あんな荒野のど真ん中・4
更新が遅くて申し訳ありません。
待ってくださっていた方、ありがとうございます。
今回は話の区切りの都合で、短いです。
説明ばっかり・・・^^;
「魔法使いになるといろいろ便利だぞー」
そんなラディアル・ガイルの言葉とそのほかの魔法使いたちを見てなんとなく「そうかも」と思い始め、とりあえず魔法の勉強をしてみることにした木乃香だが。
ほんとうに使えるようになるのか。彼女はすでに半信半疑だ。
あるいは半信半疑だからこそ、できないのか。
魔法研究所所長ラディアル・ガイル直々の教えを受けているにも関わらず、彼女は魔法らしい魔法を何ひとつ使うことが出来ないでいた。
「うーん、これだけあるんだから、何か感じないか?」
口調は軽いが、教える側もぐりんと首をひねっている。
難しい顔と言葉だけなら、まるで左肩にナニか憑いていますよという感じだ。
ラディアルが言っているのは、もちろん悪霊でも背後霊でもなく“魔法力”の話だ。
魔法を使うのに必要だという魔法力が、木乃香にもちゃんと、しっかりあるらしいのだが、木乃香自身にはぜんぜんわからない。
そもそもそれがどんなモノなのか、説明されてもいまいちよく分からないのだ。
せめて色だとか熱だとか匂いだとか、具体的に言ってもらえば分かるのかもしれないが、残念ながら魔法力を感じる感覚にこれ、と決まったものはなく、人それぞれなのだという。他人の魔法力に至っては、まったく感知できない魔法使いもいるらしい。
それならラディアルは木乃香の魔法力をどう感じているのかと問えば。
「……うーん、なんとなく?」
「………」
何ともあいまいな返事に、しかも疑問符付きである。
たまたま様子を見に来ていたシェーナ・メイズから「それで人に教えてるつもり!?」と突っ込みが入った。
うまく説明はできないが、強いて言うなら勘。
彼の説明を要約すればそんな感じであったが、納得できるはずがない。
あっけにとられて何も返事できない教え子に、親愛なる国内屈指の魔法使い様は「おれは研究者であって教育者じゃねえんだよ」と苦い言い訳をしていた。
なんというか、つかみどころがない。
そして聞けば聞くだけ胡散臭い。火や水、光などを操る様子を実際に見ていなければ、幸運のお守りやら掛け軸やらを売りつける詐欺かと勘違いするところだ。
それとも魔法というモノは、「感じろ、感じるんだ、感じるはずだ」と言われ続ければ思い込みでもどうにかなる代物なのだろうか。
ちなみに、ただ今のラディアル・ガイルの見た目もかなり胡散臭い。
精悍な顔には無精としか言いようがない髭が伸び始め、整えれば艶のある髪も放ったらかしで、無造作に前髪をかき上げただけでバラバラとよく落ちてくる。色も黒銀というよりはくすんだ薄墨色だ。
魔法使いのマントを羽織る以外は、基本的に身なりを気にしない所長様である。品の良さに野性味を無理なく混ぜ合わせたかのような独特の雰囲気を持つ偉丈夫が日々もっさりしていく様子は、なるほどシェーナ・メイズでなくとも「もったいない」とため息をつきたくなる残念っぷりだった。
もっとも、もっさりのほうが通常なのでもう慣れてしまったが。
所長がコレだからか、あるいは引きこもりが多いからか。
魔法使いの証であるマントさえ羽織っていれば咎められることもないので、日ごろから身だしなみに気を使わない者は他にもたくさんいた。
外部からの来客もほとんどない辺境にいるので、あまり必要性を感じないのだろう。女性が少ない職場で張り合いがないというのもある。
それでも不快な感じがしないのは、彼らは不潔ではないからだ。
どうやらお風呂と洗濯機の機能を持ち合わせた“浄化魔法”という、ずぼらにぴったりの便利魔法があるらしく、それで身体や衣服の清潔は保たれているのだという。木乃香が寝込んでいる時もこの魔法のお世話になっていたようだ。
加えて浄化魔法とは別に、浴場や洗濯場、それに付随する整った排水設備もちゃんとある。集団生活なので、衛生面には気を使っているとのことだった。失礼かもしれないが少々意外だ。
