そんな彼女は魔法使い・4
8/28サブタイトルを変更しました。内容に変更はありません。
「ほんとうに、オーカを王都に連れて行くんですか?」
「王都じゃないと魔法使いの認定が出ないだろう」
シェーナ・メイズの問いに、ラディアル・ガイルは飄々と答えた。
フローライド王国における常識である。
だが、彼女はそんなモノが答えとして欲しかったわけではない。無言でにらみつけていれば、彼もそれは分かっていたのだろう。
理由は、いくつかある。
「……とぼけるのは、もう限界だからな」
彼は呟いて、気まずそうに目をそらす。
この国に、“流れ者”が現れたら届け出よという決まりはない。
が、問われれば知りませんと押し通すこともできない。
そもそも、ラディアル・ガイルには木乃香の存在を隠すつもりはなかったのだ。こちらから積極的に言いふらすつもりだってなかっただけで。
ラディアルは国立魔法研究所の所長というご立派な肩書きを頂いてはいるが、王都からも遠い辺境のマゼンタ行きは、事実上の左遷。体のいい隠居である。
本人はむしろ喜んで王都から出てきたわけだが、彼が恨みに思っていつか仕返しするのではないかと警戒している者たちはいるし、逆に戻ってきて欲しいと切望している者たちだっている。
そんな状況で得体の知れない“流れ者”を隠しているとなれば。
誰に、どう思われるか。そしてどう利用されるか。わかったものではない。
彼は、余計な刺激を与えて望まない波風を立てたくないのだ。
どこまで事情を察しているのかは分からないが、木乃香もこれまであまり外に出たいとは言わなかった。もともと、注目されたり目立ったりする事が慣れていないというか、苦手でもあるようだ。
「ルカの考えは、悪くないと思うぞ」
「でも……」
「これ以上匿うことが出来ないのなら、いっそ表に出す」
単に存在が珍しいだけではない。“流れ者”たちは、過去に数々の華々しい伝説を残していた。良くも、悪くも。
だから本人に会ったことがないにも関わらず、国王は非常に関心を示し、その側近たちは利用しようと画策してもいるのだ。
ただし、記録に残りにくいだけでそうではない“流れ者”だって存在する。それだって、もちろん彼らは知っているはずだ。
実際がどうであれ、木乃香が思ったより普通のヒトだと判断されたなら。
勝手に期待していた彼らは、勝手に落胆してくれるだろう。なんだ“普通”か、と。
そうして興味を失くすはずだ。
問題は、木乃香がおそらく“普通”の範疇に当てはまらないこと。
なんだかんだで、彼女の使役魔獣が特殊で、非凡であることに変わりはない。
狙いはわかる。しかし、果たしてそれで向こうはちゃんと諦めてくれるのか。シェーナが心配しているのはそこだ。
「国王陛下くらいなら、オーカの使役魔獣の特性に気付いちゃうんじゃないですか?」
「もともと、オーカの使役魔獣は国王の好みとは違う。あれは複雑で大規模で派手な魔法が好きだからな。小さくて地味な見た目で、まず興味を失くすはずだ」
ラディアルが苦笑いする。
木乃香の魔法力が高いことくらいは気付くだろうが、それだけの人間なら“流れ者”でなくてもたくさんいる。国王が興味を持っているのは魔法そのものであって、それを発動する燃料となる魔法力ではない。
使役魔獣たちの細かい特性まで知ってしまえばわからないが、そこまで丁寧に説明してやる義理はないのだ。
最善は、認定試験のひどい結果を聞いた時点で、国王が興味を失くすこと。
国王が明らかに興味を失くせば、周りの側近たちもこちらに手を出そうとはしないだろう。
あんなに人懐こく可愛い使役魔獣たちを目の前にして、手が出ない者などいるのだろうか。
そんな風にシェーナは思うのだが、まあ、それも好みの問題だろう。
