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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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19/89

どんな愉快な仲間たち・1

遅くなり、申し訳ありません。

今回も、あまり進んでないですが(汗)キリのいいところで。





「というわけで、“使役魔獣”の“一郎”こといっちゃんです」


 はいごあいさつ、と木乃香が視線を落とした先に、ソレはいた。

 彼女の身に着けたひざ丈チュニックの裾をきゅっと握りしめて小さな子供、いや子供のような何かが目の前に立つ大人たちをきょとんと見上げている。

 赤いどんぐり眼に浮かぶのは、純粋な好奇心と少しばかりの緊張。怯えも警戒心もなければ、敵意のかけらもない。

 お下がりらしいだぼっとした白いシャツと茶色のズボン、赤いベストを着たそれは、ぺこんとお辞儀したかと思えばにぱっと人懐こい笑みを浮かべた。


「はじめまして。いちろー、です」


 はいはじめましてー、とついつられて微笑み返してから、シェーナ・メイズははっと我に返った。


「な、なんなのこの可愛い生きモノ」

「だからな。“使役魔獣”なんだよ。オーカの」


 いや使役魔獣って、と額に手をあてて呻くシェーナ。

 隣のラディアル・ガイルも困った顔つきでこりこりと髭のまばらな頬をかいている。


 魔法使いが召喚する“使役魔獣”。

 それは、異なる空間から呼び出した“力”の塊を、入れ物に入れ形を整えたモノ、である。

 基本的に忠実、というか召喚主の命令しか聞かず、召喚主の手足となって働く。

 その姿かたちや能力は召喚主が作るので、比較的自由だ。

 自由、なのだが。


「いっちゃん。お世話になってるシェーナ・メイズさん。メイお姉さまだよ」

「めいねーさま?」

「こっちの人はわかるよね?」

「うん。ししょー」

「そうそう」


 よくできましたー、と木乃香に頭を撫でられて、くふ、と誇らしげに胸を張る人型の使役魔獣。


「……何をどうやったらこんな使役魔獣ができるの」


 何よりもコレはまず、小さい。小さすぎる。

 そして庇護欲そそりまくりの幼い外見。立ち位置だけは常に召喚主である木乃香の前だったが、客観的にはどう見ても使役魔獣のほうが守られるべき存在だろう。

 戦力どころか、盾にだってなりはしない。

 しかも。


「しゃべってるし……」


 ヒトの言葉を話す使役魔獣など、聞いたことがない。

 研究機関、それも国内から優秀な魔法使いや奇人変人変わり種が集まるとされるここ、マゼンタの魔法研究所に籍を置いているシェーナでも、そうなのだ。

 作ろうと思えば、可能かもしれない。

 しかし繰り返すが、使役魔獣とは召喚主の手足となって働くモノである。

 主に、非力な魔法使いに代わって戦い主を守れるような戦闘能力を誇るモノが多く、そこにおしゃべりは必要ない。

 限りある自分の魔法力で、わざわざ会話能力を付けようという物好きはいないのだ。


 その辺を、木乃香はラディアルから教わってはいた。大きい強い外見が怖いの三拍子揃って良い使役魔獣、というか昨今のこの国の流行であるらしいことも。

 第一号の使役魔獣を生み出した後、ではあるが。


 そういう意味では“一郎”は良い出来とは言えない使役魔獣なのだろう。

 先輩魔法使いである彼らの微妙な反応を見ても、それは明らかだ。

 しかし部屋に入らない程大きくて無意味に強くて強面の僕を持ったところで、何が楽しいのか彼女にはさっぱりわからない。


 そもそもここよりも格段に治安がよく、魔獣のような大型危険生物も存在せず、戦争のような争い事とも縁遠い場所でぬくぬくと暮らしていた木乃香である。

 戦場のど真ん中に落っこちたわけでも、いきなり身を守る必要に迫られたわけでもなし。

 しかも事前にほとんど何の説明もなく、これで急に戦う使役魔獣などが出せたらただの戦闘狂か危険思想の持ち主か、もしくはもとの世界でその手の本やゲームを愛していた、異世界に順応性の高い人々だ。


