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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女の過去。

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あんな荒野のど真ん中・3

9/19文章を少し変更しています。大筋に変更はありません。





 すっかり元気になった木乃香は、部屋の外へ出てみることにした。

 なにしろ寝台と机以外に何もない狭い部屋である。そこで一日ぼーっとしていることにいい加減飽きたのだ。毎日のように外から聞こえてくる物音や人の話声が気になったというのもある。

 彼女がそう言うと、とくべつ止められるでもなく、ただし施設内はなかなか広大で危険な場所もあるので最初はシェーナ・メイズやラディアル・ガイルらと一緒に、というのが条件で部屋の外に出る事が許された。

 慣れれば建物内に限りひとりで出歩いても大丈夫、とのことだったのだが。



 ばたん、と勢いよく閉めて鍵をかけた扉の向こう側。

 どんどんと扉を叩く音と、木乃香を呼ぶ複数の声がする。

 はあ、と彼女は息を吐きだした。


「す、すみませんメイお姉さま」

「オーカは悪くないでしょう。まったくあいつら、いつもは部屋から滅多に出てこないくせに……」


 まだ自室から出てくる人が少ないから、と朝早く出たのに、今日はそれを見越して待ち伏せされていたようだ。

 ちょっと部屋を出て食堂に行こうとしただけで、これである。

 もしかして見張られているのだろうか。角を曲がったとたん、灰色のマントを羽織った男たちに無言で囲まれたのだ。思わず悲鳴を上げてしまった木乃香はきっと悪くない。

 そしてどこか別の場所に引っ張っていかれそうになっていたところ。悲鳴を聞きつけた隣室のシェーナ・メイズが飛び出してきて助けてくれた、というわけだった。


 シェーナはそれまで寝ていたらしい。気だるげな雰囲気に、いつもきっちりとまとめられている赤褐色の髪は解いたまま華奢な肩を覆っていて、白いシャツのボタンを二つ外し鎖骨が露わになっている様子はけっこう色っぽい。が、残念ながら栗色の瞳を隠すレンズの分厚い丸眼鏡が全ての色気を帳消しにしている。

 仕事用のビン底眼鏡を着用しているということは、部屋で資料か何かを読み漁り寝落ちした、といったところだろうか。


 彼女に限らず、研究所であるこの建物には寝食も忘れるくらい熱心に自分の研究に打ち込む者がいる。そこまでいかなくても昼夜の区別が無くなっている者は多い。

 そして、しつこく木乃香を追い回す彼らもまた、熱心な研究者のうちのひとりであった。


 灰色マントの男たちは、見るからに怪しいが怪しい者ではない。

 色の濃淡に多少の差はあるが、研究所に住んでいる人々の半数以上はこんな灰色マント姿の人々である。傍らのシェーナだって、起きがけでなければ大抵マントを羽織っている。

細密な刺繍が施された、手足をすっぽりと覆い隠せるほどに大判のマントは、国に認定された“魔法使い”の証なのだそうだ。

 魔法使いの持ち物だけあって、見た目よりもはるかに軽く丈夫で汚れに強く、暑さ寒さもそれなりにしのげる。その代わり常に身に着けていなければならない代物だという。


 ここ王立魔法研究所は、そのまま魔法使いが魔法を研究するための機関なのだった。

 “魔法”。そしてそれを使う“魔法使い”というものが、当たり前のようにこの世界には存在する。

 最初、シェーナやラディアルが「魔法使いです」と自己紹介するのを「は?」と三回ほど聞き返した木乃香である。


 そして研究者たちにとって“流れ者”である木乃香は格好の研究対象。

 いちいち「おおーご飯食べてる」「しゃべってる」と感嘆の声を上げられるのは、まるきり珍獣扱いである。

 見ているだけでは満足しないのが研究者で、好奇心旺盛な人々は自らの知識欲を満たそうと積極的に話しかけてくる。

 そこに、悪意はかけらもない。

 素直で素朴な疑問をぶつけてくる彼らは、遠巻きに生活を観察されるよりはよほど気持ちがよく微笑ましく、木乃香も出来る限り彼らに答えるようにはしていた。

 おかげで彼らとそう変わらないヒトであることも理解してもらえたらしく、少しずつ過剰な関心が薄れて態度が普通になってきていたのだが。

 薄れるどころか、余計に濃くなる人々もいた。


「ミアゼ・オーカ!」


 諦めずにどかどか扉を叩き続ける音に、木乃香はため息をつく。

 彼らの研究テーマは、ずばり『“流れ者”と“魔法”の関係性について』。

 いままでは書物の住人だった異世界からの漂流者“流れ者”の実物がそこを歩いているのだ。声をかけないという選択肢は彼らにないのだろう。


「ミアゼ・オーカ! 頼む、話を聞いてくれないか!?」


 勘弁して欲しい、と口の中だけで木乃香は呟く。


 ちなみに、名前は“ミアゼ・オーカ”で定着した。

 ラディアルたち以外にも、やはり彼女の名前は呼びにくい様子だった。名前をはっきりと発音できない事に妙な気遣いをされてしまい、最初は一部の者たちから通称、つまり「流れ者さん」と呼ばれていた。

