あんな荒野のど真ん中・7
今回も少々長いです。
被害は少なかったとはいえ、島ひとつ消し飛ばすほどの魔法である。
当然ながら、高道陽多の作り出したこの空間魔法は“禁断魔法”に指定され、他の者が使う事を禁止された。
この魔法に関する記録も、もちろん禁書。閲覧厳禁である。
「まあ、こちらの言葉とあちらの言葉らしきモノと意味不明な記号なんかがびっちりと無秩序に書きなぐられてあって、読みたくてもとても解読できなかったんだけどな」
言語研究はおれの専門外だし、と少し悔し気に、ラディアル・ガイルは無精ひげがなくなった口元をかきながら言った。
閲覧厳禁をちゃっかり見てるんですね、とはあえて指摘しないでおく。
言ったところで、きっと「昔ちょっとなー」とかなんとかケロリと答えるに違いない。
どうやらお師匠様には、世間一般の基準とは別にお師匠様基準があるらしい。
「で、それを長い時間かけて解読したのがサラナス・メイガリスでな。解読するだけで止めとけばいいものを、“虚空の魔法使い”の魔法を再現しちまった。よりによってこの国の王都でな」
「ああそうです……か? は?」
近所の悪ガキが塀に落書きしていきやがった、とでも言うような忌々しいながらも深刻さがまるで感じられない口調で、ラディアル・ガイルはぼやく。
「島がまるごと消えた魔法ですよね?」
「王都がまるごと消えかけた」
いやー大変だったらしいぞ。と他人事のように付け加える。
まあ、今でこそ国内屈指の実力を誇る魔法研究所所長様も、当時はいたいけな青少年だったということだから、居合わせたとしても傍観するしかなかっただろうが。彼がほんとうにいたいけだったかどうかはともかく。
「先々代の国王はいろいろと出来た人でな。最小限の被害で済ませることができたんだが。サラナスは捕らえられ、魔法力を封じた上で幽閉。彼の書いた書物は全て処分された。あれの所業はともかく、あの思想は危険だからな」
「思想?」
「“流れ者”は、たまに流れてくるだけだから影響が少なくて済んでるんだ。サラナス・メイガリスがお前たちのいた世界に行こうとしたのか、こちらに意図的に呼び込もうとしたのかは不明だが、どちらにせよ世界の均衡を崩す恐れがある。そもそも魔法のたびに頻繁にあちこち吹き飛ばされてみろ。物理的にだってこの世界が壊れるだろうが」
それはそうだ。
しかも、理由は「“流れ者”ともっと交流を持ちたいから」。世界を滅亡させたいとか、征服したいとかいう野望がないだけある意味余計に性質が悪い。
しかも結果が付いてくるかどうかも怪しい魔法なのだ。壊され損である。興味本位で繋げられてしまう異世界のほうもいい迷惑だ。
ともあれ、それが高道陽多氏による面白異世界日記まで禁書扱いになった理由のようだった。
まさか本人も、後に大げさな解説付きで翻訳されるとは思ってもみなかっただろう。高道氏の為にも、あまり世間に広まらない方がよかったのかもしれない。
サラナス・メイガリスの解説は、同じ“流れ者”である彼女には笑ってしまうものだったとしても、“流れ者”本人を知らない者が読めば何か勘違いしそうな雰囲気は、確かにある。
ふと視線を感じて顔を上げれば、困り顔のラディアル・ガイルがこちらをじっとうかがっていた。
「………えーと、どうしました?」
「ジントの奴が“虚空の魔法使い”の手記を持ってきたときな」
しゅん、と眉尻を下げて彼は言う。
「同郷の“流れ者”で魔法使いの話だから、何かオーカの役に立つんじゃないかと思ったんだが。こちらへ来ていくらも経ってないんだ、逆に故郷を思い出させて辛かったんじゃないか」
「………」
辛いかと問われれば、辛いですと即答できる。
それくらいには、木乃香もホームシックなのだろうと思う。
ほかの“流れ者”がどうだったかは知らないが、彼女はこちらの世界に迷い込んだ前後の記憶が、未だに曖昧だ。
そのせいだろうか。夢ではないと自覚していても、まるで雲の上を歩いているように目の前が白濁しぼんやりふわふわとした感覚が抜けない。
