そんな彼女は魔法使い・5
試験までいけませんでした……
やっぱり予告はするもんじゃないですね(苦笑)
8/28サブタイトルを変更しました。内容に変更はありません。
フローライド王国において“魔法使い”の資格を得たい者は、まずは王都の中央機関へと申請書類を提出する。
この国では、魔法が使えなければ王城などの国の機関で働くことができない。
そのため、中央機関の人事担当部門の中に“魔法使い”を認定する部署があるのだ。各地から届いた申請書類は、ここに集められる。
書類は、最初に魔法学校を卒業した者か否かで分けられる。
学校を卒業した者ならば、試験は不要だ。学校の推薦状を確認し、学校の成績をもとにして魔法使いの階級を選定する。書類は、選定を担当する者へと渡される。
魔法学校を出ていない者は、書類をさらに細かく確認する必要がある。
仕官だけではない。このフローライドにおいて“魔法使い”の肩書を持つ者はいろいろと優遇されるので、偽物の経歴やら推薦状やらで認定試験を通ろうという輩がたまにいるのだ。
次に推薦人の確認。推薦人である魔法使いがどれほどの階級にある者か、実績はあるか。
推薦人を知ることで、ほとんどが弟子かそれに近いであろう申請者の実力もなんとなくではあるが推し測ることができる。
申請者と推薦人の実力だけではない。
むしろ重要なのは、彼らの家や血筋がどれほどのものか。彼らが持つ財力や権力はどれほどのものか。彼らから前もって何を言われたか、何をもらったか。彼らが、どれだけ自分たちの利益となり得るか。
それによって、申請者は割り振られる。
対応が、というか対応する者が、変わってくるのだ。
さて。
役人である彼らの前には、とある“魔法使い”資格への申請書類がある。
大規模な王立魔法研究所はあるが逆に言えばそれだけの辺境マゼンタから届いた、何の変哲もない申し込み用紙である。
そんな辺鄙な場所に魔法学校はないので、申請者は認定試験を受ける必要がある者だ。
「……推薦人ジント・オージャイト? 誰だっけ」
「えーと……マゼンタの研究所所属。なんだ中級じゃねーか」
マゼンタの王立魔法研究所はそこそこの実力者が集まっていると言われている。
が、そもそもの立地場所が不毛の大地広がる僻地なので、よほどの物好きか左遷された魔法使いしかいない、とも言われている。
なので、ジント・オージャイトなる推薦人に、中央に大きなコネがあるとは考えにくい。大体、コネがあるならコネがありますと本人なりコネなりが言ってくるはずだ。
研究所の所長で最上級魔法使いでもあるラディアル・ガイルあたりの推薦ならば、まあ配慮も必要だろうが、ヒラ研究員の中級魔法使いなら特別気にかける必要はなさそうだ。
それに中級魔法使い程度の推薦くらいしか得られなかったのならば、当人の実力もたかが知れているだろう。
こんなうま味の少ない申請書類は、上に報告の必要がない。
報告に行ったところで、眉をひそめて「お前たちで適当にやってくれ」と突き返されるだけだ。
いつもの事である。
よって申請者であるマゼンタの魔法使い見習い―――ミアゼ・オーカの申請書類は、上の目に留まることなく、担当者たちの采配によって適当な対応をされることになった。
その受験者の名前。実は、彼らの上司のさらに上の地位の者たちには、とてもよく知られていた。
が、彼女の存在を他に知られて興味を持たれた挙句に横取りされるのを変に警戒した彼らは、下の者たちにはほとんど情報を流さなかったのだ。
それなりに重要な部署ではあるが、中央機関に置いて単なるヒラ役人の彼らに聞き覚えがないのは、まあ当然と言えた。
過去にいないわけではないが、極めて珍しい“流れ者”。
それについて書く欄は、書類の中に存在しなかった。
もちろん、わざわざ書いて知らせる必要もないのだ。
☆ ☆ ☆
フローライド王国の王都・フロル。
それは、おとぎ話の挿絵に出てくるような都だった。
青い青い空の下。遠くに見える緑の丘の上。
そびえ立つのは大きなチョコレートのドームケーキ……ではなく、こげ茶色の建物群。国の中央機関のほとんどと、王族及び高官たちの住居がそこにあるらしい。
そして少し離れた丘の裾から、ケーキを飾る砂糖菓子のような市街地が広がっている。
こげ茶色の木材と灰色の石材、そして漆喰のような白い壁。三色に彩られた建物が石畳を挟んでみっしりと立ち並び、その入り口や窓は蔦植物や色とりどりの花で飾られていた。
