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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女と、彼ら。

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こんな彼女のお役所仕事・1

3章にはいりました~




「ミアゼ! ミアゼ・オーカはいるか!」


 ただでさえ響く石造りの廊下から、がつがつ、がしょんがしょんという足音とともに大声が近づいてくる。

 はあー、と重いため息を吐いて、木乃香はハイハイここですよー、と口の中だけで返事をした。

 もちろん、彼女を探しているらしい大声の主には聞こえていない。

 同じ部屋にいた者たちから、ちょっと憐れむような視線が飛んできたが、それだけだ。むしろ何気なく、少しずつ彼女から離れていく。

 あー用事を思い出したー、と白々しく声を上げて、部屋を出て行く者すらいた。

 しかし、そんな同僚たちを薄情者、と嘆くつもりはない。

 何故なら、木乃香だって他の者が呼ばれたらそうするからだ。


 ばたん、と乱暴にドアが開けられる。

 ちなみに開けたのは大声の主ではなく、その使役魔獣である。

 がしょんがしょんという足音の主である全身鎧の人型使役魔獣は、召喚主にして木乃香が所属するこの部署の長でもある上級魔法使いの自慢であった。


「ミアゼ! いるなら返事をしたらどうだ!」

「はい、長官さま」


 そりゃ居ますよ。

 そう突っ込みたくなるのを我慢して、木乃香は澄まして答えた。


 彼女は自分の部署の自分の机に向かって、真面目にお仕事をしているのだ。

 ほとんど自分の部署の自分の席にいない長官じゃあるまいし、廊下から他部署にまで響き渡るような大声で呼ばれる筋合いはない。

 が、しかしそれを本人に言ったことはない。

 理由は簡単。面倒くさいからだ。


「よくもまあこんな所でのほほんと座っているものだなミアゼ・オーカ!」


 雷を落とす、という表現がぴったりのがらがらと良く響く声で、長官は怒鳴る。

 もっとも怒られる理由はまったく分からないのだが。


 彼曰くの「こんなところ」とは、フローライド王国王城の執務棟にある“統括局”。

 外交問題や他の部署を取りまとめ調整する役割を担った、内務・外務両大臣直属の立派な部署の執務室である。

 そして「こんなところ」の長官を務めるのが、目の前の“長官さま”ことタボタ・サレクアンドレなのだが。


 全身を重くてごつい鎧で身を包んだ使役魔獣の真後ろに立ってさえ、はみ出て見える豊かな腹回り。身に着けた“上級”魔法使い用のマントが妙に小さく窮屈そうに見える。

 ろくに運動しない上に暴飲暴食当たり前、という生活をしていればそうなるだろうな、というメタボ体型の見本のような男だ。

 ろくに運動しないけど研究に夢中になると食事もおろそかになる、もやしのような魔法使いばかり見ていた木乃香にしてみれば、彼の体つきは少々驚きだった。

 その割にいまいち貫禄が乏しいというか……小者な感じがするのは、ついつい最上級魔法使いのお師匠様と比べてしまうからだろうか。

 いや、比較対象が間違っているのは分かっているのだが。


 この上司、部下に対して怒鳴るのが大好きだ。それが唯一のカロリー消費方法だとでも思っているのかもしれない。

 しかし相手の反応が薄いと、どうも調子が狂うらしい。

 タボタ・サレクアンドレは眉間にしわを寄せた。


「きさま、()()()()()分かっているのか!?」

「…………はい?」


「ワタシワカリマセン」とばかりに首を傾げて見せると、彼は大きく膨らんだ腹だか胸だかを突き出して、いっそうの大声を張り上げる。


「こんなところでサボっている暇があったら、たまにはわたしの仕事に同行したらどうだ!」

「………………はい?」


 あまりに見当違いのことで責められ、木乃香は今度は本気で首をかしげた。


 木乃香はサボっていたわけではない。全然サボっていない。

 繰り返すが、彼女はちゃんと仕事をしているのだ。

 座っているのは山になった書類を片づけていたからで、そしてその書類は上司から押し付けられたり押し付けられたり、いつまででも放置されているから仕方なく引き受けたりしたものなのだ。