もともと身に着ける衣服も、髪や瞳の色も日本人とは大きく異なる人々である。清潔でさえあれば、「ああこういう人種なんだな」と受け入れることはできた。
これもシェーナあたりに言えば「誤解しないで! こんなずぼらな奴らがこの国の標準じゃないから!」と慌てて訂正を入れそうだが。
ともあれ、この浄化魔法の存在を知ったときに「これが自分にも使えるかも」とかなりやる気になった木乃香だったが、師であるラディアルに早々に適性なしと断定されてしまった。
魔法力があるからといって、全ての魔法が使えるわけではないらしい。
じゃあ自分にはどんな魔法が出来るのか、と質問してみれば。
「……ふつうは自分で分かるものなんだが」
うーん、と唸った後でラディアルは独りごちる。
そして振り出しに戻るのだ。
「わからないか?」と。
そして木乃香は、いまだにわからない。
ラディアル・ガイルのほうも、新しい教え子の無知、というよりは無反応ぶりに戸惑っているようだった。
魔法、とはこの世界において特別珍しいわけでもない能力のひとつだ。
誰もが持っている資質ではないが、誰かは必ず持っている。足が速い者と遅い者がいるように、背の高い者と低い者がいるように、この世界には魔法力のある者と無い者がいる。
そして、その自覚がない者はいない。幼少の頃ならともかく、成人していてすら魔法力の有無を自分で気付けない者は、まずいないのだ。
だからラディアルにしてみれば、自身の魔法力が分からないという感覚のほうが分からない。偉そうに教えると言っておいてなんだが。
魔法の適性に関してもそうだ。本来であれば自分でなんとなくこの方面が得意というのが分かるはずなのだが、木乃香にはそれもない。
あるいは全ての魔法に適性があるのか、と思えばそうでもない。
とりあえずは彼女が興味を持った浄化魔法で試してみたのだが、何も起こらなかった。
――そもそも自分の魔法力を感じられない者が、魔法力を使えるわけがない。
たしかに魔法力はあるはずなのに、それ以外はないない尽くしである。
ない、と言えば。
「常識外れというか、そもそも常識を知らないものな……」
彼は、ようやくそこに思い至った。
いや、理解はしていた。しかし大して深刻に感じていなかったのだ。
なぜなら彼女は“流れ者”だから。
別の世界から来たのだ。こちらの常識がないのは当たり前。
常識に捕らわれていないからこそ、“流れ者”がもたらす知識や技はときに奇抜で斬新で、こちらの世界を大いに潤すものとなってきた。もちろん、逆に害悪となる場合もあったわけだが。
良い事も悪いことも、少々規格外な事は「まあ“流れ者”だし」で済まされてしまう。
ここは、そんな世界だ。
むしろ常識外れの何かを、“流れ者”は期待されてさえいる。
木乃香を追いかけ回していた研究者魔法使いたちは、実に分かりやすい例だろう。
彼女に魔法力があると判断した時点で、ラディアルもこちらの魔法使いが思いもよらない方法で勝手に魔法を発現するのではないか、と興味混じりに楽観していた。
魔法力があっても魔法は使えないかもしれない、とは思いもよらずに。
それもまた、こちらの世界では常識外れもいいところだ。
この世界にも、魔法使いではない人間は山ほどいる。
そして今のところ、なにか困っているわけでもない。
ラディアルらの期待や好奇心はともかく、木乃香がここで生きていく上で魔法が絶対不可欠というわけではない。
しかしラディアルとて腐っても研究者である。拾った責任もある。素養のある“流れ者”を才能無しで切り捨てられるほど、彼は短慮でも無関心でもなかった。
教え子自身が積極的ではないが嫌がりもしない以上は、木乃香の魔法修行に付き合ってみようと思うラディアルである。
面倒見の良さから一部に親分だのアニキだのと呼ばれそれなりに慕われている彼だが、研究内容の特異性から直弟子は多くない。
なので、久しぶりの教え子に少しばかり浮かれているとか“お師匠様”という妙にくすぐったくも新鮮な呼び方をされたからでは……断じてなく。




