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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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33/89

こんな大きな木の下で・1





 小さいにも程がある。

 そんな風に驚き呆れられている木乃香の使役魔獣たちだが、五番目である“五郎”はその中でも最小だった。

 例えば外套の内ポケットや懐の中に、簡単に隠れることができる。隠れてしまえばそこに使役魔獣が隠れているなど、おそらく誰も見破れないだろう。

 間違いや失敗などではなく、木乃香はあえてその大きさで召喚したのだ。

 体を縮めるため、いつも以上に魔法力を消費してまで。


 目立たず簡単に持ち運べること。これはけっこう重要なことだ。

 というのも、王都フロルに行くにあたり、木乃香は一郎をマゼンタに置いてきた。

 そして王都に着いてから、宿に二郎を置いてきた。

 その理由は単純。かさばるから、である。

 小さいながら……いや小さく風変わりだからこそ、4体も使役魔獣がいればそれなりに目立つのだ。悪目立ち、というやつだ。


 マゼンタの王立魔法研究所では、彼女が使役魔獣をぞろぞろ引き連れていても何も言われなかった。

 目立ってはいた。が、むしろ周囲に可愛がられ喜ばれていたし、他の使役魔獣だって普通にその辺にいた。とっさに隠す必要だってなかったので、そんな術も習得していない。

 “封印”はそれに近いが、封印場所が木乃香の自室に限定されているので持ち運べないし、新たに封印場所を作るにしても時間がかかってしまう。

 そもそも、召喚陣を使ってその都度召喚し直すのではなく、すでに召喚したモノを持ち歩く魔法使いが少ないのだ。まして使役魔獣の持ち運びしやすい方法など、研究所の誰に聞いても分からなかった。


