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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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どんな愉快な仲間たち・7





「お部屋を片付けましょう」




 そんな言葉に、ラディアル・ガイルは拍子抜けした。



「はあ? 片付けって……なにを今さら」

「そう。なにを今さら、なんですが」


 ぴきぴきと冷たい微笑みを絶やさないシェーナ・メイズが丁寧に繰り返す。


「それこそオーカが来る前から、何度も何度も何度も何度も! 言ってきましたよね。いい加減、このガラクタの山を片付けろって」

「ガラクタじゃない。研究資料だぞ」


 ぼそぼそとラディアルが反論する。

 物を捨てられない人の典型的な言い訳である。

 そっと視線を外して言うあたり、少しはマズイと思っているのかもしれないが。


 研究棟最上階角部屋。

 ラディアル・ガイルの執務室兼研究室は、見渡す限り、足の踏み場もないほど“研究資料”だらけであった。

 雑然として混沌としているので、どう考えても大事なモノの置き方ではない。

 ちなみに居住棟の私室も似たようなもので、扉を開けると雪崩が起きるから所長は研究棟に泊まり込んで帰って来ないのだともっぱらの噂だ。


 シェーナが大げさにため息をついた。


「大事な資料だっていうなら、もうちょっと整理整頓したらどうですか。崩れないようにこっそり固定魔法かけるんじゃなくて」

「な、なぜそれを!」

「こっちにはジロがいるんですよ。ジロに感知できない魔法があるとでも?」


 呼ばれた魔法探知犬が、毛糸玉の様な黒い尻尾をぴこっと震わせた。

 木乃香の使役魔獣第二号は、普段は自分たちに害のある魔法だけを知らせてくれる。が、お願いすれば、もちろんそれ以外の魔法もちゃんと教えてくれる。

 それがたとえどんな他愛のない魔法であっても、だ。

 二郎の特殊能力の精度を身をもって思い知り、ひくっとラディアルの無精ひげ面が強張った。

 シェーナはさらに追い打ちをかける。


「その中に、この間は盗聴魔法が仕掛けてあったのを忘れたんですか。もうどこに何があるのか、どうせ自分で把握しきれてないんでしょう」


 反論できない。


「あれを仕掛けたのがシェブロンだったから実害がなかったものの! もっと悪意のある魔法使いのものだったらどうするんですか」

「………その辺は何とかしている」

「何ともなってません! そもそも、所長は自分に向けられた魔法に無頓着すぎるんですよ」

「そう、そうですよ」


 これには木乃香も頷く。

 王都の建国祭から帰って来たときだ。お師匠様は、魔法というものをよく分かっていない彼女でさえ眉をひそめたくなるほど、その黒マントによろしくない魔法をベタベタくっつけていた。

 それでも放っておくとマズイと判断したものは排除したと言っていたから、一体どれほどの迷惑魔法を浴びてきたのか、想像もつかない。

 シェブロンの盗聴魔法など、まだ可愛いものだ。


「所長だけならわたしだって言いませんよ」


 今さら、ですからね。

 シェーナ・メイズはきっとラディアルをにらむ。


「でも、今はオーカが、ここに、いるんですよ」

「………」


 木乃香には、そこでどうして自分の名前が強調されて出てくるのかわからない。

 聞いたラディアル・ガイルがこれまで以上に顔をしかめる理由も。


 ただ、保護者のような彼らが心配してくれている事だけは嫌というほど伝わってくる。

 さらには彼女の足元に居た一郎はこくんと首を縦に振り、二郎はぴこぴこ尻尾を振り、肩の上の三郎は「ぴぴぃ」と小首をかしげ、四郎も青い目を細めて「にあー」と鳴いた。

 先程の主の真似をして同調してみたのか、あるいは彼らなりに考えているのか。それは分からない。


 木乃香は、以前盗聴魔法を仕掛けてられていた目的が、彼女の使役魔獣だったことをきれいさっぱり忘れていた。

 自分自身だって“流れ者”という、とっても珍しい存在であることも。



 まあ、誰が何の目的で何を狙っているのかはともかく。

 得体の知れない迷惑魔法やら危険魔法やらがその辺に潜んでいるかと思うと気分が悪いし、それ以前に足の踏み場もないほどごちゃついた部屋は、いい加減なんとかしたほうがいいとは思うのだ。