 頼りにされているというより、半分以上は嫌がらせなのだろう。


 そして木乃香の記憶が確かならば、この上司から同行しろと言われたことは一度もない。

「下級魔法使いなど、恥ずかしくて連れて歩けるものか」と嘲笑われたことはあるが。

 もちろん、勝手について行けるものでもないし、ついて行きたいとも思わない。


 何でまた突然、そんな摩訶不思議な事を言い出したのか。

 口には出さずにそう思っていると、長官が語り出した。

 いや、喚き出した。


「くそっ、またあの学術局の若輩だ! ちょっと王に気に入られているからと図に乗りおって……っ! 若い女など、あの場で物珍しく映っただけではないか! 妃に上げたところですぐに忘れられて放り出されるのがオチだ!」


「……………」


 ………推測だが。

 おそらく、最近目の敵にしている学術局の長官が、若い女性を伴って国王陛下の前に現れたのだろう。

 そしてその若い女性が、王様はいたくお気に召したらしい。

 学術局は魔法使いと魔法知識の管理を行う部署で、魔法使いの認定も行っている。

 王様が興味を示すような面白い魔法を使う女性でも見つけて連れてきたようだ。

 いい歳したオジサン連中の中に若い女性がひとりいれば、それは嫌でも目立つ。

 なので、自分も女性を連れていけばあちらが目立たず済んだのに、と部署内で唯一の女性職員である木乃香に当たっている。

 ………とまあ、そういうことだと思われる。


 なんて見事な八つ当たり。完璧なとばっちりであった。


 この職場に限らず、働いている“魔法使い”の女性は男性に比べてかなり少ない。

 “魔法使い”の女性は魔法の素質のある子供を産む可能性が高いので、働きだしてもすぐに貰い手がついて結婚・出産のため退職、というパターンが多いのだ。

 そんな状況なので、女性のほうも仕事に来ているというよりは有望な結婚相手を探しに来ている、という態度があからさまな者が多かったりする。

 木乃香が入って来た頃は部署にまだ二人いた女性職員も、結婚が決まったとかで早々に辞めてしまった。


 まあ、そんな社会的背景はあるにしても。

 こんなセクハラとパワハラとモラハラの模範のような上司のいる職場なんて、誰だって長居したくないよなあとは思う。

 慢性的な人手不足になるはずである。


 いつも上司の後ろには「そうだそうだ」と囃し立てる取り巻き連中がいるのだが、いないということは“女性じゃない”ことで八つ当たりされたのか、される前に逃げたのか。

 居たら居たでイラっとするが、居なかったら居なかったでイラっとする男共である。

 長官のお守りもせず部署にも戻らず、どこでサボってやがる、と。


 なんかどんどん心が荒んでいくわー、とちょっと遠い目になっていると、長官さまの顔つきがさらに険しくなった。

 そして「はああー」とこれ見よがしなため息を吐きだす。


「まったくこれだから“下級”は。十一階級など採用した者の気が知れない。使えないにも程がある」

「はあ」

「だいたいその紙束の山は何だ。数日前に見た時からまるで減っていないではないか!」


 机の両側に積まれた書類の山を指さして、長官は言う。

 王城にいるのに数日間自分の職場である統括局に顔を出していないと堂々と宣言しているようなものである。

 山の高さは変わっていなくても山の中身は変わっているのだが、木乃香はあえて困った顔で「はい」と答えた。

 ここでちゃんと仕事してます、とかなんとか反論しようものなら、余計に仕事を増やされるに違いないのだ。


 そんな彼女の耳元で、しゃらんと金属が擦れる音がする。

 見上げれば、長官の使役魔獣である全身鎧が、腰に下げていた大きな剣を鞘から引き抜いたところである。


「やれ!」


 優越感のにじむ声とともに、全身鎧が剣を振り下ろす。

