どんな愉快な仲間たち・4
お待たせしております。こ、こんなに遅くなる予定ではなかったのですが(・・;)
今回も新キャラ登場……。
H28.7/24間違いを訂正いたしました。本筋に影響はありませんが、言ってることが先と後とで違ってました(汗)
「ホンモノの使役魔獣ってのを見せてやるよ!」
不敵な笑みを浮かべてそう木乃香に言い放ったのは、声変わりもまだの高い少年の声。
魔法使い見習いにして召喚魔法の使い手、クセナ・リアンであった。
続けて彼がぴゅいっと指笛を鳴らせば、どこからか「きしゃーっ」という雄叫びと、ばっさばっさという羽音が聞こえてくる。
程なく現れたのは、召喚主であるクセナ少年と同じかそれ以上の大きさを持つ、全身真紅のドラゴンであった。
「るびい、だー」
召喚主より先に使役魔獣の名前を言い当てて、一郎はにっこりと笑う。隣の二郎も、警戒心のかけらも見せずにちろちろと尻尾を振っている。
その様子を見て、木乃香は内心でほっと胸をなでおろした。
どうやら外見の迫力とは違っていい使役魔獣のようだ、と。
ここフローライド王国では、魔法が使えるとはいっても簡単に“魔法使い”と名乗れるわけではない。
言ってみれば国家資格である。指定の魔法学校に通い卒業するか、一定階級以上の魔法使いのもとに弟子入りして認定試験を受け合格しなければ、“魔法使い”にはなれない。
“魔法使い”でなければ魔法を使ってはならないという決まりはないが、肩書があるのと無いのではその信用度は大きく変わってくる。フローライドで少しでも魔法を使って生計を立てようと思うなら、必要な資格と言えるだろう。
クセナ・リアンは、魔法使いを目指す近所の少年である。
近所、とはいっても歩いて半日以上かかる集落なのだが、王都付近や主要都市に集中しているという魔法学校よりは格段に近い。そして、学費がほとんどかからない。
その代わり誰でも受け入れてくれるわけではないし、学校に通うほど広く知識が学べるわけでもないし、あるいは付いた師によっては雑用ばかり押し付けられて何も教えてもらえない場合だってある。
幸い、クセナ少年の師である魔法使いは、弟子の面倒を見る甲斐性はあったらしい。もともとの素質はあるのだろうが、彼の年齢からみてもこれだけの大きさを持つ使役魔獣を召喚できるのはすごい事、なのだそうだ。
クセナ少年は、半年ほど前に初めて使役魔獣の召喚に成功した。彼の年齢と弟子入り期間からすれば、かなり早いと言える。
そこから試行錯誤を繰り返し、一か月ほど前に召喚出来た赤いドラゴンをいたく気に入ってずっとそばに置いていた。例の“封印”の術を使って、である。
そして現在、ソレを使って家から研究所に通っている。彼が召喚陣ではなく指笛で使役魔獣を呼んだのは、そういうわけだ。
こんな辺境の研究所まで弟子入りにやってくる青少年は非常に少なく、現在の“見習い”は木乃香と彼のふたりだけである。
年齢も身長も彼女より下だし、そもそも師事している魔法使いが違うのだが、この少年はとにかく木乃香に対して先輩面をしたがった。
ラディアルから木乃香を紹介されたときの彼は、それはまるで一人っ子に弟妹が出来たかのようなはしゃぎぶりで、彼女もその周囲も生温かい眼差しで見守っているところだ。
ただ威張るだけではなく、兄貴分らしくそれなりに面倒見もいいので、彼に助けられることもしばしばである。
木乃香の師ラディアル・ガイルは、召喚術以外にも様々な魔法に適性を持ち、実際に使いこなす天才である。
が、天才ゆえに言うことが高度過ぎてついていけない時がある。
面倒見はいいし根気強く教えてもくれるのだが、凡人が理解できない極めて不親切な説明を、さも常識のようにするのだ。彼にとっては、それが常識なので。
クセナ少年と接する内に、木乃香がそれなりの魔法力を持ちながらなかなか使いこなせないのは、その辺にも原因があるのではないかと思い始めている。
こちらの常識にも疎い彼女は、師の教育の程度が高いのか低いのかすらもわからない。分からずにうんうん唸っていたら、現在勉強中の見習いクセナ少年のアドバイスでするりと理解できた、という事が何度かあった。
無邪気にクセナ少年にお礼を言っている弟子を、なんとも複雑な表情で背後からそっと見守る師ラディアル・ガイルの姿があったとかなかったとか。
ただし、たまにまったく教えていないはずの事をぽんと理屈抜きでやらかす木乃香が凡人かといえば、これまた微妙な話ではあるのだが。
