どんな愉快な仲間たち・5
お待たせしております><
ところは、荒野のど真ん中。
大きな石がところどころ頭をのぞかせている他は、木や草の一本も見当たらない。
歩くとざくざく音がする、足を取られるほどの砂地は、もはや砂漠地帯といってもいい場所であった。
じりじりと肌を焼く大きな太陽のもと。
頭からすっぽりと灰色の外套を被った不審者―――いや、王立魔法研究所の魔法使いたちが立っていた。
「ミアゼ・オーカ! いざ、勝負!!」
そんな言葉を、口走りながら。
熱烈なお呼び出しは、木乃香が研究所に来てから現在まで、頻繁にあったらしい。
らしい、というのは、本人はまったく身に覚えがないからだ。
彼女を“研究対象”とみなす人々からの接触は、手紙だろうと直接だろうとその他の手段だろうと、彼女が気付く前に全てラディアルら保護者様方が蹴っ飛ばし踏み潰していたようだ。
研究所に在籍する魔法使いが、研究所の長であり国でも屈指の魔法戦闘能力を誇るラディアル・ガイルを敵に回すのは、あまりにも危険である。
だからこそ彼らも、最初に一部の魔法使いたちがやらかしたストーカー紛いの行為以降は大人しくしていたのだ。あくまで表向きは、の話だが。
が、裏も表もそろそろ限界であった。
最初のきっかけは、木乃香が召喚魔法を成功させたことだ。
風変わりな使役魔獣を召喚しそれを連れて出歩くようになれば、“流れ者”研究の魔法使いたちに加えて召喚や使役魔獣の研究を行っている者たちの関心も引く。
そして、見習いのクセナ・リアンが召喚魔法の使い手として彼女に紹介されたこと。
単にクセナが木乃香にとって安全と判断されただけなのだが、他のどの魔法使いでもなくただの見習いが間近で彼女の使役魔獣を見る権利を得、しかもなんだか仲良しになっているとくれば、正規の魔法使いたちが黙ってはいなかった。
つまり、彼らはクセナ少年が羨ましくて仕方ないのだ。
「リアン! なぜおまえがそっちにいるんだ!」
怒鳴る、というよりはもう悲鳴に近い声音で灰色魔法使いのひとりが声を上げた。
おまえわたしの弟子だろう、という訴えに、クセナ・リアンは「えー」と誠意のない返事をする。
そもそも、呼び出したのは木乃香ひとり。
だから、彼女がひとりで来るだろうと思われていたらしい。
彼らにとって、師ラディアルが保護者面で付いてくるのはもちろん、灰色マントのひとりである魔法使いの弟子クセナ・リアンまで隣にいるのはとんだ計算違いであった。
「だって、男が複数で待ち構えているところに、女ひとりで行かせられるわけないじゃん。てか来ないよ普通」
「い、いいや来るだろう魔法使いなら!」
「魔法使いだって来ない奴は来ないって師匠。オーカが“流れ者”だからって、適当なこと言うなよな。あと、いちおう言っとくけどおれもオーカもまだ魔法使いじゃなくて見習い」
なに常識みたいに言ってんだよ、と呆れた声を上げるクセナ少年。
彼の師匠と思われる魔法使いは「うっ」と呻いて固まった。まるで白を黒だと諭されたかのような驚愕ぶりである。
「そもそもオーカはここの場所知らなかったって」
「えっ」
「“マゼンタ西区第三地域東南第二砂丘地帯”なんて字だけ書かれてたって、地元民でもそんな公式の地図名称知らねえし」
「………」
こくこく、と木乃香がうなずく。
ちなみに地元では通称で“白砂場”と呼ばれているらしい。どちらにしろ、研究所の敷地からほとんど出ない彼女にはわかるはずがなかった。
ついでに言えば、ここは環境が過酷すぎる。
おそらく、多少派手な魔法を使っても問題のない場所なのだろう。しかし容赦なく照りつける太陽に、焼け付く白砂からの熱と目を開けていられないほどの照り返し。見渡す限り休めるような日陰はなく、普通の生き物なら数分で干からびること確実である。
そんな場所に呼び出した彼らがすっぽりと頭から被っているのは、正式な魔法使いの証であるという蔦模様が浮かぶマント。施された魔法によって暑い場所では涼しく、寒い場所では温かく、有り得ないほど快適に過ごせるように作られている逸品である。
