第11話 深淵の穢れ
(お前は何をやっても立ち行かぬな! ワシの失敗は、お前を神が与えた世界に生んだことだ!!)
(王位を長男へ継承するはずだったが、流行り病で召されるとは……残った愚息に次の王座を継がせるのは、失態だ)
(断じて移民や難民を受け入れてはならぬ。他の人種が我らが持つ、高潔な民族の血を汚すのだ!)
これは王子の負の思い出。
亡くなった先代の王である父、兄との確執、それらによって積もった恨みで満ちている。
(もう嫌だ! こんな生き方を望んだ訳じやまない! 僕の人生はどこにあるんだ?)
この思い出は、王子の物か?
心の闇が深く浸透している。
(父上がいなくなれぱ、僕は自由だ。それどころか、城の物も、財産も、国すら僕の思いのまま。父上さえいなくなれぱ……)
いかん、深淵まで覗いてしまった。
客の知ってはならぬ秘密。
最も穢れが強い思念だ。
次に、傀儡のような不気味な声と、王子の会話が刷り込まれる。
(この毒は毎日、少しすつ口にする物へ混ぜれば、段々と相手を弱らせ、ある日突然、目を覚まさなくなる。証拠は何も残らない)
(代金はこれで充分か?)
(しかとお預かりしました。にしても、次期王たる貴方様が、こんな無粋な行いをされるとは……まぁ、長い付き合いになりそうですな)
(図に乗るな下卑た者よ。貴様は、この神の国に相応しくない。余が然るべき民を選定するのだ)
風が切り裂く音と共に肉が切られる。
おそらく闇商人は首を剣で切られ、叫ぶことなく悶え苦しみ、息絶えたようだ。
我に返り作業が中断。
私は頭を抱えて、しばし考えにふける。
――――なんてモノを見せやがる。
次期、王がこんな邪悪な事をしていたとは……。
これは国を揺るがす大事件だ。
しかし、穢れに含まれる残留思念は、法廷での証拠にはならない。
王子や私の頭の中を、他人に見せることが出来ないからだ。
何より研魔職人の世界では、顧客の知り得た秘密は、この世の終わりまで公言してはならないという、鉄の掟がある。
大浴場の外が騒がしい。
宰相が狂った牛のように叫びながら入って来た。
「ダーケストよ! 王子の身体が冷たくなっておる! 早く、早くなんとかせい!!」
「作業中は入ってくるんじゃぁねぇ!!」
「なんだとぉ!? 黙って聞いておれば、図に乗りおってぇえ!!」
「大浴場は飛び散った穢れで満たされている。アンタも穢れに当てられて、心が狂っちまうぞ? とっとと出てけぇえ!!」
苦渋の顔で宰相は出ていく。
とはいえ、状況は芳しくない。
窓へ視線をやって太陽を確認する。
すでにお天道様は山に隠れ、空は赤く染まりつつある。
時は刻々と迫っている。
職人としてやるべきことをせねば。
##
「どいた、どいたぁあー!!」
燦々と輝く巨大な原石を抱え、城内の廊下を疾走する。
この策に欠点があったことを、今さらになって気がついた。
作業場を工房から大浴場へ移したことで、王子の自室までの距離が離れた。
もう太陽は山の谷へ沈み、わずかな赤い空を残すだけとなった。
一刻の猶予がないとはこの事か。
それでも、魚人の脚力でそれを補い、風前の灯火となった王子の元に到着した。
宰相が気を利かせて王子の自室を開けたままにしたのは正解だ。
これで、仕事は終わ――――。
普段、上質な絨毯の上を走るなどしないゆえ、足を滑らせた。
胸に抱えた大きな原石が弧を描きながら、宙を舞う。
しまったぁあー!?
心の原石を床に落として割ってしまえぱ、王子は二度と目を覚まさない。
この場にいる宰相や大臣、守衛を含め皆、地に引かれる原石に注目し、同じく絶望を味わう。
だが、研魔術を舐めるなぁぁああー!!
私は転びながらも片手をかざし、原石へ魔力を集中させる。
原石は床へ落ちる直前で落下が止まり、バッタのように跳ねた。
跳ねた原石はそのまま王子の胸へ突き刺さる。
勿論、誰もがその光景にカエルが飛び上がったような驚きをした。
原石が当たった王子の胸は陥没し、どう見ても心臓まで潰れいてる。
だが、次に起きたのは奇跡。




