第228話 受け取る者
〜九条アラタ〜
──ダンジョン周辺地区、浜松町駅周辺ビル。
夜の屋上から東京パンデモニウムを見つめる。誰も入る者が現れないよう、他のダンジョンよりも一際強固に固められた魔法障壁。それが東京タワーを中心に一帯へと張り巡らされている。その魔力濃度は濃く、東京の中心に大型ドームが現れたような様相だ。
東京にダンジョンが現れた時、この街はかつての象徴であった東京タワーを失った。俺にとってはそれが、この世界が変わった証のように見えたものだ。
魔王の姉であるイシャルナから東京パンデモニウム……時の迷宮の話を伝えられてから、俺は定期的にこの魔法障壁を確認に来ていた。
こんな事は無駄な事だと分かっている。だが東京パンデモニウムに何か動きがあるか確認はしておきたい。
「はっ。結局焦ってるじゃねぇか、俺」
呟いた瞬間、背後に気配を感じた。
「スーか。何か用か?」
「頼まれていた事、上手くいった。新宿迷宮攻略メンバーの個人情報……情報管理者のヤツ、脅しに負けて送信して来た」
スーには461や鯱女王の個人情報を手に入れるよう動いて貰っていた。
探索者の個人情報は管理が特に厳しいが擬態魔法が使えるスーがいるならできない事はない。管理局の長が留守中なら尚更。シィーリアが異世界に帰ったと聞いてすぐにスーを動かして正解だったな。
シィーリアが帰って来るまでの間、個人情報の管理者に何度も身の危険を感じさせた。一度繋がりを持てば後は自滅を待つだけだ。むしろ、今日までよく耐えたと言った方がいいか。
「そちらのスマホに転送する」
「助かったぜ」
礼を言うと、なぜがスーが頬を染める。彼女はそれを隠すように俯いてスマホをスワイプした。俺のスマホへファイルデータが転送される。それを開くと、13人の探索者の個人情報と探索者情報が表示された。
ミナセにジークリード……俺と因縁があるヤツらが13人の中にいるとは皮肉だな。
考えていると、スーが俺の袖を引いた。
「それともう1つ、イシャルナ様から時の迷宮の詳細を聞いた」
「なんだ?」
「時の力が発動する時、跳びたい時間を象徴する媒介を祭壇に並べると、望む時間に跳べる。その繋がりが深いほど……多ければ多いほどいい」
「そうか」
媒介……。
なら、そろそろ回収時かもしれねぇな。紫電の剣……ジークリードの持つ賢人の剣を。
ここに来てジークリードを探索者になるよう仕向けたのが役立つとはな。あのガキなら紫電の剣を絶対に手放さないと踏んで正解だったぜ。
「天王洲アイルは必須だと思う」
その言葉に思わずスマホを確認していた手を止めてしまう。スーのヤツ、個人情報を見て気付いたか。
天王洲アイル……桜田カナ。
媒介とするなら、これほど相応しい存在はいない。だが……カナを巻き込むのは……。
「どうしたの九条様? 九条様の望みを叶えるならやるべき」
「……」
天王洲アイルの事を知った時は驚いた。カナはあの事件の後、母親の楓と京都へ行ったはずだ。楓はカナを絶対に探索者になどしないと言っていた。なぜこんな……ましてや最前線の東京で探索者をやっているんだ? と。
スーが俺の顔を見上げる。彼女の顔を見ていると、今まで俺がやって来た数々の所業が突き付けられるようだ。
「九条様が目的を諦めるならこれ以上何も言わない。私は……無理をしなくてもいいと思う」
「慰めはいらん」
「……ごめんなさい」
スーは悲しげな顔で俯いた。
何を今さら動揺しているんだ……俺は善人なんかじゃねぇだろ。今まで俺がやって来たこと、して来たこと。全部覚悟の上だったじゃねぇか。今更何を救われようとしてやがる。
……。
元々、故人である賢人を蘇生するつもりでいた。だからイシャルナの誘いに乗った。だが……イシャルナに提示された方法は時の迷宮の起動を利用した「過去の改変」だ。
それを考えた時、カナはどのような形であれ被害を受けるだろう。カナが探索者になっているのは、賢人の死が理由なのは間違い無いのだから。
そうであるなら、それは俺の手でやるべきだ。
どうせ俺は引き返せないほどのことをやって来た。賢人達が幸せになればそれでいい。例え、賢人やカナに恨まれたとしても。
「スージニア。天王洲アイルを監視できるか?」
「できるけど……」
「タイミングを見てヤツらを奇襲する。天王洲アイルと紫電の剣を手に入れたい」
「いいの?」
「俺はなんとしても目的を果たす。その為に生きてきた」
スージニアは氷のような顔を俺に向けた。
「……了解。イシャルナ様からもうすぐ東京パンデモニウムを開くと言われた。良いタイミングかも」
ちっ。俺が結論を出すまで黙ってやがったな。
「頼んだぜ」
スージニアが魔法名を告げると、闇に溶け込むようにその場から消え去った。移動魔法……それを見るたびにスーは人間じゃないんだなと思う。
天王洲アイルは時の迷宮に連れていく。紫電の剣はどうするか……あのメンバーが揃って攻略する機会でもあればやりやすいんだがな。
ツェッターアプリを開いて新宿攻略メンバーの近況を確認していく。何か、ヤツらの動向を掴める情報は無いか?
「ん?」
確認していると、1つの切り抜き動画が目に入った。
見覚えのある女。シンが接触したタルパマスターという探索者。その女が涙を流しているサムネイル。何をやったんだ、あの女は?
「……」
無意識のうちにそのサムネイルをタップしていた。夜の屋上に、女の声が響く。
『シン君。私は……君の事が好き、です。君とパーティを組んで、また冒険がしたい。それがどうしても伝えたくて……』
消そうとしたが、なぜか指が動かない。俺は魅入られたようにその動画を見つめてしまっていた。
『ま、待ってるから……ひぐっ、私、ずっと君のこと待ってるから……だから、お願い。声を聞かせて? また君に会いたいよ……』
「……いくら待っても無駄だ」
こんな事を言うためにわざわざ配信したのか?
馬鹿な女だ。自分を中心に世界が回っているとでも? どう足掻いても変わらないものは変わらない……どれだけ願ってもな。それが分からないからガキは嫌いなんだ。
俺は明日には行けない。賢人だけを過去に置いて来てしまったから。
だから……悪いな。
もう一度だけ動画に目を向ける。涙ながらに訴える少女は、哀れで仕方がなかった。
よし……俺も準備に入るか。作戦を考えねぇとな。
夜風を感じながら屋上を歩き、扉を開く。バタンと大きな音がして、外の光は遮断された。
──タルパちゃん……。
次回、??の視点でお送りします。九条に自我を飲み込まれてしまった彼は……?