灼熱地獄に呼びつけておいて自分たちだけは便利マント着用。身勝手もいいところだ。本人たちは単にそこまで気が回っていないだけだと思うが。
こんな場所に女性を呼びつけるなんて、ホント女の敵お肌の敵冗談じゃないわあの変態ども、と怒り狂っていたのはシェーナ・メイズだ。木乃香も、これには大いに同意する。嫌がらせだろうか。
正式な魔法使いではない木乃香とクセナ・リアンは、当然ながら便利マントがない。
簡素な日よけの外套を羽織っただけのクセナ少年の言葉は、至極まっとうなものだった。
……この場で彼がいちばん良識あるオトナに見える。いちばん最年少なのに。
「自分たちの研究に没頭するのはいいけど、もうちょっと周りの迷惑も考えてくれよ」
灰色魔法使いたちはそろってがっくりと肩を落とす。
いざ勝負と高らかに言い放ってからしばらく。魔法を使ってもいないのに、すでに敗色濃厚であった。
その通り、と言いたげにきしゃーっと雄叫びを上げたのは彼の使役魔獣であるルビィ。
さらにその頭の上に乗っかった木乃香の使役魔獣・三郎がぴっぴーと囃し立てるように囀って追い打ちをかけた。この二体、同じ火を吐く使役魔獣だからか、妙に仲がいいのだ。
真紅のドラゴン・ルビィの翼の先ほどの大きさしかない極小使役魔獣に、向こう側の魔法使いたちはがばりと顔を上げ、釘づけになる。
「あ、あれが使役魔獣の第三号か!?」
「翼がある……鳥型か? いやしかし飛ぶのもあまり得意に見えないが」
「い、いや確かな筋の情報だと、属性は炎だと―――」
「待て、リアンの使役魔獣と共にいるのだぞ。あれはリアンの使役魔獣の可能性も……」
「……オーカのとこのサブローだよ。知らねえの?」
クセナ少年とルビィ、ついでに木乃香の使役魔獣たちも一緒になって小首をかしげる。
今や厨房に出入りしてぴぴぴっと鳴いてはかまどの火加減調整を引き受けている黄色い鳥は、食堂ではすでに顔なじみである。けっこうな頻度でお目にかかることができる。
知らないのは木乃香たちへの接触禁止に加えて食堂への出禁を言い渡されたストーカー魔法使いだけだ。
「あー、お前ら。気が済んだんなら帰っていいか」
勝負と言いながら指をさしたり何事か書きつけたり議論したり。別のことに忙しい研究者たちに、半眼でラディアル・ガイルが問う。
「あっ、い、いや所長、待ってください!」
「待ったはもう聞かないぞ」
「ひいいいっ」
こんな風に他の魔法使いから勝負を持ちかけられるのは、木乃香だけではない。
他人の迷惑にならない限り、暗黙の了解どころかむしろ一部では奨励されてさえいる。
品評会、といったほうが近いかもしれない。勝ち負けに関係なく、新しい魔法や物珍しい魔法に対してその出来不出来を確かめたり、魔法使い同士意見を交換したりするのが主な目的だ。
ただしこの対象が召喚術、とくに使役魔獣の場合。
昨今はとくに大きい、強い、見た目が怖いの三拍子が揃って優秀な使役魔獣とされているため、どうしても対戦という形での見せ合いになってしまう。
灰色魔法使いたちの行動は、まったく見当違いというわけでもないのだ。
ラディアル・ガイルがクセナ少年やシェーナ・メイズのように真っ向から彼らを否定しないのは、そういう理由があるからだ。
自分の目をかいくぐって世間知らずなうちの弟子をこんな場所に呼び出しやがってこの野郎ども、という苛立ちはあるが。
でもまあ、戦ったところで木乃香相手に彼らが勝てるとは思えない。
正確には、戦いにすらならないだろう。
急かされ、慌てて魔法使いたちは足元の白砂に召喚のための陣を描き始めた。
最初に現れたのは、クセナ少年が「師匠」と呼んだ魔法使いの使役魔獣だった。
どっぱーん、と勢いよく白い砂を押し上げて出現したそれは、この場で最も身長の高いラディアル・ガイルの二倍以上の体長を誇る。
漆黒と蛍光緑がマーブル模様で合わさったそれはつるりとして凹凸がなく、ひどく細長かった。
川底の水草のようにゆらゆらとらめくそれは、長短合わせて全部で三本。
―――あれ? 水草?
