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第二章 7



 はあ、と深い嘆息を漏らすと、ルカはレインの方を振り返った。


「まさか、直接頼みに来るなんてね」

「…………」


 蒼白になって俯くレインに、兄であるアーロンもため息をついた。


「こいつらに言われて来てみれば……。いったい何をする気だったんだ」

「ま、前に言ったはずだよ! こうすれば黒騎士様に会えるかもしれない。だからやってみたいって――」

「それを黒騎士様が望んでいると?」

「そ、それは……」


 しどろもどろになって目をそらす弟を一瞥し、アーロンは静かにマリーの方を振り返った。


「弟が迷惑をかけてすまなかった」

「い、いえ……」

「今後、あなたに近づかないようきちんと見張っておく。なので――」


 深く頭を下げようとしたアーロンに対し、レインが「でも!」と食い下がった。


「兄さんだって知りたいでしょう? どうして黒騎士様が――」

「レイン、もういい」

「黒騎士様は最強だった。魔獣なんかに負けるわけがない。きっと何か理由があったんだ――あいつの……あいつの村で何かが……」


 そう言いながらレインは、扉付近にいたミシェルの方を振り返った。マリーは続く言葉を察し、思わず叫びそうになる。


(――だめ……っ!)


 案の定、レインは責めるような顔つきでミシェルを睨みつけた。


「兄から聞きました。あなた……ザガトの村の生き残りだったんですね」

「……!」

「つまり黒騎士様が亡くなられた時、すぐ近くにいた……。黒騎士様の最期をその目で見ているはずなのに、ずっとそれを隠し続けている」

「ま、待ってください! ミシェルさんにも事情が――」

「――レイン! その口を閉じろ!」


 意外なことに、いちばんに怒号を発したのはアーロンだった。弟の頭を片手でがしっと摑むと、そのままミシェルに向かって勢いよく頭を下げさせる。


「弟の発言を謝罪する。もう二度と、このような騒ぎは起こさせない」

「い、いえ……」

「まあ、お前に詰め寄った俺がこんなことを言える立場ではないが……。なにか事情があるのは理解しているつもりだ。いつか……話をしてもらえるとありがたい」

「…………」


 兄弟そろって再度謝罪すると、アーロンは弟を連れて研究室を立ち去った。その場には蒼白なって沈黙するミシェルと、突然の告発に戸惑う騎士団員たちだけが残される。

 どうしようとマリーが困惑していると、ユリウスが静かに先に切り出した。


「各自、ここで見聞きしたことは他言無用とする」

「ユリウス……?」

「ミシェルは寮に戻って休め。残りの者は班を再編成後、任務に復帰する。マリー、ミシェルの付き添いを頼む」

「ま、待って! おれ……」


 いやだと必死に首を振るミシェルを無視し、ユリウスたちは廊下へと出て行く。慌てて追いかけようとする彼をマリーは慌てて引き留めた。


「ミシェル、落ち着いて」

「だって……!」

「大丈夫だよ。とりあえず寮に戻ろう?」

「…………」


 返事をしないミシェルの腕を引き、マリーはやや強引に研究室をあとにする。

 すでに騒ぎが広まっていたのか、廊下には他の騎士団の姿もあった。この分では今日中にもロドリグ団長に話が届いてしまうかもしれない。

 無言のまま魔術院を出て、ようやく騎士団寮の玄関へと辿り着く。

 ミシェルの姿に気づいたジローが「ひゃん!」と嬉しそうに飛び上がったが、彼は顔を翳らせたままマリーへ告げた。


「ありがとう。もう、平気だから」

「ミシェル……」

「ごめん」


 かすれた呟きを残し、ミシェルは重たい足取りで二階へと上がっていった。

 その背中をじっと見つめていたマリーだったが、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。「どうしたの?」とばかりに足元にまとわりついてきたジローをそっと腕に抱き上げた。


(まさか、こんな形で知られてしまうなんて……)


 時間を置いて何度かミシェルの部屋を尋ねたが、応答はいっさいなく――そのうち仕事を終えた団員たちが帰ってきて、ユリウスがマリーに尋ねた。


「ミシェルの様子は?」

「戻ってから、ずっと部屋にこもったままで……」

「……そうか」


 夕食の時間になってもミシェルは姿を見せず、マリーは取り分けた夕飯を彼の部屋の前に置いた。一階に戻ってきたところで、ユリウスから再度話しかけられる。


「昼間の話題を、以前ミシェルから打ち明けられたことはあるか?」

「この前お休みをいただいた時に、一緒にザガトの村に……」

「そうか。では事情も分かっているな」


 険しい顔で腕を組んだユリウスを前に、マリーはたまらず言葉を続けた。


「あの……ミシェルは何も悪いことしてません。たしかに黒騎士さんが亡くなられた場所ですから、気にする方もいると思います。でも……」

「俺だってそれくらいは理解している。だが黒騎士団の全員が、好意的に解釈するとは言い切れない。黒騎士と知り合いだった者もいる。当時の状況を詳しく聞きたいという奴が出てきても無理はないだろう」

「そんな……」

「とにかく、今はミシェルから話を聞くのが先だ。苦労をかけるが、引き続き様子を気にしておいてくれ」


 その後食堂に戻ったマリーのもとにルカやヴェルナー、その他の団員たちが代わる代わる声をかけてきた。内容は皆「ミシェルは大丈夫か?」というもので、部屋から出てきていないと聞くと難しい顔をして去っていく。


(ミシェル……)


 大丈夫。今の黒騎士団に彼を責める人はきっといない。

 今は動揺しているかもしれないが、きっとミシェルの口から説明してくれるはず――そう信じたマリーは仕事を終え、明日に備えるべく自室へと入った。


(明日の朝、もう一度声をかけてみよう。そうしたら、きっと――)





 だがその翌日。

 ミシェルは騎士団寮から姿を消していた。



 

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