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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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どんな愉快な仲間たち・3




 使役魔獣第二号の二郎がガラクタ山のとある場所に向けて、わんわんと吠える。

 ここから盗聴されてるー、と教えてくれているのだ。

 そんな健気な子犬型使役魔獣の後に続こうと、木乃香が足を踏み出したときである。

 かくん、と膝が折れた。


「………あ。あれ?」


 そして比喩ではなく目の前が真っ暗になり、ひどいめまいに襲われて思わずぎゅっと目を閉じる。


「おっと」

「オーカ!?」


 そのまま前のめりに傾いだ彼女の身体を支えたのは、ラディアル・ガイル。

 腕一本で弟子の身体を押し留めた彼は、もう一本の腕を膝裏に通すとすくい上げるように彼女を抱き上げた。

 大きな大きな、ため息混じりに。


「まあ、こうなるよな」

「………お、ししょ、さ」

「しゃべらなくていい。いいから寝とけ。眠いだろう」

「は………」

「大丈夫だ、寝れば治る。あとで説明してやるからな」


 小さな子供に言い聞かせるようにして出来る限り穏やかに告げれば、木乃香は無理にこじあけようとしていた目を大人しく閉じた。安心したように。

 シェーナが心配げにのぞき込む。


「まさか、オーカ……」

「ああ。完璧に魔法力の使い過ぎだ。部屋連れてって休ませるぞ」


 なにしろラディアルの研究室はヒトが休めるような環境ではないし、そもそも盗聴魔法が未だに仕掛けられたままになっているのだ。話などできるはずがない。

 なんとなく、いやーな予感はしたんだよな。

 木乃香に与えた部屋のベッドに彼女を寝かせてから、ラディアル・ガイルは呻いた。まったくこの弟子は、と。


「所長? いちおう、聞いてみるんですけど。教えました?」

「教えるわけないだろうが。あんな変則技」


 シェーナ・メイズが確認したのは、魔法に関する基礎知識の話ではない。

 使役魔獣を召喚した、その後からの召喚陣書き換えである。


 できるかできないかで言えば、できる。

 現にあっさりと――それはそれで問題だが――木乃香はやってのけていた。

 だが、魔法使いの中でもできると知っている者は少ないだろう。それくらいに誰もやらない非常に珍しい技であった。

 この場に召喚術の研究者と結界の研究者が揃ってはいるが、彼らだって文献で読んだことがあるだけで、実際目にしたのはこれが初めてだ。


 なぜならこの書き換え、とにかく効率が悪い。

 手順そのものは簡単。召喚した使役魔獣を置いて変更前の召喚陣を描き、その後に変更後のそれをはっきりと描き直すだけである。

 しかし一度消してしまった召喚陣を寸分違わず復元し、完成していたソレを壊すことなく部分的にただ変える、というのは非常に難しい。

 そして、作業のひとつひとつに術者の魔法力をこれでもかと大量に使う。似たようなモノを新しく召喚し直したほうがはるかに簡単で楽なのだ。


 木乃香にはそれだけの魔法力が備わっていた。それ自体は別に構わないし、“流れ者”ならばもっと驚異的な魔法力を誇るものだってザラにいる。あの“虚空の魔法使い”ヨーダだってそうだ。

 問題は、彼女に魔法力を使っているという自覚が薄いことである。


 魔法力は、体力に似ている。

 走れば身体が疲れるのと一緒で、魔法を使っても同じように身体は疲れる。身体を休めれば、ちゃんと回復もする。

 この「疲れた」という感覚が、魔法力に限って彼女は鈍いらしい。

 というか魔法力を使うこと自体、召喚術を成功させた後になってもよく分かっていない様子だった。

 それでどうして召喚できたのか謎だが、まあ彼女は“流れ者”だ。そんなこともあるのだろう。その辺は“流れ者”研究者の研究テーマであって、ラディアルらの専門外だ。

 まったく分からないわけではなさそうだが、極めて鈍感。自分の持つ魔法力の大きさも、実際に使っている量も把握しないまま、ばかすか無駄遣いしている。

 疲れたと自覚できれば足をゆるめるなり立ち止まって休むなりできるのに、力尽きて倒れるまで全力疾走をやめられない。いや、そもそも自分で全力疾走しているのか歩いているのか、それすらも分かっていない。例えるなら、彼女はそんな状態だ。