あの中年国王が実は可愛い物好きだったとか、考えただけでちょっとイヤだ。
それにな、とラディアルは付け足す。
「オーカに外を見せるいい機会だ」
これまで木乃香は、研究所と隣接する荒野しか行ったことがない。
最寄りの集落まで歩いて半日の距離があるのだから、気軽に行けるわけでもないのだが。
別に禁止していたわけではない。そういえば本人もどこかへ行きたいと口にしたことがなかった。
所長のラディアル・ガイルを筆頭に、ここに住む大半の魔法使いが筋金入りの出不精なので、これまで特別おかしいとも思わなかったのだが。
彼女は、地理や歴史の話をすればちゃんと聞いて質問も返してくる。しかし自分から書物を読んだり調べたりするほどの意欲はない。
まったく外に興味がないわけでもないのだろうが、関心は薄いようだった。
この世界、危険な場所や治安の悪い場所などいくらでもあるし、ラディアルもそれは教えた。しかも彼女は若い女性で、こちらの世界に関してまだまだ無知といえる。未知の世界に対して警戒心を持つのは悪い事ではないだろう。
しかし彼女のそれは、慎重であるのとも違う気がする。
知識はいずれ身に付くだろうし、彼女の召喚した使役魔獣はそれなりに使えばじゅうぶんに役に立つ代物だ。
だがこの先、彼女がこの世界の知識を得たとしても、彼女は追い出しでもしない限り、ここを出ようとしないのではないか。そんな風にラディアルは思う。
それはここの研究者たちのように閉じこもっているのが好きというわけではなく。
まるで出てはいけないと、誰かに言い含められてでもいるかのように。
出ていけとは言わない。思ってもいない。
木乃香がここに留まりたいというならば、いくらでも居て構わない。
しかし、選択肢は与えてやりたい。どれだけ書物を読み漁って知識を得たところで、実際に見て触れる経験には敵わないだろう。
彼女は“流れ者”。
この国に、この研究所に縛られる必要はない。
「……あー、子供の成長を見守る親ってこんな感じなのかな」
「所長?」
「カヤさんの気持ちがわかる」
「………」
カヤというのは、最寄り集落の農家の奥さんの名前だ。ときどき研究所に果物を持ってきてくれるので、シェーナも他の職員たちもよく知っている。
そして、クセナ・リアンの母親でもある。
この前集落に立ち寄った際に、クセナ少年の将来について相談されたのだ。
「……いっそのこと、養子にでも迎えちゃったらどうですか」
「むう、そうか。後見人は変えられるが、親子の縁はなかなか切れないからな。オーカに提案してみるか」
……半分冗談だったのに。
魔法使いにしてはがっしりとした腕を組んで真剣に考えだす独身の中年男を前に、シェーナ・メイズは何とも言えない微妙な顔つきをした。
すでに研究所内では、ここの師弟は師弟というより親子のように認識されている。
来たばかりのジェイル・ルーカでさえ、呆れて「あの人は、いつの間にお父さんになったの」などと呟いたくらいだ。
とはいえ、多少の年の差があるにしても、互いに大人の独身男女である。
好意はあるのに、どうして恋愛ではなく親子愛に目覚めたのか。妻をすっ飛ばしてあっさり娘という考えになるのか。シェーナだけでなく、他の研究所の面々も首をかしげるところだ。
まあ、本人たちがそれでいいなら外野が口出しすることではないのだろうが。
彼らの間には、信頼関係は見えても清々しいほど甘ったるい雰囲気がない。それはもう、勘繰るのも馬鹿馬鹿しいほど。
そんなシェーナだって、右も左も分からないような“流れ者”にあれこれと教え聞かせたり、変態という名の研究者たちから彼女を守ったり、一緒に使役魔獣たちを可愛がったりして。しかも向こうが「お姉さま」と慕ってくれるのだから、妹のように大事に思ってはいるのだ。
