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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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26/89

そんな彼女は魔法使い・1

今年もよろしくお付き合い下さいませ。


8/28サブタイトルを変更しました。内容は変わりません。




「ジェイル・ルーカ!?」



 驚愕、という形容がぴったりの調子で呼ばれて、彼はスプーンをくわえたまま顔を上げた。

 前髪だけを少し伸ばした癖のある赤っぽい茶髪。その合間からのぞく同色の瞳はすっきりと細く、どことなく面白そうにきらめいている。少しばかり軽薄そうな印象を受けるのは、その為だろうか。

魔法使いの証である灰色の外套をまとう、まとっていても痩身と分かる男は、食堂の入口に向かってへらりと笑った。細目が、いっそう細くなる。

 

「ふぁー。びんひゃ、ひひゃひぶひ」

「スプーンを咥えてしゃべるな行儀悪い」

「ジンちゃん、久しぶり」

「誰がジンちゃんだ」


 嫌そうに顔をしかめたのはジント・オージャイトである。

 茶化すように「おお不機嫌面あ―」と彼が呟くのでなおさらだ。

 そう。無表情ではなく、不機嫌。表情筋がちゃんと仕事をしている。

 わずかに眉をひそめ、そしてわずかに口元をゆがめただけの表情ではあるが、彼の不快が見て取れる。これだけが、ジント・オージャイトに関して言えば珍しいことなのだ。

 なんとなく微笑ましい気分になってのほほんと笑っていれば、彼の眉間にしわが寄る。


「ジェイル・ルーカ。王宮勤めのおまえが、どうしてここにいるんだ」

「遅い朝ご飯を頂いてる。もしくは早いお昼ご飯?」

「どっちでもいいが、そうではなく」

「この“かれい”ってやつ、美味しいなー。王都の職員食堂でも作ってくれないかな」

「“らっきょー”を添えると一段とうまいぞ。それはともかく、何しに来た」


 ふざけたやり取りでも真面目に相手をしてくれるのが、ジント・オージャイトである。冗談が通じない、ともいう。

 とはいえ、こんな辺境に閉じこもっているくせに妙に会話のテンポが良くなっていると思うのは、気のせいだろうか。


「……ねーちゃんあたりに鍛えられてんのかな」

「だからいったい何の話だ。何しに来た」


 ここらで「もういい、おまえの言うことは理解不能だ」とため息を吐いて諦めるのが常だが、どうでもいい話に惑わされずにちゃんと食い下がってくる。

 進歩するもんだなー。

 ジェイル・ルーカと呼ばれた男は内心でほくそ笑んだ。


 と、ふと思い出したように手元のカレーライスをぱくりと口に入れる。


「ぶぉいふぃ――」

「だからスプーンを口から離せ。でもって飲み込んでからしゃべれ米粒を飛ばすな」

「……ごめんごめん。で、美味しいけどこれ、ちょっと辛くない?」

「それが“かれい”だ。卵料理を合わせると辛みが緩和されるぞ」

「的確なアドバイスだなあ」

「それを最初にここで作ったのはわたしだ」


 ジェイルはうっかり本気で米粒を吹き出しそうになった。


 ミアゼ・オーカによれば、“かれい”は辛い食べ物だという。

辛さの度合いは、作り方や好みによっても違いがある。辛みの少ない“あまくち”から、それこそ口から火を吹きそうな程の“げきから”まで様々らしい。

 記録に残る異世界の料理は美味しいと感じるものがほとんどだ。が、ときに過激で不可解だ。“流れ者”の魔法と同様、ジント・オージャイトの興味は尽きない。


「いちおう言っておきますが、比喩表現ですよ。本当に火を吐いたりしませんからね」


 クセナ・リアンの使役魔獣ルビィが口から炎を吐くさまをじーっと観察していたら、ミアゼにそう言われてしまった。ものの例えか。なんだ。

 ともあれ。

 そんな彼女から大人向けはもう少し辛いかも、と言われて改良したのがこの“かれい”なのである。


 荒野の北端にある底なし沼のような茶色いドロドロの食べ物は、最初こそ気味悪がられていたものの、ずぼらな魔法使いや野菜嫌いの子供たちにも大人気である。意外に食べやすいし野菜も一緒に食べられるし、程よい辛さがなんだか癖になるらしい。現在は食堂の人気メニューのひとつとなっている。

 ちなみに辛味成分である植物はすぐに調達できた。実はすでに敷地の片隅で栽培されていたのだ。他ならぬジントの手によって。


 “流れ者”でもあるかの“虚空の魔法使い”ヨーダの手記にこれが出てくるので、王都経由で苗をわざわざ仕入れていたのだ。

 トウガラシとかいう植物に似ているらしい。目つぶし爆弾の材料である。

 原産地周辺では、もしもの時の護身用か、民間向けの魔獣・害獣・害虫駆除としてけっこう使われているらしい。魔法を使わずに敵を撃退できる有効、かつ比較的安全な武器なのだ。