 今回のようにいつどんな大ワザを使って勝手に倒れているか、わかったものではない。


「常識はおいおい教えるとして……教えて鍛えてどうにかなるものなのか、この鈍さは?」


 途方に暮れたようなラディアル・ガイルのぼやきに、シェーナ・メイズも答えることが出来なかった。

 本来なら、誰に教わるでもなく自分でわかるはずの感覚なのだ。


 はあああ、とため息をついて額に手を当てる。

 ふと見れば、頭痛の種のひとつである使役魔獣たちが、主の周りでおろおろしていた。

 つま先立ちになり心配そうに寝台をのぞき込む赤毛の人型使役魔獣と、枕元でふんふんと彼女に鼻面を押し付けては労わるようにぺろぺろと頬を舐める黒毛の犬型使役魔獣。


 いっそ、召喚主の意識が無くなった時点で消えてしまうような脆弱な使役魔獣だったならば、余計な心配もしなくて済んだのに。

 この使役魔獣たちは、そういうところは実にしっかりと作られていた。


 詳しく教えたわけでもないのにこの完成度。扱う魔法力には鈍感なくせに、である。

 なにやら末恐ろしいような気がするが、さしあたっての問題がある。


 召喚主の魔法力で動く使役魔獣は、存在している限りはずっと魔法力を供給しなければならない存在だ。

 それを無駄と考える魔法使いは、必要なときに召喚し用が済めば消してしまう。言葉は悪いが、使い捨てである。召喚陣を書き換えるより新しく書き直す魔法使いが多いのには、そういう理由もある。

 いま、この小さいながらも膨大な魔法力を消費して生まれた使役魔獣たちを消せば、木乃香はより早く回復することができるだろう。

 相手は戦闘能力をまるで持たない使役魔獣たちだ。

 ラディアルが攻撃して消し去ることは簡単だ、が。


「消す……わけにはいかないんだろうなあ」

「当たり前でしょ!」


 一緒になってベッドの側に膝をつき、慰めるように一郎の赤毛をさわさわと撫でていたシェーナ・メイズがきっと彼をにらんだ。

 本来なら他人の使役魔獣に触れるなど、自殺行為である。まして今は使役魔獣を制御できる召喚主も意識がない。

 が、ここ数日で彼女はその非常識にもすっかり慣れてしまったらしかった。

 ラディアルもまた、寂し気にこちらと木乃香を交互に眺める極めて大人しく無抵抗の小さな存在を葬り去るのは、さすがにいい気分ではない。

 いま現在多大な迷惑を被っているとか、召喚主であり保護すべき弟子である木乃香が死に瀕しているとかならともかく、だ。


「……イチロー、ジロー」


 主に呼ばれたわけでもないのに、ぴくんと反応する使役魔獣たち。

 ちょっとこっちに来い、と手招きすれば、主を気にしながらも素直にラディアルの足元にとことこと寄って来る。

 よその使役魔獣に無邪気に寄り付かれる。そんな未知の体験に奇妙な気分を味わいながらも、彼は長い足を折って彼らに目線を近づけた。

 これなら試してみる価値はあるだろう。


「お前らの主であるオーカが倒れたのはなぜか、お前らは分かっているな」


 神妙な顔つきで一郎がこっくりと首を縦に動かせば、二郎はちろちろと控えめな動きで左右に尻尾を振る。

 赤毛の小さな子供と黒毛の小動物の前にしゃがみこんで、彼らに何事か諭そうとしている黒づくめの大男。それも小さいモノ可愛いモノとは全く縁のなさそうな、国内有数の強面上級魔法使いラディアル・ガイルの図は、なかなか異様であった。