 その風圧で、木乃香の前髪だけでなく、机の書類がばさばさと盛大な音を立てて散らばった。

 あーあ、と思わず誰かが低く呟く。

 床に散らばる紙を満足げに見下ろして、長官は大きな腹くるりと反転させた。足元にあった数枚の書類を靴で踏みにじりながら。


「このようにされたくなければ、今度からもっと早くに片付けるのだな!」

「……はい」

「やれやれ。出来の悪い部下の教育も骨が折れるわ!」


 一方的に言いたいことだけを喚いて、統括局の長官はさっさと部屋を後にした。自分の机に置かれた書類には見向きもせず。

 それから数歩遅れて、彼の使役魔獣ががしょがしょと召喚主の後に続く。

 いっそ骨の一本や二本ぽきんといってしまえ、と物騒なことを考えたのは内緒だ。




「いやー“はい”だけで乗り切るとか。オーカちゃんもアレの対処方法が分かってきたよね」


 がつがつがしょんがしょんという騒がしい足音がじゅうぶんに遠ざかってから、木乃香に声をかけてきたのはジェイル・ルーカ。

 仕事上の先輩であり、彼女をこの統括局に引き込んだ張本人である。

 まったく助けてくれない先輩をぎろっとひとにらみしてから、木乃香は書類を拾いはじめた。


「今日の言い方は、ちょっとぎくっとしましたけどね」

「ああ……うん。まああの感じだとぜんぜんバレてないと思うけど」


「はい」と「いいえ」と「おっしゃる通りです」。

 うちの長官には、だいたいこの三つさえ返しておけば問題ないから。


 統括局にやってきた初日。彼から受けた最初の教えがこれで、この人は真面目な顔で何を言ってるんだろうかと首を傾げたものだった。

 しかし統括局に在籍して半年くらいが経過した現在。木乃香はその三種類の言葉以外を使ってやろうという気も起きない。

 いま新人が入ってきたとしても、木乃香は自分が言われたことと同じことを後輩に言い聞かせるだろう。

 使ったところでちっとも意思の疎通ができない。たぶん、する気もないのだろう。

 あれだけ好き勝手に叫んで人を罵倒していれば、きっとストレスなんか溜まらないに違いない。

 羨ましいことである。ああなりたいとは思わないが。


「今日はまた、記録的に短い訪室でしたねえ」

「また国王陛下の“視察”があるらしいから、付いて行くんだろうね」


 大抵の高官たちは、国王のそばに侍っていることが多い。

 ここの長官ほど本来の仕事をほったらかしてまで張り付いている者も少ないが、大抵の高官たちは国王のそばに侍っていることが多いようだ。

 城の外に出るとなれば、陛下をお守りするため、とかなんとか言ってあの使役魔獣を召喚して必ず同行している。

 ちなみに、護衛は別にちゃんといる。


 自分の居住区からほとんど出て来ないと聞いていたフローライド国王陛下だが、最近はよくお城の外へお出かけされる。

 視察、という言葉を使っているが、そのほとんどが日帰りで帰って来れるような近場。

 そして周辺の街や施設を見るでもなく、高官たちの別宅などで歓待を受けて帰ってくるというのが多いらしい。

 おかげで、高官たちは何とかして自分の屋敷に国王陛下を招こうと、そしてお気に召していただこうと必死になっており、そんな彼らは余計に仕事場に顔を出さなくなっていた。


「おかげで仕事がはかどってものすごく助かるんですけどね」


 王様の目的が、いまいちわからない。

 が「単なる王様の気まぐれです」と言われれば「なるほどなー」と納得できるほどには、王様の行いに予想がつかないことも事実だ。

 普段から「だって王様だもの」と片付けていたひとりであるジェイル・ルーカは、木乃香の何気ない言葉にひく、と顔を引きつらせた。


「………ま、まさかなー」


 ちょっと血の気の引いた先輩の顔にはまったく気づかず、彼女は集めた書類の端をとんとんと整えた。