毒がないのは実証済みだが、しかしこんな刺激物が食材だったとは。


 辛み成分の何たるかとそれが“かれい”に与える影響について滔々と語り出したジント・オージャイトをうんざりした目で見上げながら、ジェイル・ルーカは「そこ相変わらずだよね」と口からため息とスプーンを吐きだした。

 悪い奴ではない。が、コレがあるから食事を一緒にとりたいとは思わない。

 研究馬鹿という種族は、ご飯の時くらい「美味しい」の一言で終われないのだろうか。


 ジェイルが冷めたスープをずずっと飲み干して食事を終えると、こちらもちょうど語り終えたらしい研究馬鹿が改めて口を開いた。


「それで、お前はなにしに来たんだ。逃げ帰って来たわけじゃないんだろう」

「………本題忘れてなかったのかー」

「記憶力に衰えはない」


 演説中にせっかく伸びた眉間に、再び深いしわが刻まれる。

 ジェイルは肩をすくめた。ノリノリでそれた話してたくせに、どうやら誤魔化されてくれなかったらしい。まあ、隠す必要もないのだが。

 そして、日頃他人に無関心なジント・オージャイトがここまで食い下がってくるところをみると、彼もおおよその見当はついているはずなのだ。


 空腹も満たされたところだし。

 そう呟いてジェイルが“本題”に移りかけたときだった。




「んしょ」



 小さなかけ声が、聞こえた。


 小さく拙い声にも関わらずそれに意識を持って行かれたのは、耳にもくすぐったい特有の高い声の持主―――つまり小さな子供自体が、この人里離れた研究所では珍しいからだ。

 ただしここは居住棟の食堂である。研究所の職員だけでなくその家族も暮らしているので、子供がまったく居ないとも言い切れない。

 …………でも子供のいる若い夫婦とか、こんなトコロにいたかな?

 内心で首をかしげつつジェイルが食堂の入口を見れば、そこには赤いふわふわの乗った大きなバスケットがあった。

 もとい、大きなバスケットを抱えた赤髪の小さな子供の姿が。


 中身は軽いようだが、子供に対してバスケットが大きすぎる。ひっくり返って潰されはしないか。ハラハラしてしまい、なんとなく目が離せなくなる。

 しかし、バスケットを持ち上げるもみじのような手は意外にも危うげなく、とことこと歩く足取りも確かだ。

 前がちゃんと見えているかどうかが少々不安だが、それもちゃんと足元にサポート役らしきモノがいた。

 ふさふさの毛皮に短く太い四本の足、そして房飾りのような尻尾を持つ黒いモノ。

 子供よりもさらに小さい“何か”。

 ときどき大きく揺れるバスケットをソレが鼻面で押し返し、障害物があれば子供に擦りついて教えているようであった。


 おばさんー、と子供が呼ぶ。

 すると、食堂のおばさんことゼルマがすぐにバタバタと飛び出してきた。昼前のこの時間、厨房はかなり忙しいし騒がしいのにである。


「まあまあイチローちゃん! ジロちゃんも!」


 いらっしゃい!

 にっこにこの笑顔全開である。ちなみにジェイルが顔を見せたときは、かなり久しぶりだったのに「ああお帰り」の一言であっさり終わってしまった。この対応の差はなんだろう。


 子供には少々大きすぎるバスケットを受け取りひょいっと片腕で持ち上げて、ゼルマが言った。


「オーカちゃんのお遣いかい?」

「ん。ごちそーさまでした」


 深々―、と丁寧にお辞儀する子供。そしてそんな姿に目尻が果てしなく下がっていくゼルマ。

 あれ、孫なんていたっけ? とジェイルは首をかしげる。


「イチローちゃんも食べられたかい? 美味しかった?」

「ちーずおむれつ、おいしかった」


 幸せそうににぱっと笑う子供に、彼女は「ああーもう、ホントいい子だねえ」と呟いて優しく頭を撫でてやる。

 そうしてくすぐったそうに身をよじる彼の赤髪の合間から見えたのは、白く小さな突起。

 にゅっと盛り上がりつくんと尖ったそれ。


「………ツノ?」


 その子供。最初から、なんとなく不自然さはあった。

 小さな子供の姿だが、この小ささにしては、目鼻立ちも身体の作りもしっかりとしているのだ。まるで少しだけ大きな子供の姿かたちをそのまま小さくしたような。

 そしてあのツノらしき、植物ならばトゲとしか思えないような突起である。頭に角の生えた人はいない。

 あそこまでヒトに近い亜種は世界のどこでも確認されていなかったはずだが。いやあんな非力そうな種族、いてもすぐに絶滅してしまうだろう。


 ゼルマは次に「ジロちゃんもお手伝い頑張ったねえ」と子供と一緒に来た黒いモノの背中をわしわしと撫でた。鳴きも吠えもしないソレは、しかしぴこぴこと忙しなく尻尾を振って一生懸命嬉しさを表現している。


「………ナニアレ」


 思わず口から出た素朴な疑問に、簡潔に答えたのはジント・オージャイトだった。


「使役魔獣だ」

「………は?」

「だから、召喚した使役魔獣だ」

「はあ?」


 残念ながら、簡潔すぎて分からない。言っている事は分かるが、理解できない。

 たしかに普通の生き物には見えない。しかしあんなに人懐こいのが使役魔獣?