「くさだー」
傍らでぴんと指をさす自らの使役魔獣を見て、木乃香も「ああ」と頷く。
あれか、食堂に出ようとしたという使役魔獣“草”とやらは。
ソレはふよふよくねくねと短いほうの身体を動かした。
傍目には威嚇しているように見えないこともない。が、木乃香たちには赤毛の使役魔獣が「やっほー」と手を振ったのに「やっほー」と応えているようにしか見えなかった。
どちらにしろ、グロテスクな外見に似合わず妙にコミカルな動きではあったのだ。
「ほう。これか、伸縮自在の触手というのは。しかも三本ともか?」
感心したようにラディアル・ガイルが呟いた。
魔法研究所の所長である彼も、明るい場所で“草”をはっきりと見るのは初めてらしい。
「使役魔獣の器をただ動かすのと違って、出来上がってしまった器そのものを変化させる、つまりこの場合は伸ばしたり縮ませたりだが、それは難しい技術なんだ」
「へえー、そうなんですか」
「そうなんだよ」
魔法使いが作り出した器に、召喚した“力”を注入する“使役魔獣”。
それは、コップに水を注ぐのにも似ている。多すぎる“力”を注げば溢れて収まらず、コップを大きく、あるいは小さく変化させても、その都度“力”は揺れ動き安定しない。“力”が漏れ出るか、器が壊れてしまう確率が高いのだ。
いきなり始まった師匠の講義に、まじまじと向こうの使役魔獣を観察する弟子。
そんな超絶技巧を基礎もすっ飛ばしていきなりぽんとやらかした自覚が、この弟子にはない。それはもう、清々しいくらいきれいさっぱり皆無である。だから他人事のように他の使役魔獣を眺めていられるのだ。
ラディアルがため息混じりに足元を見れば、黒い子犬がぴこぴこと尻尾を動かして「わん」と吠え、赤毛の子鬼が「うしろからくるの?」と小首をかしげている。
この小さな使役魔獣たちは、実に見事な安定をみせていた。
手のひらに収まるぐい吞み程度の小さな器に、その何十倍、何百倍の質量を持つ水が注がれているというのに、だ。
「たった三本、ではありませんよ!」
得意げに向こう側の魔法使いが言い放つ。
と同時に、今度は木乃香たちの背後から砂柱が上がった。
新たに二本。正面の三本に比べれば小ぶりだが、それでも人の身長より高い位置から彼らを見下ろしている。
鎌首をもたげ、蛇が獲物に襲いかかるかのごとく、ソレは小さな使役魔獣たちに文字通り触手を伸ばす。
「おおー」
「うわあ……」
「あ、師匠増やしたんだー」
「くるるー」
「ぴっぴー」
いっぽう、小さな使役魔獣とその仲間たちの反応は、緊張感のないものだった。
せっかく背後に回っていただいたが、一郎と二郎がとっくに勘付いているのであまり驚きもない。
水中の水草のようにゆらゆらと揺れては意外な俊敏さで木乃香の使役魔獣第一号にくるんと巻き付いたときでさえ、である。
なにより、巻き付かれ持ち上げられた一郎が楽しそうにきゃっきゃっと声を上げているのだ。お父さんに高い高いされている子供のようだ。
根元にかぷんと噛みついた二郎も、攻撃するというよりは玩具相手に遊んでいるようにしか見えない。