「お師匠さま、わたしも手伝いますから、ここをきれいにしましょう。ね?」


 木乃香は言った。

 なんとなく小さな子供に言い聞かせるような口調になったのは、保護者様が大人げなくむっと口をとがらせていたからだ。


「そうは言っても、すぐにどうこうできる量じゃないだろうが」

「そこまで溜め込んどくほうが悪いんですよ」


 開き直るラディアルに、冷ややかに返すシェーナ。


「もともと、簡単にやってくれるとは思ってないわ」


 言われてできる人なら、所長室はここまでゴミ屋敷化しない。

 強硬手段に出ます、とシェーナ・メイズは宣言した。

 

「おい、何を……」

「オーカ!」

「はい。しろちゃーん」

「にゃあー」


 主に呼ばれて、嬉しそうに白い子猫が応える。

 すると、研究室の床全体がぼんやりと青く光り、やがてすぐに消えた。

 光る前の部屋と光った後の部屋は、変わりない様に見える。

 あくまで、表面上は。


「………なにをしたんだ?」

「浄化魔法、止めてみることにしました」


 さらりと言い放たれた弟子の言葉に、師はぱかんと口を開けた。


「浄化魔法って……」

「もちろん、建物全体にかかっている清潔を保つための魔法ですよ」


 木乃香だって、これまで何もしなかったわけではない。

 この汚部屋をできる範囲で整理し床面積を増やしてみたり、食堂の弁当箱とか空になった酒瓶とか、明らかにゴミだろうというモノをゴミ捨て場に持って行ったり、してはいた。


 だがいくら弟子とはいえ何でも勝手に触れるわけではないので、ほとんどのモノはそのまま放置である。部屋の主が「いる」というのだから仕方ない。

 年中こんな状態が続いていても、部屋にはカビや害虫、悪臭が発生しないし、埃だって溜まらない。これが、浄化魔法の成果だ。


「便利な魔法ですけど、逆にこの魔法があるから積極的に片づけようって気にならないんですよ、きっと」


 片付けなくても最低限の清潔は保たれているのだから。

 残念ながら、浄化魔法は部屋の片付けまではしてくれない。


「なので、止めてみました」


 弟子は言う。

 いやにアッサリと。


「…………は!?」

「言ってもやらないんだから、追いつめて強制的に片づけさせるしかないでしょう」


 シェーナ・メイズが無情にも言い放つ。

 慌てて探れば、確かにその魔法効果は無くなっているようだった。

 そこにあるのが当たり前すぎて、普段は意識もしない浄化魔法。

 しかしその効果は絶大かつ複雑で、作り上げるには手間も時間もかかっている。魔法使いが何人かで集まってもすぐにどうにかできるほど単純な代物ではない。

 ない、はずなのだが。

 ないものはない。


 今すぐどうにかなるわけではないが、この汚部屋は数日もすれば足を踏み入れることも恐ろしい場所に変わり果ててしまうだろう。掃除をせず放置したままであれば、確実に。


「い、いや、ちょっと待て」

「待ったなしです。今までやらなかった所長が悪い」

「そうだが! いやそうじゃなくて! おかしいだろうが!?」


