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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女のいま。

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こんな魔法使いの苦労話





 フローライド王城・謁見の間。


 そのど真ん中に細身の女性がひとり、うずくまっていた。

 無造作に括られた赤みの強い茶髪が大理石の床につくのも構わず、いや気付いてすらいない様子で、ひたすらに床を見つめ、時折その冷たい感触を確かめるように細い指を這わせる妙齢の女性。

 ときどき、何かを見つけたように四つん這いのまま、ときにはほふく前進でさかさかと動くと、その先でまたじっと動かなくなる。

 なかなか、奇怪な光景ではある。


 やがて女性は、石畳の床から目を離さずにぽつりと言った。


「ジロ……じゃなかった、オーカ」

「はい、メイお姉さま」


 彼女の名前はシェーナ・メイズ。

 王城の役人ではなく、王立魔法研究所所属の魔法使いである。

暫定宰相のラディアル・ガイルが所長を務める研究所は木乃香も一時住んでいた場所なので、もとから知り合いだ。というか、こちらの世界に来てからお世話になりっぱなしの人だった。

 男性が圧倒的に多い研究所で、生活に関するもろもろを教えてもらい、ついでにこちらの料理まで教わり、今でも姉のように慕い頼りにしている。


 ほとんどの研究所の魔法使いがそうだが、シェーナも政変が起きようがサヴィアが攻めてこようがずっと研究所に籠っていた。自国の王様よりも自分の研究のほうが大事なのだ。

そんな彼女がなぜ王城の謁見の間にいるのかと言えば、もちろん彼女の研究のためであった。魔法による仕掛けや結界、その歴史が彼女の研究テーマなのだ。

 これまで国王以外は手を出したくても決して出せなかった王城の謁見の間である。彼女はそれはもう嬉々として、文字通り寝食を忘れる勢いで分析調査をすすめていた。

この熱心な研究者に寝食を思い出してもらうことと、自分の使役魔獣を貸し出すことがときどき木乃香の仕事になっている。


 呼ばれた木乃香は、彼女の手元をのぞき込んだ。

 その両脇には、黒い子犬と白い子猫の使役魔獣がちょこんと付き従っている。


「ここ。土魔法の痕跡があるから、調べて」

「はい。じろちゃんー」

「わん」


 呼ばれた子犬型の使役魔獣は、鼻をひくひくとさせながらほてほて歩き出す。そして木乃香たちから数歩分先でくるりとひと回りして、「ここだー」と言いたげに元気に吠えた。

 掘り返すような仕草で、たしたしと床を前足で蹴る。

 土の地面のように大理石が抉れるわけではないが、代わりにその部分がぼんやりと光りはじめた。

 光は徐々に強くなり、二郎のいる場所から細長く伸びて彼女たちの目の前で止まる。

 よくよく見れば光は何本もの光の蔓が束になっていて、その内の何本かの先端がくるくると丸まっていた。何かに絡みつくように。


 シェーナがううむ、と唸る。

 ついでに目がきらりと光る。いやかけている眼鏡が黄金色の光に反射したのだ。

 木乃香は彼女のような眼鏡、つまり漫画のようなビン底眼鏡をこの世界へ来てから初めて生で見た。

むしろビン底よりも分厚いかもしれない。分厚過ぎてこちらからは彼女の目の色もよく分からないほど歪んで見えるのに、ほんとうに見えているのかとときどき突っ込みたくなる。しかし仕事のとき、彼女はいつもこの眼鏡をかけていた。


