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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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どんな愉快な仲間たち・6




 “マゼンタ西区第三地域東南第二砂丘地帯”―――通称“白砂場”から戻る道すがら。

 呆れたように、そして若干楽しそうに、ラディアル・ガイルが呟いた。


「で。けっきょく誰も気づかなかったなあ」

「あー、紹介できる雰囲気でもなかったですしね」


 木乃香も頷く。

 彼女の使役魔獣を間近で見る機会をようやく得た魔法使いたちは、彼らに釘付けだった。

 勝負などそっちのけで、それはもう熱心に観察していた。基本的に能天気である木乃香の使役魔獣たちが怖がってしまい、彼女にひしっと張り付いて離れないほどに。

 そんな状態だったので、他に意識を向ける余裕もなかったのだろう。


 残念ながら、彼らが第四の使役魔獣に気付くことはなかった。

 そして炎天下、軽装で熱砂の上にずっと立たされながら、涼しい顔をしていた木乃香たちの様子にも。


「ずっと足元にいたのに。白い砂だったから、目立たなかったのかなあ」

「ある意味、いちばん活躍してたのにな?」


 ラディアルの言葉に、「にあー」というか細い鳴き声が同意した。




     ☆  ☆  ☆ 




 時間は少し遡る。

 木乃香が、先輩見習いであるクセナ・リアンに三郎をお披露目したときだ。


「なにこの小っさいイキモノは」


 異口同音。

もはや言われ慣れた言葉に、木乃香はいつもの通りさらっと答えた。


「使役魔獣の、三郎ことみっちゃんです」

「ぴっぴぴー!」

「………」


 使役魔獣だという小さな小さな黄色い鳥は、召喚主の頭の上でぱたぱたっと羽ばたいては上機嫌にさえずっている。訳せば「よろしくー!」という感じだろうか。

 実に友好的な鳥さんであった。使役魔獣では、有り得ないほどに。

 が、周囲はそろそろ慣れてきたので、シェーナなどはにこにこ様子を見守っている。二郎を抱っこして黒くもふっとした毛並みを堪能しながら。


「……で。なにこの小っさいの」


 あらためて、クセナ・リアンが呟いた。

 小さい、弱い、怖くない。

 コレは、昨今の良い使役魔獣と呼ばれる条件のことごとく反対をいく。

 知ってはいたが。すでに前例だって二体いるわけだが、変わり種が多いこの王立魔法研究所の使役魔獣たちの中でも、とりわけ変わっていることは間違いない。


「だから、使役魔獣の“三郎”だって」


 ひたすら首をかしげるクセナ少年に、木乃香は軽い口調で繰り返す。


「この子はルビィちゃんと一緒で、口から火を吐くんだよ」

「えっ」


 急に、炎を吐く使役魔獣を持つクセナ少年の顔がぱっと輝いた。


「ルビィちゃんも、よろしくね」

「るびぃ、よろしくね」


 彼女のかたわらで、一郎も小首をかしげながら言う。

 そして、よろしくされた赤いドラゴンも急にそわそわと落ち着きがなくなった。


「ぴぴぃ」

「くるる」


 ずい、と赤いドラゴンが立ちはだかる。

 すると黄色い小鳥もまた、ぱたぱたと前に出た。


「くるるぅ」

「ぴっぴぃ」

「くるるるるー」

「ぴっぴっぴい」

「きっしゃーっ」


 青い空に向かって、人の頭ほどの大きさの炎をごうっと吐くルビィ。

 それに続くようにしてぽんとくちばし程度の火の玉を吐く三郎。


「くるるっ」

「ぴぴぴっ」


 もう一度、赤いドラゴンがごおっと炎を吐く。

 すると今度は、黄色い鳥がぽむっと握りこぶし大の火の玉を吐きだした。


「ぴぴぴー」

「くるるー」


 何となく得意げにさえずる三郎に。

 何となく満足そうに喉を鳴らすルビィ。

 彼らと召喚主以外、見守る人々にはまったく意味が通じない。

 が、通じなくても何となく心あたたまってしまう光景であった。周囲は灼熱地獄だったが。


「ルビィ、おまえも弟分ができたんだなー」

「きええ」


 しみじみとクセナ少年が呟けば、その僕も嬉しそうにばっさばっさと赤い翼を動かした。

 基本的に、使役魔獣は召喚主以外には懐かない。

 それは使役魔獣相手でも同じことだ。別の主を持つ使役魔獣同士が、問答無用でケンカを始めることはあっても慣れ合うことはない。

 はずなのだが。


「……やっぱり、(しつけ)の問題なのかしら」


 シェーナ・メイズは、首をひねった。

 自分の知る召喚魔法の使い手たちを思い浮かべてみる。

 ……揃いも揃って社交性ゼロの人見知りであった。

 この辺境にある研究所は、人もモノも王都に比べて格段に少ない。出世など考えもしない研究馬鹿が多いので、対人スキルを身に着けた者がそもそも少なく、また磨く機会だってほとんどないのが現状である。人間関係が嫌になって辺境に逃げてきた者もいる。

 召喚主がコレでは、確かに使役魔獣の躾などできないだろう。


 ううむ、と難しい表情で考え込んではみたが、彼女はすぐに考えることを放棄した。もともと彼女が考えるべき分野ではないのだ。

 “流れ者”研究者にして実は召喚術も扱うジント・オージャイトなどは、木乃香の使役魔獣を見ては日々うんうん唸っている。彼の様子からも、そう簡単に解明できる謎ではないことが分かる。

 しかしその道の研究者でなければ「だって“流れ者”だもの」という理由で済ませてもいいような気がするのだ。


 そしてそれに加えて、放棄せざるを得ない理由がもうひとつ。

 そもそも現在この場所は、効率よく頭を働かせられるような環境ではなかった。


「あ、暑い……」


 そう、暑い。

 とにかく暑い。いま現在、外気温がものすごく高い。それは、あたたまるなどというレベルではなかった。

 辺境の地マゼンタは、今日も今日とてカラカラの快晴。

 ただでさえじゅうぶん暑い屋外で、使役魔獣の生み出す見た目以上に強力でしつこい炎に熱い地面はさらに熱を持ち、周辺温度はぐんぐん上がっていく。かまどの中でこんがり焼かれるパンの気分である。