ふわふわと、地に足が着かない。そんな足場の頼りなさによる不安のほうがむしろ大きい。
戻るどころか、また別のどこかへ今にも飛んでしまいそうな。
ぽんぽん、と大きな手で頭を抑えられる。
ここに居るんだぞ、と小さな子供に言い聞かせるように。
木乃香は何とも言えない気分になった。
この人も顔に似合わず面倒見が良すぎるんだよなあ、と思う。見ず知らずの自分相手に、まるで父親……は年齢的に少々失礼なので、年の離れたお兄さんのようだ。こっそりアニキと呼ばれ――真正面から呼ぶと嫌な顔をされるからだ――慕われているのがよく分かる。
保護者がこんなだから、木乃香は落ち込む暇も、八つ当たりする毒気もなくなってしまうのだ。
「……そんな顔しなくても“禁断魔法”なんて危ないモノ、やりませんよ。そもそも私に魔法が使えないのは、お師匠様だって知ってるでしょう」
「はあ? ああ、いやそんな心配はしてないんだが……うん?」
魔法が使えない? 馬鹿言うなそんなに魔法力持っといて。
言いかけたラディアルは、しかしけっきょく口をつぐんだ。
魔法を教える師としては、ここで彼女に発破をかけるべきなのかもしれない。
だが“虚空の魔法使い”の手記を読んで思い悩んでいる様子の彼女に、果たして伝えて良いものかどうか。
仮にいま魔法が使えたとしても、彼女の性格上、効果があやふやで周囲に迷惑をかけるだけのものに手を出すとは思えないが、万が一ということもある。
なにしろ彼女とて“流れ者”だ。
まあ、いずれ嫌でも自覚するだろうし、話す機会だっていくらでもあるだろう。
魔法に関しては初心者中の初心者、無知も同然の弟子に、説明するのが面倒だった、というのもある。
これが後々こじれる遠因とは思いも寄らず、ラディアル・ガイルはこの場を「まあいいか」で済ませてしまったのだった。
フローライド王立魔法研究所は、居住棟と研究棟の大きく分けて二つの建物から成る。
研究員である魔法使いたちにはそれぞれ自室の他に研究室が与えられていて、彼らはつまり二つの棟にそれぞれ部屋があることになる。
分かれている理由は単純、研究棟がいろいろと危ないからだ。
いきなり魔法が飛んでくるようなことはないが、大がかりな魔法やややこしい魔法、はた迷惑な魔法、凝り過ぎてわけがわからない魔法を研究し実践する研究者などはいる。もちろん、静かに大人しく籠っている研究者もいるが。
防音と魔法防御と物理防御が効いているので表向きは静かで平和な場所だが、たまにぶつぶつと何かを低く呟く者や廊下の隅で頭を抱えて奇声を上げるなどの不審者が出没する。しかも、彼らは一様にフード付きの灰色マントを目深に被っているので、怪しさ倍増である。
だからというわけではないが、木乃香が研究棟に足を踏み入れるのは初めてだった。
立ち入りを禁止されているわけではない。むしろ“流れ者”研究の魔法使いたちには連れ込まれそうにもなったが、これまであえて自分から入ろうとは思わなかったのだ。
ここは研究員たちの仕事場でもある。会社勤めを経験している木乃香としては、単なる興味本位で訪ねていい場所に思えなかったのだ。
研究がひと段落したというラディアル・ガイルの研究室に通された木乃香は、「ああ」と思わず呻いた。
弟子という肩書を持っている彼女だが、なるほどコレは部屋に入れないわけだ。
入れない、ではなく入ることが出来ないのだ。足の踏み場がないとはこのことである。
その惨状は、所長様の研究室ではなくゴミ置き場ですと説明されたほうがよほど納得できる。形や大きさがばらばらの木箱や紙箱が絶妙なバランスでうず高く積み上げられ、書物や紙の束やくしゃくしゃの紙片、何に使うのかとんと分からないガラクタや食堂でもらってきたらしい折詰の空箱や飲みかけの酒瓶などがいたるところに転がっている。そんなゴミの中に大きな執務机や応接セット、きれいな茶器が並べられた棚などが埋もれていた。
