そんな彼女は魔法使い・3
5/24少しだけ文章を変更しました。お話の大筋に変更はありません。
8/28サブタイトルを変更しました。内容に変更はありません。
「……つまり、“流れ者”が新しい妃なんかになったら、こっちとしては困るんだ」
疲労困憊といった風情で、ジェイル・ルーカが言った。
がっくりと落とした肩の上には、なぜか白い子猫――“四郎”が乗っている。
わりと居心地がいいのだろうか、垂れる尻尾がふよふよんとご機嫌に揺れていた。
この猫を彼にくっつけたのはシェーナ・メイズだ。
他人の使役魔獣を平気で抱え上げた姉に声もなくびっくりしていると、彼女はにっこり笑ってその他人の使役魔獣に指図したのである。
「シロ。こいつになんか怪しい動きとか言葉とかがあれば、遠慮なく凍らせちゃって」
「うえ、凍っ!?」
「にあー」
わかったよー。
鳴き声がそんな風に聞こえたのは、気のせいだろうか。
それからこの白くて小さな使役魔獣は、先ほどソファを独り占めしていたときと同様、ジェイルの肩の上でのんびり寛いでいた。
ふんわりとした温もりに、ついうっかり和みそうになる。他人の使役魔獣なのにだ。
他人の使役魔獣というモノは、寄るとさわると問答無用で即座に攻撃を加えられる危険物ではなかったか。
「………」
まあいいか、とジェイルは思うことにした。
彼自身、使う事ができない召喚魔法についてはもちろん詳しく知らない。きっと躾けがなっているのだろう。そういう事にしよう。
何より、使役魔獣の主と、魔法を知り尽くしているはずの魔法研究所職員の誰もが何も言わない。
なんだか自分だけがいちいち驚くのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
シェーナが物騒なことを言っていたが、この白猫一匹くっつけただけで穏便に話が進められるなら、安いものだ。
そう、思う事にしたのだ。
「いま、国王陛下の側近連中で、現在とくに強い発言力を持っているヤツはいない。だからこそ、奴らは王の興味を引いた“流れ者”を差し出すことで、他より頭ひとつでも抜きんでたいと思っているんだろうけど――」
「やらん、と言っているだろうが」
「はいはいわかってますよ」
ちらりと窺えば、ラディアル・ガイルが即答する。
ジェイルは大げさに肩をすくめようとした。が、ぴくりと肩を強張らせて止めた。
そこに白猫がいたので思いとどまったらしかった。
ふよん、と四郎の尻尾が揺れる。
「……こっちだって困る、と言ったでしょう。下で働いている者にしたら、それぞれの勢力が拮抗してけん制し合っている今ぐらいが、いちばん平和で楽なの」
「上司の命令で来たと言っていただろう」
「それはまあ、都合よかったんで。おれも“流れ者”がどんなものか見たかったし、ついでに里帰りできるし、言い訳なんていくらでもできるからねー」
“流れ者”本人は、物珍し気なジェイルの視線も平然と受け止めていた。ああまたか、という感じだ。むしろ周囲の保護者様方のほうが過剰な反応をしている。
ジェイル・ルーカは内心で首をひねった。
実に奇妙なことに、保護者面の面々にジント・オージャイトも入っているのだ。
彼こそ彼女を研究対象にしないわけがないのだが。
いや研究対象を横取りされると警戒しているのだろうか。彼なら黙ってにらむのではなく、そう堂々と主張してきそうなものだが。
「それで。あんたはただオーカを見に来ただけなわけ?」
「まっさかー」
呆れたようにシェーナ・メイズが言う。
そこまで暇じゃないよー、とジェイルは笑った。
「このままおれが何の収穫もなく帰ったとして、また次の誰かがオーカちゃんを王城に迎えようと誘いに来る。それで、誘いに乗らないと分かれば強硬な手段に出て来るかもしれない……国王の、興味が失せるまでね」