頼れる先輩クセナ・リアンの使役魔獣は、土埃を上げながら彼と木乃香たちの間にずしんと降り立つと、あいさつ代わりに真っ赤な炎をごうっと口から吐きだした。
羽のある種類の恐竜をもう少しトカゲかワニ寄りにしたような外見。その背には身体の倍はあろうかというコウモリに似た翼が広がっている。それらは質感や濃淡に違いはあっても全て鮮やかな赤色をしていた。荒野の強い日差しの下ではきらきらと輝いて見えるが、少々暑苦しい見た目である。
そして隣の召喚主を砂埃で真っ白にするほど威勢が良かった。
「オイコラ“ルビィ”! もうちょっと離れて着地しろって!」
叱られてルビィと呼ばれたドラゴンはしゅうん、と大きな翼を縮こまらせた。
主に向かって頭を下げ「くるる」とか細く鳴く。
「ごめん、ていってる」
一郎の通訳がなくても、それくらいは木乃香にだって態度で分かる。
ペットは飼い主に似るというが、この使役魔獣はまさしくそれだ。
あり余る元気といい、人懐こさといい、興味津々といった風で木乃香たちをきょときょとと見つめる赤い瞳といい。図体は大きいが、召喚主そっくりである。
ルビィは、口から炎を吐き出すドラゴンだ。本気で炎を吐けば半径十数メートルほどは軽く炭化できるし、背中にクセナを乗せてもけっこうな速さで飛ぶことができる。
かつての“流れ者”の影響でもあるのか、もとの世界でも彼くらいの年頃の少年たちが喜びそうな、いかにもな姿形をした王道であった。
使役魔獣に、決まった形はない。
召喚術によって呼び出すのは単なる“力”で、その純粋な“力”に器を与えるのは、召喚主である魔法使いだ。
その為、使役魔獣をどんな姿形にするかは魔法使い次第。人型であったり獣型であったり、どこかで見たこともある生き物であったり未知の化物であったりと、ひとつとして同じモノはない。
が、クセナ少年が「ホンモノ」と豪語したくなるのもうなずける。
召喚できた時点で使役魔獣は全部本物なのだが、木乃香の使役魔獣は「使役魔獣?」と周囲に首を傾げられるようなモノなのだから。
なるほどなあ、と木乃香は自らの使役魔獣たちと一緒にクセナの使役魔獣を眺めた。
姿形はともかく、口から炎を吐きだす使役魔獣はそう珍しいモノでもない。
地・水・火・風に属する魔法は、一般的に扱いやすく、使える適性を持つ者も多いのだという。彼も、ドラゴンが火を吐く事こそ自慢したいらしかった。
その辺がいまいち木乃香には共感できない。こんな暑いカラカラに乾いた場所で「一瞬にして辺りを丸焦げにできるぜ」と火力を自慢されても、ここにあるのは草や灌木がてんてんと生える不毛の大地だ。少ない樹木や乾いた土を焼いて何の得があるのやら。
この辺で火をおこして喜ばれるのは、厨房のかまどくらいではなかろうか。
むしろ歩いて往復丸一日以上はかかる実家と研究所の間を、使役魔獣に乗って日帰りで楽々通っている事のほうがすごいと思うのだが。
よく出来た使役魔獣の判断基準は、大きい、強い、見た目が怖いの三点らしいので、ただ背中に乗せて飛べるだけでは評価されにくいのだろう。
評価されにくいという点では、木乃香の使役魔獣たちこそそれである。
評価のしようがない、と言うべきか。
「オーカのとこのイチローとジローは何ができるんだ?」
木乃香が自らの使役魔獣の特殊能力を説明すると、ほかの魔法使いたちがそうだったようにクセナ・リアンもまたハテナマークを頭上に浮かべて首をひねった。
「それ、何か役に立つのか?」
「現在進行形で、たいへん癒されてます」
「……いや能力関係ないだろソレ」
ほんわりと笑う木乃香に、クセナが呆れたように突っ込みを入れる。
が、否定もしない。彼は最初におっかなびっくりで二郎の背中を撫でてから、ときどきその黒い毛並みを堪能しにやってくるのだ。ついでにやたら嬉しそうに、一郎の赤い頭もぐりぐりと撫でくりまわしていく。
夢に夢見るお年頃な元気少年にも、もふもふセラピーは有効なようだった。
それに、彼の使役魔獣だって迫力はあるがなかなか愛嬌がある。主に対して明らかに甘えた様子で、ときに猫のようにのどをゴロゴロ言わせて押し倒す勢いですり寄っているのだ。
一郎や二郎ともすぐに仲良しになり、今では木乃香にもその艶やかな背中や翼を撫でさせてくれている。
近づくな危険、と口を酸っぱくして注意される他人の使役魔獣だが、やはりそれは躾けの問題なのでは、と再認識している木乃香である。もしくは危機意識の違いか。