 彼女は眼鏡の縁を指で押さえ、そこからわずかにはみ出た細い眉をひょいと持ち上げる。


「複雑厄介だわね。うかつに触ったら芋づる式にほかの仕掛けまで反応するってことか。これだけねちっこくて大がかりな仕掛け作るのは、53代国王あたりよねきっと」


 丸まった光の先端に鼻面を押し付けて、二郎がふんふんと匂いを嗅ぐ。いや魔法力の種類を感じ取る。


「わん」

「こっちの先端が氷魔法、そっちが風魔法。そっちが炎魔法でお姉さまのそこが毒魔法だそうです」

「なるほどねー。土魔法でつなげば、相反する属性の魔法も同時に発動できると」

「わふん」

「そっちは後からつなげた、別の人が作った魔法みたいですよ。取り出すならしろちゃんに解凍してもらいますけど」

「んーちょっと待って。この絡み具合を見たいから。ジロ」

「わん」

「これで全部?」

「わん」

「土魔法は、いま出てるので全部だそうです」

「わかったわ。ありがとうねジロ、大好き」


 ぽんぽんと黒い頭を撫でられ、二郎はくすぐったそうに首をすくめてぴこぴこと尻尾を躍らせた。もっと撫でてーかまってーと言いたげに。


 はあああ、と盛大なため息が彼女たちの背後から聞こえたのは、そのときである。


「どうしたんですか、カルゼさま?」


 カルゼ―――サヴィア王国第四軍魔導部隊補佐、庶民風に訳すと“花守り”の魔法使い、カルゼ・ヘイズルは謁見の間の奥、一段高くなった場所にぐったりと座りこんでいた。

細い身体は魔法使いとしては標準だが、背が高いおかげで余計にひょろりとして見える。

とび色のくせ毛をくしゃりとかき上げて見えた若い顔は、それこそ黒ぶち眼鏡でも似合いそうな細面だった。

 小さめの琥珀色の眼が、どんよりと木乃香を見つめる。


「いまさらミアゼに驚くこともないと思うんだけどさ……」


 木乃香の顔が引きつった。

 つい先日も、違う人の口から似たような言葉を頂戴した気がする。


「なんだかなあ。魔法探知には自信あったのに、ってかそれだけはサヴィア王国軍一だと思ってたのに、そんな一瞬の思い込みすら許されないのかぼくは。しかも人間じゃなくて使役魔獣って、なにそれ。種類とか属性とかだけじゃなくて作った人間まで特定とか、どうやってやるんだそんなの。訳分かんないわ」


「世の中はあんたの知らない事だらけだと思うわよ、エリートお坊ちゃん。っていうか、オーカはサヴィア王国軍じゃないから」


 呆れたようにシェーナが突っ込んだ。木乃香もそれに同意して頷く。

 巷では知的で落ち着いた雰囲気が人気の“花守り”のはずなのに、この残念美形はときどき勝手に落ち込んで卑屈になるのだ。

 口の悪いサフィアス・イオルとは別の意味で黙って立ってて下さいと言いたくなる。


「……そっちはどうなんですか、カルゼさま」


 この場の誰よりも物を知らない木乃香が何を言っても余計にジメジメするのが分かっているので、彼女は話を逸らすことにした。

 彼はこれでも幅広い種類の魔法を扱うことができる指折りの魔法使いだ。とくに結界の作成に長けている。魔法の分析も得意で、そのためにこの謁見の間の調査の現場監督を任されていた。調査方針に関しては、シェーナ・メイズとも気が合っているようだ。


 さすがと言うべきか、その辺の自覚はあるカルゼ・ヘイズルは未だ弱々しいながらも「ああ」とすぐに応じた。


「解析はできた。ここの部分を“解凍”してくれるかな」


 ここ、と彼が人差し指をくるりと回す。

すると、先ほどの二郎がしたように床のごく一部がぼんやりと光り出した。

 瞳の色と同じ、琥珀色の控えめな光は彼の足先からじわりと広がり、やがて謁見の間の半分ほどの床を覆う円となった。


「にあー」


 木乃香が口を開くより先に、白い使役魔獣が青い瞳を細めて返事をする。

 ふる、とねこじゃらしのような尻尾をひと振りすると、ぱきんと音がして魔法の仕掛けが動き始めた。

 

 先日、この国のもと高官たちによる王城襲撃があった。

 互いの思惑もあり、彼らとサヴィア側が相対したのはここ謁見の間だ。ぶつかり合った魔法の威力を思えば被害は驚異的に少ないのだが、それでもかなりの損傷がみられる。

現在もぼろぼろになったタペストリーや絨毯が取り払われ、小隕石でも落ちて来たように床の一部分がべこんと丸く抉れ、そこは実に荒涼とした光景が広がっていた。

 絨毯などは魔法付きの宝石や糸が縫い込まれているような逸品だったので、目くらましがなくなって床や壁が調べやすくなったと、研究者のシェーナ・メイズなどは清々した顔をしていたが。