「……それを許すと思うか?」
「思わない! 思わないけど、面倒でしょ?」
剣呑な声に、ジェイルが慌てて続ける。これ以上話が拗れるのは、ほんとうに勘弁して欲しい。
そういえば人だろうと動物だろうと、一度懐に入れたからには何がなんでも守り通すのがラディアル・ガイルという人物だった。
そうなれば、ジェイルは立場的に敵だ。冗談ではない。
頼むからとりあえず聞いてってば! と彼は声を張り上げた。
「それで、おれたちは考えたんだ。“流れ者”オーカちゃんへの国王の興味が失せればいい、とね」
「それこそ、無理だろう」
“流れ者”研究のジント・オージャイトが口を挟む。
びし、びし、びしと木乃香の使役魔獣たちを指さしていく。
「これも、それも、世間一般の使役魔獣とは違いすぎる。それに彼女の世界の話にしたって、興味を引かないわけがないだろう」
「………」
指をさされて、一郎がぱちぱちと赤い眼を瞬かせて小首をかしげ。
二郎がぴこん、と一度だけ黒い毛玉のような尻尾を振り。
三郎がぴぴぃ、と返事をするように鳴いて羽ばたき。
そして四郎がするんと白い尻尾でジェイルの頬を撫でた。
ジェイル・ルーカがじーっとそれらを見つめ、少しばかり困ったように眉尻を下げる。
そして目の前でふよふよ揺れる白い尾を手で避けて、言った。
「彼女の持つ魔法が大したことないと思わせれば、いけると思うんだよなあ。……たぶん」
ちょっと自信がなくなって来た。
「でも、国王が興味あるのは、ジンちゃんと違って魔法に関することだけだからねえ。しかもあの人、大きい魔法とか派手な魔法が好きでしょう」
これまでは、他に気を引けそうなものをあれこれと探していた。
しかし“流れ者”以上の珍しいものはほとんどないと言っていい。あっても側近たちが見逃すはずはなく、すでに国王に献上済みである。
そして飽きれば、また“流れ者”に目が行くに決まっている。
逆に言えば、“流れ者”は過剰に期待されている。
だから多少変わっていても、「魔法は意外と普通だった」と思わせてしまえば、向こうは勝手にがっかりして興味を失くすと思うのだ。
「お前は、彼女の使役魔獣の特殊能力を知らないからそんなことが言える」
「知らないから言ってるんだよ」
「……どういうことだ?」
ジェイルがわざとらしく強調した事に、ジントが眉をひそめる。
聞いて「なるほどな」と低く呟いたのはラディアル・ガイルである。
「ルカ、オーカのことはどれくらい知られている?」
「おれのいまの知識と変わらないと思うよ。“流れ者”で、ラディアル様が保護して魔法を教え、召喚魔法に成功したらしいってくらい」
つまり、詳しいことはなにも知られていない。
こんな辺境の情報など、わざわざ報告でもしない限り王都ではつかみにくいだろう。
そしてこまめに言いふらすような物好きも、詳しく報告するほど親しい交友関係を中央と築いている魔法使いも、ここにはいない。
そしてここは辺境とはいえ王立魔法研究所。
外部からの干渉は、魔法であれ物理的なそれであれ、ほとんど跳ね除けられる設備が整っている。何より、所長であるラディアル・ガイルがそれを許すはずもない。
つまり、盗聴も偵察も、外部からのそれはすべて防がれているのだ。たまに防犯機能をかいくぐる魔法があったとしても、現在は木乃香の使役魔獣“二郎”がちゃんと気づいて報告してくれる。
適当にひげの伸びた顎に手をあて、しばらく思案していたラディアルが口を開いた。
大きな黒い身体を傾げて首をひねり、深緑の双眸を同じソファに座る木乃香へと向ける。
「オーカ、“魔法使い”になるか」
「……は?」
彼女は見開いて師を見つめ返した。