 いや、ゼルマに懐いているのだから、ゼルマの使役魔獣なのか。

 ……彼女が召喚魔法の使い手だなどと、一度も聞いたことがないのだが。


「ミアゼ・オーカの召喚した使役魔獣だ」

「……少しずつ修飾語が増えるのは、わざとか?」


 焦らしているのか。ジント・オージャイトにそんな話術などない事など分かっているのに、つい疑惑の眼を向けてしまう。

 呆れたようにジントが言った。


「ミアゼ・オーカは“流れ者”だ。おまえ、ある程度彼女について調べて会いに来たんじゃないのか?」

「そりゃ……」


 彼の言う通りだ。

 ラディアル・ガイルが庇護しているという、世にも珍しい“流れ者”。風変わりな召喚術を使うところまでは、分かっていたのに。


「えええー、あれ何っ?」

「だから、使役魔獣だと言っている。イチローとジローだ」


 あとサブローとシローもいるぞという元同僚の声は、驚愕のジェイルにはすでに届かない。


 すると件の使役魔獣“一郎”が、とことことこちらへ寄って来た。

 イチローどうした用があるのか、と声をかけるジントは、あくまで平静である。

 当たり前だ。彼はすでに他人に懐く使役魔獣にもしゃべる使役魔獣にも慣れているのだから。

 こっくり、と頷いた子供のような使役魔獣は、次に見知らぬ茶髪の魔法使いを見上げて小首をかしげた。


「おにーさん、るか?」

「……おにーさんは確かに“ルカ”って呼ばれてるけど」


 なぜ初対面の使役魔獣にいきなり愛称を呼ばれなければならいのか。

 常日頃から顔に張り付けるようにしている当たり障りのない笑顔も忘れて、ジェイル・ルーカが不信感いっぱいに赤い頭を見下ろす。


「るか」


 もう一度呼び捨てにしてから、使役魔獣は言った。


「めいねーさまから、でんごん」

「は? ねーさま……って」

「このおばか」


 拙い声に、ジェイルは絶句した。


「どのつらさげてもどってきたの、このはらぐろ。こそこそしてないで、さっさとしょちょーのところにかおだしなさいよ。だせないかおなら、とっととおうとへかえりなさい」


「………」


 淡々と言い終わった一郎はふう、と息をついた。

 そしてやりきったとばかりに無邪気な笑顔をジェイルに向けてくる。きっと、伝えた言葉の内容まではよく分かっていないのだろう。

 だがその直後、彼らを可愛がっていたゼルマおばさんから鋭く睨まれた。なぜだ。


「とっとと帰る気がないなら、さっさとラディアル様のところに行った方がいいんじゃないか?」


 ジントが真面目に追い打ちをかける。

 腐っても辺境でもここは王立魔法研究所。

 敷地内に足を踏み入れた時から、ジェイル・ルーカが来たことなどお見通しのはずだ。隠れても無駄だからこそ、堂々と食事をしていたわけで。しかし。


「こそこそ探り入れてたのは、どうしてばれたかなあ」


 研究棟に入ればさすがに勘付かれると思ったので、外側からこっそり、やんわりと中をうかがっていたのだが。


「使ったのは魔法か?」

「そう。風の魔法をさらっと流してちょっと音を拾ってたただけなのに」


 つまりは盗聴なのだが、精度は盗聴魔法の足元にも及ばない。

 本来は広範囲に対して不特定多数の噂などの声を集める、もしくは不特定多数に声を届ける魔法だ。確実性はないが、ただそよっと風が吹くだけなので、気付かれにくいという利点もある。


「魔法を使ったのか。それなら仕方ない」


 そうかそうか、とジントが頷いた。

 ひとり勝手に納得している様子に、ジェイルは少しばかりむっとする。


「どういうことだ?」

「そこのジローの目……いや鼻か? とにかくソレに感知できない魔法などないと思うからな。所長やミアゼ・オーカを探っていたのなら、なおさらだ」


 ソレ、と示された黒いふさふさのモノはふたりを見上げ、返事をするようにぴこぴこと黒い尻尾を左右に振った。

 子犬、と言われたがどう考えてもこの世界、犬に毛はないはずである。

それはともかく。これらに対して、使役魔獣なのにどうしても警戒心が湧いてこない。ある意味恐ろしい存在ではある。


「………ええと、それで。なんだって?」

「ジローの特性は、魔法探知だ。逆に言えばそれしかできないが、正確無比だぞ」


 淡々と、ジントが教えてくれる。

 予想外である。

 いや“流れ者”はこうあるべき、という型がない事は知っている。そういう意味では、この使役魔獣たちの主はちゃんと“流れ者”らしい“流れ者”と言える。

 しかし……わけがわからない。

 どこから質問していいかもわからない。


 呆然と、壊れたように「ナンダコレ」と呟くジェイル・ルーカに対して、元同僚は「だからさっさと本人に聞きに行ったらいいだろう」と指摘した。


 食堂への出入り禁止を言い渡されたくなかったらな、と。








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