くにつれて軍の顔ぶれがころころと変わり、各軍の間の人事異動も激しくなると、さらにあやふやになってしまったのが現在である。
四軍に若手が多いのは、この名残だ。
少し前までは第四軍にも年かさの参謀が居たのだが、オーソクレーズ侵攻中に第二軍へ移動になり、現在は第一軍の幹部として王都の一等地にある詰所でお茶でもすすっているはずだ。
「……あのじいさん、何かやらかしたんじゃないよね?」
サフィアス・イオルがちらりと顔を上げる。
当時フローライド侵攻を命じられた第二軍に配属替えされたのがもと参謀だった、と思い出したのだ。
「デュモルではないな。……おそらく」
ユーグアルトも少し間をおいて「おそらく」と付け足した。
血気盛んな若者たちばかりの軍にいる年かさの参謀といえば、彼らのお目付け役か抑制役だろう。実際、そんな役割を期待されていたと思うのだが。
いざ戦になると、誰よりも派手で過激な戦法を提案してくるのがあの参謀だった。
基本、穏やかな気性の持ち主ではあるのだ。普段は年相応に落ち着いていて、陣の奥でどっしりと構えている。
が、あんまり長続きしない。
ちょっと戦況が膠着してくると、すぐに焦れて戦場へ飛び出して行こうとする。「何をちんたら戦っとるんじゃああっ」と周囲の若者たちに一喝することも忘れない。
腰痛持ちなのに、単騎で敵方へ突っ込もうとする彼を何度説得し引きずり戻したことか。
その後、案の定ごつい手で腰を押さえてうんうん唸る参謀の姿に、若い兵士たちは「忍耐って必要なんだな」としみじみ教えられたものだった。
基本的に王都から出ない第一軍に配属されたのは、彼にとっても周囲にとっても良かったのだろう。
まあ、それはともかく。
「………落とすので?」
静かな声でバドル・ジェッドが問う。
その短い言葉に、場の空気が少しばかり張りつめた。
緊張。落胆。覚悟。高揚。嫌悪。諦め。さまざまな思いが複雑に混ざり合う沈黙の後。
ユーグアルトは、ため息をもって応える。
「それは王も決めかねているようだ。現地からの報告を受けても、どうも状況がつかめない」
「……うわあもっと面倒くさい」
先のサヴィア国王が亡くなったとき。
王国軍全軍に向けて、次期国王である兄ウォラスト・エディリンから撤退命令が下された。
しかしすでに北のオーソクレーズは陥落寸前で、かの国内の状況もあり引き返せない状況にあった。
対して南のフローライドへの侵攻は、まだ国境付近をつついた程度だったはず。撤退しようと思えば、速やかに撤退できたはずなのだが。
戦を好まない現王ウォラストが「決めかねている」というのも妙だ。
「ひとつ、確認させていただきたいのですが」
カルゼ・ヘイズルが軽く右手を上げた。
「団長がフローライドへ行くことによって、オーソクレーズの件はどうなりますか?」
「他の者に任せることになる。それは王にも確認済みだ」
「ああ、それは良かったです」
ほ、と肩まで落としてカルゼは息をつく。
ユーグアルトの言葉に、副団長ふたりの表情もそれぞれに緩んだ。
「公の場で、あれだけはっきりと王女の婚約者候補から外れたのだから大丈夫だとは思うが。まさかオーソクレーズからフローライドまで使者を寄越しては来ないだろう」
「ですよねえ」
「……そういうことなら、遠征も悪くないかな」
オーソクレーズの戦後処理と暫定的な統治は、サヴィア王国から派遣されて来た担当官に引き継がれたはずだった。
が、ユーグアルトの元には、いまだにかの国から相談事を持ちかけたり判断を仰いできたりする使者が頻繁にやってくる。
サヴィアとは勝手が違うかの国に担当官が苦戦しているという理由の他に、ユーグアルト・ウェガの名前がオーソクレーズの有力な次期王候補として挙げられていたからでもあるのだろう。
ともあれ、おかげでただでさえ忙しいのに余計に忙しくしていたのがユーグアルトだ。
本人にオーソクレーズの王になりたいという野心だとか、王女への恋心とかでもあればまた違ったのだろうが、あいにくそんなモノは欠片も持っていない。
それを腹心の部下たちもよく分かっていた。
むしろひどく同情的で、彼の置かれた状況に本人よりも呆れ腹を立てているのが彼らだった。
「巻き込んで、すまないな」
わずかに目を伏せた軍団長に、その部下たちは「とんでもない」とそれぞれに首を振る。
「あの国との縁が切れるんだったら、むしろ喜ぶべきかも」
「まさか遠征に行ったほうがまだマシだと思える日が来るとは、ですよねえ」
サフィアス・イオルが突っ伏していた机から顔を持ち上げれば、カルゼ・ヘイズルも苦笑をこぼす。
彼らの言葉に、バドル・ジェッドも無言で頷いた。
上司を間近に見て案じつつ、なおかつ自身も仕事を増やされて苛々としていた彼らは、これでちょっとでも楽になるのなら、とフローライド行きを快く了承したのだった。
次話は翌日投稿予定です。