何もない荒野と怪しげな魔法使いたちしかいないこの不毛の土地には、物騒な輩は滅多にお目にかからない。いたとしても生息する魔獣や野生動物たちに襲われているか、より凶悪なとあるお師匠様の召喚剣の錆になっているかのどちらかだ。
そんな場所で終始警戒していろというほうが、魔法力の無駄遣いである。
ところでそのお師匠様ラディアル・ガイルだが、現在この魔法研究所にはいない。
年に一度の大きなお祭りがあるとかで、国内屈指の魔法使いにして国立魔法研究所所長である彼は王都まで出かけているのだ。
お祭りというから楽しいのかと思いきや、堅苦しい式典への出席義務があり、しかも祭りの間中魔法を使って盛り上げたり治安を維持したりと大忙しらしく、楽しむどころか王城の外に出る暇もないのだという。お気の毒なことである。
しばらく不在にするからとのことで、彼は臨時講師としてクセナ・リアンを木乃香に紹介したのだった。
ほかに召喚術を使う魔法使いやそれを題材としている研究者はいるのに、なぜ見習いの彼だったのか。
それは同じ見習い同士、いろいろと相談しやすい事もあるだろうという理由ともうひとつ。
何より、彼とその使役魔獣がいちばん単純で、普通だったのだ。“普通”を弟子に教えてやりたいラディアルにとって、そこが重要だった。
自分が目を離した隙にまた変な使役魔獣を作り出さないか。
そんな心配をして。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あー嫌だ。もう嫌だ。二度と行かないからな」
お気に入りの――というか、そこしか座れるスペースの開いた椅子がない――ソファ兼仮眠ベッドで、ラディアル・ガイルはぐったりと沈んでいた。
思えば、行く前からすでにげっそりしていた。せっかく整えたはずの黒銀の髪でさえ、なんとなくくすんで見えたものだ。
王都から文字通り飛んで帰ってきたらしいが、強行軍で疲れただけではないのだろう。
それは本人だけでなく、二郎の様子からも分かる。
「あの、お師匠様」
くうん、と甘えるように、あるいは何かを訴えるように頭を擦りつけてくる使役魔獣第二号の背中を撫でながら話しかければ、ラディアルはむく、と顔を持ち上げる。
「どうした? 留守中に何かあったか?」
「い、いえ。わたしじゃなくてお師匠様が」
「おれが?」
「………何か、いろいろくっついているようなんですが」
彼は深緑の双眸をぱち、とゆっくり瞬かせた。
黙っていれば渋いアニキと評されるラディアル・ガイルだが、これはちょっと可愛いかもしれない、と頭の片隅で木乃香は思った。
「………ああ」
思い当たるふしがあるのか、彼は視線を少し彷徨わせたあと、心底疲れたようなため息をついた。
弟子の傍らで小さな尻尾を震わせる、黒い子犬を見る。
「さすがはオーカのところのジローだな。よくわかったな」
最上級魔法使いの証である漆黒のマントを、付いているモノと一緒にばさりと脱ぎ捨てる。
心配そうな顔つきで見守る弟子に、彼は笑ってみせた。
「面倒くさくて、放っておいたんだ。これでも毒魔法とか、呪いとか、やばそうなやつはちゃんと避けていたつもりだぞ」
なるほど、外套を脱いでグレーのシャツ姿になった彼からは物騒な魔法は感じられなかったし、外套に付着した魔法だって発動せずにくすぶっていたものばかりだ。
明らかに悪意を直接ぶつけた魔法の他に、この間のように盗聴魔法やら追跡魔法やら、それこそストーカーの仕業かと疑いたくなるような類の魔法も複数見つかった。
これだけの数の魔法をマントひとつで防ぎきるのがすごければ、短期間でこれだけの魔法を放たれるのもすごい。とりあえず、お師匠様の態度からして、この状況は大して珍しくもないのだろう。
「お師匠様、実はけっこう敵が多いんですか?」
「敵になった覚えはないんだがな……」
彼は、苦笑いを浮かべて肯定も否定もしなかった。
「―――ほんとうに厄介なのは、敵意を持った奴じゃないが」
そんなかすかな呟きは、小さな羽ばたきにかき消されるほど力のないものだった。
そう。小さな羽ばたきが聞こえたのは、まさにその時だ。
ぱたぱたというどことなく拙い音に、ラディアルは顔を上げてみた。
そこに飛んでいたのは、黄色い小鳥である。
広げた手のひらに収まる程度の丸みのある身体。オレンジがかった艶やかな羽に長めの尾羽。磨き上げた宝石のように澄んだ真っ赤な目と同色のくちばし。