 そんなこんなで。

 けっきょくいちばんサイズが大きい一郎は研究所でお留守番、魔法探知能力を買われて同行した二郎はシェーナ・メイズと一緒に宿でお留守番、となったのだった。

 かさばるだけでなく、万が一うっかりお前が魔法力不足状態に陥った場合どうするんだと保護者様方に心配されてしまえば、木乃香は反論できない。

 実際に前触れもなく何度か倒れては周囲を心配させている身としては、受け入れるしかなかった。


「はやくかえってきてね」


 わざわざ厨房から見送りに出てきてくれたゼルマおばさんに抱えられ、使役魔獣第一号は寂しげながらも健気に手を振っていた。

 宿に置いてきた使役魔獣第二号は、昨晩から木乃香の足元に黒い身体をひたすらすり寄せ、少しも離れようとしなかった。

 そして最後までついてきた二体も、残してきた兄弟の分まで頑張る! とばかりに張り切っているのが分かるから、余計に切ないのだ。


 五番目の使役魔獣“五郎”を手のひらサイズにしたのは、単純に離れると寂しいから、という理由だけではない。

 常に一緒に居られること、周囲に居るということが分かりにくいこと。それが、与えた特殊能力を発揮するには都合が良かったのだ。


 そんなこんなで、あれこれと惜しみなく魔法力を注いだ結果が、これである。

 しまったやり過ぎた、と思った時にはもう遅い。


 当然のごとく意識を失った召喚主の傍ら。

 薄ピンクのハムスターは、幸いにもその特殊能力を使うことなく。

 他の兄弟たちと一緒になって小さい小さい体を(あるじ)にすり寄せ、きーうきーう、と悲し気に鳴いていた。





     ☆   ☆   ☆





 どうしてこうなった。


 認定官は、冷や汗をだらだら流しながら、漆黒の魔王……ではなく漆黒のマントを羽織る最上級魔法使いラディアル・ガイルと対峙していた。


 少し前まで、彼は自分よりもひとつふたつ階級が上でしかない中級魔法使いと話をしていたはずだった。本日の受験者の推薦人だという、ジント・オージャイトである。

 受験者が受験者なら推薦人も推薦人。この男もやりにくい相手ではあった。

 推薦した見習いが下級魔法使い、それも階級は十一だと告げても予想したような反応は返らず、表情の乏しい顔は何を考えているのか皆目わからない。


 が。彼女が召喚魔法を使ったと話したあたりで、反応があった。

 ジントは目を見開いて、次になぜか空を仰ぐ。


「召喚魔法を使ったのか。彼女が? あそこで?」


 認定官が頷けば、今度はため息を吐かれた。

 受験者は召喚魔法の使い手なのだ。別に召喚魔法を使うのは不自然なことではない。

 が、ジント・オージャイトは「やっぱり無理にでも同席していれば」だの「饅頭ってなんだ、何を詰めたんだ」だのとブツブツ呟いている。

 それは認定官の望んだ反応とは、微妙に違う気がする。まあ、よく分からないが、なんだか悔しそうではあった。

 だから、認定官は同情と侮蔑を込めた眼差しで言ってやったのだ。

 不出来な弟子を持つと大変ですね、と。


「――ああ、いや。わたしは彼女の師ではない」


 一拍おいて、ジント・オージャイトはそう返してきた。

 と同時に、続き部屋の扉がバタンと開く。

 続きといっても、護衛や従者を控えさせておくための小部屋だ。大人が二、三人も入れば息苦しく感じるほどの狭い空間である。

 辺境の中級魔法使いのくせに、ご大層に従者まで連れているのか。そう思い顔をしかめて、認定官がそちらに目を向ければ。


 いたのだ。

 間違えようのない、漆黒の外套を身に着けることを許された最上級魔法使いが。


 従者の控室など、さぞ狭苦しかっただろう。そんな高い身の丈に広い肩幅、きっちりと撫でつけられた黒銀の髪に、深緑の鋭い双眸。有無を言わせない威風堂々たる姿を前にして「そもそもどうしてそんな小部屋にいたんですか」などと聞けるはずもない。