もといた世界ならおそらく飛行機か新幹線で日帰りできる距離を、船だの馬車だの使って五日。大小の街はいくつも通り過ぎたが、それ以外は基本的にひと気のない原っぱか森か沼である。かろうじて道らしき踏み固められた地面があるくらいの。
そんな自然あふれる景色の後に見た整然と並ぶきれいな建物や整備された石畳の道は、なんだかほんとうに夢の世界のようだ。
「わあ」
木乃香は思わず声を上げた。
隣でシェーナ・メイズがええぇ、と呻く。
「ナニコレ……」
さらにその隣で、ジェイル・ルーカがなぜか頭を抱えていた。
背後のジント・オージャイトはいつもの無表情だ。
「なんでピンク……」
「さくら色だな」
石畳は、丘の上の建物群から街を通り入口の門をくぐった木乃香たちの足元まで、途切れることなく敷かれている。
その石畳の色が、なんとピンクなのだ。
ローズクォーツに似た優しい色合いの石は、半透明にきらきらと輝いてさえいる。
可愛らしくもきれいな街並みに合っている……ような気がしないでもないが、それでも何だか不思議な光景だ。
木乃香が目の前に広がっている都の風景にいまいち現実味が持てないのは、たぶんこのメルヘンでピンクな石畳のせいだろう。
不思議といえば、初めて王都に来た木乃香はともかく、王都に来たことがあるはずの同行者の人々の反応もそうだ。
「……なんでそっちまで驚いてるんですか?」
木乃香は首をかしげた。
ジェイル・ルーカなどは、地面のピンクにあてられてもそうと分かるほど顔が真っ青である。普段王都に住んでいるはずなのに。
ちなみに、街の人々は平然とその上を歩いている。
「ピンクって初めて見たわ」
「珍しい色ではあるな」
シェーナとジントがそれぞれに呟く。
説明をくれたのは、以前中央で役人をやっていたらしいジント・オージャイトだった。
「ここの石畳は、国王の魔法によって色が変わるんだ。今の王が即位してからの話だが、すでに王都名物になっている」
「……魔法だったんですかこのピンク」
「こんなこと出来るのは、国王陛下くらいよ。いろいろな意味でね」
なんとなく呆れた顔でシェーナが言う。
これがすごく大がかりで、豪快に見えて実はかなり緻密な魔法であることは木乃香にもなんとなくわかる。
なんでこんな事をしようと思ったのか、皆目わからないが。
「黄色の時は、眩しくてねー。小一時間で目が痛くなったわよ」
「ええー黄色……」
「色は国王本人が決める。その日の気分だ。明るい色は機嫌が良いときが多いな。とくに赤やピンクは慶事に多いようだ。例えば――」
そこでふと。ジント・オージャイトが言葉を切った。
何かに気付いたように、血の気が失せたままのジェイル・ルーカをじっと見る。
「例えば、建国記念日とか新しいきさ―――」
「わあああっわあああっ」
なぜか突然騒ぎ出してジントの口を押さえようとするジェイル・ルーカ。
驚いて木乃香がびくっと震え、シェーナが何なのよ煩い、と弟をにらむ。
ついでに、木乃香の足元やら肩やらにいた彼女の使役魔獣たちはきょとんとしている。
「……なるほど」
ジェイルの手を振り払いながら、ジントがひとり、納得したように頷いた。
「想定外の出来事には弱いのだな、ジェイル・ルーカ」
「おれ知らない! ぜんぜん知らないから!」
「それは知っている」
小声で必死に主張するジェイルに、ジントは淡々と答える。
「所長がこの場にいたなら暴れていたかもしれないが。とりあえず確認が必要なんじゃないのか、“中央官”ジェイル・ルーカ?」
現在ここに、所長ことラディアル・ガイルはいない。
途中までは一緒だったのだが、現在は別行動をしている。
理由は簡単。彼は、ものすごく目立つからだ。
ラディアル・ガイルが目立つ理由。それは、旅の間中どれだけ言っても剃ろうとしない無精ひげでも、それによって凄味が増した顔つきでも、長身の無駄に立派な体躯のせいでもない。いや、多少はあるかもしれないが。
最上級魔法使いのみが身に着ける事を許される、漆黒のマント。最大の原因は、これである。
現在、このフローライドに置いてこれを持っている魔法使いは、ほんの数名しかいない。
魔法使いは階級を表すこのマントを着用する義務があるから、外すわけにもいかない誇らしくも厄介な代物なのだ。せめてシェーナたちのように数の多い灰色だったならそこまで目立たないのだが。
多少の砂埃でくすんでいたとしても、これは見間違えられるものではない。