 一郎の横で同じように聞いていたシェーナでさえ、一瞬だが微妙な顔つきをしてしまうほどの。

 ともあれ、本人たちはいたって真面目だ。


「死ぬわけじゃない。だがこの様子だと、何日かは寝込むことになるだろう――お前らがいればな」


 こくんと首を縦にふる一郎に、ちろりと尻尾を振る二郎。

 召喚主以外の言葉でも、彼らはやはりちゃんと理解できているらしい。

 そんな使役魔獣たちだからこそ、彼は言う。


「お前ら、おれに“封印”されてくれないか」と。


 木乃香は現在死んだように眠っているが、放っておいても死にはしないだろう。ある程度魔法力が回復すれば、自然と目覚めるはずだ。

 しかしその間眠ったまま、飲まず食わずでいるわけで、当然体力は落ちる。それもあって、元通りになるにはさらに数日を要することになる。


「“封印”することで、お前らにオーカの魔法力が流れていくのを止めようと思うんだ。それでオーカの許可もなくオーカの使役魔獣であるお前らを消さなくて済むし、オーカの魔法力もより早く回復できる。お前らにしても、そのほうがいいだろう?」


 やはりこくんと首を縦にふる一郎に、ちろりと尻尾を振る二郎。

 こちらの世界産のせいか、主人の木乃香よりも飲み込みが早いような気さえする。


 ここで言う“封印”とは、つまりは使役魔獣を仮死状態にする術だ。あるいは電池を抜いた電動おもちゃか。

 魔法力という動力源が絶たれてしまうので、使役魔獣は動けない。しかし存在はそのまま消えることはない。もちろん封印を解けば、また動けるようになる。

 ラディアル・ガイルの研究室の壁にかけられた多数の召喚武器は、それが施されている。いくら彼が優秀な魔法使いでも、武器は自ら動かないので魔法力(維持費)が少なくて済むとはいっても、あれだけの数に魔法力を注ぎ続けていれば、身体がもたず研究どころではない。


「オーカの目が覚めたら、封印術も教えないとだめだな。とりあえずおれので我慢してくれるか」


 彼が使役魔獣にわざわざ言い聞かせているのは、理由がある。

 ラディアル・ガイルであっても、他人の使役魔獣を相手に“封印”を施したことなどないからだ。

 敵対した相手の使役魔獣を止めたいならば、使役魔獣を攻撃して消してしまえばいい。“封印”などというまどろっこしい技は必要ないのだ。

 術の間は、じっとしてもらわなければならないというのもある。


 そして、それらを理解した上で――理解、しているのだと思う――一郎はこっくりと強く頷き、二郎はぶんぶんと少し強めに尻尾を動かしたのだった。






 後日。

 たっぷりと眠った木乃香がすっきりと目覚め、保護者たちに「勝手にお気軽に何でもやらかすな」とお説教を受けた後。

 必要に迫られた形で、“封印”を身に着けた。

 しかし、魔法力の加減のほうはとんと身に付かず、彼女はそれから何度も倒れることになる。


「ああーっもう、またか! お前らは“はうす”‼」


 それは、木乃香が作り出した“封印”の呪文・・だ。

 それを唱えれば、木乃香の使役魔獣たちはぽんぽんと音を立てて消えていく。正確には、彼女の部屋にある彼らの“寝床”に戻って寝る。

 そしてこの呪文、主である木乃香と、なぜかやたらと彼女の使役魔獣に懐かれたラディアル・ガイルが唱えると効果を発揮するモノとなった。


 弟子とその小さな仲間たち相手に悪戦苦闘するラディアルを見たとある研究所の職員は、しみじみ呟いたという。


 なんか所長、急に所帯じみてきたよね、と。








次回はたぶん3号登場です。

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