 ラディアル・ガイルだけではない。この研究棟に、浄化魔法がないと生きていけない魔法使いはたくさんいるのだ。

 ある意味、無差別の攻撃魔法や暴力的な使役魔獣より性質が悪い。


「いったい何をどうやったら浄化魔法を消せるんだ。というか誰が直すんだよコレは。さすがに所長として認められんぞ」


 シェーナ・メイズがにやりと笑う。


「だから、魔法を消すんじゃなくて、止める、んですよ。魔法効果を、一時的に止めるだけ」

「はあ!?」

「にあー」


 のんびりとした白猫の鳴き声と、王立魔法研究所の所長様の驚愕の声が重なった。

 はっとラディアル・ガイルは足元の使役魔獣を見下ろす。


「ま、まさか……」

「はい。しろちゃんの“凍結”能力ですよ」


 のん気に木乃香が頷けば、「にゃん」と白い使役魔獣が同意した。

 そういえば、とラディアルは思い返す。

 四番目の使役魔獣“四郎”を召喚した際。この不肖の弟子は、その特性を“凍結”だと説明した。

 その後すぐに使役魔獣が氷をぽこぽこ生んで、みんなで厨房のゼルマお手製果実ジャムをかけたかき氷で涼むことができたので、氷を作るのが得意なんだな、と単純に考えていたのだが。

 今までの使役魔獣の傾向を考えれば、推測できたはずだ。

 ………それだけで済むわけがない、と。


「いやしかし、そんなことが……」

「できるのよ、シロなら」

「なんだその特殊能力! おれは聞いてないぞ」

「あれ、そうでしたっけ? すみません」

「あえて教えてませんのでー」


 素直に謝る木乃香に、しれっと答えるシェーナ・メイズ。

 確信犯か。

 むう、とラディアルが唸った。


「大丈夫ですよ。“凍結”したのはお師匠様のこの部屋だけですし。すぐに元に戻せますから。ほら、“封印”と一緒です」


 だから安心してください。

 木乃香の言葉は、本人以外はぜんぜん安心できない内容であった。


 現れた“魔法”を止める、という点では、一緒と言えなくもない。

 しかし自分の召喚魔法で生まれた使役魔獣を“封印”するのと、まったく縁もゆかりもない他人が何年も前に作った範囲魔法を“凍結”するのは、似ているようでまったく違う。

 他人の使役魔獣が思い通りにならないのと一緒で、他人の魔法もまた思うようには動かせないものなのだ。普通は。

 相手よりも力量が上であれば、打ち破ることはできるだろう。

 しかし、それこそ水を氷に変えるかのように魔法をただ停止させ、さらにはすぐに解凍――元通りに戻せるなど、おかしいのだ。

 ……普通は。


 弟子の所業にラディアルは頭を抱えたが、弟子本人はけろっとしている。相変わらず、ちっともとんでもないと思っていないに違いない。

 世間知らずの“流れ者”に、少しずつ魔法の何たるかを教えてはいる。

 ただしひと口に“魔法”と言っても方法も種類も多すぎて、どれが「アリ」でどれが「ナシ」なのか、魔法研究所所長をもってしても、いや豊富な知識を持つ所長だからこそはっきりと断言できないのがつらい。