 ちなみに、室内の被害をなるべく抑えていたのは暫定宰相ラディアルと木乃香の使役魔獣である五郎だが、外への被害を抑えていたのはカルゼ率いる魔導部隊である。

 襲撃自体は問題なく制圧できたが、魔法力の使い過ぎで広間の外を固めていた魔法使いの大半と木乃香も倒れてしまった。倒れた理由が、敵ではなく味方であるはずのナナリィゼ王女の魔法を抑えるのに大変だったからというのが、何とも言えない。

 そして王女がここに滞在している以上、同じことは何度も起きる可能性があるのだ。じっさい過去に何度も、それはもう何度も起きている。

 そんなわけで、魔法使いたちの負担軽減のため、謁見の間に施された防御結界のいくつかを動かそうということになったのだった。

 いまカルゼの指示で四郎が“解凍”し再び使えるようにした仕掛けは、そのひとつだ。


 ぴょこんと肩に乗ってきて、そこに当然のように丸くなって勝手にくつろぎ始めた白い子猫を横目で見て、カルゼはまたため息を吐く。


「なんで使役魔獣が、主以外になつくんだ」

「シロを肩に乗せといて、いまさらそれ? 可愛くていいじゃない。可愛くないのは寄って来られても嫌だけど」


 ねー、とシェーナは二郎を抱き上げる。黒い子犬も嬉しそうにぷらぷらと尻尾をふるだけで、まるで抵抗しなかった。

 その可愛い使役魔獣というのがすでに間違っているとカルゼは思うのだ。


 使役魔獣とは、糸の見えない操り人形のようなものだ。

少なくともカルゼ・ヘイズルはそう思っている。

 操り手である魔法使い以外と意思を疎通させることはできず、操り手の意思によってのみ動く存在。自我もない。

 そう、思っていた。


 木乃香の使役魔獣たちは、ただ勝手に他人に寄って来るだけではない。

主である木乃香が認めた相手であれば、彼女以外の人間の命令であっても、彼女を介さずとも理解し、聞くのだ。

 しかも自分で物事を判断する能力まで備わっている。他者と会話ができる一郎はもちろん、五体の使役魔獣全てが、である。

 例えば先ほどのようにカルゼが「そこの魔法の凍結を解除しろ」と頼めば四郎は従うが、それが主である木乃香を害するようなものだったとしたら、絶対に聞かない。


「そもそも愛嬌のある使役魔獣ってなんだ。使役魔獣なのかそれは」

「えー、カルゼさまのスプリルちゃんも可愛いと思いますけど」


 木乃香が言う。

 スプリルというのは、カルゼの使役魔獣だ。

 先ほどから、広間の隅で木乃香の使役魔獣・一郎と遊んでいる。

 そう。遊んでいる。


 大きさは、もとの世界の大型犬程度だ。狼とライオンを足して二で割ったような獣姿をしている。鋭い牙で敵に食らいつくこともできるが、基本はその脚力と風属性を利用しての移動で、彼は主に伝令係として使っていた。


 使役魔獣の大きい強いは正義、というのが昨今の、とくにフローライドの考え方の主流だが、すべてがそれに当てはまるわけではない。

 たとえば、カルゼのように召喚術以外にも広く才能を発揮する魔法使いなどは、使役魔獣一体に自分の魔法力を全部注ぎ込むような真似はしない。ほかの魔法を使うのに支障がでてしまうからだ。召喚術そのものを使わない者だっている。

 だが余計な魔法力を使ってまで小さく見せようとする木乃香のこだわりは、いろいろなタイプの魔法使いを知っているカルゼでもまるで理解できなかった。


 そんなわざと小さく作られた一郎は、スプリルのふわふわの尻尾や長いたてがみに顔をうずめ、触ってはきゃっきゃと声を上げて喜んでいる。スプリルのほうも澄ました顔ながら、尻尾を適度に動かしたりときにその背に乗せてみたりと、けっこう甲斐甲斐しく相手をしてやっていた。