「ええと、話し相手にでもなればいいなあと思いまして。なんとなく?」


 そう。なんとなく。

 彼女は、その直感に従ったまでである。

 魔法とは感性、別名“なんとなく”の感覚で使うもの。

 天才肌の師匠のもとで、そんな当たらずとも遠からずな認識を植え付けられた木乃香は、やっとその感覚がわかった気がします、とむしろ得意げである。


 別に、彼女に話し相手がいなかったわけではない。

 ただ、研究所の研究員や従業員である彼らのそれぞれの仕事の邪魔をするわけにはいかず、むしろ積極的に話しかけてくるジント・オージャイトら“流れ者”研究の人々は、最近マシになってきたとはいえ質問ばかりで言葉のキャッチボールは出来ない。あれは会話というより尋問に近い。

 だから好きな時に、変に気を張る必要もなく、ただ他愛のない話を聞いてくれる存在がいればいいなあ、と思ったのだ。あと、どうせ身近に置くなら可愛くて小さくて、外見でも癒されそうなのがなお良い、と。

 というようなことを大雑把に話すと、シェーナ・メイズは栗色の瞳をほんのりと潤ませてぎゅっと抱き着いてきた。


「寂しい思いをさせてごめんね!」

「ええっ? 別に、そういうことじゃなくて……っ」


 どこの子供だ。

 そう突っ込みながらも、そういえば迷子のようなものだったかもしれないと思い直す。

 知らないうちに異世界に迷い込んで、帰る手立てもなく、しかしこちらの世界で生きる意味も意義も見出せない不安定な立場。

 “一郎”は、彼女の作った彼女の使役魔獣であり、彼女なしには存在し得ないモノである。その彼がきゅ、と手を握ってくれるだけで、「このか」と本来の名前をきれいな発音で、嬉しそうに呼んでくれるだけで、足が地に着いたような、そんな心地になったのだ。

 この世界をようやく受け入れることができたような。

 あるいは、ようやくこの世界に受け入れられたような。

 少なくとも、この小さな使役魔獣がいてくれるだけでほっこりして笑顔になれるのは確かだ。


 ぎゅうぎゅう絞めてくるシェーナ・メイズの華奢な背中を困ったように撫でていると、くい、と彼女の服の裾を引っ張る気配がする。

 見下ろせば、そこにいるのは彼女の愛するべき使役魔獣第一号。

 彼なりに木乃香の境遇を思いやったのか、単に抱き着かれているのが羨ましかったのか。真っ赤などんぐり眼でじいいっとこちらを見上げてくる。


 一郎は、もう片方の手でシェーナの魔法使い用のマントも握っていた。

 期待を込めて見上げてくるつぶらな瞳に負けて、シェーナは、つい手を伸ばす。

 さわさわと頭を撫でれば、一郎がぱああっと笑う。赤く柔らかい髪がふわふわと嬉しそうに揺らいだ。


 つられてにっこりと笑い返してから、シェーナははっと我に返った。

 急に顔を強張らせた彼女に、木乃香は内心で首をかしげながら一郎を抱き上げる。

 きゃあっと、嬉しそうに歓声を上げる使役魔獣。

 そしてなぜかうっと息を詰まらせるシェーナ。


「……もしかして、お姉さま子供が苦手ですか?」

「そ、ういうわけじゃ」

「めいねーさま?」


 少しばかり悲し気に、がっかりしたように見つめてくる無垢な瞳に、シェーナ・メイズはぱっと顔を赤らめてから「ううう、負けた」と呻いた。


「……オーカ、この子触ってもいい?」

「? もちろんいいですよ。抱っこしますか?」


 あっさりと承諾し、にっこりと微笑む木乃香とその使役魔獣。

 差し出されたもみじの様な小さな手に、シェーナが今度は苦笑をもらした。


「………あのね、オーカ。普通、使役魔獣は召喚主以外には懐かないのよ」


 そもそも彼らには感情がない。

 少なくともない、とされている。懐く懐かない以前の問題なのだ。

 凶暴な使役魔獣になると、相手に敵意が有ろうが無かろうが近寄っただけで攻撃を加えようとする。それを頼もしい僕だと評価する輩すらいる。

 だから誰のであれ使役魔獣には近づくな、というのがこの世界での暗黙の了解となっていた。いかにも無害な外見につられてつい頭を撫でてしまったシェーナは、途中でそんな常識をようやく思い出したのだ。