それで埃っぽさも悪臭も感じないのは、例の衛生魔法のおかげだろうか。中途半端に清潔が保たれているからこそ、逆にきれいに整理整頓しようという意欲が湧かないのかもしれない。
日ごろの身だしなみの無精具合から散らかしてそうだなとは思っていたが、これはひどい。もっとひどいのは、こんな汚部屋に平気で弟子とはいえ若い女性を通すことができる師匠の無神経さである。
もしかして、コレは弟子の自分が片づけなければならないのだろうか。魔法もろくに使えないのに弟子にされたのは、コレの為だったりして。そんな暗い考えまで浮かんでしまう。
「おーい、こっちだこっち」
気が遠くなりかけていた現在唯一の弟子を、能天気な師の声が引き戻す。
見れば、ガラクタの山の合間にかろうじてあった細長い隙間の先で、ラディアルがひらひらと手を振っていた。奥にもうひと部屋あったらしい。
両側から崩れてこないかと冷や冷やしながら獣道を過ぎ、通された部屋は前の部屋よりは幾分マシだった。足の踏み場があるという点では、の話だが。
巨大な箒でさっと掃いて真ん中だけ退けた。そんな感じで部屋の中央の床が、ぽっかりと空いている。
そして継ぎ目の見当たらない黒い石の床に、細かな文様がうすぼんやりと円形に浮かんでいた。
どうやら前室が研究所所長の応接室兼執務室、この部屋が研究室に当たるようだ。
「あれは、結界ですか?」
長身の師が大の字で寝転んでも余裕がありそうな円形の文様を指さして問えば、師は驚いたように目を見開いた。
「オーカ、おまえ……見えるのか?」
「何がですか?」
「何ってそこの……。あー、そういや、メイの作る結界が見えたんだったな」
ぶつぶつと勝手に納得したように呟けば、ラディアル・ガイルは弟子に言った。
「お前が部屋の中央に見えているソレは、結界じゃない。まあ、似てるっちゃ似てるんだが。ソレはな、召喚陣という。もう終わったやつだから、正確には召喚陣の跡、だがな」
「ショーカンジン?」
「何かをここへ召喚するためのモノだ」
「ええと……普通は見えないモノ、なんですか?」
「展開中は見えるぞ。だが終わった後の残滓まではなかなか見えない。しかも、おまえにはちゃんと形になって見えているらしいな」
「………」
木乃香は首を傾げた。
普通は見えないモノ。しかし、彼女の目にはそんな不確かなモノには見えない。
角部屋のくせにぴちりと締め切られた部屋は薄暗いが、暗闇で光る蛍光塗料のようにぼんやりと青白く光っているのだ。光り方はぼんやりではあるが、はっきりと模様のひとつひとつを見分けることができる。
「つまり、素質があるんだ」
少しばかり嬉しそうに、そしてなぜか少し言いにくそうに、師がまとめる。
「“流れ者”はな。召喚魔法に長けた者が多い。まあ自分も異なる世界から来てるしな。潜在的に何かコツのようなものが分かるのかもしれん」
この師匠、“流れ者”は専門外である。
言い方からしておそらくは裏付けも何もない適当な考察なのだろうが、なぜか木乃香にはすとんと納得できるような気がした。
召喚するモノも“流れ者”も、異なる世界からやってくる点は同じだ。
だが彼女は勝手にこちらに迷い込んだはずで、誰かに呼ばれたわけではない。そのときの前後の記憶すらいまだに曖昧だというのに、コツなんて分かるはずがない。
にもかかわらず、ああそうだなと思ったのだ。
自分には、召喚魔法が使えるのかもしれないな、と。
そう、“なんとなく”。
「師匠は、召喚魔法を研究しているんですか?」
「ん? 言ってなかったか?」
火や水を自在に操ることができれば、大地を裂き大空を飛ぶこともできる。
魔法に関しては実にマルチな才能を持つお師匠様だが、何を専門としているかは、実はいま初めて聞かされた木乃香である。
「見たことはあるだろう、これだ」
ふわり、と周囲に積み上げられたものが崩れない程度の風が周囲に巻き起こったかと思えば、ラディアル・ガイルの手元には鈍い光を放つ、黒々とした大剣が出現した。
荒野において乾燥し岩のように硬くなった地面を事も無げに割り裂き、そして跡形もなく黒マントの中に消えた、あれである。
