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「ごめんなさい。やっぱり、今はそう言ったことを考えるのは、難しいです……」
「そうだった、そうだったね。悪いね。本当に気分が浮ついているようだ。
それで変に思わないか、だったね。そんなことはない。私には君がとても魅力的に見えるよ。
それに後輩君は私の言っていたことが冗談だと思っていたのかい?」
「言っていたことですか?」
「何度も言っていただろう? 「後輩君が女の子だったら良かったのに」と。それは紛れもない事実なのだよ」
先輩の言葉に頭の中がぐちゃぐちゃにかき回される。
「でも僕は元は男ですよ?」
「でも今は女の子だろう? それとも中身が男なことが気になるのかい?
中身が好ましいのはすでに話していた通りだ。ただ君が男だったから親しい友人関係で止まっていただけだよ。
私の事をただの面食いと思うかもしれないけどね。中身だけで人は選べないものだ。残念ながら、私は聖女のような慈愛の心を持っているわけじゃないからね。
それに殊恋愛においては、男女の壁は厚いものだ。それを超えるのは難しい。
後輩君だって、気になっていた子が実は男だったら、付き合うのはためらうだろう?」
「えっと……はい。そうですね」
先輩の言いたいことは分かる。実は先輩が男でしたと言われたら、たぶん今の以上の関係は望まない。付き合うという一線は越えなかったと思う。
ただ先輩が勢いよく言うので、ちょっと引いてしまった。うん。
嫌とかそう言うわけではなくて、捲し立てるように言われるとなんて言っていいのかわからなくなるのだ。
先輩もそのことに気が付いたのか、コホンと咳ばらいをして取り繕った。
「悪いね。好きな子に誤解されたくなくて、つい語ってしまったよ。ははは」
「先輩、ぐいぐい来ますね」
「言っただろう? 付き合うまでは私は頑張るんだよ」
確かにそれも言っていた。
そしてそれは絶対に僕には向かないものだとも思っていた。
だけれど、ようやくこちらに向いた先輩の好意を今の僕は受け入れることはできない。先輩が言っていた通り、男女の壁は厚い。
だから僕が男に戻ったら、先輩と付き合うというのも無理だろう。
「今は考えられない……です」
「うんうん。分かっているよ。私も長期戦は覚悟しているからね。後輩君に振り向いてもらえるように、頑張る所存だ。
でも、いきなり女の子になったということは、大変だろう?
私がいろいろ教えてあげよう。すぐに戻ることはなさそうだし、知っておいて損はないはずだよ」
「それは、えっと……よろしくお願いします」
「よしよし、それじゃあデートに……いや、遊びにいこう」
絵を放置した先輩は僕の手を取って、歩き出した。
それだけで速くなる鼓動に、赤くなる顔に、にやける口に、嬉しくなる単純な自分が嫌になった。
◇
手をつないだまま歩いていて、周りの視線が気になるかなと思っていたけれど、思いのほかに皆スルーしている。
これが男女だったら嫉妬の視線を向けられるし、男子同士だと変な目で見られるのに、女子同士だとそこまで気にされない不思議な現象。
先輩が楽しそうに腕を振って連れて行ってくれたのは、女の子が好きそうなカフェ。
パフェとかケーキとか、甘いものがたくさん置いてあった。
中も白を基調にしつつも、可愛い感じにまとめていて、お客さんも女性が多い。
案内された席で改めてメニューを見ても、やっぱりデザートっぽいのが多いように思う。
マカロンとか売っているの初めて見たよ。
注文を終えて店内観察を再開する。
「あまりキョロキョロしていると目立つよ、後輩君」
「こういうお店に入ったことがなかったので」
「だろうと思って連れてきたからね。どうだい、女の子している素晴らしい空間だろう?」
「少し居心地が悪いです」
周りが女性だらけなのはなんだか落ち着かない。
場違い感のせいでいたたまれない気分になってくる。
それでも、先輩と一緒であれば男だった時も来たと思うけれど。
「君はそう思うかもしれないが、実によく馴染んでいるよ」
そう言って先輩が急に僕を携帯で写真を撮った。
急なことで驚いている間もないほどだ。
いったい何事だと抗議しようと思ったら、先輩が「ほら」と写真をこちらに見せてきた。
大人しそうな女の子がカフェの席に座っていた。
周りにいる客層とそう変わらず、緊張気味ではあるが浮いているということはない。
むしろど真ん中の客層だ。
まぁ、僕なのだけれど。こうやって見せられると、違和感のなさに違和感を覚える。
写真の子と自分が上手く結びつかない。
「全然違和感はないだろう?」
「まぁ……確かに」
「何を気の抜けた顔をしているんだい? そう言う姿も可愛らしいが外でそういう顔はよろしくないよ?」
「かわ……」
思いがけない、今までは無縁だった言葉を先輩に言われて、急に恥ずかしくなってくる。
顔が熱い。
心臓がドクドク言ってる。
いつも以上に汗が出てきて、それもやっぱり恥ずかしい。
先輩の顔が見られない。
「ほらほら、後輩君。そんな可愛い反応をするものではないよ。
いや、役得している私が言えたものではないけどね」
「揶揄わないでください」
顔が熱い。顔が熱い。
運ばれてきたケーキでも食べていよう。
うん。甘くておいしい。セットの紅茶も飲みやすい。
ちょっと先輩の方を見ると、なんだか幸せそうな目でこちらを見ていた。
この気持ちを何と言えばいいんだろうか。
何だかこう、もにょっとしている。
だから気が付かないふりをして、一心にケーキを味わうことにした。
◇
「そう言えば後輩君の肌は綺麗だね。女の子になった効果なのかい?」
「どうなんでしょう? 少しスキンケアには気を使っていたので、そのおかげかもしれません」
「気を使っていたって、君はおと……いや、何でもない」
僕のことを男と言いそうになって、先輩が口を閉ざす。
元男だと言ったとして、周りにいる何人が本気にするのかわからないけれど。
コホンとわざとらしい咳払いをした先輩が、改めて話し始める。
「スキンケアを気を付けていたって、いつからかな?」
「前に先輩が教えてくれたじゃないですか。その日から少しずつですが取り入れていました」
正直に話すと、先輩がソワソワしだした。
口元がぴくぴくと動いていて、にやけそうなのを我慢しているのだろうか。
「もう。君はなかなかいじらしいことを言うんだね。
女の子が外でしてはいけない表情をするところだったよ」
「それはちょっと見たかったです」
「駄目だね。後輩君に愛想をつかさせれるわけには行けないからね」
そう言ってキリッとした表情を見せる先輩に、「どんな先輩を見ても愛想をつかすことはありませんよ」ということはできなかった。