そしてそんな彼が連れている同行者は、どうしても注目されてしまう。
せっかく“推薦人”をジント・オージャイトにして、書類上ぽっと出の田舎者を装っているのに、一緒に付いて来れば意味がないだろう。行くならせめて別行動で、と皆が指摘したのだが、彼は最後の最後まで渋っていた。
王都到着二日前まで同行したのが、彼なりの最大の譲歩である。
「道中オーカに危険なことがあったらどうする!」
彼の主張に、彼以外の面々が揃ってため息をついた。
別に木乃香をひとりで放り出すわけではない。
身の危険というなら、獰猛な獣や得体の知れない生物が生息する荒野とか、どんな魔法がどこで仕掛けられていてどこから出てくるか分からない研究所のほうがよほど危険である。
何かあったときのためにシェーナとジントが付いて行くのだし、木乃香の使役魔獣たちだってそれなりに役に立つ。
ちなみに。一緒に来たジェイル・ルーカやほかの王都側の人間が怪しい動きを見せていないのは、魔法探知犬である二郎が確認済みである。
魔法大国フローライドでは、何をするにも魔法が使われることが多い。
魔法使いが占める国の中枢に行けば行くほど、その傾向がある。逆に言えば、魔法以外の手段がほとんど発達していないのだ。
つまり、辺境マゼンタにいるという“流れ者”を探るためには、偵察も、盗聴も、中央との情報のやり取りだって全て魔法。それを行う人間だって当然魔法使いなわけで、どこかしら絶対魔法を使っている。
そして魔法を使った場合、ほぼ確実に二郎が感知してくれる。気付きさえすれば、すぐに何らかの対処ができるのだ。
ジェイル・ルーカには使役魔獣たち個々の能力とその強さについてあまり詳しく伝えていないので、疑われているかもとびくついていたのは本人だけである。
加えて、木乃香だっていい大人だ。危ないと分かっていて軽率な行動をするつもりもないのだが。
何なのだろう。この歩き始めたばかりの幼子があちこち行こうとするのを心配する親のようなお師匠様の有様は。
なんでこんなに心配されるんだろう。いい子にしていたつもりなのに。
首をかしげた木乃香は、他の保護者様方まで心配そうにこちらを見つめていることなど、そのときはまったく気付かなかった。
ああー、そうだったー仕事があるんだったー。
白々しくぱん、と手を打ったジェイル・ルーカは、眼前の城ではなくなぜかいま抜けてきたばかりの関所の建物に駆け戻って行った。
なんでも役人専用の特殊な連絡通路があるらしい。
もともと、王都に入ってからは別行動の予定だったのだ。引き留めることもなく、彼らはそれを見送る。
“流れ者”を勧誘に行ったはずのジェイル・ルーカが始終付き添っていれば、この中に“流れ者”がいますよと宣伝しているようなものだ。
「明日は、我々も王城に行かなければならない。徒歩でも行けないことはないが、指定の時間が早いことだし馬車を手配しよう」
まったく地方から出て来た受験者に対する配慮が足りないな。
そう文句を言いながらも、ジント・オージャイトの顔はこころなしか満足げである。これは、まあ普通の対応だ。
そんな風にわざわざ仕向けているのだから、今のところは、思惑通り。
石畳の色が少々気がかりだが、これは単なる気まぐれの可能性だって大いにある。国王本人にしか本当のところは分からないのだから、考えるだけ無駄というものだろう。
「とりあえず、宿に行きましょう。オーカ、広場の屋台でご飯食べない?」
「ええっ、屋台行きたい! 行きたいです!」
ぱっと顔を輝かせた木乃香を見て、にんまりとシェーナが笑う。
「せっかく来たんだから、いろいろ見たいでしょ」
「みんなにお土産買いたいなって思ってたんですよ!」
見たい。観光したい。
目立たず騒がず、さっさと帰らなければと思い込んでいただけに、これは嬉しい。
脳裏に渋い顔をしたお師匠様が浮かんだが、次はいつ来るか――別に来たいわけでもないが――分からない王都である。この際、いろいろ見てみたいと思うのは仕方ないだろう。
そんな彼女の足元で、付いてくー、とばかりに黒犬がぴこぴこと忙しなく尻尾を振っている。
肩にちょこんと乗る小鳥は「ぴっぴぃ」と陽気に囀り、子猫も楽しそうにふよんと白い尻尾を立てた。
主の嬉し気な様子こそが、嬉しいとでも言うように。
まあ、そんなこんなで。
辺境マゼンタからやって来た魔法使いたちは、とりあえずは予約してあった宿を目指してピンク色の石畳に足を踏み入れたのだった。