「な……っなぜだ!?」
魔法使いたちががくんと顎を落とす。
そして次々に召喚された使役魔獣たちだが、超重量の肉食恐竜のような姿をしたモノも、ゴリラを二回りほど大きくしてさらに腕をもう一回り太くしたようなあからさまな腕力自慢大猿も、その辺の砂と岩で作り上げたような巨大土人形も、召喚主の命令通りに向かっては来るものの攻撃らしい攻撃は仕掛けてこない。大きな鷲のような外見の鳥型使役魔獣などは、同じく翼を持つ赤ドラゴン・ルビィとどちらが速く飛べるか競争を始めている。この二体がいちばん召喚主の命令通りに動いているのかもしれないが、その後をぱたぱたーっと黄色い小鳥の三郎が付いて行くのが妙に微笑ましい。
「だから、オーカとやっても勝負にならないんだよ」
おれはちゃんと忠告したんだからな、とラディアルが言う。
まあ、この目で見るまで彼も半信半疑ではあったのだが。
木乃香の使役魔獣第一号が、他の魔法使いの使役魔獣を従わせ――いや、オトモダチになっているのだと。
難しい指示はできないが、自分と木乃香たちへの攻撃を止めさせるくらい、簡単にやってのけるのだ―――と。
「シェブロン。これで気が済んだか?」
あまりの和気あいあいとした使役魔獣たちの空気に衝撃を受けていた魔法使いのひとりが、名前を呼ばれてはっと我に返る。
反射的に使役魔獣を呼び戻そうとするが、自信作の忠実な触手“草”はまったく帰ってくる気配がない。摩訶不思議だ。極めて不可解だ。
「その使役魔獣、それから盗聴魔法、どう見ても裏方向きだろうが。“流れ者”相手にコソコソやるくらいなら、王都の諜報部で思う存分力をふるってきたらいい」
「し、しかしわたしは……っ」
「いま、諜報部の立て直しをやってるらしいんだ。長が前よりかは話の分かる奴に代わった。どうも最近、きな臭いらしくてな」
「……」
「弟子は他の魔法使いに師事できるよう取り計らう」
え、とクセナ・リアンが目を見開く。
その傍らに、ひと通り飛んで遊んで戻ってきたドラゴンがばっさー、と降り立った。
「師匠、追い出されるのかと思ったら出世じゃねーか。王宮に行くんだろう?」
「リアン……」
「頑張ってくれよ。いつか遊びに行くから!」
「くるるるっ」
「………」
もともとの資質なのだろう。この真っ直ぐな弟子は、やはり素直で単純な使役魔獣を召喚した。シェブロンを師と仰いでも、なお。
王宮勤めの魔法使い。それは、ここフローライドでは尊敬と畏怖の対象である。エリート中のエリートなのだ。
ただしここの研究所に比べれば、いささか窮屈なことは間違いない。王立とはいえこんな辺境の研究所に籍を置く魔法使いは、大抵がその窮屈さを苦手としている変わり者たちなのだ。
シェブロンとて、フローライドの魔法使いだ。中央に憧れがないと言えばウソになる。
……ただ、ちょっとくらい寂しがってくれてもいいんじゃないだろうか。
かつてないほどのきらきらと輝くような尊敬のまなざしを不肖の弟子から向けられ、シェブロンはなんとも複雑な表情を浮かべた。
続きます〜。
長くなったので、途中で切りました。