 どうもカタギに思えないその呼び方のほうが嫌で、“ミアゼ・オーカ”でお願いしますと木乃香が妥協したのだ。

 生まれたときからの付き合いである名前なので愛着はあるが、こだわりはない。それに魔法なんかが存在する不可思議な世界だが、名前を呼び間違えたくらいで不都合が起きるとかいう心配はないようだったので。


 そもそも木乃香が一部の研究者たちに追いかけられるようになったのは、この施設の所長だというラディアル・ガイルが木乃香に魔法を使うための力、すなわち“魔法力”があると発言したからだ。

といっても、彼女をじーっと見つめて一言「あー、あるな」と呟いただけだ。

 もちろん、木乃香にはまったく身に覚えがない。


 もといた世界での彼女の日常は、火をつけるのも水を飲むのも、移動手段だって魔法のマの字もないものだった。魔法という言葉を知っていても、それは物語の中の話か単なる比喩表現だ。

 研究者たちが「おいしくなーれ」の呪文の話などを望んでいるとはとても思えないので、「君のいた世界の“魔法”を教えてくれ!」と詰め寄られても知らない分からないとしか答えられない。

 科学というものが発達していて、と話せば「それはなんだ」「なぜ」「どうして」と小さな子供のようにいちいち細かくしつこく説明を求められ、詳しく話せ再現しろと迫られる。申し訳ないが木乃香には無理である。

 しかも、専門家らしくナントカ理論だのナントカ原理だの定義だの、自動翻訳の便利機能を使っていても意味不明な言葉を多用されるので、質問の内容もいまいちよく分からないことが多かった。

 つまり、彼らの相手は非常に疲れるのだ。


 ちなみに、こちらの言語が分かるのに“魔法”は関係ないらしい。

 “流れ者”が言葉に苦労したという話はひとつも残っていないので、そういうものなんだろう、とのことだった。

 自分の研究以外はけっこう適当なのかもしれない、というのが木乃香の感想である。



「シェーナ・メイズ!」


 扉の外の魔法使いたちが、今度は傍らの女性魔法使いの名前を叫んだ。


「シェーナ! ミアゼ・オーカを独り占めとはずるいぞ!」

「あんたたちのモノでもないでしょう」


 子供のような主張に、唸るようにシェーナが返す。

 舌打ち混じりに手を扉にかざせば、指先に青白く平たい何かが出現した。

 手のひらサイズの、雪の結晶のように複雑な文様は浮かんだとたんに木製の扉の向こうにふっと消えていく。


  直後、ばしゃん、とバケツの水がこぼれたような音と魔法使いたちの驚いたような声が向こう側から聞こえた。

 シェーナ・メイズが作った先ほどの文様から本物の水が出て扉の向こうにいる人々にかかったのだろうなということが、木乃香にもわかる。

 彼女の得意魔法がこの文様―――“結界”作りなのだ。


「シェーナ!?」

「頭冷やして出直してきなさい、この変態引きこもり馬鹿」

「へ……なっ!」


 変態呼ばわりがかなり効いたらしい。

 そ、ど、い、と意味を成さない一言をぽつぽつと発する扉の向こう側に向けて、結界で呼び込んだ水よりもなお冷たい声でシェーナが言う。


「何回も言ってるでしょうが。オーカは若い女性なのよ? ひょろいとはいえ複数の男で囲んで有無を言わせずどこかに連れ込もうとしてるとか、怖がらせてるのがわからないの変質者」

「え……っ、ち、ちがうっ、ミアゼ・オーカ!」


 そこで助けを求められても困る。

 あらためて言われると、確かにかなり犯罪くさい行為を彼らはしている。そこに弁解の余地はない。

 しかし繰り返すが、彼らに悪気はない。あるのは純粋な知的探究心だけである。

 たぶん彼らは邪魔の入らない落ち着いた場所でじっくりと“流れ者”の話を聞きたいだけなのだ。相手が避けるのでつい強硬手段に出てしまっただけで。

 研究室に籠りっぱなしのためか、彼らにはコミュニケーション能力が欠けている。自分の研究に関することだったらいくらでもしゃべるくせに、朝に会ったときに「おはよう」の短い挨拶は出てこない。