――――こんな鳥、いたかな。
彼は生物学にはあまり興味がない。とりあえず巷では見かけない鳥である。
まずこの小ささ。飛行の遅さ。雛ならばともかく、こんなひ弱そうな形をした鳥は、早々に荒野の魔獣の餌食になってしまうだろう。いや、小さすぎて餌とも認識されなかったのか。
研究所の誰かが飼っている、という話も聞かない。
奇妙な小鳥は、あいかわらずぱたぱたと緊張感のない羽ばたきでぽすんと木乃香の頭に着地した。そして小さな黄色い胸を張ると、ぴっぴぴーと嬉しそうに鳴く。なんだか上機嫌らしい。
「……嫌な予感がする」
思わずこぼすと、それに答えるように木乃香はにっこりと笑った。
「この子は、使役魔獣第三号“三郎”ことみっちゃんです」
「ぴぴぃ」
「…………」
散々小さすぎる、わざと小さくするのは魔法力の無駄遣いだと言ったはずなのに、二号よりさらに小さくなっているのはどういうことだ。
どちらかと言えば一般的で模範的なクセナ・リアンの使役魔獣を見てもこれか。
ラディアルのがっくり落ちた肩に、いつの間にか新たな悩みの種がとまって「ぴぴぴ」と能天気にさえずった。人懐こいのは、先輩使役魔獣とまったく一緒である。
「リアン君のルビィちゃんを見て、翼を持たせてみました!」
火も吐けるんですと木乃香が言えば、応えるように小鳥の赤いくちばしから同じ色の炎の塊がぽんと飛び出した。ろうそくに灯されたような、小さくのんびりとした炎だ。お世辞にも「火を吐きます」と自慢げに語れる火力ではない。
師が呆気にとられて何も言えないでいる隙に、“三郎”は軽く飛び上がった。
ぴ、ぴ、と鳴きながら彼の頭上でぱたぱたと羽ばたく。
見方によってはけっこう人を小馬鹿にしたような態度だが、もっとおかしいのは羽を動かすたびにきらきらと金粉のような何かが降って来ることだ。
火の粉のように熱くはない。鳥の羽毛のように実体もないそれは、ラディアルの頭や肩に落ちては染み込むように跡形もなく消えていく。
「………なにをやってるんだ?」
「火を吐くだけでは面白くないので、ほかの能力を追加してみました」
ラディアルの周りにひと通り金色の雨を降らせて満足したのか、黄色い鳥は召喚主の頭へとぱたぱた戻る。まるで餌を探すように黒髪を啄み引っ張る使役魔獣に「こらイタズラしない」とたしなめて、木乃香は続けた。
「“火の鳥”といえば、やっぱりこれかなあと思いまして……治癒能力を」
「はああ?」
思わず声を上げたラディアル・ガイルだが、そこでふと気が付いた。
なんだか妙に身体が軽い。
とくに座りっぱなしの厳粛な式典やら海千山千の高官たちの相手やらをこなして凝り固まっていた肩が、嘘のようにほぐれていた。
もといた世界ではなかなかに有名な物語に出てくる、架空の鳥。
不死鳥とも言われ、その生き血を飲めばどんな病気もたちどころに治り不老不死も手に入るという。
もっとも、詳しく覚えてはいないので雰囲気だけである。物語の火の鳥はたしかこんなひよこのような外見ではなかったはずだし、可愛い使役魔獣に血を流させるわけにもいかない。
治癒とはいっても、重症患者をあっというまに治したり死人を生き返らせたりするような超絶能力はない。できたとしても、何度倒れてもおかしくない程の莫大な魔法力を使うだろうと予想できたからだ。それに、そこまでの必要性も感じなかった。
同じく心の病気やストレスなどにも効果はないが、簡単な傷を癒したり日々の身体の疲れを取ったりするくらいは朝飯前である。
というようなことを師匠に説明すれば、彼は言葉の替わりに重いため息を吐きだした。
いろんな魔法があるのだから身体を治す魔法だってあるだろうと、木乃香は軽い気持ちでそれを“三郎”に付与した。
ないわけではない。
が、極めて少ない。軽症を治せる“だけ”の能力だって、この国で確認されているのは片手で足りる数だ。
それを、しかも使役魔獣が使ってみせるなど前代未聞である。
なるほど。“三郎”の治癒能力は心労には効かないらしい。
格段に軽くなった身体で、格段に重くなった胸に手をあてて数秒。ラディアル・ガイルは「ま、いいか」と呟いて強引に振り切った。
もともと自分の研究以外で深く考えることが苦手な彼は、弟子の使役魔獣について悩むのを放棄した。出来てしまったモノは仕方がない。
便利な能力であることに違いはないし、要はばれなければいいのだ。
知ったら間違いなく彼女を利用しようとするであろう輩たちに。




