第一章 9
そして昼休憩が終わり、午後の競技が始まった。
ロープを引っ張って行う複数人での力比べや、コントロール能力を競う投石。瞬発力を測る徒競走に、いかに正確な伝令が出来るかの伝言ゲームなどが行われ、その勝敗に団員たちは一喜一憂する。
マリーたち世話係もまた、得点板を見つめながらドキドキしていた。
(拮抗してる……いったいどこが優勝するのかしら?)
やがて少々疲れが見え始めた進行役の騎士が、手元の資料をもとに叫んだ。
「ついに最終競技となりました、ラストは『剣術』です! 騎士であれば、誰もが一度はその栄光を掴み取りたい、本大会の花形だーッ‼」
「剣術……」
種目の発表からほどなくして、ユリウスが参加選手を発表した。団員の中でも歴が長く、剣での戦いに慣れている者が呼ばれていく。そしてあと一人というところで、ユリウスがちらりとミシェルの方を見た。
「最後に――ミシェル、以上だ」
「えっ⁉」
まさか呼ばれると思っていなかったのか、ミシェルが思わず声を上げる。当然ユリウスにも聞こえており、即座にぎろっと睨み返された。
「どうした、不満か?」
「い、いや、いいのかなって……おれより強い人いるのに」
自信なさげなミシェルの返答に、ユリウスは「はあ」と額を押さえた。
「たしかに、お前の実力ではまだまだかもしれない。だが俺は、お前が朝晩一人で剣の練習をしていることを知っている」
「ユリウス……」
「強い奴と戦うことは、ある意味最高の成長機会だ。勝敗はもちろん大切だが、まずは目の前の敵を倒すことだけに集中しろ」
「う、うん!」
勢いよく応じたものの、やはり緊張しているのかミシェルの顔はこわばっている。マリーはどう声をかけようかと迷いつつ、ぐっと自身の拳を握りしめた。
「大丈夫だよ! ミシェル、いつも頑張ってたし」
「そ、そうだよね。せっかくもらったチャンスなんだし、頑張らないと!」
よし、という気合とともにミシェルが試合用の木剣を手に取る。会場に赴くその後ろ姿を見つめながら、マリーは両手を組んでひそかに祈った。
(ミシェル、しっかり……!)
会場に選手が出揃い、すぐに試合が始まった。
競技はトーナメント方式で、勝利した者だけが次の試合へと進める。第一試合、第二試合と回を重ねるたびに参加者の姿は減っていき、あっという間に準々決勝を迎えた。戻ってくる団員たちも多いなか、なんとミシェルはまだ残り続けている。
「すごい……もしかして優勝するんじゃ……」
やがてミシェルとその対戦相手が会場中央へと並び立った。対戦相手の姿を見たマリーは「あれ?」と小さく首をかしげる。
(あの人……大会前にミシェルを睨んでいた白騎士団の……?)
白い騎士服に襟足が長めの黒髪。身長もミシェルよりずっと高い。
二人が静かに構えを取ると、審判役が「始めッ!」と旗を振り下ろした。直後、白騎士団の彼が勢いよくミシェルに斬りかかる。
「――っ!」
すぐさま剣身で受けたものの、ミシェルは体勢を崩してしまった。白はその後も攻撃の手を止めることなく、鬼気迫る勢いで剣を叩きつけてくる。マリーはそれを見ながら、思わず悲愴な表情を浮かべた。
(つ、強すぎる……!)
結局ミシェルは何ひとつ反撃できないまま、カラン、と木剣を取り落としてしまった。
それを見た黒髪の騎士は、ためらうことなくミシェルの首元に切っ先を突きつける。他の試合に比べ、あまりに早すぎる終焉だった。
「勝者! 白騎士団、アーロン!」
「ミシェル……」
圧倒的な力の差にショックを受けたのか、ミシェルは呆然とその場に立ち尽くしていた。
すると勝者であるアーロンが近寄り、ミシェルに何かを話しかける。その瞬間ミシェルは弾かれたように顔を上げ、一気に顔色を悪くした。
(? いったい何を……)
気になったマリーは、近くにいた年嵩の団員にこっそりと尋ねた。
「あの、対戦相手のアーロンさんってどんな方なんですか?」
「あー……あいつは元々うちにいたんだよ」
「うちって……黒騎士団にですか?」
「ああ。でも数年で転籍願い出して、とっとと白に行っちまった」
「えっ?」
まさかの事実にマリーが驚いていると、脇にいた古株の団員が会話に割り込んでくる。
「あいつたしか、小さい時に『黒騎士』に兄弟で助けられたとかで、それでわざわざうちの試験受けに来たんだよな。でも当の黒騎士はいなくなってるし、そのせいで騎士団もおちぶれちまってるしで、まあ失望したんだろうよ」
「黒騎士……」
かつて黒騎士団に所属していたという凄腕の騎士。
しかし十三年前に亡くなっていると、ミシェルから聞いた覚えがある。
「あの、黒騎士さんってどんな方だったんですか?」
「黒騎士――ライアンは本当にすごい奴だったよ。弓も魔術も馬も剣も一流で、家柄だってかなりいいとこのやつなのに全然きどったところがなくて……。団員全員が誇りに思える、最高のリーダーだった」
古株の団員が感慨深げに語っていると、それを聞いていた別の若手が首をかしげる。
「でも結構前に亡くなったんですよね? 噂には聞いてて楽しみしてたんですけど、おれが入った時にはもういなかったし」