魔法が使えるからと言って、勝手に“魔法使い”と名乗れるわけではない。
いまの木乃香はラディアル・ガイルに弟子入りする単なる“見習い”である。
彼女が“魔法使い”の資格を得るためには、王都へ行き認定試験を受けなければならないのだが。
「わたし、召喚魔法しかできませんよ?」
「それでいいんだ」
「認定なんて、あんなのは形だけよ」
満足そうにラディアルが頷く隣で、シェーナ・メイズが浮かない表情のままに言う。
「一定以上の階級を持った魔法使いの推薦を受けて、何らかの魔法を認定官の前で披露できればそれで“魔法使い”にはなれるから」
「使役魔獣なら、連れて行けばそれでいいぞ」
「……小さくて弱くて怖くないんですけど?」
「だから、それでいいんだ」
“魔法使い”の資格を得るのは、比較的簡単だ。というか、認定試験を受けることが出来た時点でほぼ合格は決定している。もともと魔法が使える者しか申請してこないのだから。
認定官が見極めるのは“魔法使い”になれるか否かではなく、むしろ受験者たちの魔法の実力である。
魔法使いたちはその実力によって階級分けされ、階級に応じた色のマントを渡されるのだ。
最上級魔法使いの証である漆黒のマントを身にまとう師は、弟子に向かってにやりと笑った。
「小さくて弱くて怖くない。あとは……そうだな、認定官の前で適当に火でも冷気でも吐いて来ればいいだろう。なに、最初が下級でも、後から位を上げることはできるからな」
「そういう認定官を回すくらいの根回しはできると思うよ」
にんまり、とジェイル・ルーカも目を細める。保護者筆頭の理解を得られたようで、少しばかりほっとしながら。
魔法使いは魔法使いでも“下級”魔法使いになってこいと、つまりはそういうことだ。
国王とその周辺の期待を裏切るために。
「ミアゼ・オーカは小さな使役魔獣を呼び出せる程度の魔法使い。それでいい。……どのみち、そろそろ資格は必要だと思っていたんだ」
ジントとシェーナが何か言いたげな顔をした。
しかし実際に口に出すことはなかった。ただ、そこ此処でくつろぐ小さな使役魔獣たちに、いろんな思いを込めた視線を移すだけで。
これまで木乃香の召喚魔法は、彼の研究室で行われていた。
床に陣を描くこの魔法は、本来彼女のような初心者が適当な場所で適当にできる代物ではない。召喚するモノは違っても同じような魔法を扱う彼の部屋であれば、最初からそれなりに環境も整っているのだ。
頼むから目の届くところでやって欲しい、という親心でもある。
しかし、いつまでもこのままというわけにもいかない。
ラディアルにはラディアルの仕事と研究があるし、所長たる彼であっても、正式な魔法使いではない者に王立研究所の籍と研究室を与えることはできないのだ。
木乃香は、ジェイル・ルーカと師のやり取りを黙って聞いていた。
彼女の使役魔獣が小さいのは事実である。とくに反論する気はない。むしろ、大きくて怖い使役魔獣を出せと言われたほうが困る。
周囲に呆れられているのは理解しているが、彼女にだって譲れないものがあるのだ。
評価されたくて作ったわけではない。そして、評価されたいとも思わない。
魔法使いとして出世する野心も、名をとどろかせる意欲もない。
まして、国王に珍獣的な意味で気に入られたいわけがない。
「……上手く、誤魔化せるのかしら」
ぽつりとシェーナが呟く。
無意識に癒しを求めていたようで、その手は足元で行儀よくお座りする黒犬“二郎”の背中をさわさわと撫でていた。
「誤魔化してみせようじゃねえか」
にやりと、なにやら黒い笑みでラディアルが答えれば。
「あー、できるできる。余裕でできる」
不安になるほど軽い口調でジェイルが頷いた。