 地元民のクセナ少年はけろりとしていたが、インドア派のシェーナと木乃香はぐったりと肩を落とす。地面からも恐ろしい熱気が上がってくるので、座ることもできないのだ。


「み、みっちゃん……そろそろ、止めてくれないかなあ」

「ぴぃ」

「くるるぅ」


 使役魔獣には、暑い寒いの感覚はないのだろうか。

 炎を吐かない一郎や二郎まで一緒になってわいわいとはしゃぎだし、さらに調子に乗ってぽこぽこ炎を出していたルビィと三郎は、きょとん、と主たちを見た。

 お揃いに小首をかしげて「えーどうして? 迷惑かけてないよ? 楽しいよ?」とでも言いたげに。




     ☆  ☆  ☆




 木乃香が使役魔獣第四号を早急に作った理由は、ごく単純なものだった。

 つまり、涼しい使役魔獣が欲しかったのだ。


 どうして三郎が炎を吐く使役魔獣になったかというと、クセナ少年の愛嬌たっぷりな使役魔獣を見て「これはこれでいいかもしれない」とうっかり影響されてしまったからだ。

 それでもこんな暑い場所で暑いだけの能力もなんだか弱い、と思って付けたおまけが治癒能力である。

 ちなみに弱いというのは、戦闘能力ではなく存在意義の話だ。

 ルビィのように背中に乗って空を飛べる使役魔獣も魅力的ではあったが、今までよりも体をかなり大きく作る必要があり、そうなると自室には絶対に入らない。

 部屋で一緒にくつろげる大きさであること。

 木乃香にとって、誰がなんと言おうともこれだけは譲れない条件である。

 何より、空を飛んででも行きたい場所など彼女にはなかった。




 そんなこんなで、今回は……いや、今回、その時の欲求を素直に形にしてみた結果。

 出来上がったのは、見た目からして涼し気な使役魔獣だった。


 柔らかく艶やかで、そしてふんわりとした真っ白い毛並み。

 サファイヤのように鮮やかで透き通るような青をしたアーモンド形の目。

 へたりと倒れた三角耳に、ゆらめく尻尾。

 にゃあー、と甘えた声で鳴く子猫“四郎”は、氷を生み出すことが出来る特性を持つ。

 そこにわずかでも水分があれば、どこであれすぐに氷を作ることができるし、逆に氷を溶かすこともできる。

 炎天下の“白砂場”で、ろくな装備もないのに木乃香たちが熱中症にかからなかったのは、四郎がこの特性を応用して周辺を冷やしていたからであった。



 この子猫、瞬く間に人気者となった。

 とくに“一郎を愛でる会”改め、“オーカの使役魔獣を愛でる会”のお姉さま方や子供たちの間で、非常に可愛がられていた。

 そもそも周囲の人々は、木乃香の使役魔獣四番目に対して最初から警戒心が薄かった。

 どれだけ規格外でも「ミアゼ・オーカならこんなものだろう」で片づけられるようになった。慣れというのは恐ろしい。


 そして周囲がこんな様子だからか、いちばん人懐こい性格をしているのが四郎だ。

 他は召喚主である木乃香にべったり引っ付いていることが多いのだが、四郎だけは勝手気ままに研究所の敷地内を歩き回る。

 構って欲しければ自分から「にあー」と甘えた声で足元にすり寄っていき、またあるときは人様の膝上にお邪魔してのほほんと丸くなっていたりするのだ。

 そのくせ捕獲しようとする召喚術研究の魔法使いやら、懐柔しようとする“流れ者”研究の魔法使いやらはするりとかわし相手にもしない。

