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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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閑話・ところでその頃・3(一郎)

遅くなって申し訳ありません。

一郎のお留守番編です。




 きらきら。きらきら。

 そんな効果音が聞こえてきそうなほど、純粋な好奇心をめいいっぱい湛えた三対の瞳が、一郎をじーっと見つめてくる。


 ナニコレ? ダレコレ?


 声に出さなくても、うるさいほどに赤茶色の瞳たちが語っていた。

 日々構ってくれる“ねーさま”たちの砂糖菓子のように甘いそれとも、彼女たちに阻まれて物陰からそろりと窺ってくる研究者たちの粘着質なそれとも違う、とても無邪気で素直な子供の視線である。

 しかも近い。ものすごく近い。

 思わず後ずさりしかけた彼の頭に、ぽすっと人の手が置かれた。


「お前ら、コレはオーカの使役魔獣なんだから、仲良くしろよ?」

「くるるぅー」


 さらにぐしゃぐしゃと髪を乱されて見上げれば、目の前の三対と同じ色の瞳がある。

 その使役魔獣である、赤いドラゴンの姿も。

 使役魔獣のくせに、ドラゴンまで兄貴(づら)で「なかよくしろよー」と言っている。

 それが分かったわけではないだろうが、目の前の三人から揃って「ええー」と不服そうな声が上がった。


「だってルビィとちがう」

「ちっさいよ?」

「からだが赤くないし羽もないよ?」

「それでも使役魔獣なんだよ。師匠のだって違っただろ」


 それですんなりと納得したらしい。

 三人は「ああーそっか」と頷いた。


「あれかー。緑と黒のやつ」

「ぐねぐねのやつ」

「へんなやつ」


 なんとなく成り行きを見守っていた一郎は、再びぐりぐりと髪の毛をこねくり回された。


「まあ、そんなわけで。おれの弟妹のトレクとルヤンとルルシャだ。よろしくなイチロー」

「……」

「……」

「……つの?」


 撫でられる度に、慎ましやかな角が見え隠れする。

 これがまた目の前の子供たちの関心を引いたらしく、今度は視線が赤い頭から離れない。


 遠慮のえの字もない大注目のなか。

 ちゃんとごあいさつしてね。

 そんな(あるじ)の声が聞こえた気がして、慌てて一郎はぺこんと頭を下げた。


「は、はじめまして。いちろー、です」

「……」

「……」

「……」

「コラお前ら、あいさつは」

「くるう」


 年長者とその使役魔獣に言われて、子供たちもはっとしたようだ。

 彼の真似をするように、慌ててぺこっと頭を下げた。


「はじめまして」

「はじめましてー」

「よろしくー」

「くるるー」


 ここはマゼンタ王立魔法研究所から最も近い、けれどもそれなりに遠い集落。

 魔法使い見習いクセナ・リアンの実家であった。





     ☆   ☆   ☆





「イチローちゃんの元気がないんだよ」


 魔法研究所の食堂を預かるゼルマからクセナ・リアンがそんな相談を受けたのは、木乃香たちが王都へと出発して七日目のことだ。

 ふたりの視線の先には、オムレツを頬張ってむぐむぐと口を動かす一郎がいる。

 クセナの前にも、相談料とばかりに同じものが置かれていた。

 “流れ者”木乃香直伝、ゼルマ特製の人気メニュー、ふわふわチーズオムレツである。


 決して早くはないが、着実にもぐもぐと咀嚼し確実にごっくんと飲みこむ一郎。

 三歳児程度の大きさしかない体のいったいどこに入るのか。この使役魔獣は、とてもよく食べる。

 別に食べなくてもいい体なのに食べる。出されたものは残した例がない。