 階級が一の最上級魔法使いは現在、魔法大国フローライドにおいても片手で足りるほどしか存在しない。

 よって今日が初対面である認定官も、その存在はとてもよく知っていた。


「ら、ラディ………っ」

「いかにも、ラディアル・ガイルだ。弟子が世話になったな」


 空いた席にどかりと座り、漆黒の魔法使いは笑った。

 にやりと、それはそれは凶悪な笑顔で。


 なんでこの人が。王都から離れた辺境にいるはずでは。

 そう思い、認定官は思い出した。

 彼も、そして本日の受験者もその推薦人も、辺境マゼンタの王立魔法研究所に在籍していたのだった。

 つまり。だからまさか本当にあの受験者の師というのは―――。



「あれの階級だがな」


 ラディアル・ガイルが切り出すと、認定官はびくっと肩を跳ね上げた。


「下級魔法使い。階級は十一。随分と低く見積もってくれたものだが」

「い、いえ、あなた様の弟子と知っていれば―――」

「問題ないぞ」

「もっと上で……って、は?」

「むしろそれ以上は上げるな」


 悠然と椅子に腰かけた最上級魔法使いは、迫力の笑顔で穏やかに言う。

 隣の中級魔法使いである推薦人が、考える素振りで言った。


「わたしはせめて、もうひとつふたつ上だと思っていたのですが。あまり低すぎるのも逆に不自然では?」

「大丈夫だろう。評価は妥当だと思うぞ」


 ラディアル・ガイルが認定官を見る。


「“魔法力は高いが、扱い方がまるでなっていない。使役魔獣はあまりに小さく、能力は凡庸。とても役に立つとは思えない。何より、本人に向上心がない”」


 認定官は思わずうう、と呻いた。

 先ほど推薦人に言った受験者の評価を、一字一句間違えずに繰り返されたのだ。


「“非力で、緊張感もない、役に立たない使役魔獣ばかり何体も侍らせて、いったい何がしたいのやら。人形遊びでもするつもりですか”だったな」

「そう言ってましたね」

「………いやあの」

「なかなか的を射ているだろう」

「まあ、表向きはそうかもしれませんが」

「…………」


 普通、上級魔法使いくらいになれば、自分の弟子の階級も気にする。

 これだけ弟子を貶されれば逆上してもおかしくないのだが、むしろ推薦人の中級魔法使いのほうが何だか不服そうだ。

 認定官は拍子抜けして、そろそろと背筋を伸ばし始めたのだが。


「腹が立つことには変わりないがな」


 地を這うような声に、再びひゅっと縮こまった。

 そこは抑えて下さいよ、とジント・オージャイトが横から宥めている。

 先ほどまで聞けば聞くほどイライラしたはずの淡々とした口調が、この場ではやたら頼もしく聞こえるから不思議だ。


「とにかく、認定官どのの評価には納得できる理由がある」


 そろりとうかがえば、ラディアル・ガイルは言葉とは正反対の不機嫌面の上に、むっつりと口元をゆがめている。


「あれは十一階級の下級魔法使い。それでいい」


 ただし。

 彼は先ほどのように低く、言い聞かせるようにゆるりと口を開いた。


「これから先、誰に何を言われても、あれの階級と評価を変えぬこと。できるか」


 態度はひたすら尊大である。それがまたこの魔王様にはよく似合ってしまう。

 最上級魔法使いからの要請であれば、一介のヒラ魔法使いに断わる理由はない。認定官は速攻でこくこくと頷いた。


 そもそも一度決まった魔法使いの階級は、誰が何と言おうと簡単に覆るものではない。

 だからこそ決められる前に受験者たちは必死になり、認定官たちはそんな受験者の足元を見てあれこれと小細工を図るのだが、それは余談。公然の秘密である。

 にも関わらず、これだけ念を押してくるということは。


 あの風変わりな受験者には、何か事情があるのだ。


 弱みを握ったと、いつもであれば嬉々として脅しをかけて金品を要求したりいろいろと便宜を図ってもらったりする認定官だが、今回ばかりは口をつぐんだ。

 なんといっても相手が悪すぎる。

 ラディアル・ガイルは武器召喚のスペシャリストとして有名な武闘派魔法使い。実際に得物をちらつかせたわけでも、言葉で圧力をかけられたわけでもないが、ただそこに居るだけでそんな気分にさせられる恐ろしい空気の持ち主である。

 こんな物騒な男にけんかを吹っ掛けるような真似、できるはずがない。

 

「認定官どのは、たいそう融通が利くと聞いている。話が早くて助かった」


 漆黒の魔法使いはにやりと笑って、とどめと言う名の釘を刺した。

 笑っているのに笑っていない目が震えるほど怖い。

 認定官はすぐにこくこくと頷いた。首の上下運動は、もはや条件反射である。




 だ、大丈夫だ。

 灰色マントの裾で冷や汗を拭いつつ、認定官は必死で自分に言い聞かせた。

 

 認定官が試験の結果を伝え、推薦人と師がそれを了承した。流れはそれだけのはずである。話の内容だけならば、第三者に聞かれてまずいような事は何もない。

 いつも以上に緊張して、なんだかとんでもない陰謀の片棒を担がされている気分になったが、きっと雰囲気に飲まれただけ。錯覚だ。そうに違いない。

 あの受験者への評価に、偽りはない。

 時と場合によって過少に、あるいは誇張して評価を下すことはあっても、嘘だけは絶対に報告しない。それが彼の認定官として譲れない部分であり、彼が認定官を続けていられる理由でもある。