 難しい言葉を山ほど知っているくせに、雑談や「今日はいい天気ですね」「そうですね」といった他愛のない簡単な会話すらできないのだ。


 シェーナ・メイズに指摘されてようやく狼狽えるほどである。おそらく彼らは木乃香を女性とみなしていなかったのだろう。

 彼らにとって彼女は“流れ者”であり、ミアゼ・オーカという名前の研究材料なのだ。

 それはそれで失礼な話である。シェーナが怒っているのはそこだ。

 集団で囲んで捕獲とか、扱いが魔獣を生け捕りにするのと変わらないではないか。


「あんたたちがこんなだからオーカがここに馴染めないんじゃない。“流れ者”の文献漁るまえに、女性の扱い方学んで来いってのよ」

「………っ」

「そもそもここの男ども、気遣いってものがなってない!」


 研究所という施設だからか、辺境という場所柄か、ここに住む女性の割合は非常に少ない。

 シェーナが木乃香の世話を焼いてくれるのはそういう環境もあってのことだが、彼女自身も日頃からいろいろと思う所があるようだ。


「それでもってオーカはお人よし過ぎ! 嫌なら嫌って言えばいいのよ」

「うーん……」


 きっとにらまれたが、扉の向こうに投げるより口調が柔らかいせいかビン底眼鏡のせいか、あまり怖くはなかった。


「でもここに置いてもらっている以上、役に立てることがあるんだったら協力しようかなあと思うんですけど……」

「オーカのいまの仕事はここの世界の勉強!」


 中途半端に関わるとあんなのがずっとくっついてくるわよ、と扉の外を指されては木乃香も言い返せない。


「協力しないからってここから追い出したりなんてしないわ。でも、そうね……あいつらはしばらくオーカと接触禁止にするよう所長に言っとく」


 扉の向こう側から「ええー」「そんな馬鹿な」といった悲痛な声が聞こえてくる。


 所長ことラディアル・ガイルは、木乃香に対して「“魔法力”がある」と言ったことで一部の研究者たちの興味を引いてしまったのを少し申し訳なく思っているようだった。

まさかたった一言で彼女が半ストーカー行為の被害者になろうとは、さすがの彼も予想できなかったらしい。

 その償いというわけではないだろうが、今度魔法の練習にも付き合ってくれることになっている。他に頼むと扉の外のような連中が我も我もと群がり、そしておそらくは練習どころではなくなるので、仕方なく所長様自らである。


 魔法、使えるのだろうか。

 種類によっては便利で楽しそうだが、それを使う自分というのがとんと想像つかない木乃香である。


 魔法が使えるようになればシェーナのように彼らを撃退できるようになるだろうか。

 ……いや、余計に追い回されそうな気がする。

 それどころか「もっと魔法を打ってこい」とかキラキラした目で言われそうで怖い。


 けっきょく、この日の食事はすべてシェーナが運んでくれ、部屋で食べる事になった。





「ほーう、おれの客人を追いかけ回すとはいい度胸だな」


 後でシェーナと木乃香の訴えを聞いたラディアル・ガイルは、背筋が寒くなるような笑みを浮かべた後、さっそく一部の研究員たちに木乃香の半径十歩以内に近寄るなと釘を刺した。

 研究者として彼らの執着はわからないでもないが、相手は魔獣でも道具でもなく人間なのだ。それなりの配慮をしてしかるべきだろう。


「破ったら手出していい?」

「おお、もちろん許可してやる。今度は水攻めとか優しい事せずに燃やしてやれ」

「わーい了解しました、所長」


 だから困ったことがあったらちゃんと言う事。

 保護者のような二人からにっこり笑顔で言い聞かせられ、逆に絶対に言えないわと頭を抱える木乃香だった。

 本当に指先ひとつで火の玉を作ることができる魔法使いたちだからこそ、なおさら。




 こうして木乃香は日常の平穏、というには少々不安な静けさを獲得したのだった。






す、進まない(・・;)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「見ているだけでは満足しないのが研究者で、好奇心旺盛な人々は自らの知識欲を満たそうと積極的に話しかけてくる。 そこに、悪意はかけらもない。」 悪意がなかったら、何をしても良いと考えるどうし…
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