 木乃香の召喚した僕たちはまずその姿形からして珍妙だが、話を聞けばナルホドと納得してしまう部分もあるのだ。


 そして四番目の使役魔獣の特殊能力であるらしい“凍結”。

 なんでそんな面倒くさいことを、と思わないでもない。が、ただ壊すより、周囲への影響や被害は格段に少ない。

 シェーナ・メイズが嬉しそうなはずだ。過去の結界魔法の解読と分析を行っている彼女にしてみれば、壊さずに保存できる“凍結”は恐ろしく便利な能力である。



 その結界魔法の研究者であり使い手であるシェーナが、不快げに眉をひそめた。

 近くにあった書物の山にげしっと蹴りを入れる。


「ほんっとに邪魔だわ……」


 けっこう容赦のない蹴りだったにも関わらず、書物は一冊も落ちることなく、それどころかちらとも揺るがない。

 こちらは、固定魔法が効いている。

 魔法力という名の糊を、書物の山全体に振りかけて固めているような状態である。積み重ね方が不安定でも、これなら多少の衝撃でもびくともしない。

 ただし、その中の書物を一冊取ろうと思っても、簡単には取れない。

 この“研究資料”の山をほとんど活用していない、触る気すらない証拠であった。


「なんて魔法力の無駄遣い。オーカ、これも“凍結”しちゃって」

「はい。しろちゃんー」

「にゃあ」

「待った‼」


 だから待ったなしって言ったじゃないですか、というシェーナの冷ややかな言葉を無視して、ラディアルは手のひらをばっと木乃香とその使役魔獣たちに向けた。


「簡単に崩すな! そこは安易に触ると危ない魔法具だってあるんだ!」


 そんな取り扱い注意のモノを無造作に積んで置くなと言いたい。

 が、木乃香はにっこり笑って答えた。


「大丈夫です。そんなのがあったら、じろちゃんが教えてくれますから」

「わん」


 さっそく吠えて教えてくれる子犬姿の使役魔獣の背中を、よしよしと撫でてやる。

 お役に立てて嬉しいのか、ぴこぴこと忙しなく尻尾が揺れていた。


「じゃあ、この辺はそのまま固定」

「にあー」


 子猫姿の使役魔獣がのんびり鳴けば、一部分を残して書物の山がどさどさと崩れ去った。

 単なる書物の山だと思いきや、中には怪しい魔法具が潜んでいたらしい。

 ついでに中身の残っている酒瓶が何本か転がり出てきた。これは間違いなく不用品である。


「お師匠さま、ぼけっとしてないで、要るものは教えてください」

「………」

「要らないなら、みっちゃんが燃やしちゃいますよー」

「ぴぴぃ」


 外に持って行く手間を省くため、ここで燃やすという。

 なるほど。使役魔獣の小さいながらも驚異的な燃焼力を誇る炎なら、燃やすモノはきっちり燃やしてくれるだろう。延焼させることなく。


「みっちゃんだけじゃ不足ですか? リアン君も必要なら手伝うぜって言ってくれてましたけど……いっちゃん、ルビィちゃんを呼んできてくれる?」

「ん」


 彼女が言えば、足元に散らばった酒瓶を拾い抱えていた赤髪の使役魔獣第一号がこっくりと頷く。

 そして炎を吐く他人の使役魔獣おともだちを呼ぶ為、ててっと速くはないが遅くもない足で部屋を飛び出して行った。


 なにこの連携。

 弟子とその使役魔獣は次々に固定魔法を“凍結”させていく。

 ただでさえぐちゃぐちゃなのに、いっそう混沌とし始めた室内を目の当たりにして。

 部屋の主は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




 いくら変わり種揃いでも、召喚主である木乃香とその周囲の安全を脅かすような使役魔獣は一体もいない。


「大丈夫ですって所長。あの子たちに限って危ないことはないですから。あなたはあなたの仕事をして下さい」


 言いながら、シェーナ・メイズが足元の魔法具を拾ってラディアルにぽいっと渡す。

 いつか誰かから取り上げた召喚武器――小刀だったが、きっちり鞘に納めた状態で固定魔法がかけられたままなので、暴発することはない。


「……よく知っているな」

「ちゃんと試しましたから。わたしだって最初は半信半疑でした」

「試したって、どこで」


 聞いてないぞと眉をひそめるラディアルに、う、とシェーナが怯んだ。

 ふい、と視線があさっての方向を向く。


「ど、どこだっていいじゃないですか」

「………ああー」

「何ですかその目は!」


 王立魔法研究所の魔法使いたちは、実に研究熱心な者が多い。

 ひとたび机に向かえば、周りのことなど簡単に目に入らなくなるほどに。

 それは、シェーナ・メイズも同じであった。


「私の研究室なんてここよりは全然マシですから!」


 彼女の主張を嘲笑うように、あるいは掃除しろと彼らを急かすように。

またがらがらどっしゃんとガラクタ山を崩す音がした。






 ざり、と乾いた土を踏む者がいる。


「相変わらず、ここは静かで………いや、すっげー騒がしい場所だなー」


 ほんとに変わらないな。

 研究棟最上階の騒音は、そんな苦笑交じりの外の呟きをもかき消した。



 





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