ぶっちゃけ、実の弟より可愛い。
だから、シェーナはいつまでも心配なのだ。
木乃香の望んでもいない方向に、事態が転がってしまうのではないかと。
そんな場合でも彼女は粛々と受け入れてしまうのではないか、と。
もちろんシェーナもラディアル・ガイルも、たぶん研究所の他の職員たちだって黙ってはいないのだろうが。
☆ ☆ ☆
「そっかー。オーカ“魔法使い”になるのか」
クセナ・リアン少年にしみじみと言われて、木乃香は顔をひくっと強張らせた。
間違ってはいない。
間違ってはいないが、違和感はある。
いまだにどうにも自分が“魔法使い”だという響きに現実味がないというか、抵抗がある木乃香であった。
召喚魔法で使役魔獣を四体もぽこぽこ作っておいて、今さらなのだが。
「リアン君は試験受けないの?」
「うーん。いつかは受けるけど」
頭をかりかりと掻いて、考える素振りをする。
何かと先輩面をしたがる彼のことだ。絶対に自分も、とすぐ言ってくると予想していたのに、ちょっと意外だ。
一緒に受けてくれれば心強いのになあ、と思って話した木乃香はあてが外れてしまった。
クセナ・リアンは、彼の師であるシェブロンが王都へ行ってしまってから、特定の魔法使いに師事していなかった。
都市部にある魔法学校とは違い、弟子入りはここまでやれば卒業、という区切りがない。シェブロンは弟子の意思を尊重したいようで、認定試験を受けるにしろ他の魔法使いに弟子入りするにしろ、いつでも紹介状は書くと彼に言い置いて行った。
世間的にも評価がもらえる使役魔獣が召喚でき、さらに自分でも少し炎の魔法が使えるらしい彼は“魔法使い”になれるだけの実力がすでにあるのだ。
とりあえず現在、クセナはどちらの紹介状も頼んではいないらしい。
相変わらず隔日くらいの割合で家から研究所に通ってきて、他の魔法使いたちの手伝いをしたり、見返りとしてちょっと教えを請うてみたり、書庫で調べ物をしたりはしている。
合間に木乃香とその使役魔獣にちょっかいをかけ、遊び、ついでに先輩としていろいろと教えてくれたりもする。
「年齢制限があるとか」
「や。ないはずだけど」
くああああ。となにやら鳴き声が聞こえたかと思えば、近くの木の枝に彼の使役魔獣であるルビィが下りてきた。
目にも暑苦しい真っ赤なドラゴンは、頭の上にちょこんと黄色い小鳥を乗せている。これは木乃香の使役魔獣、三郎だ。
翼のあるモノ同士、どうやら仲良くお空の散歩を楽しんでいたようだ。
くあくあ、と何やら楽しそうに訴える使役魔獣にひらひらと手を振って、クセナは言った。
「“魔法使い”になるのは、もうちょっと実力付けてからかな。最初の認定でできるだけ階級を上げておきたいし」
「……そういうものなの?」
「そういうもの」
諸事情から階級を上げたくないという木乃香はともかく、“魔法使い”の認定を受けるからには最初からなるべく高い階級を目指す、というのが常識らしい。
だからある程度の実力を付けるまで、認定試験を受けないのだとか。
誰もが知っているような常識も知らない木乃香を「そんなことも知らねーのかよ」と呆れていたのは最初の頃。
今ではちょっと得意そうに説明をくれたあと「ちゃんと覚えとけよ」と念を押される。
こういうとき、本当に面倒見のいいお兄ちゃんだなあと思うのだ。年下なのだが。
「後から階級を上げることもできるんだけど、面倒くさいんだよ。認定試験のとき以上の推薦とか、功績とか、資金とか必要で」
「資金?」
「袖の下ってやつ。これがけっこうでかい」
「………うわあ。必要なんだ」
「面倒くさいだろ。あと腹立つし」
自分より実力のないヤツ相手だって、認定官ってだけでへこへこ頭下げて言い値の賄賂を払わなきゃいけないんだぞ。