 なかなか強かで、世渡り上手な白猫さんであった。




 そんな四郎のお気に入りは、師ラディアル・ガイルのお膝の上である。


「よくもまあ、こんな変なのばっかり作るものだな」


 呆れ半分、諦め半分でラディアル・ガイルが呟けば、彼の膝上で丸くなる白猫が「にゃーあ」とのんびり応えた。

 黒くて大きなお師匠様と、白くて小さな使役魔獣。

 なんでこっちに寄ってくるんだよ、と言いながらもぎこちない手つきで頭や背中を撫でてやる大男と、それでも気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす白猫の図は、なんだか妙に和む。

 ゆらん、と白い尻尾が満足げに揺れた。


「あまりに対照的すぎて、逆にしっくりくるのよね」


 シェーナ・メイズが言えば、微妙な顔つきの木乃香も頷く。

 いちおう理由はあるのだが、主を目にしてもぜんぜん寄って来ない使役魔獣ってどうなのだろう。少し、いやかなり寂しい。


 ラディアルが首根っこをつかもうとすれば、白猫は「にゃっ」と抗議の声を上げて素早く節くれだった指をすり抜け、今度は広い肩に軽く跳びあがる。


「あ、こら」


 なおも伸びてきた手を巧みに避けてもう片方の肩に飛び移り、ねこじゃらしのような尻尾で頬をひと撫で。

 さらにすとんと床に着地すると、今度は彼の足元にちょこんと座った。

 ふよ、ふよと少し気取ったように白い尻尾が泳ぐ。


「にああー」

「……」


 遊ばれている気がする。

 むう、と口元をゆがめたお師匠様に、こらえきれずに、シェーナが「ぷっ」と噴出した。

 ラディアル・ガイルが憮然とした表情になる。


「……おまえら、コレを迎えに来たんじゃないのか」

「迎えに来たというか……しろちゃんがお師匠様の側にいるのは、わたしがお願いしたからです」


 木乃香が言う。

 相槌を打つように、四郎が「にあー」と鳴いた。

 その気になれば、足元の小さな使役魔獣など、簡単に蹴飛ばして追い払える。もしくは、その辺の壁に引っかかっている召喚武器の一振りで消し去ることができる。

 あえてしないお師匠様だからこそ、試してみよう。木乃香は、そうシェーナと話し合った事があった。


「はあ? なんだ、また変なのに狙われているのか?」

「狙われる前に、なんとかしたいんですよね」


 にっこりとシェーナ・メイズが言った。

 先ほどの笑いを引きずっているのかと思いきや、よくよく見れば彼女の明るい栗色の瞳はむしろものすごく冷ややかである。

 これはマズイ。

 何を企んでいるのかは皆目わからないが、なんだか逃げられない気がする。

 体力派魔法使いの直感と、彼女たちとの浅くはない付き合い、そして相変わらず得体が知れない使役魔獣たちが揃っていることから、ラディアル・ガイルは悟った。

 のだが。



「お部屋を片付けましょう」



 そんな言葉に、彼は拍子抜けした。







三郎とルビィの心あたたまる(?)会話は、適当に想像して下さい(笑)

次話は近日中に・・・。

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