 しかもにこにこと美味しそうに、いくらでも食べるものだから、お菓子だの果物だの皆競うようにしてあげていた。


 そう。食べるは食べるのだ。

 食べっぷりを見た限りでは、いや元気だろとゼルマに反論したくなるくらいには。

 しかし淡々と口に運ぶその様子は、なんだか義務感が滲んでいた。食べなくても生きていける使役魔獣なのにだ。

 ゼルマたちを魅了してやまない「にぱっ」という破壊力抜群の全開笑顔が出ない。

 笑っていないわけではないが、明らかにこちらを気遣ってるんだろうなという控えめな笑い方をする。

 クセナでさえ分かるのだ。面倒見が良いゼルマなら、見た目幼い子供風の一郎にそんな大人な顔をされるのはつらいだろう。


「最初の数日はとくに変わった様子が無かったんだけど……やっぱりオーカちゃんが居なくて寂しくなったのかねえ」


 ゼルマのほうがよほど寂しそうな顔つきで言う。

 元気ないって単なる食べ過ぎもあるんじゃないかな。そんな風にもクセナは思ったのだが。




 どうやら、一郎の召喚主であるミアゼ・オーカは無事“魔法使い”になれたようだ。

 王都からの知らせより早く、クセナは自分の使役魔獣ルビィからそれを聞いた。

 そしてルビィは一郎から聞いたらしい。

 毎度一緒にいるところを見かけるが、使役魔獣同士あまり会話に花が咲いているようには見えなかったのだが。

仲が良いのは確かなので、まあ、何か通じるものがあるのだろう。


 それはともかく。ミアゼ・オーカが目的を果たせたのはいいのだが、この時に魔法力不足で倒れたらしく。

 オーカらしいといえばオーカらしいなと彼は思ったものだが、時期的にみて一郎に元気がなくなったのもその辺りに原因がありそうだ。


「お前さあ。からだ、大丈夫なのか? 魔法力足りてるか?」

「うん」


 素直にこっくり頷く使役魔獣。

 その表情には無理も嘘も見当たらない。


 “形態変化なし。動作異常なし”


 先ほどちらっと見たとある研究者の観察記録に書かれていた文がクセナの頭に浮かぶ。

 といっても“変化なし”と近づけない事への不平不満ばかりの、記録というよりは鬱憤晴らしに近い書きなぐりだったが。

 オーカの魔法力が無くなったので一郎の身体を動かす魔法力が足りなくなった、というのがいちばん有り得ると思ったのだが、違うらしい。

 魔法力不足でないのなら単に召喚主を心配してのことなのか、はたまた別の理由があるのか。

 クセナは後頭部をかいた。

 その道の研究者でさえ頭を悩ませる他人の使役魔獣“一郎”のことなど、彼に分かるわけがない。




 と。

 チーズオムレツを食べきったらしい一郎が、じっと彼を見上げていることに気付く。

 互いに見つめたまま数秒。


「……もしかして、食べたいのか?」


 自分の前に置かれた、少し冷めたオムレツの皿を一郎のほうへ少し押してみる。

 今度はその皿をじっとみつめて数秒。

 彼はふるふる、と首を横に振った。


「ううん。これは、りあんくんの」


 言いながら、もみじのような手でオムレツを押し返す。

 そこに我慢している様子はない。


 この使役魔獣、基本的に召喚主を真似て他人を呼ぶので、クセナのことも「りあんくん」だ。

 そんな風に年上のお兄ちゃんを呼ぶ小さな子供という構図が、はた目には妙にツボに入るらしい。それを聞いた“オーカの使役魔獣を愛でる会”のお姉さま方が、よく桃色の悲鳴を上げて悶絶していた。

 多感なお年頃であるクセナとしては、正直周囲の反応が鬱陶しくてしょうがない。

 が、召喚主はでれでれ眺めているだけなのだ。彼はとっくに呼び方の変更を諦めていた。


 この“愛でる会”のメンバーがいつも一郎にべったりと張り付いていたし、その甘々空気の中に入っていくのはやっぱりちょっと、いやかなり嫌だったクセナが一郎に会うのは久しぶりだ。