 ラディアル・ガイルは、表情はともかく「的を射ている」と言った。

 そして偶然居合わせたあの方も、言ったではないか。

 小さく風変わりな使役魔獣たちを見て、しょうがないなあとでも言うように薄く苦く、笑っていたのだ。

これはちょっと小さすぎるよね、と。

 下級魔法使いか、それでいいんじゃないかな―――と。


 改めて考えれば、あの方が本当に“偶然”演習場の前を通りかかったのかどうか、と疑わないわけではないが。いや、明らかにおかしいのだが。

 認定官は、あえて考えないようにする。

 もう、あの受験者はさっさと言われる通り“下級魔法使い”に認定してしまおう。

 そして、この件はもうさっさと忘れてしまおう。

 わが身が可愛いのなら、なおさら。





「オーカは。無事なのか?」

「ジェイル・ルーカが様子を見に行ってるはずです」


 ジントの抑揚のない返事に、ラディアル・ガイルが「むう」と唸る。

 駆けつけたいのは山々だが。むしろとっとと王都から遠く離れたマゼンタに連れ帰りたいが、まだ彼が動くわけにはいかなかった。

 認定試験を終えて木乃香が無難に王都を出るためには、師だろうと保護者だろうとラディアル・ガイルは姿を見せないほうがいい。

 それでもわざわざ狭い控室に身を隠していたのは、認定官に念を押しておく必要があるからだ。

 師が変わっただけでころりと階級を変えるような発言をする認定官である。最初からラディアルが師だと分かっていれば、彼は当たり前のように木乃香を褒め称え、中級魔法使いくらいにしたかもしれない。だからあえて中級魔法使いのジントを推薦人に置いたのだ。

 そして、この手の人種を逆に黙らせ従わせるには最上級魔法使いぐらいの地位と実力をちらつかせるのがいちばん効果的であった。

 荒野の大型魔獣も尻尾を巻いて逃げ出すラディアル・ガイルの気迫である。ろくに実戦経験のない王都勤めの中級魔法使いが、耐えられるはずがなかった。


 いまも、認定官はよたよたと逃げるようにこの場を去って行ったところだ。

 足取りがおぼつかないのは、たぶん腰が抜けかけていたのだろう。“魔法使い”承認の正式文書を出してもらわないといけないので、完全に腰が抜けて動けなくなっていたらちょっと面倒なところだった。


 少し申し訳ないような気もするが、こうでもしなければあの認定官、彼女について誰に何を話すかわかったものではない。

 木乃香の能力について本当に“下級”と思い込んでいるようなのが救いだが、聞いた者がどうとらえるかはまた別だ。


「……しかし、まさかこんな所で召喚するとはな」


 眉間にしわを寄せて彼がこぼせば、隣のジントも深く頷いた。

 魔法演習場はあらゆる魔法を使う場所なので、建物の強度を上げたり魔法の効果を外に出さない処置がなされたりしてはいるが、それだけだ。

 召喚魔法に邪魔となる魔法や仕掛けはないが、ラディアルの研究室のように召喚しやすい環境が整っているわけでもない。

 そんな何もない状態から召喚陣を作り上げて召喚するのは、かなりの手間暇がかかる。弟子にはちゃんと教えてあったと思うのだが。

 認定試験の間に全てをやってのけようなど、普通は考えないものだ。

 ……そう、普通であれば。


 教え方が上手いとは言えない自覚はある。

 認定試験で召喚魔法を使うな、とは言っていない。まさか使う事態になるとは思っていなかったのだから仕方ない。

 しかし、なんだろう。この隙間をついてやらかすような彼女の所業は。

 それなりに優秀な弟子だと認めざるを得ない彼女からいつまでも目が離せないのは、こういうところがあるからだ。しかも本人が無自覚ときた。

 それでちゃんと、しかも見事な短時間で召喚出来ているのだから恐ろしい。


 というか、毛と手足の生えたピンクの饅頭って何だ。

 倒れるほど魔法力を使って、いったい何を作りやがった。


 ラディアル・ガイルは不肖の弟子を思い。

 苛立ちと安堵、心配と呆れ、そしてわずかな戦慄が混じりに混じった複雑なため息を、盛大に吐きだした。










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