木乃香が荒野で拾われたとき、彼は召喚した剣の試し切りをしていたのだという。
こんな大きな剣を日常的に振るっているのだ。道理でお師匠様の体格がいいはずである。
「……お師匠」
「うん? どうした?」
「それ、わたしには無理じゃないかと」
木乃香はがっくりと肩を落とした。
“ヨーダ”こと高道陽多氏も光の剣を召喚していた。が、扱えなかった。
身体を動かすのは嫌いではないが得意でもない。デスクワークが主な仕事で「最近運動不足だわー」が口癖の木乃香が扱える刃物は、せいぜいハサミか包丁くらいのものだ。剣など扱えるわけがない。
そもそも、めぼしい敵もいないのに扱えたところで誰に何の得があるのだろう。
ラディアルはにやりと笑った。
「別に剣やら斧やら出すだけが召喚じゃないぞ。まあ、こっちはむしろ特殊なほうだな」
大抵の魔法使いは、召喚さえすれば勝手に召喚主を守り代わりに戦ってくれる“使役魔獣”を召喚するという。ちなみに動く召喚物は人型も獣型もすべて“使役魔獣”である。
だから誰相手に戦うんですか、と突っ込みたいところだがやめておく。
ちなみにラディアル・ガイルは荒野周辺の害獣駆除と治安維持を、剣の試し切りを兼ねて請け負っている。平和な世の中では戦うといってもそんな程度だろう。
魔法使いだらけの研究所だが、その中で自ら武器を持って戦えるくらいの体力派は、おそらく一握りもいるかどうかだ。
「で、だ。やってみようか、ミアゼ・オーカ」
召喚魔法を試してみる事が前提の言葉に、木乃香は苦笑する。
師匠本人やほかの魔法使いたちが使う魔法を、これまで彼女はいくつも見せてもらっている。魔法を見せて、どうだ試してみるかと聞いてくるのがこれまでの定石だった。
本人が興味を持たない魔法は使えない可能性が高いだろうということで、これまでラディアルは彼女に強制したことはなかったのだ。
が、彼女の反応を見て、今回は試すべきだと踏んだらしい。
木乃香が頷けば、後は非常に早かった。
「まずは“場”作りなんだがな。オーカには研究室がないことだし、ここを貸してやるよ」
「え、ここはお師匠様の研究室じゃ」
「見ればわかるだろう。次の召喚陣を組むまで、ここは空いてる」
あるのは召喚陣ではなく、残滓。そう言ったのはお師匠様だ。
苦虫を噛み潰しているところをみると、今回の召喚結果もあまりいいものではなかったらしい。
そういえばこの前も「失敗だ」とぼやいていた。研究とはそうそう上手くいくばかりではないのだろう。
残っていたぼやけた光すら、ラディアルの腕一振りで無くなる。
代わりに少しばかり小さく、模様も何もない円が石床に浮き上がった。
地は作ってやるとラディアル・ガイルが言えば、円の中にぽつぽつと簡素な文様が浮かぶ。
そして「ミアゼ・オーカ。これからどうしたい?」と聞くのだ。
説明も何もない。
そんな急に言われても、と言い返そうと思った口は、ふと止まる。
そして次に出た言葉は、円と曲線で作られた召喚陣のある部分に直線を足すというものだった。
面白そうに、ラディアル・ガイルが目を見開く。
召喚陣などという代物、いま初めて知ったというのに、基本のきの字も理解していないはずなのに、“なんとなく”の感覚だけで木乃香は召喚陣に指をさしては曲線や直線を足していく。
その内いつの間にか、木乃香は自分の手で文様を描いていた。
無意識に、自らの魔法力まで込めて。
これは、まずいかもしれん。
頬をひくつかせてラディアル・ガイルが呟いたのは、木乃香の作る召喚陣がほぼ完成に近づいたと思われた頃だ。
なぜ完成間近とわかったかと言えば、召喚陣の輝きが尋常ではないからだ。
それにも気付いていないのか、木乃香は憑りつかれたように黙々と作業を続けている。
おそらくミアゼ・オーカは召喚魔法に適性があるのだろう。
だからこそ、彼はあえて何も教えなかった。
この世界の魔法使いは、いちばん適した魔法の使い方を自力で探し当てることがほとんどだ。宿る魔法力にあらかじめ刻まれている、とも言われる。