 研究所に来たのだって三日ぶりである。それにしたって自分の使役魔獣ルビィにせっつかれゼルマに呼び止められるまでは、遠目に見てさっさと帰るつもりだった。


 配慮されているのか、あるいはゼルマに何か言われたのか。“愛でる会”のメンバーは、今は食堂にいない。

 食堂の外には、いまだに出禁を言い渡されている研究者魔法使いたちの灰色マントがちらちらと見え隠れしていた。

 もうちょっと上手く隠れればいいのに、と思わないでもないが、たぶん彼らも必死なのだろう。

 召喚主とその保護者たちが揃って遠出しているいま。

 こんな絶好の機会を“使役魔獣”研究の魔法使いたちが見逃すはずはなく、彼らは連日一郎の周囲に出没している。

 が。今までと同様、まったく近づけていなかった。

 それは、この“オーカの使役魔獣を愛でる会”の存在が大きい。


 そしてたまにひとりでいても、なぜか他所(よそ)の使役魔獣が立ちはだかって研究者たちを寄せ付けなかった。

 この間など、一郎を背にして庇うように立ちはだかった巨大土人形(ゴーレム)に対して、その召喚主が「おまえおれの使役魔獣だろおおーっ!?」と悲鳴を上げていた。

 もう訳が分からない。


 使役魔獣たちのほうは解析不能なので、研究者たちの恨みつらみは“愛でる会”の人間たちに向いていた。

 こちらがまるで近寄れないというのに、“愛でる会”は一郎のそばに張り付きこれ見よがしに構い倒しているのである。

 そりゃあ「ずるい!」と地団駄を踏みたくもなるだろう。


 ここに、小さな使役魔獣をめぐる争いが勃発していた。

 あくまで水面下での話である。

 大っぴらにならないのは、双方とも一郎を怖がらせてラディアル・ガイル研究所所長の特製防御結界が敷かれたミアゼ・オーカの私室に閉じこもられでもしたら非常に困るという事情があるのと、「小さな子供の前でいい大人がケンカするんじゃないよ」と保護者兼“愛でる会”名誉会長のゼルマが常に目を光らせているからである。


 そんな周囲の様子に気が付いているのかいないのか、あるいはどうでもいいのか。

 一郎は、毎日きちんと部屋の外へ出て、周囲に元気な顔を見せ、そしてきちんと部屋へ戻る。それこそ義務だとでもいうように。

 残念ながらゼルマの目が届かないところで“愛でる会”と“使役魔獣”研究者との間の溝は深くなる一方であったが、一郎の行動は変わらなかった。



 研究所の一郎争奪戦を、クセナ・リアンは正確に知っていたわけではない。

 今もなんとなくちょっと空気が悪いな、と感じている程度だ。

 少し冷めたチーズオムレツをぽいっと口に放り込み、クセナ・リアンは改めて一郎を眺めた。

 飽きもせずに見上げてくる赤い瞳は、小首を傾げたせいかどこか不思議そうにも見える。

 今日はどうしたのかな、何か用があったのかな。

 そう言いたげな視線にちょっとだけ後ろめたさを覚えた。

 出発前に「いっちゃんをよろしくお願いします」と頼まれたのに、放っておいたのはクセナだ。

 だからというわけではないが。


「……ちょっと、外に出てみるか?」

「え?」


 クセナの言葉に、一郎は傾げた小首をまた反対側に傾げた。

 彼の召喚主は他の使役魔獣たちも好き勝手自由気ままに放し飼いにしている非常識な“流れ者”なので、行動を制限しているとも思えないが。

 あまり気が進まない様子である。


 一郎の行動範囲が狭いのは、主の留守中に他人に迷惑をかけないようこの使役魔獣なりに気を遣ってもいるのだろう。

 自由気ままにお空を飛んで行く鳥型の三号と自由気ままに他人(ひと)様の膝にまでお邪魔する猫型の四号に比べれば、この一号はもともと大人しいほうだ。大体は召喚主か弟分の使役魔獣たちと一緒にいて、単独行動をしない。