 ちなみに子守の特殊能力など、カルゼは自分の使役魔獣に付けた覚えがない。


「あのもふもふ、いいですよねえ……」


 うっとりと木乃香が呟く。

 暇なときは、あれにときどき木乃香までが混じる。

 さいしょ彼女が他人の使役魔獣に触ろうとしたのには驚いたが、それ以上に自分の使役魔獣が大人しく彼女に撫でられているのが衝撃だった。

 どこか気持ちよさそうに目を細める使役魔獣の姿に、悔しいような寂しいような、微妙な心地になったのを覚えている。


 ミアゼ・オーカは何もかもが規格外だ。


 どう考えても愛玩用でしかない――と、本人もきっぱり断言していた――ちまっとしてもふっとして、気の抜けたようなのほほん使役魔獣しか持たないくせに、あのナナリィゼ王女の攻撃魔法でさえそれらで止めてしまう。

 世界屈指の魔法力がほとんど攻撃に特化した、世界最凶とまで称されるかの王女の魔法攻撃を防ぐことは、世間に“花守り”と呼ばれているサヴィア王国のエリートたちをもってしても不可能だった。王女自身でさえ、若さゆえか巨大すぎる力に振り回されているときがある。

 カルゼら魔導部隊は、せめて周囲への被害が最小限になるよう、人や建物に防御結界を敷くのが精いっぱいだ。


 だというのに、その世界屈指に匹敵するフローライドの“下級魔法使い”は、他人の使役魔獣のもふもふに夢中である。

 危ない。ある意味ナナリィゼ王女よりも危うい。

 フローライドの元・国王をはじめとする上層部が彼女の力に気付いていなかったことは、ほんとうに幸いだった。

 彼女がどちらに付くかで、戦局はがらりと変わっただろうから。



 本日すでに何十回目かのため息をこぼしたカルゼ・ヘイズルの側に、いつの間にかシェーナ・メイズが来ていた。


 極厚レンズの眼鏡を外し、その奥から現れた栗色で切れ長の冷めた瞳で見下ろしてくる。

 短い付き合いだが、謁見の間でこの女性が気にかけるのは自らの研究対象とミアゼ・オーカだけだと、よく知っている。

 まずい。無意識になにか口に出していただろうか、と考えていると。


「うちの子に手出したら承知しないわよ」


 低い声で凄まれた。

 返答次第では四郎をけしかけてその辺に凍結してある危険な魔法をカルゼにぶつけてきそうな剣呑な声音に、しかも四郎までが「にあー」と耳元で鳴くものだから、彼の顔は盛大にひきつった。


「…………それはぼくじゃなく軍団長に言って下さいよ」


 いつの間にか、木乃香は広間から姿を消していた。一段落ついたのでお茶にしようとシェーナが提案し、準備をしに行ったらしい。


「そんなに心配なら、ミアゼにちゃんと教えたほうがいい。じゃないと、あの方はかっさらっていく気満々ですから」

「サヴィア王国に連れて行くつもり!?」

「うーん、そこはむしろ王女が連れて行きたそうですけどね。軍団長が連れて行くつもりなら、別に止めません」


 日々ナナリィゼ王女の魔法に振り回されている身としては、それを抑え込めるミアゼ・オーカの存在は非常にありがたい。

 が、しかしナナリィゼ王女だけでも大変なのにこれ以上厄介なものを引き取ってどうするつもりだ、とも思う。保護者と豪語するラディアル・ガイルに任せておけばいいのに。


「そこは止めなさいよ。補佐官でしょうが」

「補佐官は補佐するのが役目なんです。そんな命知らずな真似できません」

「情けないなあ」

「賢明と言って下さい。経験からいろいろと学んでるんです」


 シェーナは苦い顔をする。

 彼女も、分かってはいるのだ。

 どちらの国にいても、誰といても、この先彼女が平穏に暮らせる未来がないことに。


「軍団長がどうするにしろぼくは従うだけですが、ミアゼだって選べるでしょう。それだけの力があるんだから」


 だが今のミアゼ・オーカは、自分の前にどんな選択肢が並んでいるのかさえ知らされていないのだ。

 






その頃の三郎と五郎・・・ナナリィゼと遊んでます。

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