 これが罠なら、実に恐ろしい使役魔獣である。

 ちなみに、当たり前だが自分の使役魔獣を喜んで他人に触らせようとする魔法使いもいない。

 木乃香に説明すれば、理解できないという風に眉をひそめた。


「誰彼構わず襲うのって、単なる躾けの問題じゃ?」

「躾け!? う、うーん……むしろ使役魔獣の存在意義の問題かしらね」


「めいねーさま」


 甘い声が微妙にすれ違う会話に割って入る。

 抱っこをねだられているとしか思えないきらきらした赤目に逆らえず、シェーナは両手をのばして木乃香から彼女の使役魔獣を受け取る。

 一郎は「わあい」と歓声を上げて、ふくふくとしたほんのりと温かい腕で彼女の細い肩に縋りついてきた。


「……いいかもしれない」

「そうでしょう?」


 どうやら、一郎の癒し効果はシェーナ・メイズにもばっちり有効らしい。

 得意げな彼女ととってもご満悦な笑顔の赤い使役魔獣に、シェーナもにっこりと笑い返した。


 そして、彼女は笑顔のままで後ろを振り返る。


「……で。ラディアル・ガイル・フローライド王立魔法研究所所長さま?」


 低い声に、びくりとラディアルの肩が波打った。

「…………ハイ、ナンデショウ」


「あなた、オーカの師のくせに、ほとんど何にも説明してないんでしょう」


 そうでなければ、最初からこんな意外性満載の使役魔獣、できるはずがない。

 こちらの魔法に疎い“流れ者”であれば、なおさらだ。


 彼は、何も知らない彼女に召喚陣の基礎を描いて寄越しただけ。

 シェーナは自身が結界を使用した魔法の使い手であるだけでなく、過去の結界や陣を解読する事を研究材料としている。木乃香がそうだったように、陣の痕跡もある程度は見ることができる。

 だからこそ、彼女にはラディアル・ガイルの監督不行き届きぶりが目に見えるようだった。

 おそらくその辺まで痕跡から読み取ってしまえる彼女だからこそ、彼女まで召喚現場に招いたのだろう。

 自分に対する説明まで省こうとしているのが見え見えで、非常に腹立たしい。


 生まれてまもない使役魔獣と一緒にじいいっと穴が開くほど見つめてやれば、その視線はふいと気まずげに逸らされる。


「い、いやあのな。説明しようと、思ったんだが」

「だが?」

「途中からオーカは自分で陣組み立て始めてな。ここは邪魔しないでおこうと」

「組み立て始めるまで、説明しなかったと」

「……いやそれは」

「しなかったと」

「……あ、ああ」


 だんだんと声が低くなるが、恐ろしい事にシェーナは笑顔のままだ。


「半分、面白がってたんでしょう」

「…………」


 ラディアル自らが、基礎だけとはいえ私用以外の召喚陣を敷いてみせるくらいだ。彼は弟子に召喚魔法の素養があると察したのだろう。

 しかし、木乃香は自分の持つ魔法力について恐ろしく鈍感だった。未だに魔法そのものが実感できていない様子でもあった。


「まさか、最初から成功するとは思わなくてな」


 だから、ラディアルのこんな無責任な言い訳も理解できないわけではない。

 しかしそうですね、と苦笑しながら納得できるほど、木乃香の潜在的な魔法力は低くない。


「出来た使役魔獣がこんな可愛いコだから良かったものの。とんでもないのが出てきたらどうするつもりだったんです」

「………」


 召喚間際、それで一瞬焦ったことは絶対に言えない。

 いや、今でもじゅうぶんとんでもない。

 召喚は成功、注がれた木乃香の魔法力が漏れた形跡もないのに、あの膨大な力はいったいこの小さな使役魔獣のどこに入ってしまったのだろうか。

 言葉を話す。身体をわざと小さくする。それだけで相当の魔法力を消費しているが、まだまだ余剰はあったはずだ。


 いろいろ疑問や問題点はある。むしろ山積みである。

 シェーナ・メイズははあ、と大きくため息をついた。


「とりあえず、さしあたっての問題は、ここが研究所で、研究者がたくさんいるってこと」

「あっ」

「ああー、それもあったか」


 木乃香の顔から血の気が失せ、ラディアルが遠い目をする。


「物珍しいものは即、研究対象だな」


 “流れ者”も“召喚術”も研究対象外のラディアルやシェーナでさえ、彼女の作り上げた陣や使役魔獣には興味が湧いてしまう。研究対象としている者たちにとっては、なおさらだ。

 せっかく生み出した使役魔獣もコレなので、彼女と“一郎”には身を守る術がないのだ。


 ストーカー被害、再びである。








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