「体、大丈夫なんだろ?」

「うん……」

「食堂と部屋の往復だけって、面白くないだろ?」

「……そうだねえ。外でも出てみたら気分転換になるかもしれないね」


 使役魔獣に気分転換が必要なのかどうかはともかく、ゼルマも同意する。

 そしてどこに準備していたのか、焼き菓子を包んだ布を一郎に握らせ言った。


「イチローちゃん。このお兄ちゃんとちょっと遊んできな」

「え。でも」

「ルビィも心配してたぞ。あいつ、でかいから食堂に来れないけど」

「………ごめんなさい」


 しゅんと項垂れる一郎。

その赤い頭を、クセナはわしゃわしゃと強めに撫でた。


「わ、わ、わ」

「そこは謝るんじゃないだろ」


クセナはさっさと席を立って、一郎をひょいと小脇に抱える。日頃から弟妹達の世話をしているので、慣れたものだ。

 あっ、とどこかで誰かの声が上がる。

どうせ見張っている“愛でる会”か研究者たちかのどちらかだろうから、気にしない。

いろいろと危なっかしい使役魔獣だな、とほとんど抵抗らしい抵抗をしない一郎にクセナは思う。


「そもそも何か言うならおれにじゃなくて、ルビィ」

「……うん」


 まったくその通りなので、一郎はまたこっくり頷いた。


 そして彼は外の木陰で主を待っていたルビィのもとへ連れて行かれ。

 ぐあーぐあーと鳴いては口先でつついて来る赤ドラゴンの頭を、ひたすら撫でるはめになったのだった。

 いつの間にかその赤ドラゴンの背中に乗せられ、いつの間にかお空の散歩に連れ出されるまで。






     ☆   ☆   ☆






 研究所でひとり留守番をするか、“封印”で眠りについて帰りを待つか。


 それが、木乃香の使役魔獣“一郎”に与えられた選択肢だった。

 なぜそんなことを聞かれるのか分からず、彼は首を傾げた。

 一郎は木乃香の使役魔獣だ。召喚主が命じれば使役魔獣は従う。

 わざわざ聞く必要はないのに。


 木乃香は、きっと知らないのだ。知っていても、分かっていない。

 そもそも彼女から命令らしい命令など一度もされた記憶がない。

 ただ寄り添うこと。離れないこと。それがたぶん、一郎のいちばん大事な役目だった。

 だから嫌だ寂しい連れてって、と駄々をこねてみることはできただろう。

 実際、(あるじ)から離れてひとり残されるなど嫌だし寂しいし自分も連れて行って欲しいのだ。

 でも、主のほうがよほど寂しくてつらそうな顔をして言うものだから、一郎は選択肢にないわがままで主を困らせるのをやめた。


 使役魔獣は、召喚主の魔法力がなければ生きていけない。

 いくらふわふわのオムレツや甘いお菓子を食べたところで――本人が喜んで平らげたとしても――なんの足しにもならないのだ。

 だから一定の距離や時間召喚主と離れてしまうと、その存在を保てなくなる、というのが常識だった。

 研究者たちが日々一郎の周辺に出没するのは、これに注目しているからだ。

 魔法力が切れるのはいつか。切れたときどうなるのか。


 これまで、一郎にその兆候は見られない。まったくない。

 彼と召喚主は、最初からクセナ・リアンや研究者たちが気にしているような魔法力の心配はしていなかった。

 考えていなかったわけではない、と思う。たぶん。

 ただ漠然と、お互いに魔法力の供給に問題ないとわかっていたのだ。

 説明しろと言われても「なんとなく」としか答えられないのだが。


 それならせめて、と。

 起きていることを一郎は選んだ。

 そうすれば離れていても、少なくとも(あるじ)の存在を感じ取ることは出来るから。


 でも。

 魔法力が無くなって倒れたときも。新しい使役魔獣(なかま)が出来たときも。

 一郎はそれを感じ取ること()()できなかった。

 彼らから、遠く離れた空の下で。






後編は16時更新予定です。

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