「ああ。もうかれこれ十……十三年になるか。ザガトっていう地方の村で魔獣に襲われてな」
「魔獣に?」
マリーが問い返すと、古株の団員が渋面を滲ませた。
「休みの日にたまたま行っていたらしくてな。村自体も火事になったとかで、かなり大変な騒ぎになっていたよ」
「普段のあいつなら魔獣の一匹や二匹、簡単に倒しちまいそうだがね。まあ群れで襲ってきたと聞いたし、助けも間に合わなかったらしいから運が悪かったのか――」
「そんなことが……」
やがて戦いを終えたミシェルが戻ってきた。タオルを差し出しながら、マリーは出来る限り明るく声をかける。
「お疲れさま。すごかったね、準々決勝だって」
「あ……うん。たまたま当たりが良くて」
笑顔で受け取り、額から滝のように流れている汗を拭く。一見すると普段のミシェルと変わらないのだが、マリーはどことなく違和感を覚えていた。
その後も競技は進み、優勝は選手として参加していた白騎士団リーダーのクロード、準優勝にアーロンという白騎士団一色の結果となった。大歓声と拍手が二人に送られたのち、閉会式の準備が始まる。
「以上ですべての競技を終了いたします! 優勝は――四百二十点を獲得した白騎士団です! 一昨年、昨年に続き、三年連続での優勝となりました‼」
「また白騎士団かよ……」
「あーくそ、二位かあ」
マリーが得点板を見ると、黒騎士団のところには三百五十点という数字が掲げられていた。
弓術や魔術など、黒騎士団もそれなりに良い順位を取っていたと思っていた。しかし白騎士団はどの競技もまんべんなく好成績をマークしていたようだ。また最後の剣術で一気に加点されたのも大きい。
がっかりするマリーやリリアの一方、団員のみなは意外にも満足げな様子だった。昨年はぶっちぎりのドベだったというから、二位でも大躍進なのかもしれない。
「これをもちまして『騎士団対抗・武術大会』を閉会とさせていただきます! みなさん、お疲れさまでしたー!」
「おつかれー‼」
進行役の騎士に労りの拍手が送られ、団員たちは「やっと終わったー」やら「夜は呑むぞー!」と口にしながら立ち上がった。ユリウスの指示のもと、使った備品や空き瓶、空になったバスケットなどを手分けして寮へと運んでいく。
マリーもまた残った数人とともに忘れ物がないかを確認していたが、そこでふとミシェルの姿がないことに気づき、近くにいたルカに尋ねた。
「あの、ミシェルって今どこに――」
「ミシェルなら、一人で中庭の方に歩いて行ったけど」
「中庭?」
なんだか胸騒ぎがして、マリーはルカにその場を任せて中庭へと向かった。みなで昼食を取ったあたりには誰もおらず、さらに奥にある建物の方へと足を進める。
(ミシェル、どこに行ったのかしら……)
すると建物の裏手にミシェルとアーロンの姿が見えてきた。
呼びかけようとしたマリーだったが、それより先にアーロンの声が聞こえる。
「――それで、どうなんだ?」
「…………」
(……?)
何やらただ事ではない空気を察し、マリーはすぐさま近くの物陰に身を隠した。立ち去るべきか出て行くべきか迷っているうちに、アーロンがなおも言葉を続ける。
「なぜ何も言えない?」
「そ、それは――」
「もしかして……お前が黒騎士を殺したのか?」
(……⁉)
マリーは一瞬、言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに理解すると、その場から逃げるように踵を返す。中庭を通り抜ける間も動悸が収まらず、マリーはたまらず胸元を押さえた。
(いったい、どういうこと……?)
先ほどの待機場所に戻ると、他の騎士団はすでに撤収を終えていた。唯一黒騎士団のところにユリウスが残っており、マリーを見つけるとわずかに眉間に皺を寄せる。
「どこに行っていた? そろそろ寮に戻るぞ」
「は、はい……」
ユリウスのあとを追いかけるようにして、マリーは広場をあとにする。途中でミシェルと鉢合わせてしまうかもしれないと緊張していたが、結局彼が姿を現すことはなかった。
やがて寮の玄関先に到着し、ユリウスが静かに振り返る。
「今日は色々と世話をかけたな。夕飯は大通りの店を取っているから、時間になったらリリアと直接店に来い」
「…………」
「おい、聞いているのか」
「えっ? あ、はい! 分かりました!」
「……?」
いぶかしむユリウスの目から逃れるように、マリーは足早に寮へと入った。玄関ポーチには騎士団で飼っている番犬のジローが待っており、こちらの姿を見た途端嬉しそうに飛び跳ねる。ふわふわの体を抱きかかえながら、マリーは先ほどの会話を思い出した。
(ミシェルが……黒騎士を殺した?)
そんなことあるはずがない。あのミシェルが人殺しなんて。
心の中で何度も否定を繰り返すが、どうしてもアーロンの言葉が頭から離れない。
「嘘だよ……ね?」
たまらず腕の中のジローに問いかける。
何も知らないジローは、つぶらな瞳を輝かせながら「ひゃん!」とだけ鳴いた。