“流れ者”である彼女の魔法力はほんとうに“白紙”なのか、あるいは未だ感じ取れないだけなのか。いま一度、確かめたかったのだ。自覚がない弟子にラディアルが教えてしまえば、それは彼のやり方になってしまう。
彼女が召喚に成功するかどうかは、正直どちらでもよかった。最近なにやら元気がない様子なので、ほんの少しでも気分転換にでもなればくらいの軽い気持ちで自分の研究室を見せたのだ。
彼が最初に描いたのは召喚陣のほんとうに基礎の基礎で、それから召喚できる状態に持って行くためにはかなり手を加える必要があった。
適性さえあれば、ある程度の召喚は誰でも出来る。
さらに上を目指そうと思えば潜在能力以外に緻密な計算と呆れるほどの努力と根気が必要で、だからこそラディアルの研究材料にもなり得るのだが。
それが今。
あるかどうかもわからないと首をかしげていた自分の魔法力をふんだんに使って、ミアゼ・オーカは召喚陣に次々と細かな文様を描いていく。
その精巧さと込められた魔法力の強さに、最初こそ面白そうに見守っていたラディアルの顔つきもだんだんと強張っていった。
正直、魔法力の使い過ぎではないかと思う。
彼女が召喚しようとしているのは、おそらく“使役魔獣”。
通常、それは力が大きければ大きいほど身体も大きくなる。
このまま召喚陣が完成し召喚が成ってしまえば、それは相当大きな“使役魔獣”になるだろう。決して狭くはないこの研究室が崩壊するほどに。それくらい大きなモノを呼び込むことができる魔法力が、すでに注ぎ込まれていた。
中断させ研究室を守るべきか、納得いくまでやらせるべきか。
召喚陣前にうずくまる不肖の弟子の後ろ姿を見ながらラディアルが悩んでいた時。
急激に陣の文様がいっそう強く光り出した。
「あ、しまっ………」
ついあっけにとられて、防御もなにもしていない。
慌てて彼が周囲に魔法を展開しようとした次の瞬間。
ぽん、と。
何か小さなものが爆ぜたような、あまりに軽い音が研究室に響いた。
同時に、あれほどまばゆかった光が急速に消えていく。
失敗か。
そう思って召喚陣をのぞき込んだラディアルは、しかしわが目を疑った。
「……………なんだこりゃ」
座り込み呆然とする木乃香の影に隠れるようにして、何かがいる。
そう、隠れるくらいにやたらとソレは小さかった。
状況からして“使役魔獣”らしいソレは、人型、をしていた。
ふわふわと宙を彷徨う赤い髪に丸々とした同色の瞳。
ほんのりと色付くふっくらとした頬、指がそろった褐色の手足。
召喚主を見上げると同時にさらりと流れた赤髪の合間に、一本の小さな角がのぞく。
身体を形成する全てが小さく柔らかく、稚い子供のようなソレはきょと、と瞬きした。
そうして、やがて「にぱっ」と満面の笑みを浮かべる。
まるで、生まれたばかりの雛が親鳥を認識するように。
―――なにこの可愛い生き物。
驚きに固まっていた木乃香は、ぼんやりと、いやむしろ恍惚としてソレを見つめた。
そこに師匠の声が飛ぶ。
「お、おいオーカ、名前だ。名前付けとけ」
「名前……」
名前は、召喚したモノを繋ぎ留めるための手っ取り早い楔となる。
そんなことを急に言われても、未だに頭がうまく回らない彼女にはまったく浮かばない。
えーと、名前、名前。
焦って口をぱくぱくとさせるだけの召喚主を前に、まるで彼女の真似をするようにして“使役魔獣”が口を開いた。
「このか」
木乃香が目を見開く。
赤く小さな存在は、こてんと首をかしげた。
「このか?」
「………うん」
「このか」
くしゃりと顔が歪む。
少し慌てたように、“使役魔獣”が彼女に向かってもみじの様な手を伸ばす。
小さな身体を精一杯のばして頭をそっと撫でられれば、涙があふれた。
「このか」
「うん」
「だいじょぶ?」
「……うん。大丈夫だよ」
ありがとう。ありがとうね。
そう繰り返した木乃香のほうが、よほど頼りない子供のように見えた。
や、やっと生まれました(笑)