夢に夢見るお年頃であるはずのクセナ少年の口から、そんな大人の事情が飛び出す。
仮にも国の機関がそれでいいのか。
木乃香は眉をひそめたが、クセナはそれが普通だと思っているようだった。その表情は怒りや不満よりは諦めの色が濃い。
「“魔法使い”は、階級によって待遇が全然違うから、みんな必死なんだよ。下級で入ったら、おれの希望するところは活躍どころかずっと雑用で使い潰されると思う」
「リアン君、希望あるんだ。どこ希望なの?」
「フローライド王国軍」
意外にも思える答えに、木乃香は瞬きした。
この研究所でも指折りの面倒見の良さを発揮するクセナ少年は、広い果樹園と畑を所有する地元農家のご長男である。
家の手伝いやら弟妹達の世話やらが大変だとぼやくことはあっても、本気で嫌がっている素振りはなかったし、ここマゼンタ以外の地域に憧れるような様子もほとんどない。
飛んで火を吐く使役魔獣を持ってはいても、彼は地元を離れないのではないかと、なんとなくそう思っていたのだ。
「王国軍って……王都?」
「王都にもいるけど、今は地方武官のほうが人気なんだ。シェブロン師匠は中央にいるって話だけど……だってやだよあの王様の身辺警護とか」
ぜんぜん面白くない。さも当然のように、クセナ少年は言う。
国防を担うであろう軍に面白さを求めるのもどうかと思うのだが。
それにしても辺境の見習い少年にまでこんなことを言われるこの国の王様は、本当にいったい何をしたというのか。
聞けば聞くだけ怖いモノ見たさで気になる王様だが、これはやっぱり関わりたくないなあとも思う。
木乃香がもといた世界でも国を統べる人はいたが、画面越しにときどき眺めるくらいで、身近に感じたことなどない。そもそもお近づきになりたいとも思わなかった。
ジェイル・ルーカとの先ほどの話だって、ある程度理解してはいても正直まったく実感がわかない。
「おれ、魔法使えたのは良かったけど、なんか火にしか適性がないみたいだし。それならここにいてもあんまり役には立たないかなって」
クセナが言う。
適性がなければ、どれだけ魔法力があってもその魔法を使う事は出来ない。木乃香が召喚術以外の魔法を使えないのと一緒だ。
荒野ほどカラカラではないが、辺境マゼンタは一年を通して気温が高く乾燥した気候である。
例えば、クセナ少年が水の属性に適性があったとしたら。
彼は間違いなく家を継いで農業をやっていただろう。乾燥した土地で、瑞々しい野菜や果物は高値がつくのだから。
しかし彼の顔には、諦めの色はあっても落ち込んでいる様子はなかった。
「おれが居なくても、家の仕事は兄弟のうちの誰かがやってくれる。いちばん下のルルシャだってもう手伝いできる歳だしな」
おれは、おれじゃなきゃできない仕事がやりたいんだ。
そう言い切った少年の横顔は、未来を見つめてきらきら輝いているように見えた。
木乃香は、真っ赤なドラゴンに乗った少しだけ大人な鎧姿のクセナ・リアンを想像してみる。
なかなかサマになっているかもしれない。軍、と言うからには、もちろん見た目の良さだけでは務まらないだろうが。
「くあああっ」
「ぴぴぃっ」
呼応するようにクセナの使役魔獣ルビィが鳴く。
なぜか木乃香の使役魔獣である三郎までが一緒になって囀った。
まるで、「がんばれー」と励ましているようだ。
眩しいなあ、と木乃香は目を細める。
会ったばかりの頃、薄い胸を張って「おれのほうが先輩だ、先輩なんだからな!」と言い張る姿は少しばかり生意気で微笑ましいと思ったものだが。
少しばかり夢見がちでも、彼はそれなりにしっかりと考えているのだ。
ただ流されているだけの彼女より、よほど。
ふ、と思わずため息をつく。
三郎が彼女の頭に留まって「ぴぃぃ」と慰めるように鳴いた。
次は認定試験……