 上司がいないほうが仕事がはかどるって何なの、と思いながら。




「はい、このかー」


 拙い言葉とともに、数枚の紙が横から差し出される。

 小さな小さな褐色の手の持ち主は、木乃香の使役魔獣“一郎”である。


「いっちゃん、ありがとう。あーもう。ウチのコたちは本当に良い子だよねえ」


 武官じゃあるまいし。いくら大きかろうと強かろうと、書類の一枚も運べないような使役魔獣は、この職場に必要ないと思うのだ。

 赤いふわふわの髪を撫でながらしみじみと呟けば、使役魔獣はくすぐったそうに「ふふっ」と笑った。


「そんなにヨロイさんを見せびらかしたいなら、マゼンタの荒野かサヴィアとの国境付近ででも暴れさせればいいのにねえ」

「国境はともかく、荒野で暴れたって誰も見てないよ。……っていうか、ヨロイさんってもしかして長官の使役魔獣?」

「そうですよ」

「それ、名前?」

「いっちゃんがそう言ってましたけど」

「…………あ、そう」


 深く突っ込まない。

 突っ込まないが、ジェイル・ルーカは自分のこめかみをぐりぐりと揉みほぐすような仕草をした。


 そう、あの大きな甲冑姿の使役魔獣“ヨロイさん”も、以前に比べれば優しくなったのだ。

 一郎が“お願い”してくれたおかげで、召喚主の命令には逆らえないものの、暴れ方を手加減してくれるようになった。

 今だって、床に散らばった書類は散らかり方が派手ではあるが、剣の風圧で吹き飛ばされただけだ。ぜんぜん傷ついていない。

 それでさえ、剣を振るう時には剣先がためらうように揺れたり、去り際に申し訳なさそうにこちらを見ていることに気が付いてしまえば、気を遣わせて逆に申し訳ないくらいである。

 いつものことなので、もともと本当に大事な書類の類は机上に置かないようにしているので、多少汚されたところで問題はない。

 いちばん被害がひどかった長官に踏まれた書類も、どうせ長官の取り巻きから押し付けられたどうでもいい案件である。長官に破かれたと言えば文句も出ないだろう。


 一郎だけではない。いつの間にか彼女の小さな使役魔獣たちが湧いて出て、散らばった紙を集めてくれればすぐに辺りは元通りきれいになった。

 お片づけスキルは、とある王立魔法研究所の所長室で習得済みである。


「よし。今日も被害は最小限だわ」


 良かった良かった、と胸を撫で下ろしていると、ふわりと風が室内を通り過ぎた。

 大声の騒音被害を和らげるためだろうか。いつの間にか開け放たれていた大きな窓から入り込んだようだった。

 それは整えたばかりの書類をくすぐり、それからジェイル・ルーカにまとわりつくようにくるくると渦を巻いて、そして消える。

 ふむ、とジェイルはうなずいた。


「はやいな。長官たちはもう城を出たみたいだよ?」


 柔らかい風は自然なものではなく、彼の魔法だ。

 城にはもともと、内外からの強力な攻撃魔法や国王その人に対する盗聴・盗撮などの偵察魔法を無効化する結界が敷かれている。

 しかし“それとなく”相手の様子を窺ったり“なんとなく”会話を聞いたりする程度のふんわり漠然とした魔法は見過ごされているようだ。

 彼だけでなく木乃香や他の同僚たちも、この風魔法のおかげで上司らが持ち込む面倒事や八つ当たりの一部から上手く逃げることができている。

 上司ら上級魔法使いには「弱い」とせせら笑われる魔法だが、何でも使いようなのだ。

 ……“下級魔法使い”ミアゼ・オーカの小さな使役魔獣たちもまた。


「そろそろ“アレ”、やるか」


 ジェイル・ルーカの言葉に、他の同僚たちがぴくりと反応する。

 木乃香もまた、にやりと笑って彼に答えた。







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